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魔力回復不能の勇者、命の使い道を探す  作者: @HIKAGE
第二章 底の底からの出発

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17話 親ばかの才能と木剣の音

「どうしよ、このデカブツ・・・」


俺たちはまだ体温の残る、巨大な死骸を前に立ち尽くしていた。

辺りには不快な獣臭が立ち込めている。


もうハエが群がり始めている。

その羽音が、やけに耳についた。


足を掴んだ瞬間、「グチっ」と嫌な音がする。指の間に脂がにじむ。

三人で足を掴んで引っ張るが、土に沈み込んだような巨体はびくともしない。


顔を見合わせる俺たち。


結局、イボール村へ引き返し、村長に相談した。


ありがたいことに、この巨大『一角イノシシ』も村が買い取ってくれることになった。ただ貧しい村であるため、おそらく相場よりもかなり安いのであろうが。


「一角」の角については強力な武器になるとのことで

高値で売れるようだ。それだけもらって拠点に帰ることになった。


帰り道、大いに反省した。

想定外の強敵とは言え、そういった事態を想定していないのはまずい。


武器も最低で、なんのスキルもない。

それから、魔法を使う覚悟が足りてなかったのかもしれない。

とにかく実力不足を肌で感じた。


角を担ぐたび、負傷した肩が鈍く疼く。

村で応急処置は受けたが、包帯代わりのぼろ布にはすでに血が滲んでいた。


だが――

通常の治療で治るような怪我に治癒魔法を使うつもりはない。

子供たちにならともかく、自分には。


心配そうにのぞき込む二人が、代わりに持ってくれた。


ギルドに戻り、報告しよう。

俺たちは重い足を引きずり市街地へと帰った。



久しぶりに、冒険者ギルドの正面に立つ。


もちろん、フードは深くかぶっている。


かつて浮浪者同然だった俺たちの姿は、

今や傷だらけの冒険者といった風情に変わっていた。


両開きの木製ドアが、ギイ、と軋みながら開く。


鼻を突くのは、酒と汗と革の匂い。

鎧の金属音や野蛮な笑い声がひしめく。


むっとする熱気。

室内は妙に蒸し暑く、汗が背をゆっくり伝った。


「ガキ連れかよ」


ひそひそと笑いが混じる。

刺さるような視線。


受付のマチルダさんに状況を伝える。


持ち帰った巨大な『一角』を見せた瞬間――

彼女の口が大きく開きかけた。


だが。


「叫ぶなよ」


事前に釘を刺しておいたのが効いたらしい。

悲鳴は、ぎりぎりで飲み込まれた。


今回の討伐で実力不足を痛感した、と告げると、

マチルダさんは一枚の紙を差し出す。


『初級冒険者講習のお知らせ』


彼女が説明を始めた。


「初心者向けの講習が始まるんです。優秀な冒険者が講師になって、剣術や立ち回り、魔物の知識を教えてくれます。三ヶ月間、みっちりと」


俺はトラとサリーを見る。

二人の目が、きらきらと輝いていた。


「……俺も、冒険者になりたい」


トラが上目遣いで見上げてくる。

俺は、黙って頷いた。


「サリーは?」


あれだけ怯えていたんだ。

無理をする必要はない。食堂を手伝ってくれれば、それで十分だ。


「やる!」


……やるのか。あんなに震えてたのに。


「マチルダさん、二人とも冒険者登録をお願いします」


俺は二人分の登録料を差し出す。


「それで、俺たち三人で講習に参加します」


「かしこまりました。ではステータスを確認します」


二人は別室へと連れていかれた。


俺は周囲を見渡す。


……今のところ、勇者だとは気づかれていない。


フードさえ深くかぶっていれば、正面から入っても問題なさそうだ。


待つあいだ、ふらりとギルド長のドーデスが現れた。


ドーデスは俺が勇者だと知っている。

それでも、恨みめいたものを向けられたことは一度もない。


最近では、顔を合わせれば軽く言葉を交わす仲になっていた。


彼は持ち帰った巨大な『一角』を撫でながら言う。


「こいつを倒したってのか? Eランクにしたのは早計だったな。今からでも上げるか?」


「いえ。実力不足を痛感しました。このままでいいです。講習に参加することにしました」


「ほう? ……そうか。それがいい」


ドーデスは小さく頷き、自室へ戻っていった。


……もしかしたら。

俺を心配して来てくれたのかもしれない。


登録が終わった二人が戻ってくる。

二人ともFランクだ。


「さ、俺たちの家に帰ろう」



帰還すると、待っていた3人が飛びついてくる。

俺たちは戦利品をこれでもかと自慢した。


でかい角は、売るか、トラとサリーの武器に仕立てることにした。

武器屋で相談しないとな。二人は剣でいいんだろうか。


持ってきた肉をふるまう。この世界で初めてのぼたん鍋。

味は完全にイノシシだった。野性味のある豚というか。


もちろんこれは大好評で、俺たちの「家」は大いに盛り上がる。

トラとサリーが武勇伝を盛りに盛って話す。


ヨルカとアマンが次は行くとごねる。

レナは俺たちの無事な帰還を本当に喜んでくれた。


疲れて眠るまで、騒ぎつづけた。



講習初日。


朝の訓練場はまだ人影もまばらで、乾いた土の匂いが立ちのぼっている。


参加者は俺たち三人だけだった。


中央に立っていたのは、片腕の男――アレン。

元B級冒険者だという。


顔には幾筋もの古傷。

左腕は肩から先がない。


それでも立ち姿は揺るがず、隙がない。


彼は俺を一瞥し、深く息を吐いた。

ため息だ。


勇者だと気づいたわけではない。

もっと単純な――

俺の運動能力についてだ。


最初に力をみると言われ、一人ずつアレンに挑んだ。

その結果がこの様だ。


「運動神経ゼロか……。お前みたいなのが子供連れて冒険者志望とはな。悪いことは言わん。諦めろ」


――泣いちゃう。


アレンは呆れた顔をする。


トラが木剣を握って真剣に構える姿を見ると、

表情がわずかに変わった。


「……こっちは違うみたいだな」


アレンは俺から木剣を奪う。


「まずは基本の構えだ。それから素振りだ」


トラとサリーに型を見せ、素振りを行わせる。


「お、おれは…」


木剣を奪われた俺は、以前の世界の体育の授業がフラッシュバックして、

ただただ立ち尽くし、プルプルしていた。


「あー、お前は、走れ。体力なさすぎ。その腹が凹んだら、筋トレだ」


――チクショー。


エヴェラ:ついにスマートなユウトに会えるのね。うっとりしちゃう♡ あなたは何年も椅子に座っていただけなんだから、体力0なのは仕方がないの。


――チクショー。



……そして2ヶ月後。

自分でも信じられないことだが、

毎日、汗だくで走り続けた。


こんなにも長期間、何かをやり続けたことがない。

トラとサリーがいなければとっくに逃げ出していただろう。


カッコ悪いところは見せられない。


エヴェラ:んー。十分見せてると思うけど。あ、私にはとってもカッコ良く見えてるよ♡


無視して走り続ける。


喉が焼けるように痛い。

足の裏がじんじんする。

背中のシャツが張り付き、塩の跡が白く残る。


最初は1周で吐きそうだったコースだったが、今では10周している。


始めた頃は、数分で太腿が悲鳴を上げ、夜は足が攣った。

今は走るたび、風が気持ちいいとすら感じる。


このコースは訓練所から市街地を抜け、あの食材店近くで折り返す。

何度も走るたびに、この街の解像度が上がっていくようだ。


街で生きる人々の表情が見える。

いつも挨拶してくれる人。

パン屋の朝の匂い。

夕方になると鳴る鐘の音で、自分の呼吸の荒さに気づく。


この街自体が生きているようだ。


舗装されている道は無く、砂利や穴に躓くことも多い。

前回、槍を持って突撃し、同じような穴ですっころんだのは、

比較的新しい俺の黒歴史だ。


今では、十分に躱せる。たとえ体勢が崩れても転ばなくなってきた。

もちろん膝にできた沢山の小さな傷たちが教えてくれた結果だ。


腹も凹んできた。

木剣を持つことを許されたのは、ほんの数日前からだった。


木剣を初めて握ったあの日。

アレンが差し出した柄は、思ったより重かった。


「今日はお前も打ってみろ」


震える手で受け取った。


トラとサリーが横で見守っている。


アレンが構えを取る。


「来い」


思いっきり振り下ろした。――カッ。

木剣が弾かれる。当然だ。


でも、アレンは目を細めた。


「もう一回」


また振り下ろす。カッ、カンッ、カンッ。


想像していた感覚とは違い、打ち込むたびに手のひらが痺れる。

衝撃が肘まで響く。


5回目で、アレンが軽く受け流して俺の木剣を弾き飛ばした。


「あー!」


情けない声が出る。

呼吸が乱れる。剣を振るうのがこんなに大変だとは。


「まだまだだ。今日から毎日素振り千本」


俺は、なんとも言えない顔をする。


トラが飛び出してくる。


「俺もやる!」


トラがアレンに向かって構える。

軽く受け止めるつもりでアレンが構えた瞬間――。


トラの木剣が、アレンの木剣をからめとり、宙に飛ばす。


「……!?」


アレンが一瞬、目を丸くする。


トラも自分で驚いた顔をしている。


「今の……見た?」


アレンは小さく笑った。


「おいおいおい、やるじゃねえか、ガキ。とんでもねえなお前は」


トラの顔がパァッと輝く。

サリーが「トラ、すごーい!」と手を叩く。


気づけば、顔がほころんでいた。


まるで自分が褒められているかのように誇らしい。

トラは身長もぐんぐん伸びてるしなあ。


サリーも強い。アレンに素早さと身のこなしを高く評価されている。

今なら棒持って追われても、返り討ちにできそうだ。


「うふふ、うちの子たちの才能が怖い」


二人を生暖かく見つめ、ニコニコ顔の俺がいた。


エヴェラ:ユウト、あの子たちを持ち上げても、キミが強くなるわけじゃないのよ?


うるせー。親バカさせろ。

ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべる俺に、エヴェラが突っ込みを入れる。

ほっといてくれ。


エヴェラ:キミが親バカの才能を持ってたのは意外だよ。


うるせー。



ある日の帰り際。アレンに袖を引かれた。


「ユウト。ちょっと付き合え」


連れて行かれたのは、ギルド近くの小さな食堂。


カウンターに座ると、アレンが肉の乗った丼を二つ注文した。


「今日は俺のおごりだ」


「え……いいのか?」


人からおごられる、なんてこと産まれて初めてだ。


「いいって言ってるだろ。まあ、座れ。最初はさ、お前、本当にどうしようもないと思った。走るだけでヘトヘト、何も無いところですっ転ぶ。すぐに諦めると思ってたよ。根性も無さそうでさ。でも……子供たちのために必死に食い下がってる姿を見て、見直したよ」


「それだけ言いたかったんだ」


「……アレンさんのおかげだよ。ありがとう」


頭を下げる。


「礼なんかいい。ただな、ユウト。お前は諦めが悪い。でも、それが冒険者に一番大事だ」


アレンは照れくさそうに笑った。


「これからも、子供たちを守るために食い下がれよ。絶対に死ぬな」


「……ああ」


大きく頷いた。


ゴトンッ。

俺たちの前に、甘辛い香ばしい料理が置かれる。


「サリーから聞いたよ。冒険者で稼いで、子供たちと食堂を作るんだって?」


アレンは器用に片腕で丼を掻き込む。


計画を説明する。

孤児には無償、または労働で、金持ちには高級料理を、今はそんな風に考えている。


食べ始める。


湯気が立ちのぼり、醤油ベースの肉の匂いが鼻をくすぐる。

箸を入れると脂がじゅわっと染み出した。


肉が熱い。噛むたびに脂が広がる。

単純に旨い。


この料理も、あの実が使われているのだろうか。

これは元の世界でも通用する。


今度、みんなを連れてこよう。


「こういう飯屋を出すのには、国の認可がいるって聞いたぞ。金だけじゃない、信用もだ。……コネはあるのか?」


肉を噛みながら、アレンが流し目をよこす。


「コネ……か。なくはない」


ふと、ルーク王子とアリス王女の顔が浮かぶ。


この世界で、最初に俺を受け入れてくれた人たち。

きっと、頼めば力を貸してくれる。

……カリンちゃんにも、また会いたいな。


気づけば、思っていた。


――敵ばかりじゃない。


味方も、いる。

アレンに、勇者であることを明かすべきかもしれない。


そのとき。

エヴェラの声が、すぐそばで囁く。


エヴェラ:ねーユウト、黙っていましょう? この関係を壊したくないでしょ? ……味方かどうかなんて、最後まで分からないんだから。


思考を読むエヴェラに諭される。

そう言われると、確かに怖い。


うん、やめよ。


アレンに礼をして、俺たちは『家』に帰った。




路地の奥、湿った石畳の影で、一人の男がユウトたちを見ていた。


「あいつ、まだいやがったのか……。あのガキたちは?」


靴底が石を踏む音だけが残った。

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