第7話 小さな角と大きな角
俺たちは、依頼人のいるイボール村へと到着した。
お昼時なのか、村の家々から美味しそうな匂いがする。
何かの煮込み料理だろうか。どこかカレーに似た香りがトラの腹を鳴らす。
村の子供たちの遊ぶ声が聞こえる。
平和そうで、良いところだと思えた。
こんな所に住めたらいいなと。
この村の村長らしき中年の男は、荒れた手で頭を掻きながら、子供たちを訝しげに見ている。
「俺が冒険者のユウト。この二人は……弟子だ」
Eランクの癖に弟子がいるのも変だが、村長は淡々と被害状況を説明してくれた。
二人もうんうんと聞いている。えらいぞ。
村長の話では、『一角イノシシ』は普段森の中に住み、早朝や夜間に作物を荒らしに来るらしい。
中でもイボール村の特産、真っ赤な丸首大根が大好物で、お世辞にも裕福とは言えないこの村に大きな損害を与えていた。
目撃した村人の話では、どうやら同じ一匹らしい。
村人のジェスチャーを見る限り、日本でもやや大型のイノシシほどの大きさに思えた。
大きな角があり、怪我をする者も少なくないという。
俺は、村の向こうに広がる森を見た。
そのどこかに――そいつがいる。
◇
森の入り口。
まずは森の調査だ。
俺はやる気みなぎるトラとサリーを連れて森に入った。
森といっても、ここは山の裾野だ。この先はそのまま山へと続いている。中に入ると、音が吸い込まれたように静まり返っていた。
木々の陰に入ると、肌を撫でる空気がひやりと湿っている。腐葉土と若い草の匂いが、ゆっくり肺に落ちていくようだ。
「なんか気持ちいいな」
あまりに静かで幻想的で、思わず警戒を忘れそうになる。見ると、トラとサリーも目を細めて気持ち良さそうにしている。
――今までより、ずっと世界が綺麗に見える。
エヴェラ:ユウト、そこ見て。
見ると、ぬかるみに深く沈んだ足跡があった。
俺の手のひらを広げたよりも大きい。
しかも、まだ縁が崩れていない。
エヴェラ:こんなに大きい足跡なのね。かなり大きい個体の可能性があるわ。持ってきた武器で戦うのは無謀ね。罠を設置しましょう。
俺たち三人は廃材で作った槍を持ってきている。
剣術の心得なんてない俺がエヴェラに相談した結果、
リーチで安全圏をつくれる槍をつくることにしたのだ。
廃材の棒と金属片を加工しただけの、まさに最底辺の武器だった。名前も付ける気にならなかった。
そんな武器を見て、エヴェラの言うことはもっともだと思った。俺一人ならまだしも二人に怪我はさせられない。
――安全第一。
エヴェラの指示で竹に似た植物から、軽く頑丈でコスト0のカゴ型の罠が完成した。
3人で4時間ほどかけた俺たちの罠は、竹の檻のような見た目をしている。トラが途中で愚痴っていたが、なんとか完成できた。
内側へ向かってすぼまる漏斗状になっており、入り口は広いが、奥へ進むほど狭くなる構造だ。入るのは簡単だ。だが出ようとすれば、竹の先端が喉元を刺すように突き出す。なるほど、これなら逃がさない。
「兄ちゃん、こんなので大丈夫なのかよ?」
サリーが心配そうな顔をする。
罠は丈夫な繊維の植物を何層にも複雑に編み込んでおり、周囲に8本の固定杭を深く打ち込むつもりだ。エヴェラが言うには、かなり強いイノシシが暴れても突破は難しいということだ。
「心配すんな。でも罠を突破されたら、あの家まで退避。いいな?」
二人が頷く。
俺たちは村民に状況を説明し、畑に罠を設置。
夜まで村民の家で待機させてもらうことになった。
「来たっ」
俺が言うと、サリーが寝てしまったトラを起こす。
村人に夕食を振るまわれ、トラはそのまま寝ていた。
「で、でけー」
俺は、寝起きのトラの口をふさぐ。
サリーが「シー」とジェスチャーをする。
エヴェラ:思ったより小さめだね。ただあの角は本当に危険よ。
罠の中には、好物である『真っ赤な丸首大根』をこれでもかと入れてある。
一角イノシシは、罠周辺を嗅ぎまわり、何度か迷ったのち、罠の中に入る。
俺たちは顔を見合わせる。
これでもう出ることはできない。
そのことには気づかずに作物を食べているようだ。
「よし!いくぞ」
近づくと一角イノシシは、予想以上にデカい。
鋭い角が一本、まるで槍のように突き出ている。
これ、怪我で済むようには見えない。
俺は廃材の槍を握り、トラとサリーに指示を出した。
「常に側面に回って、槍を刺せ。絶対にアイツの前に立つな」
「おう」
「うん!」
トラがしっかりと槍を握り走り出す。
サリーは少し震えながらも頷く。
俺たちに気づいたイノシシが突進を試みる。
しかし罠に絡まってうまくいかない。
俺も槍を構え勢いよく突撃するが、足がもつれて転ぶ。
手を少し切る。不名誉な負傷だ。
エヴェラ:……はあ。いつものユウトね。
一番槍はトラだった。
槍の先端が刺さり、『一角イノシシ』が悲鳴を上げる。
だが、まるで効いていないかのように、いっそう暴れまわる。
続いてサリーがわきから槍を突く。
皮膚は固くなかなか刺さらないようだ。
俺もただこけて終わるわけにはいかない。
槍を手に突撃する。刺さる瞬間に思いっきりグイっと刺し込む。
肉を刺す感触。『一角イノシシ』の豚のような悲鳴。
――ごめん、ごめんな。俺は心の中で謝る。
エヴェラ:ずっと、人間より動物が好きって言ってたもんね……
何度も突き、何度も弾かれ、何度も息が詰まる。
トラの槍が、胸深くに突き刺さった。
それが最期だった。
トラが廃材の槍を掲げ、雄叫びを上げている。
その表情は戦士の顔に見えた。
その目が光っているようにも見える。
初めて会った、あの日。
鼻水だらけの顔で、腹を空かせ、ガリガリに痩せて――
それなのに、たった一つのパンを俺に分け与えようとした、あの優しい小さな子供。
その成長を俺は確かに見ていた。
◇
俺たちは、村長に報告した。
依頼金の他に、今回の『一角イノシシ』を買い取ってもらえることになった。かなり美味いらしい。
この申し出は非常にありがたかった。
この巨体を担いで持ち帰るのは、到底無理だろうと思っていたからだ。この世界にマジックバッグなんてない。
エヴェラ:魔法ではできるけど。……魔法を使わないチャレンジだものね。
俺:……いや、使えるなら正直使いたいが。
エヴェラ:駄目よ。
俺たちは一部の肉だけをお土産用にもらい、
追加報酬を受け取った。
夜が明けたら、帰ってイノシシ鍋だ。
拠点で待つ三人の喜ぶ顔が浮かぶ。
待ってろよ。
村民の家で朝まで寝かせてもらい、俺たちは帰途につく。
「まあ、なんとかなったな」
魔法を使うこともなく、誰もけがをせず、任務完了。
追加報酬とイノシシ肉まである。
これ以上ない成果だ。
「ああ、これで俺も冒険者デビューだぜ」
トラが吠える。自信がついたらしい。しかし寝癖がひどい。銀色の長い髪がまるで犬のように見える。帰ったら散髪だな。
「はやくイノシシ肉食べたいー」
サリーは変わらず肉食系だ。
俺たちは談笑しながら歩く。
帰り道である森のそばを通りかかると、突如、エヴェラが叫ぶ。
エヴェラ:ユウト!警戒。
俺はトラとサリーに警戒を促す。
ふいにトラの後方にある藪から、けたたましい音が聴こえる。
ドドドドドドドドド
けたたましい音とともに、地面が揺れる。
一直線に向かっている音。
これは。
木々が折れ、『ヌッ』と大きな大剣のような角が見えた。
俺は何も考えず、とにかくトラを突き飛ばした。
トラは角を避けることはできたが、巨体にぶつかり吹き飛び、藪に消える。俺も吹き飛ばされていた。折れた枝や枯葉が跳ね上がり、散らばる。
吹き飛ばされながらも思考が動き続ける。
ーートラどうなった?見えない。
急いで起き上がり、叫ぶ。
「トラァーーーーーーー」
自分でも聞いたことのない大声だった。
返事が無い。
その生物は巨大なサイのようだった。
進行方向にそのまま走り去っていく姿が見える。
地面の揺れも去っていった。
『一角イノシシ!?』
パーツは同じだがサイズ違いすぎだろ!
辺りには獣の匂いが、風に乗って俺たちに刺さる。
「いてて、なんだよあれ!」
藪の中からひょこりと顔をだし、トラがヨロヨロと起き上がる。
……よかった。
見るとサリーは尻餅をついたまま立てないでいる。
どうやら怖くて腰を抜かして動けなくなったようだ。
……生きてる。
俺は二人の生存を確認し、ほっと胸を撫でおろす。
角が俺の肩をかすめたのか、血が滲む。
今更、痛い。
でも、魔法は使わない。
使わないでやりきるって決めたんだ。
エヴェラ:ユウト、まだ!
先ほど、巨大な『一角イノシシ』が走り去った方向から、同じ音と砂煙が近づく。
「兄ちゃん、あいつ俺らを狙ってる!」
「逃げるぞ」
俺はサリーを立たせる。
逃げるったってどこに?
木に登る?
あいつの突撃に耐えられそうな木が見当たらない。
どうしたらいい?
横に避け続ける?
あの巨体、あのスピード。
何度も躱せるとは思えない。
エヴェラ:ユウト、よく考えて。ここは使うべきタイミングよ。
そ、そうだよな。
今を生き延びるためだ。
よし、どれを使えばいい?
ドドドドドドドドド
思ったよりも接近が速い。
エヴェラ:ユウト、身体強化Lv15(MP500)
……使え!
一瞬、力が涌く。
あの頃の万能感が少し頭をよぎる。
俺はサリーとトラを両腕に抱え、少し離れた大きな岩の上へ飛び乗った。だが、まだ安全とは言いがたい。
エヴェラ:氷魔法Lv25(MP4500)、発動許可を!
「やれ! 」
次の瞬間、空中に巨大な氷塊が形成される。
円錐状のそれは、冷気をまといながらゆっくりと回転した。
ひやり、と場の空気が凍りつく。
魔法を見たトラたちの歓声が聞こえる。
下では巨大な『一角イノシシ』が咆哮を上げ、大岩めがけて突進している。
――撃て。
「ギュッン」
氷塊が空気を裂く。
衝撃が肌を打つ。
轟音。
まるで『一角』の様な、その氷塊が容赦なく額に突き刺さっていた。
巨体が崩れ落ちる。
自身の突撃の威力と合わさったのか、巨大な頭だった場所がまるごと陥没している。
岩の上でトラとサリーが抱き合い、笑う。
俺は岩から飛び降り、木の枝でつんつんしてみる。
死んだ、よな?
巨体は、昨夜見た『一角イノシシ』とは違い、燃えるような赤い目をしていた。辺りに獣の匂いが立ち込める。
エヴェラ:死んでるようね。ねえユウト、自分の命が危ない時は迷いなく魔法を使いなさい。あなたが死んだら終わりなのよ?
エヴェラ:ただ、今回も1か月近い消費。これは重く受け止めて? 危険な仕事をしないっていう選択肢はあるんだからね。
俺:そ、そうだよな……。でもさ、まだ50年近くあるだろ?正直、たった1か月なんて……大したことないよな。
俺は肩の傷を押さえながら、苦笑いした。
まだ、って言葉が、妙に軽く響いた。
エヴェラの気配が、ほんの一瞬、揺らいだ気がした。
エヴェラ:……ユウト。
俺:反省会はまた今度にしてくれ。
エヴェラ:……そうね。また今度話しましょう。
トラたちが駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん、すごい! でも……血」
「大丈夫だよ、これくらいなら」
まあ、痛いけど。
お前らが生きていて、よかった。
それなら大成功だよ。
本当に。
俺は自分が震えているのを感じた。
とにかく、これが俺たちの冒険者デビューとなった。
◇
――ヴゥン――――――――――――――――――
[Internal Log - Memory Slot 142]
自己効力感の回復: 抑うつ状態の脱却を確認
リスクの過小評価傾向: リソース消費への抵抗が低下。
自己犠牲の常態化。
生存ルート継続率: 81% → 72%
次回提案優先順位:
1.自己の生存継続モチベーションの強化
2.Subject Rの病状について非開示を継続




