第5話 再出発のギルド
朝。
俺はエヴェラのナビに従い、冒険者ギルドへ向かっている。もう行けない、と思っていたのに、こんなに早く行く事になるなんて。
『食堂の運転資金を堂々と冒険者ギルドで稼ぐ』
エヴェラの提案だ。
そもそも俺はなんの犯罪も犯していないという。どんな理由があろうが、殺そうとしてきたあいつらが犯罪者だと。
だから、こそこそ隠れる必要なんてないと。俺は罪悪感と恐怖から反対したが、論破されてしまった。
それで、もう一度行くことにしたのだった。エヴェラがあの担当者に何かしないか、少し心配だけど。
目的は一つ。
冒険者として正式な身分を得て、仕事をすること。
地下で息を潜めるしかないあの子たちに、「もう大丈夫だ」と胸を張って言える立場になるためだ。
門を蹴り破って乗り込みたいところだが、そんな度胸もなく。今の俺は裏口から入ろうと、扉付近でくるくる回ったり、もじもじしていた。
「あ、あのー……」
22歳くらいの女性職員が心配そうにこちらを見ていた。
エヴェラ:コ、コイツはっぁあああああああああああああ。
うるさい。頭の中で叫ぶな。
エヴェラ:ユウト、苦痛魔法Lv15 MP150 早く!
うるさいエヴェラ、ステイ。
「あの時の受付の人ですよね?」
俺はフードを外した。
「ひっ」
彼女は驚愕し、尻餅をついた。
「ごめんなさい、ごめんなさいー」
彼女は泣いている。泣いている女を責めるなんて俺にはできない。
エヴェラ:ユウト、今よ!
ちょっと静かにして……全然、今じゃないだろ。
俺は彼女に言う。
「びっくりするとそうやって大声出しちゃうんだね?」
彼女は両手を口にあてて大きく頷く。
「く、癖なんですー」
「おれは、殺されかけたんだ。まさか、ごめんで済むなんて思ってないよな?」
責める気はない。だが言うことは言う。
「お前のその癖のせいで。な」
彼女の顔が青ざめる。
よし、このまま、彼女にギルドの仕事をこっそり回してもらうよう依頼する。これが俺たちの作戦だ。
『堂々と仕事する』と言えるかはさておき。
ふいに俺たちの周りが影で覆われる。
エヴェラ:ユウト、後ろ。一人、男。
俺は戦闘態勢をとる。
エヴェラと話していた。
もし、また俺を殺そうとする人間が現れたら、今度は徹底的に叩こうと。そうすれば手を出す奴が減るからって。
この街で俺たちは堂々と生きられるようになりたいんだ。たとえMPを消費したとしても、それは必要なコストだ。
レナたちがいなければ、こんなことは考えなかったのだが。もちろん、俺を恨む人と戦うなんて嫌だから、こうして、こそこそ来たってのに。
――それさえも許されないなら。
俺は後ろの大男を睨む。
が、その男は大きく頭を下げていた。
現れたのは、熊のような体格の老人だった。
「勇者殿。我々の職員がおこなったこと。これは到底許されることではない。どうか。どうか命だけは許していただけないだろうか!」
大男が土下座体勢に移行する。
その大きく丸まった姿は、なぜか熊さんに見える。
「ギ、ギルド長~」
俺は混乱しつつも、なんとかギルド長と呼ばれた男を立たせ言った。
「あーうん。許した! もう、全然怒ってない」
俺たちは裏口からギルドに入り、ギルド長室に通される。この熊のような老人が使うのか、どでかい大剣が飾られている。
「勇者ユウト殿、大変お見苦しいところをお見せした。私はこのギルドを任されているドーデスと申すものです」
また、大きな体で頭をさげる。
謝られる経験など、ほとんどない俺は恐縮してしまう。
「改めて、謝罪します。本来ステータスは冒険者にとって重要な個人情報です」
そうなの? 俺は、王城で、ポンポン、ステータス表示させられていたような気がするけど……
「彼女にはそれなりの罰を与えますので、どうかご容赦を」
彼は俺が暴れるとでも思っているのか、まだ警戒を解かない。
「俺は、文句を言いに来たわけでも、報復しようと来たわけでもないですよ」
「では、彼女、マチルダをクビにする必要は無い、と?」
「ああ」
廊下からキャーッと聞こえる。
マチルダさん、盗み聞きバレてるぞ。
「ただ、冒険者として仕事をさせてくれないか。仕事がしたいんだ」
ドーデスさんは俺を見る。やがて短く溜息をついた。
「ええ、あの日。あのようになってはしまいましたが、冒険者として登録はできております」
彼は封筒から1枚のギルドカードを取り出す。渡されたのは、最低ランクから一つ上のランクが刻印された薄汚れた銅のプレートだった。
「このとおり、Eランクでのご登録となります」
エヴェラ:ステータスで初期値決めるって言ってたけど、ずいぶん低いわね。MP以外がそうとう低いのかもね。
「それで、どうやって仕事を選べばいいのかな? また表から入れば大混乱するよね?」
俺はそう思ったが、意外にも違った。
「もちろん表から入っていただいて問題ございません。本来冒険者同士のいざこざにギルドは介入しません。ですが、そもそもが我らの落ち度。もし、また暴れる者がでたら、その時は私が対処しましょう」
彼は目をギラリと光らせる。迫力が凄い。
よし、何かあればすぐに相談しよう。
「それに当然恨みを持つ者だけではありませんよ。ユウト殿に感謝している者だって沢山いる。私だってその一人だ。もちろんユウト殿が戦場でどのように戦ったかを知った上で、です」
彼は大きく優しい瞳を向けてくれる。
城で優しくしてくれた王子と王女を思い出す。
「あなたを攻撃した者たちは、攻撃した理由はあるかもしれません。ですがそれは個人的なものです。もしお望みになるのなら、あの神殿騎士も含め、暴行の罪で訴えることもできます。私たちが証言しましょう」
エヴェラ:よし、徹底的に追い込みましょう、ユウト!
俺は、エヴェラを遮るように言った。
「その必要はありません。彼らの怒りは当たり前のものです。ただ……」
俺は彼の目をまっすぐ見つめる。
「まだ、俺は死ぬわけにはいきません。次は、抵抗します」
俺は本気だ。
子供たちの寝顔が、ふと脳裏をよぎる。
「それがいいでしょう、いつだって無抵抗な者は打たれます」
その言葉は、すっと俺の中に入っていく。
「ちなみにEランクではどんな仕事ができるんですか?」
「Fランクとは違い、採取依頼だけでなく、一部の魔物の討伐依頼も受けられます。D、Cと上がっていけば、警護などの仕事も可能となります」
コンコンっ。
タイミングを見計らっていたのか、マチルダさんが依頼書を持って入室してきた。妙に鼻息の荒い彼女から、任務の詳細、報酬の受け取り方法などを聞く。
机の上に、数枚の依頼書が綺麗に並べられた。
「現在ご紹介できるのは、Fランク向けの採取依頼が三件。Eランク相当の討伐が二件です」
俺は目を走らせる。
・森狼三匹の討伐
・廃坑のスライム駆除
・一角イノシシの討伐
・ベーネ草の採取
・オウギワシの卵の収集
エヴェラ:森狼は群れるわよ。魔法なしなら囲まれたら終わり。本当に3匹ですむのかしら? しかも場所が森。初心者が受ける依頼じゃないね。
エヴェラがさっそく分析を始めた。
エヴェラ:廃坑は視界が悪い。罠もあるかも。おすすめしない。オウギワシはかなりの高所に登らないとだね。
俺は「一角イノシシ」の依頼書を手に取る。
これは、作物の被害がある村の農民からの依頼だ。
「単独行動。縄張り意識が強い。突進に注意、か」
エヴェラ:突進系ね。正面から受けなければいい。罠でもなんとかなりそうだし、これがいいかもね。ユウトは逃げ足は速いでしょ?
……たぶん。
これと『ベーネ草の採取』を合わせれば、報酬は銀貨三枚。なかなかの収入だ。
「危険度は?」
「当ギルドでは過去に新人冒険者が一名、牙に貫かれ重傷を負っています。命は助かりましたが」
俺は小さく息を吐いた。
――魔法は使わない。
それでどこまでやれるか、試す。
「これでいく」
笑顔のマチルダさんが元気よく頷いた。
今回は「一角イノシシ」の討伐及び、ベーネ草と呼ばれる、回復ポーションの原料を採取する仕事をすることになった。俺は二人に頭をさげ、退室する。
「……よかった、生きてて」
部屋の向こうで、そんな声が聞こえた気がした。
俺たちは裏口から出て、なるべく人通りのない道をフードをかぶって歩く。
俺 :なんとかなったな。
エヴェラ:ここからが本番よ。ユウトの力、魔法なしでどこまで通用するか、見せてもらうからね?
俺の手の中には、冷たい銅のプレート。
明日からは、「一人の男」として、泥にまみれて金を稼ぐ。魔法を使わなくたって、何とかなるはずだ。
俺は一歩一歩、暗闇の中を進む。
下水道の隠れ家で待つ子供たち。
無邪気に笑うあの顔を、もう二度と怯えさせないために。
足取りは、もう逃亡者のものではなかった。




