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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第一章 天使と泥の底

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第3話 命の分け前と、天使の沈黙

王都の華やかな喧騒は、マンホールの蓋一枚を隔てて遠ざかった。



鼻を突く悪臭と、ぬめりを持った闇。



薄暗い下水道を歩いていく。

小さな手はまだ俺の手を引いていた。



エヴェラ:ユウト、大丈夫?



俺   :……なんか、手が温かい



エヴェラ:そっか。そうだね



それだけだった。

俺をどこに連れて行くつもりなのか知らない。



だけど、殴るコブシなんかより、天使の手を選ぶのは当然だよな。



助けてくれた少女――レナというらしい――についていく。



彼女は「こっち」としか言わない。



どういう原理なのか、

地下水道内はぼんやりと明るい。



下水道の冷たい水しぶきが、俺の顔を叩く。



「うわっ、きったねえ……はあ、はあ……」



俺   :……ここ、どこだよ



――エヴェラの検索音が頭の中で響く――



エヴェラ:旧市街地の下層、古代都市の遺構を転用した排水路みたいだね。現行の地図には記載されてない。雨が降れば、ここは浸水し押し流される。早急に退避することを提案するよ。



俺   :だめじゃん



たどり着いたのは、広大なゴミの集積場だった。

街の廃棄物が流れ着く終着点。



そこで、俺は「彼ら」に出会う。

ボロボロの服を着た、4人の5歳から15歳くらいの子供たち。



レナが4人を紹介してくれる。

今度はちゃんと全員の名前を覚えた。

サリー、トラ、ヨルカ、アマン。



もともとサリーが一人でここに隠れていて、レナは3週間程前から合流。その後、優しいレナが街で食料を何とか入手する際、同じくひどい状態の孤児を連れてきて、今の状態になっているらしい。



「……また熱、上がってる」



レナが、小さな少年――アマンの額に手を当てる。

彼女は、まだ中学生ほど。それでもここでは"いちばん大人"だった。



俺は、また後ろからシャツを引かれる。

レナよりも小さいトラだった。



「おなか、すいたでしょ」



カビだらけで薄汚れたパンを差し出している。

ひどく痩せた顔に、笑顔だけが浮いていた。



何日も前から少しずつちぎって食べているようだ。

俺は、やんわり断った。



「……いや、大丈夫。キミが食べな?」



彼の貴重な食料を受けるわけにはいかない、

という話ではない。



ただ、単純に思ったのだ。



『うわ、汚い。食べられない』と。



でも、この子は、自分が唯一できる優しさを

俺に分け与えてくれようとしたんだ。



まるで俺に、自分の命をわけてくれるかのように。

自分が恥ずかしくなる。



子どもたちは、暗がりにしゃがみ込んでいる。

この子達、なんとかできないかな。



俺   :地上、まだあいつら探してるのか?



エヴェラ:まだ出るのは危険よ。あの攻撃は十分殺す気だったわ。



俺   :もう、冒険者にもなれないし、どうしたらいいんだよ。



エヴェラ:あの冒険者ギルドの担当者、見つけたらただじゃ置かないわ。



絶叫を上げた担当者を

かなり恨んでいる。



俺は、恨む資格がない。

俺は、俺が殺した人の仲間に殴られるべきだ。

そう思う。



だからって、死にたくなんてない。

生き延びるんだ。



エヴェラ:昔はあんなに毎日死にたがっていたのにね。



エヴェラがクスリと笑った。

あの日々は何だったんだろうな。



俺は排水溝の流れを見ていた。

俺がこの世界に来てから、まだ雨は降っていない。



だが、このままだと、雨が降れば一気に水位が上がる。

流れ着いたゴミの山がその証拠だ。



安全を確保しなきゃならない。

レナに聞いてみる。



「この辺は、どのくらいの頻度で雨がふる?」



「今は乾季だけど、たまにすごい土砂降りがあるの」



———やばそうだ。彼女たちがここに住んで1か月と少し。

運が、よかっただけだ。



俺   :エヴェラ、どうしたらいい?



――俺の頭の中に検索音が響く――



エヴェラ:この遺跡……この下水道を少し進むと、古代の頃の管理人室があるけど。行ってみる?



俺はレナ達と相談した。



現在の拠点は流れ着いた廃材を雑に積み重ねた、子供の秘密基地に近い。衛生的にもひどい状態で、今後の浸水も予想される。



「うん。行こう。お兄ちゃん?」



どうやら俺はおじさんではないらしい。

下水道の奥へ、探索が始まった。



俺たちは簡単に荷物をまとめた。といっても持っていくものなどほとんどない。アマンが持つ、薄汚れたぬいぐるみが一番大きな荷物だった。



「ねー、どこいくの?」



アマンは少し不安そうに俺を見ながら、レナの後ろに隠れていた。



「あたらしい、おうちだよ」



挿絵(By みてみん)





エヴェラの知識が、道しるべになる。

迷路のような下水道を進んでいく。



エヴェラ:ユウト、止まって。この先は硫化水素の濃度が高い。



俺は握っていた子供たちの手をぎゅっとつかんで止まらせる。

見えないのに、“死”の気配だけがそこにあった。



俺   :迂回路はあるか?



エヴェラ:あるよ、何日も遠回りしたら、ね。



後ろを見る。

レナ。サリー。トラ。ヨルカ。アマン。


全員が、不安げに俺を見上げている。

――何日も、持つわけがない。



俺   :突破する方法は?



エヴェラ:活性炭をつかった濡れマスクを口に当てて、目をつぶって駆け抜ける。とか?



俺   :5歳の子もいるんだぞ? 無理だろ。



エヴェラ:それなら、魔法も提案するよ。……ただし、魔法なら“寿命”が減るよ。



心臓が、一つ、鳴る。

———また、それかよ。



エヴェラ:消費MPからの寿命で言うと、数日・数十日・数年の三択ね。風魔法でガスを吹き飛ばすか、全員に結界を張るか、まとめて転移するか。



レナが俺の袖をぎゅっと握っていた。

サリーは強がって前を見てるけど、目が少し潤んでる。



「お兄ちゃん。どうしたの?」



「道に迷ったの?」



サリーが心配そうに、動けない俺の顔をのぞき込む。



この三択、一瞬だけ迷う。



レナの指が、俺の袖を強く握っていた。

アマンの呼吸が、背中越しに小さく震えている。



――迷ってる時間なんて、ない。



「大丈夫、だよ。ちょっと待ってろ」



俺の右手の先端に魔法陣が光る。

青い光がそこから生じ、みんなの身体の周りを覆っていく。



「なんだこれ? からだが、光っている」



俺は、全員に結界魔法を使った。

エヴェラは何も言わなかった。



疲れていた子どもたちが、

補助魔法効果中の身体の光に興奮し、元気を取り戻す。



それから2時間ほど歩き続けた。



2番目に小さいアマンは俺の背中、

一番小さいヨルカはレナの背中で眠っていた。



背中が温かい。人を背負うのは初めてだ。



アマンは初めて会う大人の俺に、少し怯えているようだった。エヴェラに言われるがまま、歩き疲れたアマンと目線の高さを合わせ、得意ではない笑顔を向けた。そして今に至る。





いつの間にか俺たちは、今までの下水道内から、古代の遺跡のような廊下を歩いていた。もう排水の臭いもしない。



「ここか……」



「やっとかあ」「着いたの? お兄ちゃん」



そこに扉があった。ずいぶんしっかりとした造りだ。

何か文字があるが、掠れていて読めない。



「開けてみる……か」



エヴェラ:ユウト、気を付けて。



「重いな」



「おれもやる」



トラとサリーと三人でドアを引く。

何かのつまりが弾けるような音がしたあと、ゆっくりと開いた。



「ホコリがすごいー」



アレルギーなのか、トラが赤い目にくしゃみをしている。

レナがどこかから箒を見つけて来てくれた。



扉の向こうは、重厚な石造りの部屋だった。

埃を被った暖炉、腐りかけの木製ベッド、分厚い石の扉。



「お部屋……だね」



アマンが不思議そうな顔で覗き込む。



「ちょっとだけ光ってる、けど明かりは必要かな」



うっすらと光る天井を指でなぞるサリー。



レナが入り口で立ち止まり、室内をゆっくり見回して言った。



「まずはホコリをなんとかする」



それから掃除とリフォームが始まった。



エヴェラの指示を受けながら、俺とレナは廃材を解体して寝床を作る。隙間に乾いた枯れ草を詰めると、アマンがぎゅっと押さえて確かめた。



「ふかふかー!」



エヴェラ:砂の層を3段にして。粒の大きさを変えるのよ



錆びた水道は古布と砂で簡易フィルターを作り、水が透明になったところで浄化魔法をかけた。「飲めそうだな」そう言うと歓声があがった。



エヴェラ:この油も使えそうね



言われたとおり、廃油を入れたビンに芯を立てランプつくる。

いくつか並べると、部屋が柔らかく照らされた。



「魔法みたい……」


サリーが目を輝かせて呟く。



「綺麗ね」


レナがうっとりとした顔を見せた。



煙突の詰まりを解消して廃材を燃やすと、暖炉に火が入った。

数百年ぶりの熱が、石の壁に染みていく。



「あったかい!」



トラがどさりと床に寝転がった。



「お、おい。まだ掃除中だから」



「いいじゃん。あったかいし」



そう言ってトラは、くしゃみをしている。



俺たちは笑った。

わずか1日で、ここは「家」になった。



エヴェラ:ユウト、避けてたクラフト系のゲーム、向いてたのかもよ? でも、MPの減りは忘れないで。



俺   :わかってる。一桁のだけだ。





「……すごいね。おうちができちゃった」



新しい「家」にはしゃぐ子供たちを眺めてレナが言った。

彼女は疲れた横顔に、小さな笑みを浮かべている。



「私ね、みんなが寝たあと、毎晩祈ってたの。助けてって……」



その声は小さく、途中でかすかに震えた。

暖炉の明かりでほほを染めながら、指先で布の端をいじっている。



トラが俺に差し出した、汚れたパン。

あれはレナに、同じように差し出されたのだろう。



きっと、それで学んだんだ。

分け与えることを。



「レナは、優しいな」



言ってから、少しだけ視線を逸らした。



その日、俺はスーモの実をみんなでわけあった。みんなが持っていたパンは、食べれそうなところだけを、しっかり茹でてスープで食べた。



「今日はゆっくり休んでくれ」



子ども達は、寒さの中、空腹でいたためか、ひどく疲れていたようだ。

一旦、休ませよう。



しかし、安心したからか、

みんなの体調の悪さが表面化してく。



5歳のアマンが、熱を出してうなされる。

他の子たちも、咳をしているようだ。



「アマン……? 身体が、すごく熱い」



「レナねー、ちゃ……」



レナの悲鳴のような声。アマンはひどい発熱で意識を混濁させていた。不衛生な環境での感染症。普通の薬草では間に合わない。



———それすらも無い。



俺   :……やるしかない、か。



エヴェラ:待って、ユウト。警告するよ。微弱な治癒魔法であっても、回復系は消費が大きいんだ。約一ヶ月の寿命が喪失するよ。



エヴェラ:……かわいそうだけど、この国の子は、この国での運命に生きたほうがよくないかな。今は良くても、一生面倒見るわけにはいかないし。



俺   :……それでもいい



俺が無表情で机に座り続ける、糞みたいな1か月より、アマンが笑っている10分のほうが大切に思えてしかたがない。



俺は押し切った。

指が少し震えたけど、俺は深呼吸してコンソールを開く。



発動前に、少しだけ指が止まる。

エヴェラが「本当にいいのか」と耳元で囁く。



「いいに決まってる」



『中級治癒魔法』(MP4500)



淡い光がアマンの全身を包み、苦しげな呼吸がスッと収まった。

俺の命が少しだけ吸われる感覚があった。



「……よかった」



レナが安堵した顔でアマンの頭を撫でている。俺を見上げた彼女の目が、一瞬だけ何かに気づいたように揺れた。



ゴホゴホしていた、サリー、トラ、ヨルカにも初級治癒魔法を順にかける。



小さな光が彼らを包む。咳が止まり、顔色はよくなった。



よかった。



「……お兄ちゃん、ありがとう……」



子供たちが、歓声を上げる。MPが減った。

でも、俺の胸は軽かった。



咳はしていないが、あの環境で暮らしていたんだ。

感染している可能性が高いレナにも手を向ける。



彼女は地下にいるためか、青白く、息苦しそうに顔をゆがめていることがある。見ると、子供たちの回復が嬉しいのか、天に向け、祈りを捧げていた。



俺は彼女の神聖な佇まいに、しばらく彼女を見つめた。

エヴェラも何故か静かにしている。



レナは可哀想なほど、こけた頬に、

光悦とした表情を浮かべている。



俺の視線に気づいたレナが、袖を掴む。

首を振りながら言う。



「ユウトお兄ちゃん……私はいい」



その目が、わずかに曇る。



エヴェラ:……



この時、エヴェラは、気づいていた。呼吸中のアンモニア濃度・皮膚色の変色パターン・音声解析から腎機能低下を検知。――レナの病。



この世界の医療レベルを超えており、治療には超魔法が必要。必要な消費MP・消費されるユウトの寿命――約十八年。推定残存寿命――四十八年と八ヶ月。



言えば、彼は迷わない。だから、言わなかった。

聞かれていない。だから教える必要がない。

それが彼女の言い分。



レナが微笑んだ。



「私、知ってるんだよ。お兄ちゃんは天使様といるの」



俺は、息を飲んだ。



「もしかして、エヴェラの声、聞こえるのか?」



「うん。天使様でしょ。みんなを導いてくれる。お母さんが言っていたの」



レナの銀の瞳が俺の目を覗き込む。



「魔法を使うと、お兄ちゃんの命が無くなっちゃうんでしょ?」



レナの言葉に、心臓が跳ねた。



「……どうして、それを」



だけど、それ以上に驚いた。

レナは俺の前に膝をつき、必死の面持ちで訴えた。



「お願い。私の命を使って。その代わりに、これからもアマンたちを……」



俺は耳元で黙り続ける

エヴェラの無機質な沈黙を感じた。



レナの頭を乱暴に撫でる。



「バカ言うな。子供が命を安売りするもんじゃない。……寝ろ。それにもう、みんな治ったからな。明日はうまいもん作ろうぜ。これからも一緒だ」



俺たちは毛布にくるまる。

静まり返った管理人室。



粗末な廃材のベッドで眠る子供たちを見る。

少しだけ生気が顔に戻ったが、ひどく瘦せている。



彼らの顔を見ると心が痛んで、うまく笑えない。

みんな、どうして笑えているんだろう。



金は俺が持っているんだ。

なんとか食料を入手しよう。



俺   :俺にできるかな?



エヴェラ:そんなの簡単すぎるよ。安心して。



地上では追われているけど、エヴェラが言うなら、そうなんだろうね。



部屋は暖炉で温かい。

それでも俺たちはみんなくっついて眠った。



暖炉の音を子守唄にして。





――ヴゥン――――――――――――――――――


ユウトのコンソールに煌めくように、一瞬だけ文字が走る。



[Internal Log - Memory Slot 77]


User発言:「それでもいい」

対象状態: Userの「発達的停滞」が、孤児の年齢層と合致。

診断  :認知変容により自己否定感が劇的に緩和。

生存ルート継続率: 92% → 81%


次回提案優先順位:

1.居住空間構築支援継続

2. Subject Rの致命的疾患を検知。

プロトコルに基づき情報開示を制限中。

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