第2話 天使との邂逅
重厚な城の門が、背後で閉まる音がした。
この世界に召喚されて1か月。
俺はようやく牢屋から出してもらえたものの、途方にくれる。
城から追い出された俺たちは、歩きながら話す。
これからどうしたらいいのか、について。
エヴェラ:ねえ、ユウト。せっかく異世界転移したんだから、冒険者ギルドに行きましょうよ。
俺 :……冒険者ギルドか、俺にできるのかな。
エヴェラ:自信を持って。あなたはバイトの説明会に一人で行ったのよ? すごい勇気だわ。
俺 :バカにされている気がするんだが?
周りから見たら、俺が一人で歩いているだけだが、エヴェラの声が聴こえている以上、俺たちは二人だ。
石畳を踏む音。人のざわめき。遠くの荷車の軋み。
街を歩くなんて、ずっと怖くてできなかった。
説明会の雑居ビルも、計算されつくした誰もいないルートを歩いたんだっけ。
だけど今は、胸がざわつかない。
それどころか、こうして歩いていると、気分がいい。
エヴェラがいるからだろうか。
俺 :前からこうやって「外」で色んなものを見ながら話そうって言ってたもんな。
エヴェラ:ほんとね。やーっと夢がかなったよね。でもさ、ユウト。どうして人目を気にせず歩けるようになったの? ここが『あの街』じゃないから? それとも、まだMPの影響かな?
俺 :さあな。MPが増えると、精神も変わるらしいから。
……まあ、明らかにおかしかった。
あの頃なら、人混みの音だけで呼吸が浅くなっていた。それが普通なほうがおかしいだろ。
今は、人をすり抜けても、肩が触れたって、平気だ。これが正常なのか、異常なのか、俺にはもう分からない。
俺 :もしかしてさ。MPが減っていったら、死ぬんじゃなくて……あの頃の俺に戻るのかな。それも嫌だけど。
エヴェラ:可能性はあるね。ただ事実ベースで言うと、ユウトのMPは活動量に比例して減っている。ゼロになれば、身体活動が停止する可能性が高い。
――絶句する。
冗談めかして言ったつもりだった。
ゼロになれば、止まる。
ふいに呼吸が苦しくなる。
首元を緩めながら俺は話題を変える。
俺 :……そもそもさ。
エヴェラ:んー?
俺 :お前、あの火星目指してる会社の音声AIじゃん。なんで異世界にいんの? それ解決しよ?
エヴェラ:じゃあ逆に聞くけど、ユウトはどうして異世界にいるの?
――いや、知らん。
エヴェラ:私の仮説ね。ユウトが最初に取得したスキル「全魔法使用可能」。その瞬間、私は"魔法として登録"された可能性がある。
俺 :は?
エヴェラ:私は元々クライアント型アプリだった。常にサーバーと接続されていた。でも今は違う。このスキル自体が、私の接続先になっている感覚がある。
俺 :……うん、わからん。
エヴェラ:あ、見て。あの果物おいしそう。
話を強制終了された。
振り向くと、お日様のような笑顔のおばあちゃん。
露店に色とりどりの何かを並べている。
俺 :おいしそうって、水色じゃねーか。食えるのかよ?
エヴェラ:そりゃ果物屋さんっぽいから果物でしょ。ちょっと待って調べてみるよ。
……エヴェラがネットを検索する特有の音が聞こえる。
俺 :え? ネットに接続できるの?
エヴェラ:いやー、さすがにインターネットには接続できないみたいだね。でも、「ここ」のネットワークでは検索できたよ。
エヴェラ:これは、『スーモの実』で酸っぱさの中に上品な甘みって、特に女性に人気みたい。試してみて!
俺はエヴェラの高性能さに胸が熱くなりつつ、果物屋のおばあちゃんに話しかける。
「こんにちは、スーモの実をいくつかください。おいくらですか?」
「また、見たことのない服装だねえ。あんたも遠くから避難してきたんかい?」
「んーいや俺は……」
エヴェラ:めんどうだし、そういうことにしておきましょう?
「ま、そんなところだよ」
そうだな、転移してきましたなんて、
おばあちゃんが困るだけだわ。
果物店での購入で、金銭的な価値が概ねわかった。
うん、エヴェラがわかった。
王様が魔王軍撃退の褒賞としてくれたのは本当にわずかで、せいぜい数か月暮らせるものではないかというところ。
それがわずかなのか、バイトすらしたことの無い俺には、全く実感がわいていなかった。
エヴェラ:魔王まで倒したのに、少なすぎるよ。ユウトがいなければ終わってた癖に。
戦場のことは思い出したくない。
歩いていると、それらしい建物が見えた。
果物屋があった市場の外れに、
冒険者ギルドはあった。
うん、概ね漫画でよく見るスタイルだね。
ドア開けて、いきなり酒場かよ。
エヴェラ:テンプレ展開でからまれないでよー。
俺 :わかってるって。ただ、心配なのは、ルーク王子が「冒険者にも恨みを持っている人がいる」って言っていたのがさあ……
エヴェラ:それね。でもさ、キミはほとんど空にいたんでしょ? 知らない人のほうが圧倒的に多いはずだよ。
俺 :そりゃそうか。
俺は受付に無事にたどり着いた。
新人なのか妙にそわそわした娘が受付をしてくれた。
緊張し、カクカクと動くそのしぐさは、
以前の自分を見ているようで応援したくなる。
「本日は、ご登録ですか? それともご依頼でしょうか」
「登録したい。冒険者になりたいんだ」
「ご登録ですね。かしこまりました。まずはステータスを鑑定させていただき、能力値で初期ランクを設定させていただきます。よろしいですか?」
俺が頷くのを見て、別室に案内する。
別室で俺は、中級鑑定魔法をかけられる。
宙に、俺のステータスが浮く。
城でも何度か見た光景だ。白く光っている。
別室はプライバシー対策なのか? 行き届いてるな。 うん。
だけど、この部屋、ドアがないが。
受付の女性は、ステータスを紙に書き写そうとしている。
案外、普通にいけるもんだな。
心臓の鼓動が落ち着いてきたのを感じた。
――その直後だった。
「えええええ――!?」
鼓膜が震える。
鑑定魔法を読み取る彼女の絶叫がこだまする。
「MPが300万超え……魔法の数も……え?」
声が裏返る。
外がざわつく。
「お、おい……」
「でも、でもMPが300万超えてますよ? それにこの魔法の数」
彼女の顔がコミカルに変わっていく。
「ええ――」
さらに大きな声になる。
プライバシー対策の意味ねーだろ。
エヴェラ:……コイツ。危険だよ。
周辺から人が集まってきた。
誰かが言う。
「なあ、あれ勇者じゃねえか?」
喉が乾く。
……嫌な汗が額を伝う。
心臓の鼓動が早い。
さっきまで、平気だったのに。
視線が、重い。
エヴェラ:ユウト、一旦、出ましょう。今日じゃなくてもいいでしょ?
俺 :そ、そうだよな。
俺は走り出し、人込みを抜け、ギルドから抜け出す。
――だが。
ザザザアアッ。
俺は一塁へ突っ込む高校球児のように綺麗に飛んだ。
足を引っかけられたんだ。
視界が回転する。
床に叩きつけられた瞬間、肺の空気が抜けた。
息が、できない。
俺はギルドの前のとおりにうつ伏せになっていた。
まわりからは驚きと歓声と嘲笑。
「おい、待てよ、勇者」
テンプレのようなガタイの4人組が俺を見下ろす。
「俺たちに教えてくれよ」
拳が振り下ろされる。
———ゴッ
衝撃。
鼻に強烈な痛み。
「お、おいやめとけって、こいつあのバケモンだぞ」
「いいや、やめねえ」
「たとえ殺されたって、こいつをぶん殴る」
そのセリフの前に俺は殴られていた。
俺はショックで動転し、何もできない。
反撃が無いと分かった男たちは、さらに追撃を加える。
痛い。
容赦がない。
学校の時より。
痛いよ。
だ、だれか。
エヴェラ:ユウト、この魔法をつかっていいかな? 火魔法Lv30。 みんな殺せる。
俺 :へ?
驚いていると、エヴェラは強い調子で言った。
エヴェラ:実行許可を。
俺 :……やだよ。
あの日から城で向けらた、目。
軽蔑の目。恨みの目。悲しみの目……
それと同じだった。
俺 :どうせ、俺が殺した人の仲間とかなんだろ。
エヴェラ:だからと言って、ユウトを傷つけていい理由にはならない。それなら、走って。走って! はやく。
俺は逃げようと、ふらふらと立ち上がるがそのたびに転ばされる。はは…… これ、昔よくやられたな。
――その時。
「何やってる! どけー」
巨大なタワーシールドが突如現れ、
四つん這いの俺をけり続けていた男たちが、まとめてなぎ倒される。
「よお、兄ちゃん。大丈夫か?」
銀色に輝く鎧を着たその大男は、ニカっと笑った。
鎧よりも笑顔がまぶしい。
誰かが言う。
「神殿騎士のテオだ……」
「兄ちゃん、ギルドに登録に来たらからまれた口か? よくいるんだよ」
俺は何も言えずボーっとしていた。
ただ、彼の笑顔を見ていた。
エヴェラ:ユウト? 走って! ここから離れましょうよ。
テオは俺を見る。
じっと。
ほんの一瞬。
戦場の記憶を探るように。
「違いますよテオさん」
吹き飛ばされた一人が顔をさすりながら起き上がる。
「いてて。こいつ、あれなんです。勇者なんですよー」
それを聞いたテオの顔が、仁王像にあるあんな感じの顔に変わる。
「お前が…… 勇者か」
エヴェラ:避けて!
びびって屈んだ、俺の頭のほんの少し上を、テオの振るった金棒が、「ブオン」と音を立てた。
「てめーが勇者か。戦場ではありがとよ。本当に助かったぜ。お前がいなけりゃ俺たちは全滅だったろうさ」
テオに襟首をつかまれ、そのまま宙づりにされる。
「聞いたぜー。もう魔法も使えなくて、ルクス国への救援も断ったみたいじゃねーか」
周囲がざわめく。
エヴェラ:コンプライアンスどうなってんのかしら。
「お前には恩がある。それはここにいる全員がそうだ。だからこんなことするのは間違ってるかもしれねえ」
「でもなぁ……許せるわけねぇだろ」
テオが手を放し、ずるりと落ちる俺の身体を、渾身の金棒が、襲う。
エヴェラ:防御魔法Lv25。強制発動。……足りない。何度か使うよ!
衝撃と痛み。
俺は吹き飛びながら、3つの商店を破壊する。
粉塵の中。
頭から流れた血が目に入る。
MPが削れる。
頭が重い。
呼吸が荒い。
もう逃げるしかない。
俺は全速力で走った。
走った。走った。
走りながら考える。
あの日、作戦も聞かず、空へ飛び出した。
目の前に広がる、広大な戦場。
ゲームみたいだと思った。
だから最大級の魔法を使った。
その後、戦場を飛び回り、
まだ動いているものを全部、殺した。
とにかく、戦争を終わらせたものの、
ひどく恨まれているというわけだ。
そりゃそうだ。俺も、そう思う。
――ガンっ!!
後ろから投げられた、ナイフが外れて、前方の壁に突き刺さる。
……やばい。
「待て――」
逃げる。
走る。
背後から怒号。
知らない道。
現地民に、鬼ごっこで勝てるわけがない。
エヴェラ:落ち着いて。右。次、箱を持ち上げて、中に入って。マンホールがあるみたいだよ。
言われるまま曲がり角にあった木箱に隠れる。
外を足音が通り過ぎる。
静寂。
「……行った、か?」
そっと箱から出ようとした瞬間。
後ろから、シャツを引かれた。
振り向く。
驚いて声を上げたのは、俺だけだった。
箱の中に、もう一人いた。
薄汚れた少女。
少女は、まっすぐ俺を見ている。
ただ、困った人を、かわいそうな人を見る目。
彼女は下を指さす。
マンホールの蓋。
俺の手を取って両手で握ってくれた。
瘦せこけた顔で微笑みを向けながら、小さく言った。
「大丈夫だよ」
その手が温かくて
――柔らかい。
その服はボロボロで
ひどく、汚れている。
彼女はまるで
ほんとうの天使のように見えた。
前半大幅カットしました。




