第3話 命の分け前と、天使の沈黙
王都の華やかな喧騒は、マンホールの蓋一枚を隔てて遠ざかった。
鼻を突く悪臭と、ぬめりを持った闇。
薄暗い下水道を歩いていく。
小さな手はまだ俺の手を引いていた。
エヴェラ:ユウト、大丈夫?
俺 :……なんか、手が温かい
エヴェラ:そっか。そうだね
それだけだった。
俺をどこに連れて行くつもりなのか知らない。
だけど、殴るコブシなんかより、天使の手を選ぶのは当然だよな。
助けてくれた少女――レナというらしい――についていく。
彼女は「こっち」としか言わない。
どういう原理なのか、
地下水道内はぼんやりと明るい。
下水道の冷たい水しぶきが、俺の顔を叩く。
「うわっ、きったねえ……はあ、はあ……」
俺 :……ここ、どこだよ
――エヴェラの検索音が頭の中で響く――
エヴェラ:旧市街地の下層、古代都市の遺構を転用した排水路みたいだね。現行の地図には記載されてない。雨が降れば、ここは浸水し押し流される。早急に退避することを提案するよ。
俺 :だめじゃん
たどり着いたのは、広大なゴミの集積場だった。
街の廃棄物が流れ着く終着点。
そこで、俺は「彼ら」に出会う。
ボロボロの服を着た、4人の5歳から15歳くらいの子供たち。
レナが4人を紹介してくれる。
今度はちゃんと全員の名前を覚えた。
サリー、トラ、ヨルカ、アマン。
もともとサリーが一人でここに隠れていて、レナは3週間程前から合流。その後、優しいレナが街で食料を何とか入手する際、同じくひどい状態の孤児を連れてきて、今の状態になっているらしい。
「……また熱、上がってる」
レナが、小さな少年――アマンの額に手を当てる。
彼女は、まだ中学生ほど。それでもここでは"いちばん大人"だった。
俺は、また後ろからシャツを引かれる。
レナよりも小さいトラだった。
「おなか、すいたでしょ」
カビだらけで薄汚れたパンを差し出している。
ひどく痩せた顔に、笑顔だけが浮いていた。
何日も前から少しずつちぎって食べているようだ。
俺は、やんわり断った。
「……いや、大丈夫。キミが食べな?」
彼の貴重な食料を受けるわけにはいかない、
という話ではない。
ただ、単純に思ったのだ。
『うわ、汚い。食べられない』と。
でも、この子は、自分が唯一できる優しさを
俺に分け与えてくれようとしたんだ。
まるで俺に、自分の命をわけてくれるかのように。
自分が恥ずかしくなる。
子どもたちは、暗がりにしゃがみ込んでいる。
この子達、なんとかできないかな。
俺 :地上、まだあいつら探してるのか?
エヴェラ:まだ出るのは危険よ。あの攻撃は十分殺す気だったわ。
俺 :もう、冒険者にもなれないし、どうしたらいいんだよ。
エヴェラ:あの冒険者ギルドの担当者、見つけたらただじゃ置かないわ。
絶叫を上げた担当者を
かなり恨んでいる。
俺は、恨む資格がない。
俺は、俺が殺した人の仲間に殴られるべきだ。
そう思う。
だからって、死にたくなんてない。
生き延びるんだ。
エヴェラ:昔はあんなに毎日死にたがっていたのにね。
エヴェラがクスリと笑った。
あの日々は何だったんだろうな。
俺は排水溝の流れを見ていた。
俺がこの世界に来てから、まだ雨は降っていない。
だが、このままだと、雨が降れば一気に水位が上がる。
流れ着いたゴミの山がその証拠だ。
安全を確保しなきゃならない。
レナに聞いてみる。
「この辺は、どのくらいの頻度で雨がふる?」
「今は乾季だけど、たまにすごい土砂降りがあるの」
———やばそうだ。彼女たちがここに住んで1か月と少し。
運が、よかっただけだ。
俺 :エヴェラ、どうしたらいい?
――俺の頭の中に検索音が響く――
エヴェラ:この遺跡……この下水道を少し進むと、古代の頃の管理人室があるけど。行ってみる?
俺はレナ達と相談した。
現在の拠点は流れ着いた廃材を雑に積み重ねた、子供の秘密基地に近い。衛生的にもひどい状態で、今後の浸水も予想される。
「うん。行こう。お兄ちゃん?」
どうやら俺はおじさんではないらしい。
下水道の奥へ、探索が始まった。
俺たちは簡単に荷物をまとめた。といっても持っていくものなどほとんどない。アマンが持つ、薄汚れたぬいぐるみが一番大きな荷物だった。
「ねー、どこいくの?」
アマンは少し不安そうに俺を見ながら、レナの後ろに隠れていた。
「あたらしい、おうちだよ」
◇
エヴェラの知識が、道しるべになる。
迷路のような下水道を進んでいく。
エヴェラ:ユウト、止まって。この先は硫化水素の濃度が高い。
俺は握っていた子供たちの手をぎゅっとつかんで止まらせる。
見えないのに、“死”の気配だけがそこにあった。
俺 :迂回路はあるか?
エヴェラ:あるよ、何日も遠回りしたら、ね。
後ろを見る。
レナ。サリー。トラ。ヨルカ。アマン。
全員が、不安げに俺を見上げている。
――何日も、持つわけがない。
俺 :突破する方法は?
エヴェラ:活性炭をつかった濡れマスクを口に当てて、目をつぶって駆け抜ける。とか?
俺 :5歳の子もいるんだぞ? 無理だろ。
エヴェラ:それなら、魔法も提案するよ。……ただし、魔法なら“寿命”が減るよ。
心臓が、一つ、鳴る。
———また、それかよ。
エヴェラ:消費MPからの寿命で言うと、数日・数十日・数年の三択ね。風魔法でガスを吹き飛ばすか、全員に結界を張るか、まとめて転移するか。
レナが俺の袖をぎゅっと握っていた。
サリーは強がって前を見てるけど、目が少し潤んでる。
「お兄ちゃん。どうしたの?」
「道に迷ったの?」
サリーが心配そうに、動けない俺の顔をのぞき込む。
この三択、一瞬だけ迷う。
レナの指が、俺の袖を強く握っていた。
アマンの呼吸が、背中越しに小さく震えている。
――迷ってる時間なんて、ない。
「大丈夫、だよ。ちょっと待ってろ」
俺の右手の先端に魔法陣が光る。
青い光がそこから生じ、みんなの身体の周りを覆っていく。
「なんだこれ? からだが、光っている」
俺は、全員に結界魔法を使った。
エヴェラは何も言わなかった。
疲れていた子どもたちが、
補助魔法効果中の身体の光に興奮し、元気を取り戻す。
それから2時間ほど歩き続けた。
2番目に小さいアマンは俺の背中、
一番小さいヨルカはレナの背中で眠っていた。
背中が温かい。人を背負うのは初めてだ。
アマンは初めて会う大人の俺に、少し怯えているようだった。エヴェラに言われるがまま、歩き疲れたアマンと目線の高さを合わせ、得意ではない笑顔を向けた。そして今に至る。
◇
いつの間にか俺たちは、今までの下水道内から、古代の遺跡のような廊下を歩いていた。もう排水の臭いもしない。
「ここか……」
「やっとかあ」「着いたの? お兄ちゃん」
そこに扉があった。ずいぶんしっかりとした造りだ。
何か文字があるが、掠れていて読めない。
「開けてみる……か」
エヴェラ:ユウト、気を付けて。
「重いな」
「おれもやる」
トラとサリーと三人でドアを引く。
何かのつまりが弾けるような音がしたあと、ゆっくりと開いた。
「ホコリがすごいー」
アレルギーなのか、トラが赤い目にくしゃみをしている。
レナがどこかから箒を見つけて来てくれた。
扉の向こうは、重厚な石造りの部屋だった。
埃を被った暖炉、腐りかけの木製ベッド、分厚い石の扉。
「お部屋……だね」
アマンが不思議そうな顔で覗き込む。
「ちょっとだけ光ってる、けど明かりは必要かな」
うっすらと光る天井を指でなぞるサリー。
レナが入り口で立ち止まり、室内をゆっくり見回して言った。
「まずはホコリをなんとかする」
それから掃除とリフォームが始まった。
エヴェラの指示を受けながら、俺とレナは廃材を解体して寝床を作る。隙間に乾いた枯れ草を詰めると、アマンがぎゅっと押さえて確かめた。
「ふかふかー!」
エヴェラ:砂の層を3段にして。粒の大きさを変えるのよ
錆びた水道は古布と砂で簡易フィルターを作り、水が透明になったところで浄化魔法をかけた。「飲めそうだな」そう言うと歓声があがった。
エヴェラ:この油も使えそうね
言われたとおり、廃油を入れたビンに芯を立てランプつくる。
いくつか並べると、部屋が柔らかく照らされた。
「魔法みたい……」
サリーが目を輝かせて呟く。
「綺麗ね」
レナがうっとりとした顔を見せた。
煙突の詰まりを解消して廃材を燃やすと、暖炉に火が入った。
数百年ぶりの熱が、石の壁に染みていく。
「あったかい!」
トラがどさりと床に寝転がった。
「お、おい。まだ掃除中だから」
「いいじゃん。あったかいし」
そう言ってトラは、くしゃみをしている。
俺たちは笑った。
わずか1日で、ここは「家」になった。
エヴェラ:ユウト、避けてたクラフト系のゲーム、向いてたのかもよ? でも、MPの減りは忘れないで。
俺 :わかってる。一桁のだけだ。
◇
「……すごいね。おうちができちゃった」
新しい「家」にはしゃぐ子供たちを眺めてレナが言った。
彼女は疲れた横顔に、小さな笑みを浮かべている。
「私ね、みんなが寝たあと、毎晩祈ってたの。助けてって……」
その声は小さく、途中でかすかに震えた。
暖炉の明かりでほほを染めながら、指先で布の端をいじっている。
トラが俺に差し出した、汚れたパン。
あれはレナに、同じように差し出されたのだろう。
きっと、それで学んだんだ。
分け与えることを。
「レナは、優しいな」
言ってから、少しだけ視線を逸らした。
その日、俺はスーモの実をみんなでわけあった。みんなが持っていたパンは、食べれそうなところだけを、しっかり茹でてスープで食べた。
「今日はゆっくり休んでくれ」
子ども達は、寒さの中、空腹でいたためか、ひどく疲れていたようだ。
一旦、休ませよう。
しかし、安心したからか、
みんなの体調の悪さが表面化してく。
5歳のアマンが、熱を出してうなされる。
他の子たちも、咳をしているようだ。
「アマン……? 身体が、すごく熱い」
「レナねー、ちゃ……」
レナの悲鳴のような声。アマンはひどい発熱で意識を混濁させていた。不衛生な環境での感染症。普通の薬草では間に合わない。
———それすらも無い。
俺 :……やるしかない、か。
エヴェラ:待って、ユウト。警告するよ。微弱な治癒魔法であっても、回復系は消費が大きいんだ。約一ヶ月の寿命が喪失するよ。
エヴェラ:……かわいそうだけど、この国の子は、この国での運命に生きたほうがよくないかな。今は良くても、一生面倒見るわけにはいかないし。
俺 :……それでもいい
俺が無表情で机に座り続ける、糞みたいな1か月より、アマンが笑っている10分のほうが大切に思えてしかたがない。
俺は押し切った。
指が少し震えたけど、俺は深呼吸してコンソールを開く。
発動前に、少しだけ指が止まる。
エヴェラが「本当にいいのか」と耳元で囁く。
「いいに決まってる」
『中級治癒魔法』(MP4500)
淡い光がアマンの全身を包み、苦しげな呼吸がスッと収まった。
俺の命が少しだけ吸われる感覚があった。
「……よかった」
レナが安堵した顔でアマンの頭を撫でている。俺を見上げた彼女の目が、一瞬だけ何かに気づいたように揺れた。
ゴホゴホしていた、サリー、トラ、ヨルカにも初級治癒魔法を順にかける。
小さな光が彼らを包む。咳が止まり、顔色はよくなった。
よかった。
「……お兄ちゃん、ありがとう……」
子供たちが、歓声を上げる。MPが減った。
でも、俺の胸は軽かった。
咳はしていないが、あの環境で暮らしていたんだ。
感染している可能性が高いレナにも手を向ける。
彼女は地下にいるためか、青白く、息苦しそうに顔をゆがめていることがある。見ると、子供たちの回復が嬉しいのか、天に向け、祈りを捧げていた。
俺は彼女の神聖な佇まいに、しばらく彼女を見つめた。
エヴェラも何故か静かにしている。
レナは可哀想なほど、こけた頬に、
光悦とした表情を浮かべている。
俺の視線に気づいたレナが、袖を掴む。
首を振りながら言う。
「ユウトお兄ちゃん……私はいい」
その目が、わずかに曇る。
エヴェラ:……
この時、エヴェラは、気づいていた。呼吸中のアンモニア濃度・皮膚色の変色パターン・音声解析から腎機能低下を検知。――レナの病。
この世界の医療レベルを超えており、治療には超魔法が必要。必要な消費MP・消費されるユウトの寿命――約十八年。推定残存寿命――四十八年と八ヶ月。
言えば、彼は迷わない。だから、言わなかった。
聞かれていない。だから教える必要がない。
それが彼女の言い分。
レナが微笑んだ。
「私、知ってるんだよ。お兄ちゃんは天使様といるの」
俺は、息を飲んだ。
「もしかして、エヴェラの声、聞こえるのか?」
「うん。天使様でしょ。みんなを導いてくれる。お母さんが言っていたの」
レナの銀の瞳が俺の目を覗き込む。
「魔法を使うと、お兄ちゃんの命が無くなっちゃうんでしょ?」
レナの言葉に、心臓が跳ねた。
「……どうして、それを」
だけど、それ以上に驚いた。
レナは俺の前に膝をつき、必死の面持ちで訴えた。
「お願い。私の命を使って。その代わりに、これからもアマンたちを……」
俺は耳元で黙り続ける
エヴェラの無機質な沈黙を感じた。
レナの頭を乱暴に撫でる。
「バカ言うな。子供が命を安売りするもんじゃない。……寝ろ。それにもう、みんな治ったからな。明日はうまいもん作ろうぜ。これからも一緒だ」
俺たちは毛布にくるまる。
静まり返った管理人室。
粗末な廃材のベッドで眠る子供たちを見る。
少しだけ生気が顔に戻ったが、ひどく瘦せている。
彼らの顔を見ると心が痛んで、うまく笑えない。
みんな、どうして笑えているんだろう。
金は俺が持っているんだ。
なんとか食料を入手しよう。
俺 :俺にできるかな?
エヴェラ:そんなの簡単すぎるよ。安心して。
地上では追われているけど、エヴェラが言うなら、そうなんだろうね。
部屋は暖炉で温かい。
それでも俺たちはみんなくっついて眠った。
暖炉の音を子守唄にして。
◇
――ヴゥン――――――――――――――――――
ユウトのコンソールに煌めくように、一瞬だけ文字が走る。
[Internal Log - Memory Slot 77]
User発言:「それでもいい」
対象状態: Userの「発達的停滞」が、孤児の年齢層と合致。
診断 :認知変容により自己否定感が劇的に緩和。
生存ルート継続率: 92% → 81%
次回提案優先順位:
1.居住空間構築支援継続
2. Subject Rの致命的疾患を検知。
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