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旅する指揮者  作者: ろくせいウィンドオーケストラ
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第十一話 おじさんだってオバケは怖い!(1)

 年末から年明けにかけて、マエストロはクロスランドの野外ステージで、カウントダウンコンサートをした。


 幸い雪は降らなかったけれど、冬の夜はひどく冷え込み、手足の先がかじかんだ。マエストロも奏者も、温かいセーターや外套を着込み、魔法使いに作ってもらった「火傷しない火種」をポケットに入れて、演奏に臨んだ。苦労の甲斐あってコンサートは好評で、クロスランドのあちこちから数千人の観客が集まった。


 人々の心には、魔法使いサザールとクロスランドの暗い過去がまだ影を落としている。かつてタワーがあった場所は更地になり、いつしか訪れた人達が花などを手向けていく場所になった。


 けれど、楽団の演奏に聴き入る人々の顔は明るかった。総代たちが粋な計らいで、音楽が終わった瞬間、何千発もの花火が一斉に打ち上がり、新しい年の始まりを彩った。総代たちの粋な計らいだ。


 コンサートの後、マエストロは楽団員たちと新年会をした。いつもの集会場に、団員やその家族、顔なじみのご近所さんも集まった。総代のバンジャマンもいた。サザールとの戦いの中で切らざるを得なかった髪の毛はまた伸びつつあり、それに伴って魔力も徐々に戻ってきているらしい。


 新年の楽しみといえば、ニューイヤーカードの贈り合いである。妖精の郵便ネットワークを、この時ばかりは魔法使いや魔法無アンマジカルしの区別なしに活用して、音楽がつまったカードやちょっとしたお菓子を入れた封筒のやりとりをした。マエストロの元にも、勿論たくさんのカードが届く。ルークとリリー、エミリー、ブライアンやテオドール、シティ・フィルやラークなど楽団の数々……。


 ところが、手紙の山の中に、「緊急」と赤判を押したハガキが入っていた。

「マエストロ……なんか大事なお金、払い忘れとらん?」

 手紙を見つけた団員に聞かれ、マエストロは苦笑しながら首を振った。

「ない、ない。一体誰からだろうね」

 消印はラポールの郵便局だ。裏を返して、マエストロは眉をひそめた。

「リゴからだ。……すぐに来てほしいだって? 彼の家に?」

 その時、買い出しに行ってきた団員の一人が、マエストロを呼んだ。

「お迎え来てますよ」

 外に出ると、訓練されたドラゴンが、集会場の前に大人しく座っていた。ドラゴンの首にかけられたペンダントの印を見て、マエストロはため息をつく。

「ごめんなさい、ラポールの総理大臣からの緊急呼び出しだ。少し予定より早いけど、しばしお別れだね」

「大変やね」

「またいつでも来られ」

「あ、お土産持ってって。お菓子と野菜」

「米はいる?」

 クロスランドの人々に手を振って、マエストロはドラゴンと出発した。ラポールの都に行くのだと思っていたが、ドラゴンはクロスランドの国境を超えてすぐの山間に降りた。


 ドラゴンから降りたマエストロの目の前には、格式高い外装の館が建っている。一階の窓は飾り窓で、二階と天窓はステンドグラス。玄関には白い階段、ドラゴンを休ませるための巣もちゃんと用意されている。屋根のてっぺんには風見鶏、庭に噴水とちょっとした公園。背の高い木々に囲まれてもちっとも迫力で負けていないその建物は、高級なホテルだと言っても通用しそうだった。


 マエストロが扉を叩くと、背の低い小太りの男がにっこり顔を出した。

「やあ、マエストロ! 来てくれてありがとう。さ、入って入って」

「どうも、ジェリゴー大臣どの」

 マエストロが少し他人行儀に返すと、男は眉を下げた。

「忙しいところ、無理に呼びつけてすまない」

「別に、忙しくはなかったけど」

 客間に通され、マエストロはふかふかの肘掛け椅子に体をうずめた。ジェリゴーが自らぶどう酒の瓶を開け、二つのクリスタルグラスに注いだ。

「そっちこそ、忙しいんじゃないの? 総理大臣なんだから」

「まあ、かなり。……年末年始でも、休めるのはたった二日さ。明日の昼までには王宮に帰らねばならない」

「ふうん、そうですか」

 ぶどう酒を飲みながら、マエストロは客間のあちこちに目を走らせた。

「ここはリゴの別荘?」

「ああ。十年前にせっかく大金はたいて買ったのに、まだ二、三回しか来れてないんだ。だから、勝手がよく分からん」

 おつまみを探し回るジェリゴーの背中に向かって、マエストロは問いかけた。

「奧さんとけんかでもしたの?」

 ジェリゴーがぎくっとした。振り向いた彼は、とても困ったような顔をしている。

「……何でそう思った?」

「せっかくの年明けなのに、一緒にいないから」

 ジェリゴーの妻とは、何度も顔を合わせたことがある。高価なアクセサリーやドレスを自然に身につける堂々とした美女だが、話してみると気配りに溢れた聡明な淑女だ。ジェリゴーとはとても仲が良く、舞踏会や晩餐会には必ず夫婦で出席していた。

彼らの間には子どもも四人いる。下の子はまだ五歳で、同じ建物にいれば少なからず声が聞こえるはずだ。(庭の公園も、彼らのために作られたものらしい)だが、館は静まり返っている。


 ジェリゴーは首を振った。

「けんかはしてない」

「じゃ、何?」

「そう問い詰めないでくれよ。大事な友人と静かに時間を過ごしたかったんだ。この答えじゃダメかね」

「それを信じるには、リゴがちょっと政治家すぎるんだよね」

 マエストロは足を組み、立ったままのジェリゴーをじろりと見上げた。

「外国で新年会を楽しんでいた指揮者じぶんをわざわざ強引に引っ張ってくる事情と狙いが、あるんでしょ。別にただ会うだけなら、いつでもいいんだからさ」

 ジェリゴーは苦笑いして、ぶどう酒の瓶を少し傾けた。

「おかわり、いるかい?」

「ごまかさないでくれるかな」

 そう言いつつ、マエストロはグラスをつきだした。

「で? 自分に何をしてほしいの?」

 うやうやしく酒をつぎながら、ジェリゴーは頼んだ。

「何ってことはないけど、明日まで一緒にこの家で過ごしてほしい。私が帰るとき、ちゃんとクロスランドに送るから」

「…………なんで?」

「訳を言っても、帰らないと約束してくれるか?」

「内容によるでしょ。ほら、座りなよ。順を追って説明して。ご家族が一緒じゃない理由と、わざわざ俺を呼んだ理由を」

 ジェリゴーは、マエストロの正面の揺りいすに腰かけ、丁寧な口調で話し始めた。

「……まず、都の総理官邸って、幽霊が出るじゃないですか」

「知らないよ、何だそれ」

 深刻な顔をしたと思ったらそれか、とマエストロは呆れた。

「いや、本当に出るんだ。幽霊が。まだ私もはっきりと鉢合わせをしたことはなかったんだが」

「うん」

「官邸にはいつも部下が大勢出入りしているし、大して気にもしてなかった。だが、昨日やっと休みがとれて、家族と共にこの別荘に来たら、どうも官邸の幽霊がついてきてしまったみたいなんだ」

 ジェリゴーは青白い顔をしていた。マエストロは先の展開を予想し、眉をひそめた。

「それで?」

「家族はとりあえずホテルに避難させた。だが、幽霊がここに居着いてしまったら困る。この短い休暇の間に、何とかしようと思って……」

「それで何で俺を呼んだの!?」

 マエストロは立ち上がり、カバンを取った。

「悪いけど、帰るよ。馬鹿馬鹿しい」

「ま、待ってくれ。一緒に幽霊を退治してくれないか!」

「リゴは魔法使いじゃないか。しかもラポール最強の。幽霊の一人や二人、自力で何とかできるでしょ」

「幽霊に魔法は効かないんだよ。だから官邸にいた時もずっと放置されてたんだ」

 ジェリゴーはマエストロにすがりついた。

「頼む! 幽霊を退治してくれ! それか、説得でもいい!」

「俺を何だと思ってんの!?」

「シグナスで大蜘蛛を倒したそうじゃないか。あと、魔法使いサザールも!」

「あれはたまたまだって!」

「いや、君だからこそだ。な、お願いだ! 頼むよ、ユーリちゃん……いや、ユリシーズ様!」

「も~~~~~……」

 マエストロはついに折れた。

「言っとくけど、この貸しは高くつくからね」

 そう言うと、ジェリゴーの顔がぱあっと晴れた。

「勿論、勿論だ。今度お礼はたっぷりするよ」

「ふん」

 マエストロは鼻を鳴らし、再び腰を下ろした。

「ラポール王国総理大臣のリゴ様が、まさか幽霊を怖がるとは思わなかったな」

「マエストロは怖くないのか?」

「ないよ、別に」

「じゃあ、なおさらよかった。あ、家にあるもの、何でも好きに使ってくれ」

「そうさせてもらいましょう」

 マエストロは、まずぶどう酒に合うおつまみを要求した。小腹が空いたのだ。


 冬の日没は早い。昼過ぎにこの館に来て、しばらく話し込んでいるとすぐに辺りが暗くなってきた。雑談の切れ目に、マエストロはふと立ち上がった。

 途端にジェリゴーが問いかける。

「どうした? 何か探し物?」

「ううん。ちょっと」

 客間を出ようとすると、ジェリゴーに腕をつかまれた。

「どこに行くんだ? まさか、やっぱり帰るつもりじゃ……」

 マエストロは息を吸い込み、簡潔に言い返す。

「トイレ!!」


 廊下はどっぷりと暗く、確かに不気味である。壁に飾られた鹿の首の剥製を見上げ、趣味が悪いなとマエストロは顔をしかめた。よく見ると虫の死骸が角のつけ根にはさまっており、ますます塞いだ気分になった。


 客間へと戻ってくる途中で、マエストロは足を止めた。


 彼の進行方向、廊下の真ん中に、誰かが立っている。ジェリゴーでないことはすぐにわかった。彼よりも明らかに背が高い。髪は胸のあたりくらいまでまっすぐに伸びている。


「奥様?」


 呼びかけた声は、震えていやしなかっただろうか。返事はない。ただそこに、その「誰か」は立っているだけだ。


「なるほどね」


 マエストロは呟き、まっすぐ前を見つめた。それから背筋を伸ばし、大股で歩き出した。ただそこにいる「だけ」の存在なら、普通に通り抜けてしまえばいい。


 だが、「それ」のちょうどすぐ前にさしかかった時、がくんと膝が崩れた。何の前兆もなかった。


「あ…………」


 床にうずくまり、マエストロは暴れ出す心臓を押さえた。異様に気分が高ぶっている。何故? 足から力がすっかり抜けてしまい、立ち上がることができない。床を見つめ、マエストロはゆっくりと呼吸をする。


 柔らかい何かが、さらりとマエストロの頭や首筋に触れた。くすぐったさで、それが髪の毛であることがわかった。


 全身が総毛立つ。マエストロは床に座り込んでいるのに、背の高い「それ」の髪の毛が届くはずがない。もし__「それ」が、マエストロの上にかがみこんでいるのでなければ。


 髪の毛がゆらりと動いた。顔を上げてはいけない。警告めいた確信がマエストロの脳内を駆け巡り、固く目を閉じた。もし、「それ」の顔を近くで見てしまったら。目があってしまったら。


 さらり、さらりと長い髪の毛がマエストロの上を移動する。「それ」がなんとかマエストロの顔をのぞきこもうと、左右に顔を動かしている様子が思い浮かんだ。助けを呼ぼうにも、喉がからからに乾いて声は出ない。そもそも、声を出してしまったらどうなるのか、見当もつかなかった。


 マエストロの耳に、声が流れ込んだ。



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