15話 ピクニックと小さな角
朝の陽光が廃屋の隙間から差し込む。
俺は銅のプレートを握りしめ、下水道の隠れ家に戻った。
「お兄ちゃん、おかえり!」
トラが飛びついてくる。後ろからレナとサリーが顔を覗かせる。アマンはまだ眠そうに目をこすっている。ヨルカは……寝てるな。
みんな今までのボロボロの服から、使用感はあるものの、キチンとした服を着ている。それだけで、なんだかちゃんと子供に見える。全部男の子用だがな。
これが文明か。
「どうよ、今日から俺は冒険者になったんだぜ?」
俺は誇らしげに銅のプレートを掲げ、見せびらかす。
「す、すっげー」
興奮する子供たちに俺のテンションも上がっていく。
俺は自慢するように、依頼書を見せる。トラとアマンの興奮度がアップするも、首をかしげている。
どうやら文字がちゃんと読めるのはレナとサリーだけのようだ。その辺の教育もしていかないとな。俺みたいに言語理解魔法かけるか?
エヴェラ:ユウト、この魔法1年近くしか持たないよ。それに将来的なこと考えたら、ちゃんとこの世界の言語を教育したほうがいい。もちろんユウトもね。
俺 :いやー、今から勉強とか無理だろ。英語すらしゃべれないのに。でも子供たちの教育は重要だよなあ。
エヴェラ:食堂で教えるのもありかもね。
「レナとサリーは読めるのか?」
「うん、私は学校に通えていたから……」
レナが少し遠い目をする。何か思い出しているのだろう。
「私も孤児院で勉強した!」
サリーが元気な笑顔で誇らしげにVサインを決める。
彼女は孤児院から逃げ出して来たという話を聞いていた。
何があったのかは教えてくれないが。
「よし、今日からレナとサリーが先生だ。頼んだぞ二人とも」
二人が笑ってうなずく。
「トラ、ヨルカ、アマン。君たちは生徒だ。しっかり勉強するように」
俺はびしっと決める。三人から大きな返事が聞こえた。
うんうん。
エヴェラ:ユウト、あなたも生徒になりなさい。これからもここで生きていくんだからね。魔法に頼らない。
俺 :前向きに検討するよ……
トラが目を輝かせて言う。
「でさ! なんて書いてあるの。ねー」
俺は偉そうに説明を始める。
「依頼は2つある。まず1つは、回復ポーションの原料になる『ベーネ草』の採取だ!」
おおおー。
子供たちが歓声をあげるが多分わかってない。
ちなみに安全な生息地は調査済みだ。エヴェラが。
「そして『一角イノシシ』という、こわーい魔物をぶっ倒す!」
俺はこぶしを突き上げ、ニヤリと笑った。
子供たちは大歓声を上げる。
ヨルカとアマンもこぶしを大きく突き上げた。
「俺も行く!」
トラの目がキラキラしている。レナは少し心配そうに俺を見る。
「……危なくない?」
「大丈夫。Eランクの依頼だから、初心者向けだよ」
エヴェラ:本来は魔物じゃないイノシシだって、簡単にはいかないよ。魔法なしでどこまでやれるか、楽しみだわ。
「行きたいー」
「俺も行きたいー」
サリーとトラの行きたいコールが止まらない。
んー。
エヴェラ:『ベーネ草』の採取なら、そこまで危なくはないかも。でも過信は禁物よ?
俺はみんなに向けて言う。
「わかった。採取は安全そうな場所みたいだから。みんなで行くか」
部屋に歓声が響いた。
俺たちは遅い朝食を済ませ、残りをお弁当にした。完全にピクニック気分だ。
7歳と5歳のヨルカとアマンにとっては、かなりしんどい移動になるだろうが、幼い二人を残せないし、この暗い地下から、気持ちのいい野原に連れ出したかった。
俺たちは生息地であるガデン高原に向かう。
高原と言っても、この拠点から約7㎞、高低差もほとんどない、見晴らしの良い丘らしい。手をつなぎ、歩く。交代でヨルカとアマンを背負った。が、
一番初めにバテたのは俺だった。エヴェラのため息が鬱陶しい。
ゆっくり2時間ほどかけてガデン高原についた。
俺 :エヴェラ、どこに生えているんだ?
エヴェラ:私は情報の検索はできても、実際に知覚できるのはユウトの感覚器官でわかる範囲よ。木の陰なんかに生えるみたいね。
エヴェラもそこまで万能じゃないか。
俺は野原で走り回る子供たちを集め依頼書を見せた。
「はーい、注目。この絵に書いてある花を見つけてくること。一番沢山見つけた人は、今日の夕飯にスペシャルデザートがもらえまーす」
歓声があがる。
まあ、みんなにあげるんだけどね。
来る途中でみたスイーツ屋で買おう。
「ぼく、見つけたー」
「たー」
ヨルカとアマンが、たんぽぽのような植物と赤い綺麗な花を持ってくる。
「おー、よく見つけたな。よし、もう一度絵を見てみろ」
2人のまん丸の目が依頼書と手に握った花を見比べる
「ちがうー」
「うー」
二人は持っていた花を放り出して、全速力で走り去っていった。
かわいい。かわいいぞ。
一番初めに見つけたのはサリーだった。その後もみんな何本か見つけてきた。
1本も見つけられなかったのは俺だけだった。
俺は火をおこし、朝の残りをリメイクした。
輪になって食べる青空の下での食事は信じられないほど美味しかった。
天気はよく、気温もあたたかい。
笑う子供たちを見て、胸があたたかくなる。
レナとサリーが歌を教えてくれる。
この国の国歌のような位置づけの歌なのだという。
俺たち以外だれもいない、みんなでうたった。
俺も大きな声で歌った。
いつもなら必ずフラッシュバックする、以前の世界で、無理やり連れていかれた『カラオケの悲しいシーン』が、この日は、いつまでたっても出てこなかった。
帰り道、スイーツ屋に寄って、みんなにご褒美デザートを買う。
子供たちが大興奮のため、なかなか決まらず、辺りは暗くなってしまった。
冒険者ギルドにも寄るが、ここは俺一人で、表からではなく、裏口からこっそり入って、マチルダさんに渡した。
俺としては、ピクニックは大成功で、たとえスイーツ代でプラマイゼロになろうとかまわなかった。が、みんなの頑張りのおかげか、差し引いても銅貨80枚と、3日ほどの食費に相当した。
みんなで手をつなぎ、覚えた歌を歌いながら拠点へ帰った。
◇
夕食のパーティーも終わり、子供たちは寝静まっている。
俺は、眠りに落ちる前、エヴェラに話しかける。
俺 :完璧な一日だ。そう感じたよ。なあ、エヴェラ、生きてるの楽しいな?
エヴェラ:ふふ、知らなかったの? この瞬間も、明日も、そしてユウトがずっといたあの部屋も、全部がつながっているんだよ。 今日が『楽しい』と感じられるのなら、その全ても楽しいと思えるかしら?
俺 :俺に分かるのは今日のことだけだよ。
今までの全部が楽しかったなんて、とても言えない。だけど、あれらの日々が、今日ここに至るのに必要な道のりだったとしたら――
ふふ。
エヴェラの顔を俺は知らない。それでも、優しく、俺を見つめ微笑んでいるのがわかった。
充実した疲れからくる気持ちの良い睡魔に身を任せる。
(…New memory updating…)
エヴェラは分析を進める。
◇
次の日。
俺はトラとサリーを連れて出発した。
どうしても行くと聞かないからだ。
二人とも冒険者になると決めたようだ。
レナはヨルカとアマンを守るために残ってくれる。
場合によっては1泊してくることを告げた。
「帰ったら、みんなでご飯作ろうね」
レナの言葉に、胸が温かくなる。
トラとサリーは推定13歳くらいだが、冒険者になれるのだろうか。
エヴェラ:冒険者ギルドの規定では特に年齢は定められていないようね。この国の成人は15歳みたいだから子供であることは間違いないけど。
うーん。
二人の進路は、二人が決めるべきだよな。
でも任せていいのかな。俺の親も同じ気持ちだったのかな。
とにかく絶対に二人を守ると誓う。
――何が来ようと、たとえ死んでも守り抜く。
この想いがあれば、きっと何が来ても怖くない。
あの日とは違う強さが自分の中に芽生えたのを感じた
俺たちは朝霧の中を進む。初めての冒険へ向かって。




