第6話 ピクニックと小さな角
朝の陽光が廃屋の隙間から差し込む。
俺は銅のプレートを握りしめ、下水道の隠れ家に戻った。
「お兄ちゃん、おかえり!」
「おはよう」
トラが文字通り飛びついてくる。
後ろからレナとサリーが顔を覗かせる。アマンはまだ眠そうに目をこすっている。ヨルカは……寝てるな。
みんな今までのボロボロの服から、使用感はあるものの、キチンとした服を着ている。あの凶悪そうな巨漢のお下がりとは思えない、可愛いデザインだ。
キツネの着ぐるみのようなものを着たアマンの金色のくせ毛が、ふわっと揺れる。
……なんだか、ちゃんと『子ども』みたいに見えた。
「どうよ、今日から俺は冒険者になったんだぜ?」
俺は誇らしげに銅のプレートを掲げ、見せびらかす。
「す、すっげー」
「ねー。見せて」
トラが飛び跳ねるのを見て、誇らしい気持ちになる。
興奮する子供たちに俺のテンションも上がっていく。
俺は自慢するように、依頼書を見せる。トラとアマンの興奮度がアップするも、首をかしげている。
どうやら文字がちゃんと読めるのはレナとサリーだけのようだ。その辺の教育もしていかないとな。俺みたいに言語理解魔法かけるか?
エヴェラ:ユウト、この魔法1年近くしか持たないよ。それに将来的なこと考えたら、ちゃんとこの世界の言語を教育したほうがいい。もちろんユウトもね。
俺 :いやー、今から勉強とか無理だろ。英語もしゃべれないのに。でも子供たちの教育は重要だよなあ。
「レナとサリーは読めるのか?」
「うん、私は学校に通えていたから……」
レナが少し遠い目をする。何か思い出しているのだろう。
「私も孤児院で勉強した!」
サリーが元気な笑顔で誇らしげにVサインを決める。
彼女は孤児院から逃げ出して来たという話を聞いていた。
「よし、今日からレナとサリーが先生だ。頼んだぞ二人とも」
二人が笑ってうなずく。
「トラ、ヨルカ、アマン。君たちは生徒だ。しっかりと勉強するように」
俺はびしっと決める。三人から大きな返事が聞こえた。
うんうん。
エヴェラ:ユウト、あなたも生徒になりなさい。これからもここで生きていくんだからね。魔法に頼らない。
俺 :前向きに検討するよ……
トラが目を輝かせて言う。
「でさ! なんて書いてあるの。ねー」
俺は偉そうに説明を始める。
「依頼は2つある。まず1つは、回復ポーションの原料になる『ベーネ草』の採取だ!」
おおおー。
子供たちが歓声をあげるが多分わかってない。
ちなみに安全な生息地は調査済みだ。エヴェラが。
「そして『一角イノシシ』という、こわーい魔物をぶっ倒す!」
俺はこぶしを突き上げ、ニヤリと笑った。
子供たちは大歓声を上げる。
ヨルカとアマンもこぶしを大きく突き上げた。
「俺も行く!」
トラの目がキラキラしている。レナは少し心配そうに俺を見る。
「……危なくない?」
「大丈夫。Eランクの依頼だから、初心者向けだよ」
エヴェラ:本来は魔物じゃないイノシシだって、簡単にはいかないよ。魔法なしでどこまでやれるか、楽しみだわ。
「行きたいー」
「俺も行きたいー」
サリーとトラの行きたいコールが止まらない。
んー。
エヴェラ:『ベーネ草』の採取なら、そこまで危なくはないかも。でも過信は禁物よ?
俺はみんなに向けて言う。
「わかった。採取は安全そうな場所みたいだから。みんなで行くか」
部屋に歓声が響いた。
俺たちは遅い朝食を済ませ、残りをお弁当にした。
完全にピクニック気分だ。
「よし、そっちの手を伸ばせ」
「んー」
地下道から、廃屋に上るには鉄の梯子を上る。
大した高さじゃないが、手足が短いヨルカは苦労する。
「てい」
「すごーい。あと3つ」
ヨルカが一段上るごとに、レナと顔を見合わせて笑った。
7歳と5歳のヨルカとアマンにとっては、かなりしんどい移動になるだろうが、幼い二人を残せない。それに、この暗い地下から、気持ちのいい野原に連れ出したかった。
「水持ったな。」
「うん。ベーネ草? 持ち帰る袋も持ったよ」
俺たちは生息地であるガデン高原に向かう。
高原と言っても、この拠点から約7㎞、高低差もほとんどない、見晴らしの良い丘らしい。
「風気持ちいいなあ」
「ちょっと寒いよ」
手をつなぎ、歩く。交代でヨルカとアマンを背負った。が、一番初めにバテたのは俺だった。エヴェラのため息が鬱陶しい。
「え。ちょっと、お兄ちゃん。大丈夫?」
「あー、無理。休憩しよう」
「えー、さっきもしたじゃん」
「トラ、わたしも休みたい」
レナが優しい。
少し青い顔をしているのも気になる。疲れやすいのかもしれない。
ゆっくり2時間ほどかけてガデン高原についた。
澄み渡る空に吹く風が、少しだけ熱くなった身体に気持ちいい。みんなと一緒にいるからか、疲れても楽しいままだった。
俺 :エヴェラ、どこに生えているんだ?
エヴェラ:私は情報の検索はできても、実際に知覚できるのはユウトの感覚器官でわかる範囲よ。木の陰なんかに生えるみたいね。
エヴェラもそこまで万能じゃないか。
俺は野原で走り回る子供たちを集め依頼書を見せた。
「はーい、注目。この絵に書いてある花を見つけてくること。一番沢山見つけた人は、今日の夕飯にスペシャルデザートがもらえまーす」
歓声があがる。
まあ、みんなにあげるんだけどね。
来る途中でみたスイーツ屋で買おう。
「ぼく、見つけたー」
「たー」
ヨルカとアマンが、たんぽぽのような植物と赤い綺麗な花を持ってくる。
「おー、よく見つけたな。よし、もう一度絵を見てみろ」
2人のまん丸の目が依頼書と手に握った花を見比べる
「ちがうー」
「うー」
二人は持っていた花を放り出して、全速力で走り去っていった。かわいい。かわいいぞ。
一番初めに見つけたのはサリーだった。その後もみんな何本か見つけてきた。
「ユウト兄ちゃん。これかな?」
エヴェラ:それね。
「それだ、サリー。よくやった。商品は"最初にデザートを選ぶ権利だ"」
サリーは笑顔を浮かべ追加を探しに行ってくれた。
「お兄ちゃん。ベーネ草、見つけたよ」
レナが銀の瞳で、俺をのぞき込む。
「すごいな、レナ、一度見ただけなのに」
「お母さんと一緒に採ったの。あれも冒険者の仕事だったのかな」
レナは遠い目でつぶやいた。
「おれも見つけたー」トラが満面の笑顔で走ってくる。
その後、みんなが追加で何本も見つけて来た。
1本も見つけられなかったのは俺だけだった。
俺は火をおこし、朝の残りをリメイクした。
「すげー、いいにおい」
「え、朝よりおいしい」
「さっき、そこで取れたハーブと野菜追加してるからな」
つまみ食いするとトラとサリーに俺は自慢する。
レナも参加してきた。
「ここで食べてるから、おいしいんだよ」
「それ。この青空。風。肉? もしかしたら、ずっと覚えているかもね」
輪になって食べる青空の下での食事は信じられないほど美味しかった。天気はよく、気温もあたたかい。デザートのスーモの実に歓声が上がる。
笑う子供たちを見て、胸の辺りがあたたかくなる。
レナとサリーが歌を教えてくれる。
この国の国歌のような位置づけの歌なのだという。
俺たち以外だれもいない、みんなでうたった。
意外にも俺も大きな声で歌った。
いつもなら必ずフラッシュバックする、以前の世界で、無理やり連れていかれた『カラオケの悲しいシーン』が、この日は、いつまでも出てこなかった。
歌うのって、気持ちいいんだな。
前の世界の嫌な記憶が、初めて溶けるように消えた。代わりに、子供たちの明るい歌声が俺の胸に染み込んでいく。
帰り道、スイーツ屋に寄って、みんなにご褒美デザートを買う。子供たちが大興奮のため、なかなか決まらず、辺りは暗くなってしまった。
サリーはスイーツ屋の前に止まっている馬車をずっと警戒していた。
「奴隷商の印がついているから」
俺は浮かれた気持ちから少しだけ気を引き締める。
現在は誰も乗っていないようだ。気にせず通り過ぎる。
次は冒険者ギルドに採取した成果を届けに来た。ここは俺一人で、表からではなく、裏口からこっそりと。マチルダさんに渡した。
俺としては、ピクニックは大成功で、たとえスイーツ代でプラマイゼロになろうとかまわなかった。が、みんなの頑張りのおかげか、差し引いても銅貨80枚と、3日ほどの食費に相当した。
みんなで手をつなぎ、覚えた歌を歌いながら拠点へ帰った。
◇
夕食のパーティーも終わり、子供たちは寝静まっている。
俺は、眠りに落ちる前、エヴェラに話しかける。
俺 :完璧な一日だ。そう感じたよ。なあ、エヴェラ、生きてるの楽しいな?
エヴェラ:ふふ、知らなかったの? この瞬間も、明日も、そしてユウトがずっといたあの部屋も、全部がつながっているんだよ。 今日が『楽しい』と感じられるのなら、その全ても楽しいと思えるかしら?
俺 :俺に分かるのは今日のことだけだよ。
今までの全部が楽しかったなんて、とても言えない。だけど、あれらの日々が、今日ここに至るのに必要な道のりだったとしたら――
ふふ。
エヴェラの顔を俺は知らない。それでも、優しく、俺を見つめ微笑んでいるのがわかった。充実した疲れからくる気持ちの良い睡魔に身を任せる。
(…New memory updating…)
エヴェラは分析を進める。




