5話 ー魔王顕現ー
もはや完全に敵影は無かった。
生き残った兵士、王城、都市全体が歓喜に沸いていてた。
俺は、全然物足りなかった。
人間種と魔王軍の世紀の大決戦が数十分で終わってしまった。瞬殺すぎんか?
まだ、まるで本気を出していないんだが
「これで魔王も瞬殺だったらちょっとつまんないかも。
一旦、近隣諸国を解放して魔王はしばらく置いておく、なんて方針でもいいかもねー。」
つぶやくと、場の空気が張り詰めた。
なんだろ? 王女がこっちを見ている。
軍関係者のおっさんも、まだ何か喚いている。
その瞬間、空気が歪んだ。
黒い裂け目が、玉座の間に現れる。
そこから現れたのは、漆黒の王冠を戴く男。
周囲は彼を魔王と呼ぶ。
あ、展開見えたわ。
圧倒的な魔圧が空間を震わせる。
兵士たちは崩れ落ち、王女が息を呑む。
「勇者よ……よくも我が同胞を」
ーーへえ。
本体が来たか。やれやれ、向こうから来ちゃったんなら仕方ないな。
「しばらく見逃してやろうと思ってたんだぜ?」
魔王の瞳が赤く光る。
「我は終焉。予言に記されし、世界を滅ぼす王――」
ああ、長いな。
俺は魔王用にブックマークしてあった、とっておきを開く。
漫画で読んだ最強のやつ。
反重力子砲
消費MP:20,000,000
手をかざす。
「消えろ」
一本の細い白い光が魔王の胸を貫く。
強烈な爆音とともに、魔王の身体は光に吸い込まれ、消えた。
王城に、見事な大穴が開く。
玉座の間は静まり返る。
王女が目を見開いたまま崩れ落ちる。
震える声で言う。
「……か、勝ったのですか?」
俺は魔王がいた場所を見下ろす。
「ああ」
俺は笑い出しそうになるのを抑え
なるべく真面目そうな顔でそう言った。
◇
――前線跡地。
地面は黒くガラス化していた。
剣も、盾も、溶けたように埋まっている。
「……おい!」
煤けまみれの鎧を着た神殿騎士テオが瓦礫をかき分ける。
「レオン!! 返事をしろ!!」
答えはない。
少し離れた場所では、片腕を失った冒険者アレンが膝をついていた。
「なんだったんだよ……あれは……」
空から落ちた光。
敵も味方も関係なく、まとめて消えた。
魔族の死体すら残っていない。
爆心地から離れた戦場でも、この惨状だ。
中心地には、何も、何もなかった。
テオは戦友レオンを探してさまよい、あらゆる瓦礫をかき分ける。
「勇者様が……やったんだよな?」
アレンが呟く。
沈黙。
遠くから歓声が聞こえる。勝った、のか?
ただ、理解が追いつかない。
「助かった……のか?」
誰も即答できなかった。
瓦礫の下から、見慣れた手が覗く。
神殿騎士テオはそれを見て動きを止めた。
S級冒険者レオン。
四天王・暴竜ゲヘナステイクを、
たった一本の剣で抑えていた男。
「お前のおかげで時間が稼げたんだ。
レオン、お前はかっこいい奴だよ。有言実行だな?」
◇
玉座の間。
「勇者殿! 前線には我々の仲間が――」
「またかよ、悪かったよ。俺は昨日まで…あー、とにかく終わったことはどうしようもない。
敵は消えた。次のことを考えるべきじゃないか?」
俺は肩をすくめる。
「俺だって完璧じゃない。戦場の兵士も命を懸けて挑んでいたはずだ。違うか?
流れ弾にも当たるだろ、誤差みたいなもんだ。」
「誤差……?」
太った軍関係者が鋭い目を向けたため、俺は少しひるむ。
「あー、今回はちょっと誤差の範囲広かったな?」
場の空気が凍る。
王女が、ゆっくりと俺を見る。
その瞳に、ほんのわずかな違和感が混じったような気がした。
それでも王城や外からは大歓声が上がっている。
今日、人類は滅びる予定だったんだ。
王が手を少し上げ、軍関係者を下がらせる。
王が言った。
「勇者殿を、これ以上責めるな。
確かに軽率だった面は否めない。しかし、彼は我らの依頼に基づき
見事、敵を討ち果たした。それも四天王どころか魔王までという快挙だ。
勇者ユウトよ、よくやってくれた。すべての人類を代表して君に感謝を捧げたい。」
王が大きく頭を下げると、王宮内で歓声が上がった。
「……これが、勇者」
俺は笑う。胸の奥が妙に熱い。楽しい。
巫女ちゃんが俺を見ている。
その瞳は何かを言いたそうだった。
「勇者様……」
なんだ、その目は。俺は少し首をかしげた。
俺の視線に気づいた巫女ちゃんが走り寄ってくる。
「今日は、ありがとうございました!
お疲れのようなので、たくさん魔力が含まれた
おいしい料理をたーくさん食べて、たーくさん寝てください!」
「いや、全然疲れてないんだが…」
「たーくさんですよ!?」
「沢山、たーくさんです」
――しつこい。
俺はにっこり笑って、頭をすこーしだけ、乱暴に撫でてやったのだった。
しかし、転生して2日で魔王が死んだか。
元の世界なんて帰る気はないから、そこだけなんとかしたいな。
――もう終わり?
いやいや、こんなもんじゃない。
俺は全てを手に入れる。
今度は、俺の番だ。
俺は誰かに、ずっと誰かにそう言いたかったんだ。
◇
深夜。
王の私室には、燭台の炎だけが揺れていた。
重い沈黙の中、
鎧姿のままのフンド将軍が跪いている。
その顔色は蒼白だった。
「……確認は取れたのか」
王の声は低い。
フンドは俯いたまま答える。
「前線南東区域。殲滅魔法の着弾地点。
生存反応は……ありません」
わずかな間。
「レオンは……そこにいたのだな」
沈黙が肯定になる。
拳が、床を叩いた。
鈍い音。
「ですが陛下……!」
顔を上げる。目は血走っている。
「あれは英雄ではない!
味方ごと焼き払うなど……ただの怪物です!」
私室の空気が張り詰める。
王は椅子にもたれ、静かに息を吐いた。
「怪物だろうが何だろうが」
炎が揺れる。
「今は、必要な怪物だ」
フンドの喉が鳴る。
「軍法会議など論外だ。
あの男を裁ける者が、この国にいると思うか?」
言葉が、刃のように落ちる。
フンドは理解している。
理屈は、わかっている。
だが。
「……では、我が子は」
声が震える。
王は視線を逸らさない。
「将軍。お前が一番の被害者だということは、よく分かっている」
わずかに声が低くなる。
「だがまだ戦は続く。」
長い沈黙。
やがて、フンドは深く頭を垂れた。
「……御意」
立ち上がる。
拳は白くなるほど握られている。
歯を食いしばったまま、踵を返す。
燭台の炎が、小さく揺れた。




