第9話 剣と魔法と
朝、エヴェラに起こされて目を覚ます。
目覚まし時計もなく、朝の陽ざしも届かない俺たちの家では、エヴェラに起こしてもらうしかない。MPが少なくなった影響なのか、最近、壁の細かな凹凸や、天井のひび割れまで目に入る。
天井も壁も、この世界特有の見たこともない素材でできており、触れるとわずかに柔らかい。食べ物や動植物も似てるようで、違う。
ふと思う。
ここは、どこなんだろう。
今更ながらに、俺は何も知らない。
この国の名前さえ知らないことに――今更気づく。
エヴェラ:今までは、まさに周りが見えていなかったのかもね。やっと余裕が出てきたってことだよ。ちなみに、ここはルクサーン王国の旧市街地の地下に広がる遺跡の一つだね。マップはかなり広いよ。
ルクサーン王国か。思い返してみると何度か聞いた気もする。拠点から先にある崩壊した通路の向こうに、広大な遺跡があるのかもしれない。
目をこすりながら起き上がると、起きているのはレナだけだ。いつも一番早くに起きて、暖炉に火を入れてくれる。
「……コホコホ」
レナが咳をしているのが聞こえる。
「おはよー、レナ。どうした、風邪ひいたか? 治療するよ」
俺に聞かれたのがまずいと思ったのか、レナは口に手を当てた。
「ううん。少しむせただけだから、大丈夫だよ。おはよう、お兄ちゃん」
彼女は青白い顔でにっこりと笑う。
エヴェラ:ユウト、なんでも魔法で治していたら、身体の免疫系だって成長しないのよ?
風邪を克服することで免疫系が成長していく――たしかにどこかで読んだな。
だが遠慮するようなことはしてほしくないな。無理強いはできないが。
まだ小さいヨルカとアマンはよく眠る。トラとサリーは中学生くらいのはずだが、日々の訓練でクタクタになり、泥のように眠っているようだ。
だけど、今日も俺たちは朝からギルドで訓練だ。気持ちよさそうに眠る二人には悪いが、今日も起こさせてもらうぜ。俺は二人を、はげしくユサユサする。
「ま、まだ寝るー」
サリーがよだれを垂らしながら、布団に潜り込む。トラは微動だにすらしない。
俺たちはギルドの訓練の傍ら、安全そうな依頼をこなしていた。だから今は最初のボロボロのカーテンのような布団ではなく、ちゃんと買ったふかふかの布団と毛布を使っている。これ買ってから、みんな起きれないんだよな。
エヴェラがお前もだ、とつぶやく。確かにそうだ。
そうこうしているうちにヨルカとアマンが起きる。
「よし、二人ともジャンプだ」
二人は慣れたもので、眠りこける二人にジャンプ攻撃をしかける。ここに住み始めて3か月と少し、俺たちはこんな日常を過ごしていた。
◇
冒険者ギルドの訓練場は、朝の光に包まれていた。
訓練場といっても、テニスコートくらいの広さの空き地で、隅に魔法や弓矢の的がある程度の施設だ。
「――まず覚えろ。冒険は"力比べ"じゃない。"生存競争"だ」
片腕で器用に腕を組んだB級冒険者アレンが、低い声で言う。ハードレザー製の軽鎧を身に着け、細身の剣を腰に差している。
「お前たちはパーティとしてやっていくんだろ? 今日は、連携について教える」
アレンが俺たちを見まわす。
「一人じゃ生き残れなくても、助け合えばその可能性はぐっと上がる」
並んで立っていた俺、トラ、サリーはうんうんと聞いている。
「当然、連携がうまくいかなければその逆だ」
なぜか俺のほうを見てそう続けた。
アレンはトラにとってはやや大きめのラウンドシールドを渡す。
「トラ。お前は盾を持て」
「え、俺が?」
「そうだ、前に出るんじゃねえ。"立つ"んだ。逃げるな。仲間のために壁になれ」
トラは一瞬迷ったが、やがて大きくうなずいた。
「まあ、体格的に本来はユウトがやるべきなんだが……」
アレンさんは俺を見て、頭を振る。俺じゃダメらしい。
「サリー。お前は遊撃だ。正面から斬るな。横を取れ。足を狙え。敵の視線を奪え」
サリーはナイフを少し長くしたような小剣を二本使うことになった。彼女は異様にすばしっこく、訓練で何度かやらされた鬼ごっこでは誰にも捕まえられなかった。
「速さは武器だ」
そして、アレンさんは俺を見る。
「ユウトは――魔法使えるか?」
「使えは……する。が、事情があって使えない」
アレンさんが頭を抱える。すまん。
「なんだそりゃ。はぁ、わかった。今日から弓を持て」
エヴェラ:なるほどね。運動神経0のユウトを前衛に立たせず、弓を持たせる。アレンは本当にあなたたちのこと見ているわ♡
俺:なんか戦力外通告にも聞こえるんだが?
エヴェラ:まかせて、弓なら矢じりに細工だってできるから、ユウトだってそれなりの戦力にしてみせる。まあ、まっすぐ飛べばだけど。
俺:おいおい、俺をなめていられるのも今のうちだぜ。
その日の訓練は徹底していた。
トラはひたすら盾を構え、押され、踏ん張る。
サリーは周囲を走り、死角に回り込む。
俺は隅っこで弓の練習をする。全然当たらないため、的から2メートルの距離で練習することになった。アレンには、ほぼ放置されていたが、エヴェラがフォームを指導してくれたおかげか、夕方にはそれなりに飛ぶようになっていた。
連携。
三人で戦う。
俺たちはパーティだ。
◇
数週間後、実戦訓練としてアレンが森での討伐依頼を指示した。俺たちの連携を確認して、問題なければ卒業ということらしい。
討伐対象は、異世界では定番のゴブリン。
Eランクの依頼だ。
俺たちの目の前には、身長130センチほどの半裸姿のゴブリンが4体。口が裂け、童話に出てくる悪魔のような顔をしている。
ちょっと怖い。そして臭い。こいつらの体臭なのか、ひどいアンモニア臭が、すでに俺たちの鼻腔にダメージを与えている。
ボロボロの錆びたナイフやお手製のこん棒を手に、ギーッギーと鳴き声なのか何かを喚いては、唾を飛ばす。
「トラ、前!」
「任せろ!」
盾がぶつかる。
衝撃音。
ゴブリンのこん棒が思い切り叩きつけられるが、トラは動かない。
なんでトラはこんなに力があるんだ。
――そして、なぜ俺にはないのか。
「サリー!」
「いくよ!」
風のように横からすり抜け、同時に斬撃を繰り出す。
ほんの数瞬でゴブリン2体の足をサリーの小剣が撫でた。
ゴブリンが短く悲鳴を上げ、怯む。
赤い血が土ににじむ。
「今だ!」
トラとサリーが後方に飛び下がる。
俺は準備していた矢をつがえ、胸を大きく開いて弦を絞っている。
指先が、わずかに震えているのがわかる。
「シッ」
口で言った。
並んだ2体のゴブリンの右側の個体。緑色に光る腹を狙ったその矢は――ゴブリンたちの足元に突き刺さる。
エヴェラがため息をつくのが聴こえる。
しかし。
――ダンッ!
爆ぜる。
突き刺さった矢は小規模な爆発を起こした。
この日のために作ったエヴェラ自信作である。
土埃の中、2体のゴブリンの足はへしゃげ、倒れ込んでいる。
一気に距離を詰めたトラとサリーがとどめを刺す。
残る2体は逃げ出し、アレンの声が飛ぶ。
「落ち着け! 焦るな!」
サリーが小剣を、投げナイフのように1体に放つ。それが肩甲骨に突き刺さり倒れ込むゴブリン。追いついたトラが首筋に剣を突き刺した。
俺は毒矢をつがえていた。
エヴェラ:ユウト、また外すと思うからちょっと手伝うね。感覚を私に合わせて?
俺は言葉ではなく、彼女がイメージで示すフォームをなぞるように体を動かす。身体が、指先がイメージと一致する。
エヴェラ:今!
――撃。
それなりの距離があったが、逃げるゴブリンが振り向いた瞬間、矢はその額にストンと刺さった。
なんの毒だかわからないが、エヴェラの指示で作ったこの矢に射たれたゴブリンは、みるみる顔色を変え、泡を吐きながら倒れる。怖すぎる。
戦闘は終わった。
「……できた!」
トラが息を吐く。
「なんか、冒険者っぽい!」
サリーは走り回りながら笑う。
アレンはわずかに口元を緩めた。
「形になってきたな、合格だ」
帰り道。夕暮れの街道。
トラが盾を何度も叩き、サリーが鼻歌を歌っている。
まだ、興奮が冷め切らないようだ。
アレンに最後の射撃について褒められる。
初めて褒められてうれしいが、エヴェラの力だったのでやや複雑だ。
それでも俺たちは、『冒険者としてやっていける』という大きな自信を得たのは間違いない。
俺は大満足の顔で、帰路を歩む。足取りが軽い。
背中を照らす夕焼けが、俺たちの背中を押してくれているんだ。
◇
市街地に入る少し前、竜を象った門から、大きな男が出てくるのが見えた。
背中には巨大な金棒、神殿騎士が身に着ける、教会の紋章が入った銀色の鎧を身にまとっている。
男が気づき、静かにこちらを見る。
「……神殿騎士のテオとかいうやつだ」
背筋が冷える。
エヴェラ:ユウト、警戒して。場合によっては逃げるよ。
知り合いなのか、アレンさんが軽く声をかける。
「あ、テオさん。久しぶりっすね。見廻りですか?」
テオは黙ったまま、ゆっくり歩み寄る。
鋭い目。
揺るがぬ姿勢。
「……勇者」
低い声。
空気が、変わる。
アレンさんは不思議そうにしている。
さっきまでの温度が消えた。
俺の胸が、わずかに軋む。
夕暮れの光が、やけに赤く見えた。
俺たちの冒険の色が、静かに剥がれ落ちていった。




