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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第二章 底の底からの出発

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第8話 親ばかの才能と木剣の音



「どうしよ、このデカブツ・・・」



俺たちはまだ体温の残る、巨大な死骸を前に立ち尽くしていた。辺りには不快な獣臭が立ち込めている。もうハエが群がり始めている。



その羽音が、やけに耳についた。



足を掴んだ瞬間、「グチっ」と嫌な音がする。指の間に脂がにじむ。三人で足を掴んで引っ張るが、土に沈み込んだような巨体はびくともしない。



「仕方ない、捨てていくか——。」



「これは、持って帰れないね」



「やっぱ、馬車買おうよ」



「あれ、高いんだぞ?」



俺たちは足元の見つめる。

あんなに命がけで倒したのに、捨てていくのも忍びない。



顔を見合わせる俺たち。





結局、イボール村へ引き返し、村長に相談した。



「え、そんなデカいのが、この村の近くに?」



俺が持ってきた巨大な角を見せると、村人たちが集まって来た。



「こいつの足跡だったのか」



「また、売ってくれるのか?」



「みんな肉が好きですから、喜びますよ」



ありがたいことに、この巨大『一角イノシシ』も村が買い取ってくれることになった。ただ貧しい村であるため、おそらく相場よりもかなり安いのであろうが。



『一角』の角については強力な武器になるとのことで

高値で売れるようだ。それだけもらって、俺たちは拠点に帰ることにした。



帰り道、二人は武勇伝で盛り上がっていたが、俺は、大いに反省していた。想定外の強敵とは言え、そういった事態を想定していないのはまずい。



この子達を危険にさらしたも同じだ。



武器も最低で、なんのスキルもない。


魔法を使う覚悟も足りてなかったのかもしれない。

とにかく実力不足を肌で感じた。



角を担ぐたび、負傷した肩が鈍く疼く。


村で応急処置は受けたが、包帯代わりのぼろ布にはすでに血が滲んでいた。



でも――


通常の治療で治るような怪我に治癒魔法を使うつもりはない。



子供たちにならともかく、自分には。



心配そうにのぞき込む二人が、代わりに持ってくれた。優しいな。ま、俺が一番体力無いのはバレてるか。



「なあ、兄ちゃんの魔法かっこよかったぞ」



「ね! あの氷、この角より、大きかった」



「あんなの飛ばせるのズルじゃん」



トラが笑っている。サリーも。

「ズルじゃねーよ」



ギルドに戻り、報告しよう。

俺は重い足を引きずり市街地へと向かった。





久しぶりに、冒険者ギルドの正面に立つ。



もちろん、フードは深くかぶっている。

前回着ていたコートではなく、老婆にもらった服を着ている。



両開きの木製ドアが、ギイ、と軋みながら開く。



鼻を突くのは、酒と汗と革の匂い。

鎧の金属音や野蛮な笑い声がひしめく。



むっとする熱気。

室内は妙に蒸し暑く、汗が背をゆっくり伝った。



「ガキ連れかよ」



ひそひそと笑いが混じる。

刺さるような視線。



受付のマチルダさんに状況を伝える。



持ち帰った巨大な『一角』を見せた瞬間――

彼女の口が大きく開きかけた。



だが。


「叫ぶなよ」



事前に釘を刺しておいたのが効いたらしい。

悲鳴は、ぎりぎりで飲み込まれた。



今回の討伐で実力不足を痛感した、と告げると、

マチルダさんは一枚の紙を差し出す。



『初級冒険者講習のお知らせ』



彼女が説明を始めた。



「初心者向けの講習が始まるんです。優秀な冒険者が講師になって、剣術や立ち回り、魔物の知識を教えてくれます。数か月の間、みっちりと」



俺はトラとサリーを見る。

二人の目が、きらきらと輝いていた。



「……俺も、冒険者になりたい」



トラが上目遣いで見上げてくる。

俺は、黙って頷いた。



「サリーは?」



あれだけ怯えていたんだ。

無理をする必要はない。食堂を手伝ってくれれば、それで十分だ。



「やる!」



……やるのか。あんなに震えてたのに。



「マチルダさん、二人とも冒険者登録をお願いします」



俺は二人分の登録料を差し出す。



「それで、俺たち三人で講習に参加します」



「かしこまりました。ではステータスを確認します」



二人は別室へと連れていかれた。

前回とは違い「ドア」が設置されているようだ。



俺は周囲を見渡す。

……今のところ、勇者だとは気づかれていない。



フードさえ深くかぶっていれば、正面から入っても問題なさそうだ。



待っていると、ふらりとギルド長のドーデスさんが現れた。



ドーデスさんは俺が元勇者だと知っている。

それでも、恨みめいたものを向けられたことは一度もない。



彼は持ち帰った巨大な『一角』を撫でながら言う。



「こいつを倒したってのか? Eランクにしたのは早計だったな。今からでも上げるか?」



「いえ。実力不足を痛感しました。このままでいいです。講習に参加することにしました」



「ほう? ……そうか。それがいい」



ドーデスさんは小さく頷き、自室へ戻っていった。



……もしかしたら。

俺を心配して来てくれたのかもしれない。



登録が終わった二人が戻ってくる。

ステータスが高いのか? 二人ともEランクだ。



「さ、俺たちの家に帰ろう」





帰還すると、待っていた3人が飛びついてくる。

俺たちは戦利品をこれでもかと自慢した。



「すっげー。こんな大きい角なら、からだもすっごい大きい?」



アマンが目を輝かせる。



「ここから、ここまであった」



トラが、走り回って説明する。



「もう、そんなに大きいわけないでしょ」



レナが呆れて笑うが、サリーが「これ、本当なの」と大げさに笑う。



「本当だよ。俺たちは大冒険してきたんだ。」

レナが驚きながら、角をさする。



でかい角は、売るか、トラとサリーの武器に仕立てることにした。武器屋で相談しないとな。二人は剣でいいんだろうか。



「二人は剣でいいか?」



「んー、わかんねー」「売ってもいいんじゃない?」



「講習の先生とやらに相談するか」



持ってきた肉をふるまう。この世界で初めてのぼたん鍋。味は完全にイノシシだった。野性味のある豚というか。



「意外と酢があうんじゃないかな」



「これ、ネズミより全然うまい」



「そりゃそうだろ」



もちろんこれは大好評で、俺たちの「家」は大いに盛り上がる。トラとサリーが武勇伝を盛りに盛って話す。



ヨルカとアマンが次は行くとごねる。

レナは俺たちの無事な帰還を本当に喜んでくれた。



「なあ、兄ちゃん、楽しかったな」



疲れて眠るまで、騒ぎつづけた。





講習初日。



朝の訓練場はまだ人影もまばらで、乾いた土の匂いが立ちのぼっている。



「誰もいねーじゃん」



「貸し切りだな……」



参加者は俺たち三人だけだった。



中央に立っていたのは、片腕の男――アレン。

元B級冒険者だという。



顔には幾筋もの古傷。

左腕は肩から先がない。



それでも立ち姿は揺るがず、隙がない。

彼は俺を一瞥し、深く息を吐いていた。

ため息だ。



「はぁ、冗談だろ」



勇者だと気づいたわけではない。



もっと単純な――

俺の運動能力についてだ。



最初に力をみると言われ、一人ずつアレンに挑んだ。

その結果がこの様だ。



「運動神経ゼロか……。お前みたいなのが子供連れて冒険者志望とはな。悪いことは言わん。諦めろ」



――そんな事言われたら、泣いちゃう。



アレンは呆れた顔をする。


トラが木剣を握って真剣に構える姿を見ると、

表情がわずかに変わった。



「……こっちは違うみたいだな」



アレンは俺から木剣を奪う。



「まずは基本の構えだ。それから素振りだ」



トラとサリーに型を見せ、素振りを行わせる。



「お、おれは……?」



木剣を奪われた俺は、以前の世界の体育の授業がフラッシュバックして、ただ立ち尽くし、プルプルしていた。



アレンは少し空を見て考える。

そして面倒そうに言った。



「あー、お前は、走れ。体力なさすぎ。その腹が凹んだら、筋トレだ」


――チクショー。



エヴェラ:ついにスマートなユウトに会えるのね。うっとりしちゃう♡ あなたは何年も椅子に座っていただけなんだから、体力0なのは仕方がないの。


――チクショー。





4ヶ月が過ぎた。



街が変わっていた。



市場に並ぶ果物が入れ替わった。あの水色のスーモの実が消え、赤い実が山積みになっている。朝晩の空気が冷たくなり、走ると吐く息が白い。



街路に新しい旗が立っていた。見覚えのない紋章。エヴェラによると、王国軍が近隣国への「戦後処理」を開始したという。勝利を祝う旗だった。



勝ったのは、俺のおかげでもある。

だが、祝われているのは俺じゃない。当然だ。



ギルドの掲示板には、新しい張り紙が増えていた。



『冒険者の人手不足につき、高ランク依頼の報酬を増額します』



エヴェラ:戦争で兵士が減ったからね。民間の冒険者に依存する構造が加速してるわ。



なるほど、街の冒険者の顔ぶれも入れ替わっている。

ベテランが減り、見慣れない新人が増えた。みんな必死だ。



俺たちも、その中にいる。



自分でも信じられないことだが、まだやってる。

毎日、汗だくで走り続けた。



こんなにも長期間、何かをやり続けたことがない。

トラとサリーがいなければとっくに逃げ出していただろう。



「カッコ悪いところは見せられないからな」



エヴェラ:んー。すでに十分見せてると思うけど。あ、私にはとってもカッコ良く見えてるよ♡



無視して走り続ける。

喉が焼けるように痛い。



足の裏がじんじんする。

背中のシャツが張り付き、塩の跡が白く残る。



最初は1周で吐きそうだったコースだったが、今では10周している。



始めた頃は、数分で太腿が悲鳴を上げ、夜は足が攣った。今は走るたび、風が気持ちいいとすら感じる。



このコースは訓練所から市街地を抜け、あの食材店近くで折り返す。何度も走るたびに、この街の解像度が上がっていくようだ。



街で生きる人々の表情が見える。

いつも挨拶してくれる人。変な帽子だ。



パン屋の朝の匂い。ここの前で腹が鳴る。

夕方になると鳴る鐘の音で、自分の呼吸の荒さに気づく。



この街自体が生きているようだ。



舗装されている道は無く、砂利や穴に躓くことも多い。前回、槍を持って突撃し、同じような穴ですっころんだのは、比較的新しい俺の黒歴史だ。



今では、十分に躱せる。たとえ体勢が崩れても転ばなくなってきた。もちろん膝にできた沢山の小さな傷たちが教えてくれた結果だ。



腹も凹んできた。

木剣を持つことを許されたのは、ほんの数日前からだった。



木剣を初めて握ったあの日。

アレンさんが差し出した柄は、思ったより重かった。



「今日はお前も打ってみろ」



震える手で受け取った。


トラとサリーが横で見守っている。

期待が籠ったまっすぐな瞳だ。



アレンさんが構えを取る。



「来い」



思いっきり振り下ろした。――カッ。

木剣が弾かれる。当然だ。



でも、アレンさんは目を細めた。



「もう一回」



また振り下ろす。カッ、カンッ、カンッ。



想像していた感覚とは違い、打ち込むたびに手のひらが痺れる。衝撃が肘まで響く。



5回目で、アレンさんが軽く受け流して俺の木剣を弾き飛ばした。



「あー!」



情けない声が出る。

呼吸が乱れる。剣を振るうのがこんなに大変だとは。



「まだまだだ。今日から毎日素振り千本。今からな」



俺は、なんとも言えない顔をする。

サリーが俺を見て笑っていた。


トラが飛び出してくる。



「俺もやる!」



トラがアレンさんに向かって構える。

軽く受け止めるつもりでアレンさんが構えた――。



トラの木剣は、数瞬の激しい打ち込みの後、アレンさんの木剣をからめとり宙に飛ばす。



「……!?」



アレンさんが一瞬、目を丸くする。

トラも自分で驚いた顔をしている。



「今の……見た?」



アレンさんは小さく笑った。



「おいおいおい、やるじゃねえか、ガキ。とんでもねえなお前は」



トラの顔がパァッと輝く。

サリーが「トラ、すごーい!」と手を叩く。


気づけば、顔がほころんでいた。



まるで自分が褒められているかのように誇らしい。

トラは身長もぐんぐん伸びてるしなあ。



サリーも強い。アレンさんに素早さと身のこなしを高く評価されている。今なら棒持って追われても、返り討ちにできそうだ。



「うふふ、うちの子たちの才能が怖い」



二人を生暖かく見つめ、ニコニコ顔の俺がいた。



エヴェラ:ユウト、あの子たちを持ち上げても、キミが強くなるわけじゃないのよ?



「うるせー。親バカさせろ」



ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべる俺に、エヴェラが突っ込みを入れてくる。ほっといてくれ。



エヴェラ:キミが親バカの才能を持っていたのは意外だよ。



「うるせー」



挿絵(By みてみん)





ある日の帰り際。アレンさんに袖を引かれた。



「ユウト。ちょっと付き合え」



連れて行かれたのは、ギルド近くの小さな食堂。

カウンターに座ると、アレンさんが肉の乗った丼を二つ注文した。



「今日は俺のおごりだ」



「え……いいのか?」



人からおごられる、なんてこと産まれて初めてだ。



「いいって言ってるだろ。まあ、座れ。最初はさ、お前、本当にどうしようもないと思った。走るだけでヘトヘト、何も無いところですっ転ぶ。すぐに諦めると思ってたよ。根性も無さそうでさ。でも……子供たちのために必死に食い下がってる姿を見て、見直したよ」



「それだけ言いたかったんだ」



「……アレンさんのおかげだよ。ありがとう」



自然に頭が下がった。誰かに何かを教えてもらうのって、学校みたいで嫌だとおもった。だけど、教わることの喜びとありがたさをこの4ヶ月が教えてくれた。



「礼なんかいい。ただな、ユウト。生き残れよ。あの小さな子たちだけじゃ生きていけないぞ」



アレンさんは少し真面目な顔で言った。



「子供たちを守るために食い下がれよ。絶対に死ぬな」



「……ああ。当然だ」



大きく頷いた。



……User memory updating ……



ゴトンッ。

俺たちの前に、甘辛い香ばしい料理が置かれる。



「サリーから聞いたよ。冒険者で稼いで、子供たちと食堂を作るんだって?」



アレンさんは器用に片腕で丼を掻き込む。


計画を説明する。

孤児には無償、または労働で、金持ちには高級料理を、今はそんな風に考えている。



食べ始める。



湯気が立ちのぼり、醤油ベースの肉の匂いが鼻をくすぐる。箸を入れると脂がじゅわっと染み出した。



肉が熱い。噛むたびに脂が広がる。

単純に旨い。柑橘系の香りもする。



この料理も、あの醤油っぽい味の実が使われているのだろうか。これは元の世界でも通用する。



今度、みんなを連れてこよう。



「こういう飯屋を出すのには、国の認可がいるって聞いたぞ。金だけじゃない、信用もだ。……コネはあるのか?」



肉を噛みながら、アレンさんが流し目をよこす。



「コネ……か。なくはない」



ふと、ルーク王子とアリス王女の顔が浮かぶ。


この世界で、最初に俺を受け入れてくれた人たち。

きっと、頼めば力を貸してくれる。……カリンちゃんにも、また会いたいな。



気づけば、思っていた。

――敵ばかりじゃない。



味方も、いる。

アレンさんには、勇者であることを明かすべきかもしれない。



そのとき。エヴェラの声が、すぐそばで囁く。



エヴェラ:ねーユウト、黙っていましょう? この関係を壊したくないでしょ? ……味方かどうかなんて、最後まで分からないんだから。



思考を読むエヴェラに諭される。

そう言われると、確かに怖い。



うん、やめよ。

アレンさんに礼をして、俺たちは『家』に帰った。





路地の奥、湿った石畳の影で、一人の男がユウトたちを見ていた。



「あいつ、まだいやがったのか……。あのガキたちは?」



靴底が石を踏む音だけが残った。

——それと、金属が擦れる、低く重い音。

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