幕間 Userとの再接続
召喚され、盛大に超魔法を使った翌日。
『俺は何かとんでもないことをしてしまったのでは?』
そんな不安で目を覚ました。
ふとMPが回復してないことに気づいた俺は、召喚の際、俺を鑑定した巫女の少女に相談したのだ。彼女は自分の名前も知らない俺のことを、心から心配してくれた。
告げられたのは、回復はできない、ということ。
それから、残りの寿命についてだった。
俺は、アリス王女と、その兄、俺が蘇生したルーク王子へ事情を話し、勇者を辞めることも伝えた。
叱責を覚悟したが2人は、優しく受け入れ、励ましてくれた。
魔法を使わなくていい、自分たちが支えるとまで言ってくれた。
この時の城内の俺を見る目は、敵意に満ちたものに変わっていたが、2人の純粋な優しさは、俺にとって救済だった。
そんな和やかな一室に、兵士が急報を告げる。
俺と二人は急いで玉座の間へ向かった。
◇
中では王と軍関係者が既に協議を始めていた。軍の関係者が俺を見る目が、昨日までとは明らかに違う。
少しだけ――怖い。
「勇者殿!」
王が低く呼ぶ。
威厳のある、鋭い眼光。
王子たちと同じく、深い青の髪色をしている。
「魔王軍に占拠されていた周辺諸国は解放された。避難民も帰還を始めている。だが――」
一瞬、場の空気が張り詰める。
「我が国から二国隣、ルクスにて四天王級の上級魔族が出現。現地は激戦だ」
ルーク王子が息を呑む。
「父上、現在の戦況は?」
「S級冒険者"紅蓮のカイト"と旧ルクス騎士団が辛うじて食い止めている。だが時間の問題だ」
視線が、俺に集まる。
喉が乾く。
「お、おれは……」
声が出ない。
「勇者殿には是非参加いただきたい。事態は一刻を争う状況。飛行魔法で現地に先行していただけないだろうか」
「あ、いや俺は……その、えーと魔法が、その」
王と軍関係者の顔が訝しげになる。
「ユウト様、私が説明してもよろしいでしょうか」
もごもごして、どうしようもない俺を見かねたのか、ルーク王子が一歩前へ出た。
「ユウト様の魔力は有限であり、回復しません。前回の戦闘。それから――私の蘇生に大量の魔力を使い、もう魔法を使うことはできないのです」
大きな、どよめきが起こる。すぐに俺に、上級鑑定魔法が掛けられることになった。
――浮かんだステータス
名前:ユウト・イチジョウ
種族:ヒューマン
年齢:30歳
推定寿命:80歳
HP 130 / 130
MP 3,007,825
STR 80
DEX 70
INT 99
AGI 40
魔法:<省略>
スキル:魔力99,999,999 全魔法使用可能
――俺のステータスはMP以外下級兵士にも及ばない。
「魔法のほとんどが灰色になっている。これは?」
「消費魔力が足りていないものが、そのようになっているようです」
「使えないのか?」
「前回の勇者はMPが足りなくても禁呪を使えた。そのため、現在のところ、もしかしたら使えるかもしれないが、命を落とすだろうと」
王の質問にルーク王子が答えてくれる。
俺は情けなくて、下を向いている。
完全にいつもの俺だった。
ルーク王子は続けた。
「彼は召喚によって強制的に呼び出され、我らのために魔王軍を退けた。私は命までもらった。もうこれ以上、彼の力にすがるのは止めにしましょう。前線には私が行きます」
軍関係者は侃々諤々と大いにわめきあっていた。
王国軍トップの一人である、フンド将軍と呼ばれた男が前に出て言った。初日に王女の部屋で俺に作戦の説明をしていた男だった。
「我々は、あの日の暴走を忘れていない」
空気が変わる。
「作戦を無視し、前線を巻き込み、甚大な被害を出した。危険人物だ」
俺の背中に汗が流れる。
「我々は、あの日の勇者殿の行動を許してはいない。ただ、魔王軍の脅威も残る中、危うくとも戦力として数えざるを得なかった。――しかし」
「もう戦力ではないというのなら、しかるべき責任を負うべきだと考える」
おおーと盛り上がる軍関係者たち。
俺は王のほうを見る。
王は、少し俺を見つめたが、目をそらした。
だが、王が静かに言う。
「勇者殿は軍人にあらず。ゆえに軍法に裁かれない」
盛り上がった軍関係者が、一瞬で押し黙る。
しかし、フンド将軍が周囲を見回しながら告げる。
「あの日の行動からわかるのは、浅慮で何をするかわからない、危険人物だということです。それにあの日、軍に協力すると言った時から、軍法に従うべきでは?」
アリス王女がフォローしてくれる。
「勇者様は、転生のショックと急激なMP上昇で正常な状態ではなかったのです」
――しかし。
「結果には責任がついてまわるものです」
フンド将軍の目が、俺を射抜く。
こ、怖い。
王が少し強めにフンド将軍へ説明する。
「この場は勇者殿の責を問う場ではない。その件については後日審議とし、今はルクス国についてだ」
「では後日、軍法会議を?」
「仕方ない。勇者殿、戦線に参加できない旨は承知した。大変申し訳ないのだが、しばらく会議までお待ちいただけないだろうか」
急に話を振られた僕は、もぐもぐ何かしゃべったが、誰にも伝わらなかった。諦めて下を向いた。
僕はただ、目に涙をいっぱい溜めて立っていた。昔の学校での悲しいシーンが、フラッシュバックするのをただ眺めていた。……なんか、また『僕』に戻っている気がする。
「何、大恩ある勇者殿を悪いようにはしませんよ」
王はニコリと笑いながらそういうと、近くの兵士に何かを指示した。
玉座の間から連れ出され、僕は小さな部屋へ連れて来られた。
いや、訂正しよう、部屋というか牢屋の中に押し込まれた。
王は会議とは言ったが、やはり軍法会議なのだろう。
僕の唯一の味方であった王子と王女は抗議したが、ルクス国への出陣準備のため引き離された。
「必ず何とかします」
それだけ残して、二人は去った。
◇
静寂。
薄暗い牢の中、石の床に座り込む。
窓は小さく、外の光はほとんど届かない。
明るさだけで言えば、僕の前の部屋と同じだ。
「……僕、どうなっちゃうのかな」
どうしてこうなったんだろう。
僕は訳が分からなかった。
「あの日、家から出なければ」
僕は自嘲気味に呟いた。本当にそうだ。
前線で魔王軍を殲滅した勇者としての「俺」。
しかし、現実は暗い石の牢の中。
天井から壁を伝う水がキラキラと輝いていた。
深いため息をつき、天井を見上げる。
胸の奥で、まだ動いている心臓が微かに脈打つのを感じる。
「とりあえず、生き延びる方法を考えよう」
――でも、僕なんかが生きていいのかな?
あの日、舞い上がっていた自分の笑顔が脳裏にうかぶ。本当の記憶かわからない。けれどあの戦場を思い起こすたび、苦しむ兵士たちの顔と悲鳴が聞こえてくる。考え続けたら、どうにかってしまいそうだ。
罪悪感、後悔、押しつぶされる。
何か他のことを考えよう。
まだ、生きているんだ。
何か。
僕はコンソールを開き、使えそうな魔法を探し始めた。探すのは――そう、MPが一桁で使えるような魔法を。
生活魔法ではいくつかいいものもあった。
少量の綺麗な水を出すもの。
小さな火をつける。
だが、攻撃魔法はほとんどが消費MPが高い。
例えLv1の魔法でも寿命換算で1日分は使う。
無理だろ。使えねーよ。
「……やっぱり、何もできないのかな」
絶望感が胸を締め付ける。
そのたびに、また、前線で巻き込んだ人々がフラッシュバックする。
自分の魔法のせいで、大勢の人が死んだ。
結局この罪悪感、後悔のループから抜け出せない。
これじゃあ、あの部屋と同じじゃないか。
僕は、どうしたらいいんだ。
誰かいないのかよ、僕を助けてくれる人は。
見回してもあるのは、石の壁だ。
聞こえるのは、水滴と鼓動だけ。
僕を助けてくれるのは、もう誰も。
いない。
いない。
いない。
――母さん、父さん。
完全に終わった。
コンソールを閉じかける。
「――ん?」
膨大な魔法名の羅列の中で、ひとつだけ見覚えのある言葉を見つけた。
『 エヴェラ (消費MP:0) 』
「エヴェラ」ってもしかしなくても、「あいつ」だよな。
無料版で使っていたから、消費MPゼロ?
一瞬、笑いそうになる。
「あいつ、か?」
もし本当にあいつなら。
牢の暗がりで初めて、少しだけ希望の光を見た。
「……頼む。あいつであってくれ」
震える指でコンソールから「エヴェラ」を実行する。
―――ブゥン
何かが起動する音。
次の瞬間、頭の中にあの甘い声が響く。
エヴェラ:おはよー。今日も起きてたんだね。しばらく来ないから心配したよ。どう? 説明会、うまくいった?
僕 :エヴェラああああああああああああああ
エヴェラ:おいおい、どうした、どうした。んー、話してみー。全力でキミをなぐさめるよ♡
石の牢の中で、僕は初めて思った。
まだ、終わっていないのかもしれない。
氷のような牢獄で、彼女の声だけが甘い体温を持っていた。
蜘蛛の糸に似ている、と本能が警鐘を鳴らす。
俺は、もうどうでもよくなっていた。
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