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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第一章 天使と泥の底

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幕間 Subject R

王都の神殿は、思っていたより静かだった。



ここは、ルクサーン王国とその周辺で広く信仰されている

"連環の光教団"の総本山。



母が、いつか必ず訪れたいと言っていた場所だ。



蹂躙された祖国から疎開して

今日、ようやくみんなで来ることが出来た。



入口には、見慣れた石板がある。



『一人の人間は、一つの命から分かたれた、一つの身体の部位だ。もし、左足が痛めば、右手で、そっとなでるだろう。一つが苦しめば、他の部位もじっとはしていられない。他人の苦しみを感じないのなら。わたしは、あなたを、人間とは呼ばない。』



わたしは指で文字をなぞった。

どの町の教会にもあった言葉。



でも、ここがはじまりの場所なのだと

母は誇らしげだった。



母は冒険者として剣を振るい、祈りもささげる。

その不思議な組み合わせが、わたしは好きだった。



「やっぱり、ここにもあるでしょう?」



母は目を細める。



父は笑った。



「世界が壊れても、この石板だけは残るかもな」



二人は善良な人だった。

よく騙され、よく損をして


それでも、よく笑っていた。



「俺は俺を生きている。だからこれでいい」



父はそう言って笑う。強い人だと、そう思った。



わたしは、自分の命が長くないことを知っている。

身体に毒が溜まり続ける病。

薬も、魔法も、どうにもならない。



15歳まではもたないだろう、と医者に言われた。



両親は隠さずに、すべてを教えてくれた。

丈夫に産めなかったことを

何度も詫びながら。



怖くはなかった。

わたしは、大きな命の一部だと教えられてきたから。



自分もまた、両親のように

誰かの痛みを感じられる人間でありたい、と願った。





あの日。

王都の空が裂けた夜。



窓の外に、巨大な魔方陣が浮かんでいた。

教会の絵のように、荘厳で

美しい光だった。



両親が帰ったら教えてあげよう。

そう思った。



ただ、その日の夜も

翌日の夜になっても帰らなかった。



代わりに現れたのは、両親のパーティにいた男。

手には、乾きかけの赤。



2人は勇者の魔法に巻き込まれたという。

何が面白いのか、笑っていた。



男の背負う袋の隙間から、父の防具が見えた。

腰には、母の刀。



手が頬に触れる。

顔にかかる息が酒の匂いがした。



わたしは身を屈め、足元をすり抜ける。

空いたままのドアに向かう。



走った。

何も持たずに。



夜の街はざわめき、

戦争に勝ったと、平和が来ると

誰もが笑っている。



息が白い。――寒い。

どこへ行けばいいのか、わからない。



自然と足は王都の神殿へと向かう。

だが、扉は閉ざされていた。



荘厳な門が、自分を拒んでいるように見えた。


挿絵(By みてみん)



地下に潜ったのは、偶然だった。



排水溝から立ち上る湯気を見て

温かいかもしれない、と思った。



マンホールを開ける。

広がる、悪臭と闇。



梯子を降りると

確かに、少しだけ温かかった。



廃材が流れ着く下水道の奥で、

少女と出会う。



闇の中で、お互いに悲鳴を上げ可笑しくて、笑った。

それがサリーだった。



地上へ出るたび、街角に座り込む子どもを見かける。

彼らの飢えと悲痛な表情に胸を引き裂かれる。



それから街で食料を探すたびに

下水道に同じような孤児が

一人、また一人と増えていった。



食料が足りない。



教団の信徒であるわたしは

教会で祈ると

帰りに小さなパンを一つもらえる。



最初は二人で分けた。

今では五つに分けている。



サリーは時々、食べ物を持って帰ってくる。

だが、ひどい傷を負っていることもある。



何をしているのかは聞けない。

きっと、やめさせなければ、ならないから。



「レナ、食べて」



首を振る。

痩せ細った子どもが、先だ。



ここにいる4人の子どもは、今ではわたしの身体の一部だった。

小さな体がせき込むたび、喉が痛む。

咳をする子の喉は、わたしの喉だ。



この子たちの心と身体

その責任が自分にあるように感じる。

自分が一番お姉さんだからかな。



冬が近い。

身を寄せ合うが

震えは止まらない。



このままでは

もう長くはない。


どうしたらいい。

教会の絵を思い出して祈る。



天使さま。



もし、わたしたちが同じ一つの身体なら。

こんなにも苦しんでいます。



どうか、その御手で

わたしたちを撫でて、癒してください。





奴隷商に、自分を売れば金になると思った。

どうせ、長くは生きられない命だ。



だけど、強く腕を掴まれた瞬間、悟った。

これは取引じゃない。

捕まれば、あの子たちが……



振りほどき、走る。

すぐに眩暈が襲う、あと少しなのに。



小道の脇の空き箱に潜り込む。

この下には、地下へ続くマンホールがある。



息を殺す。



戻っても、食料も薬もない。

もう、終わりなのかもしれない。



思い出して、自分を恥じる。

奴隷商の手を振りほどいたとき

頭に過ぎった言葉。



”あの子たちが、いなければ”



石板の言葉が胸を刺す。

震えと涙だけが止まらない。



――パパ、ママ。

もうわたしにはできないよ。

あの子たちを救えない。



ねえ。

天使さま。



わたしは、まだ人間でいられていますか……?



その時、わたしの手にそっと光が差した。

ふいに箱が持ち上げられたのだ。



血の匂い。

だが、追手ではない。



ひどく殴られた青年が入ってきた。

血を流し、怯え、震えている。



その顔は、地下の子どもたちと同じだった。

彼の震える手を包み込む。



手を引いて

みんなのところへ連れていこう。



分け与えるものは、もう何もない。

それでも、これ以上殴られないだろう。





たった1日。

それは、奇跡のようだった。



招き入れた彼は

子どもたちに"家"を与え

病を治療した。



天使さまが、彼を遣わしたのだと思う。

あの子たちが笑っている。



光の入らない下水道で

天に向けて、感謝の祈りをささげる。



"わたしたちの声を聞いてくださって、ありがとうございます"



そのとき



わたしの頭の奥に

やわらかな甘い声が落ちた。



——よく、がんばりましたね。



それは天使さまの声だった。



挿絵(By みてみん)



その瞬間、胸の奥で何かがほどけた。



母の声が、父の笑い声が、遠くから聞こえてくる気がした。

いつか母が歌ってくれた、あの祈りが――。



憎しみのあるところに愛を

諍いのあるところに許しを



分裂のあるところに一致を

疑惑のあるところに信仰を



誤っているところに真理を

絶望のあるところに希望を



闇に光を



悲しみのあるところに喜びをもたらすものとして

わたしをお使いください



慰められるよりは 慰めることを

理解されるよりは 理解することを

愛されるよりは 愛することを



わたしが求めますように



わたしは与えるから受け 

ゆるすからゆるされ



自分を捨てて死に

永遠のいのちをいただくのですから



――平和の祈りより

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