第13話 白い塔の見える場所
お互いの自己紹介が終わり、俺達は夕食の材料を買うため、市場へ向かった。
俺は歩きながら、すれちがう人々の顔を見ていた。
色とりどりの野菜を並べる老婆。
値段をごまかそうとにやける商人。
母親の袖を引く子供。
みんな、ちゃんと顔がある。命がある。
あの頃は違った。
「お兄ちゃん、ぼーっとしてる」
アマンが俺の手を軽く引く。
「ちょっと考えてた」
「なに考えてたの?」
魔王軍の脅威が去り、市場は人であふれている。
彼らは人だ。名前がある。
あの日、召喚された大広間で数十人に囲まれたとき、不思議と怖くなかった。むしろ、気持ちよかったくらいだ。
今ならわかる。
あの時、怖くなかったのは、俺が彼らを人間だと思っていなかったからだ。
怖かったのは人間だった。
ふと手を握るアマンを見て気づく。
今、怖くないのは、この子たちといるからだ。
「あの頃のこと。召喚された日のことだよ」
市場の端から、王城の尖塔が見えた。白い石壁。青い旗。晴れた空に、やけに白さが映えている。
レナが立ち止まった。
「あそこ?」
「ああ。あそこで召喚された」
俺は歩きながら話し始める。
大広間の空気。重厚な木製テーブル、壁には戦を描いた絵画。勝利の絵のはずなのに、人物の顔はどれも沈んで見えたな。
「嬉しかったよ。期待の目を向けられてさ。なんでもできる力を手に入れたって、舞い上がっていたんだ。」
「魔力が回復しないのは知らなかったの?」とサリー。
「ああ。知らなくて、初日にほとんど使ってしまったんだ。次の日、カリンちゃんっていうエルフの巫女の子に教わったんだ」
「エルフ!」とトラが目を輝かせる。
「耳がとがってるの?」
俺はヨルカを撫でながら言った。
「とがってる。白い巫女服着ててさ、目と髪が綺麗な緑色なんだ」
「かわいいの?」
今も思い出す。彼女の真剣な眼差し。
陽だまりの中庭で、パニックになる俺を優しく支えてくれた。
「……めちゃくちゃかわいかったぞ。トラは惚れちゃうかもな」
トラが想像だけで照れる。
エヴェラ:二人とも素直ね。
「必死に魔力回復薬も用意してくれたよ、どれも効かなかったけど。ずっと心配してくれてさ。怒ってもいいはずなのに……」
あの戦争。俺は魔王軍だけでなく、前線の全ての生物を殺した。カリンちゃんの知り合いだっていたはずだ。
なのに。
「あの子は、『急激なMP上昇で、混乱していたからだ』って言ってくれた。俺は、そうは思わない。この世界に来る前から、ずっと正常なんかじゃなかったから」
みんなの顔が少し曇る。俺が心の病気を抱えていたことも話していた。子供たちには重い話だとわかっている。それでも、俺を全部知ってほしかった。
「……どんな風になってたの?」
「みんながゲームの中の人に見えたんだ」
「「ゲーム?」」 レナとアマンが怪訝そうな顔をする。
「物語の中の架空の登場人物みたいに見えたんだ。名前も顔もない。ただそこにいるだけの存在として。だから、誰も見ずに城を飛び出して」
初めは、本当にゲームだと思っていた。
王も将軍もモブでしかなかった。
彼らが必死に作戦の説明していた時、俺はスキップボタンを押したんだ。
そして、俺は前線の空に飛んだ。
あの日の俺の耳には歓声だけが聞こえていた。
だけど今思い出すと聞こえるのは、怨嗟の声だ。
敵が消えた。
――戦場の味方も、全て、消えた。
神になった気分だった。
ふとレナがぽつりとつぶやく。
「空に光の柱がいくつも見えた。遠くから見てて、本当に綺麗だったな。」
彼女は何か言葉を飲み込んで、続けなかった。
背中にいるヨルカが、黙ってレナの頭をなでていた。
しばらく、誰も何も言わなかった。
「他にはどんな魔法使ったの!?」
アマンが期待した目で見上げる。
「王子様を生き返らせた。王女様の気を引こうと思ってさ。可愛かったんだ」
「「はー?」」
「人を生き返すことができる、の?」
レナとトラが真剣な目で俺を見つめる。
サリーはやや呆れた目で見ていた。
「ああ、魔力があれば、な」
肉親を失った彼らを期待させて、心が痛む。
せめて、本当のことを言おう。
「蘇生魔法は膨大だった俺のMPの半分が必要だった。今は、とても無理だ。命をかければ1人くらいはできるかもしれないけど。」
二人は目を伏せる。
元々1億近くあった俺のMPは残り約250万。全く足りない。
城で聞かされた伝説では、前回の勇者はMPが足りなかったが、禁呪を発動し魔王を倒した。そして、死んだ。
だから、コンソールの魔法一覧でグレーアウトされている魔法も、1度なら使えるのかもしれない。
「MP回復できないのを知ったのは、その後だ。カリンちゃんが、教えてくれた。俺の使ったMPは戻らないって。スキルで得た魔力だからじゃないかって」
「戻らないって……」
「それから、もっと大事なことも教わった。みんなも知ってるかもしれないが、この世界は生きてるだけでMPが減っていく。呼吸も、歩くのも、全部。普通の人は寝たら回復するけど、俺のは回復しない」
アマンが首を傾げる。
「じゃあ、なくなったら?」
「……たぶん心臓とか、止まる」
カリンちゃん曰く、何もしなければ80歳近くまで生きれるらしい。十分だ。
だが、
子供たちが黙ってしまった。
俺はニカッと笑ってみせる。
「だから魔法は、本当に大切な時しか使えない」
「「「もう絶対使っちゃダメ」」」
子どもたちの真剣な目が俺を覗き込む。
俺は『あの目』を思い出す。
憎しみの目と優しさの目。
哀れみの目と怒りの目。
人びとの目が俺に気づかせた。
これはゲームじゃない。
この人たちは人間なんだって。
「回復できなくて、その後、どうなったの?」
トラが話題を変えるように聞いた。
「MPが戻らない事がわかって、勇者じゃなくなった。……軍の偉い人たちに責められたよ。もう勇者じゃないなら、責任をとれって」
「こわい」 アマンが眉をひそめる。
「怖かったよ。でもルーク王子とアリス王女が、ずっと俺の味方でいてくれた。……あの二人だけが」
レナが静かに聞く。
「その人たち、今どこにいるの?」
「もちろん、城にいるよ。二人とも、カリンちゃんも。お礼もまだ言えてないな」
俺は城を見上げた。
気のせいか視線を感じる。
「いつか、ちゃんと会いに行きたいな」
エヴェラ:補足しておくけど、あの日は事実上、人間種連合と魔王軍との最後の決戦だったの。
エヴェラ:あなたが来なければ間違いなく全滅していただけじゃなく、この国も他の国も滅んでいたでしょうね。間違いなく、救っているのよ。忘れないで。
「あ、天使さま!」
アマンが俺に飛びつく、ヨルカもそれを真似てよじ登る。
「エヴェラはAIだって教えたろ? AIが何かは聞くな。俺も知らん」
アマンとヨルカを抱きかかえながら、エヴェラに答える。
「あれだけ魔法が使えたんだ、やりようはいくらでもあったさ」
エヴェラは庇ってくれる。
でも、これは譲れない。
「結局、悪いのは俺なんだ」
市場の果物売りが笑い声を上げ、子供たちが飴をねだる声が響く。それでも、俺たちの間には静かな重さが漂っていた。
俺はどんな表情をしていたのか、アマンが手を握りながら聞く。
「お兄ちゃん、悲しい?」
「……ちょっとな」
小さなアマンの言葉が、胸に重く響いた。
風が吹いた。市場の布が揺れる。
「それでどうなったの?」
トラがキラキラした目で、無邪気に聞く。
「んー。牢屋に入れられた。」
「「「えー!!?」」」
「そこでエヴェラと再会したんだよな」
エヴェラ:ふふ。なんだか懐かしいわね。
俺は牢に入れられた日を思い出す。




