幕間 Subject Y
ルクサーン王国の東辺、森の息吹が絶え間なく響くエルフの集落。
リコリスの花びらと名づけられたフタリナ村――そこで私は産まれ育った。
他のエルフたちと同じように、静かに時を重ね、穏やかに生きてきた。
やがて、悠久の時を刻む川の流れのように、私もまた恋に落ち、そして愛した。
私たちエルフの長い命において、子を授かることは稀有な奇跡だ。もしその奇跡が訪れたなら、その喜びは言葉を超え、胸を焼き尽くすほどに強い。
まるで、これまでの無数の季節すべてが、この一人の子のためにあったかのように。
だからこそ――その子が忌み子として生まれたのなら。
多くのエルフは、その苦痛に耐えられはしない。
私と同じように。
村では、古くから伝えられてきた。
生まれ持った属性の色が、その髪に宿ると。
後天的な魔法習得を思えば、それは迷信に過ぎないと、誰もが知っている。
だが、掟を変えることはできない。
黒い髪、水色の瞳、短くひしゃげた耳。
これは、禁忌と呼ばれる子供の特徴だ。
私の子供が取り上げられたとき、産婆をしてくれた母の顔が青ざめていた。
母は、『よく、がんばったね』とそれだけを言った。
生後三か月―― 私がこの子と一緒にいられた時間。
いや、違う。エルフは胎内で2年もの間、子を抱える。
2年と3か月
愛を注ぎ込んだ私のすべてを、今日、この『箱』に入れなければならない。
どんなに、お願いしても、どんなに説明しても。
慰めの言葉しか返ってこなかった。
他の家族も、村に住めなくなると、そう告げられた。
『箱』に入れ、私たちの先祖の墓前にある、底の見えない谷。
そこに落として、この子の属性である『闇』へと還す。
それは、親が自らの手で行わねばならない儀式。
私は両親から、参加を禁じられた。
多くの母が、『箱』とともに谷に身を投げてしまうからだと。
夫は、優しく強い人だ。
愛している。愛されている。
もちろん、彼もこの子を。
だが、彼はきっとやり遂げるだろう。
私のために。
◇
その日の朝、私は両親と夫に告げた。
心を決め、谷底に落としたことを。
これからも、ともに強く生きようと。
彼らは私を抱きしめ、頭を撫で、泣いてくれた。
――嘘だ。
村の外れの森にある、家よりも大きな赤耳オオキノコ。
幼かった私が、一人で作り上げた秘密の部屋。
そこに、『箱』を置いた。
『開ければ邪悪な闇が村を滅ぼす』
その言葉が、私に箱を開けることを拒ませた。
ほんのかすかな隙間から、乳を湿らせた布を差し入れる。
「ごめんなさい。大丈夫。ここにいるよ。」
この子にはなんの罪もない。
この子を出してあげられない。
この子を守ってあげられない。
誰に見つからないように、お願いをする。
「ごめんなさい。お願いだから……声を出さないで。」
毎晩、毎朝、その隙間に向かって囁き続けた。
子ができたとわかった、あの日から。
もう、私の口からは愛の言葉しか出てこないと思っていた。
なのに今、私の口からこぼれるのは、謝罪ばかりだった。




