7話 ー今までの人生で魔力が回復したことありますか?ー
翌朝。
俺は目を覚ました。昨日は超魔法を連発したせいか、身体が重い。けれど、思考は妙にクリアだった。
この部屋、この国、この世界――なんとなく、俺に馴染んできたのかもしれない。
なんとなくステータスを開く。
MP:3,396,825
……ん?
回復してない。
昨日はたしかに結構使ったはずだ。自然回復は? 0なのか?
それとも量が多すぎて回復に時間がかかるのか。
寝る前のMPどのくらいだったかな……。
王女との、あのラブラブ生活妄想をしていたら、寝落ちしていた気もする。
◇
回復量ゼロ。
俺は巫女ちゃんに相談することにした。中庭で、何やら難しい顔をして座っている。
「おーい、巫女ちゃん」
小柄なエルフの少女は、不安げな目でこちらを見上げ、指先で巫女服の袖をぎゅっと握った。
「あの……勇者様」
声は小さいが、まっすぐ。
そういえば、この娘、名前は――?
「……巫女ちゃん。また魔力について教えてほしいんだ」
「言われた通り、魔力多めのごはん沢山食べて、いっぱい寝たのに、MPが回復してないんだ」
彼女は「――見せてください」と上級鑑定を展開する。
「……確かに自然回復が確認できません」
「そんなことあるのか?」
「極めて稀ですが……病や種族特性で、魔力が回復しない現象は存在します。
勇者様は今までMPは自然回復していましたか?」
今までの人生では――無い。そりゃそうだ。
こっちに来てからは,,,,
「いや、見てなかった。わからないんだ」
ーーばか?
視線を落とす彼女。
「実は昨日の朝、勇者様の魔力量が……ほんのわずかですが、減ったままでした」
「心配になって、勇者様のお食事に魔力回復薬を混ぜてもらいました」
「それでも、数値は……戻りませんでした」
背筋が冷える。手のひらに力が入らない気がした。
エヴェラ.....
「あと……」
「なんだ?」
「生きているだけで、魔力は消費されます」
「……は?」
「呼吸、代謝、思考。微量ですが常に減少しています」
「もちろん微々たるもので、普通に生活していたらMPを150ポイントくらいです。ものすごく激しく動いても300くらい。もちろん魔法を使えばもっともっと消費します」
「普通は1日で全部回復します。だからMPが低くても問題ないのです。でも勇者様は」
「だから……えと、えと、安静にしてください!」
俺は笑った。
「はは、じゃあ俺、あと何年生きられるか計算しないとな」
頭の中で割り算しようとしたがやめた。
昨日は∞だった。
推定寿命を確認する。
推定寿命:80歳
……は? 昨日、∞じゃなかったか?
「……巫女ちゃん」
「はい」
「今後、俺が魔法を使わないで、安静にしてれば80歳くらいまで生きられるってこと?」
「そうなりますね」
80歳。んーまあ、普通か。
日本人の平均値くらいか。
まーいい。俺は英雄として王女と生きていけばいいしな。
主夫として生きる!
部屋を守ることは、自宅警備員として得意分野だからな。
◇
巫女ちゃんが、何か言いたそうにもじもじしている。
「巫女ちゃん、名前なんてーの?」
「それです!」
少し頬を膨らませる姿は完全に可愛い。
「魔力は生命活動に直結しています。そして大量の魔力は精神に影響します」
「魔力が増える前の自分から、何か変わっていませんか?」
「私たちも落ち込んだり元気だったりしますが、MP量が影響しています」
「もし急激にMPが増えた場合、全能感に支配され、他者を役割としてしか認識しなくなることがあります。これは典型的な症状です」
――え? 名前聞いたら教えてくれないどころか、未熟だと罵倒される。びっくりだ。
精神的に何か違ったのか? MPが減ったから落ち着いたのか?
いや、昨日も俺は俺だったはずだ。
確かに昨日より頭はすっきりしているし、10歳のくせに賢い巫女ちゃんの長話もちゃんと聞ける。
俺は、――思い出す。
ちょっと前までは、人が怖くて、たとえ10歳でも敬語で話していたかもしれない。
ずっと引きこもって、誰にも会えず、怖くて、だけどここに来たら怖くなくて。
――全部、膨大なMPがそうさせていたのか。
◇
歩きながら思考が加速する。
昨日の戦場、王女の兄――ルーク王子。最前線で倒れた兄を思い出す。
あの時の王女の表情。
涙を堪えながらも、強く生きようとする瞳。
肩を震わせる小さな手、悲しみに暮れる横顔。
目に見えない涙が頬を伝い、彼女は精一杯笑おうとしていた。
俺は、スケベ心で
「どうだ、助けてやったぞ」と気持ちよくなってしまう。
ーー最低だ。クズすぎる。
胸の奥に、安堵と罪悪感が交差する。
蘇生魔法。
あの日の俺の決断で、王子は今も生きている。
王女の涙は止まり、兄妹の再会に満ち溢れた安堵の表情――
その光景を思い出すたび、胸がじんとする。
……でも、俺は一瞬、また自分の醜い思考に気づき、顔を背けた。
よかった。あれはよかったはずだ。
絶対。
◇
――そして、言わなきゃな。「勇者は辞めます」って。
まだ歩みを進められない自分も、
MPが回復しない現実も、
すべて含めて、俺の人生だ。
生き抜いてやる。
俺はゆっくりと、王子の部屋へ向かう――足取りは重いけれど




