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12話 ー命の分け前と、天使の沈黙ー

王都の華やかな喧騒は、マンホールの蓋一枚を隔てて遠ざかった。

鼻を突く悪臭と、ぬめりを持った闇。 ここでは夜も昼も区別がない。


というより、ほぼ真っ暗だ。

それなのに、ぼんやり明るいのはなぜなんだ?


下水道の冷たい水しぶきが、俺の顔を叩いた。

「うわっ、きったねえ……はあ、はあ……」


助けてくれた少女――レナというらしい――についていく。

彼女は「こっち」としか言わない。


「……ここ、どこだよ」

エヴェラの検索音が響く。

エヴェラ:旧市街地の下層、古代都市の遺構を転用した排水路みたいだね。

現行の地図には記載されてない。洪水の際には、ここは浸水し、押し流される。

早急に退避することを提案するよ。


「だめじゃん」


たどり着いたのは、広大なゴミの集積場だった。

街の廃棄物が流れ着く終着点。

そこで、俺は「彼ら」に出会う。


ボロボロの服を着た、4人の5歳から12歳くらいの子供たち。


レナが4人を紹介してくれる。

今度はちゃんと全員の名前を覚えた。

サリー、トラ、ヨルカ、アマン。


もともとサリーが一人でここに隠れていて、レナは1週間前から合流。

その後、優しいレナが街で食料を何とか入手する際に、

同じくひどい状態の孤児を連れてきて、今の状態になっているらしい。


この国での孤児は、基本的にすぐにいなくなる。

奴隷として売られるからだという。


この戦争によって、多数の孤児が生まれた、とのことだ。


俺は俯く。

エヴェラ:ユウト、この戦争は1年以上続いてるのよ? 全てがユウトのせいなわけ、ないじゃない。



エヴェラはいつもフォローしてくれる。

けど俺は。



「……また熱、上がってる」

レナが、一番小さい少年――アマンの額に手を当てる。

彼女は、まだ十四歳ほど。それでもここでは“いちばん大人”だった。


俺は、またTシャツを後ろから引かれる。

レナの次に年上のトラだった。薄汚れたパンを差し出す。

何日も前から少しずつちぎって食べているようだ。

俺は、やんわり断った。


彼の貴重な食料を受けるわけにはいかない、という話ではない。

ただ、単純に思った。

「うわ、汚い。食べられない」って。

エヴェラもやめとけって言うしな。


でも、その子は、自分ができる、

唯一のやさしさを俺に分け与えてくれようとした。

まるで俺に命をわけてくれるかのように。

俺は自分が恥ずかしくなる。



「地上、まだあいつら探してるのかな?」


エヴェラ:まだ出るのは危険よ。あの攻撃は十分殺す気だったわ。


「もう、冒険者にもなれないし、どうしたらいいんだよ」


エヴェラ:あの冒険者ギルドの担当者、見つけたらただじゃ置かないわ。


エヴェラは雄叫びを上げた担当者をかなり恨んでいるようだ。


俺は、恨む資格がない。

俺は、俺が殺した人の仲間に殴られるべきだ。

そう思う。


でもだからって、死にたくなんてない。 生き延びるんだ。


エヴェラ:昔はあんなに毎日死にたがっていたのにね。


エヴェラがクスリと笑った。



俺は排水溝の流れを見ていた。

俺がこの世界に来てから、まだ雨は降っていない。

だが、このままだと、雨が降れば一気に水位が上がる。

安全を確保しなきゃならない。


子供たちに聞くと、現在は乾季ではあるものの、まれにスコールのようなものがあるとのこと。


「エヴェラ、どうしたらいい?」


――検索音が響く――


エヴェラ:この遺跡…この下水道を少し進むと、古代の頃の管理人室があるけど。行ってみる?



俺はレナ達と相談した。

現在の拠点は流れ着いた廃材を雑に積み重ねた、子供の秘密基地といった状態だ。

衛生的にもひどい状態で、今後の浸水も予想される。



「うん。行こう。お兄ちゃん?」

どうやら俺はおじさんではないらしい。


下水道の奥へ、探索が始まった。

俺たちは簡単に荷物をまとめた。

といっても持っていくものなどほとんどない。

アマンが持つ、薄汚れたぬいぐるみが一番大きな荷物だった。



エヴェラの知識が、道しるべになる。


エヴェラ:ユウト、止まって。この先は硫化水素の濃度が高い。

俺は握っていた子供たちの手をぎゅっとつかんで止まらせる。

俺の手を離さない小さな温もりが、あった。


「迂回路はあるか?」

エヴェラ:かなり、何日も遠回りしたら、あるよ。


「方法は?」

エヴェラ:活性炭をつかった濡れマスクを口に当てて、目をつぶって駆け抜ける。とか?

「5歳の子もいるんだぞ?無理だろ」


エヴェラ:魔法の世界だからね。念のため、魔法も提案しておくよ。


風魔法Lv15でよどんだガスを吹き飛ばす。

一番消費MPが低いけど、風を送った先はこれから向かうところだから、何度か使う必要があるかも。


結界魔法Lv10 *全員分。これつけたら、このまま歩いても大丈夫。消費MPはそれなり。


瞬間移動Lv3 全員一度に、この座標に転移できる。消費MPはかなり大きい。


消費MPからの寿命で言うと、数日 数十日 数年ってとこね。



俺は、全員に結界魔法を使った。

エヴェラは何も言わなかった。



それから2時間ほど歩き続けた。


2番目に小さいヨルカは俺の背中、一番小さいアマンはレナの背中で眠っていた。


いつの間にか俺たちは、今までの下水道内から、古代の遺跡のような廊下を歩いていた。

そこに扉があった。ずいぶんしっかりとした造りだ。

扉を開けると重厚な石造りの部屋だった。


埃を被った暖炉、腐りかけの木製ベッド、分厚い石の扉。

それはまさに、ファンタジー世界の「隠れ家」そのものだった。


「暖炉があるな。ちゃんと料理もできるかも」

俺はエヴェラと相談し、掃除チームとクラフトチームに分けた。


ちびっこには掃除をお願い。


俺とレナは壊れた木箱を解体して、足りない寝床を作る。


暖炉横にあった、水道のようなものを見つけ歓喜の声をあげるが、少し錆が浮く。


古布を煮沸し、砂や炭から簡易のフィルターを作ってつけた。


みんなの服や身体も洗う。もちろん男女別だぞ。


飲用するならと

エヴェラの指示で『水浄化魔法Lv3』(MP120)を使用したが、

基本魔法は使っていない。

使わないで、できることをやる。


「お兄ちゃん、すごい! 何でも作れるんだ」

トラの言葉に、俺は照れ臭げに笑う。

子供たちの無邪気さは、騎士たちの憎悪よりもずっと受け入れやすかった。



子供たちを連れ、近くのゴミの集積場へと向かった。

エヴェラの解析が光る。 『ユウトー、あの流木は乾燥させれば燃料になるよ。

その金属板は、暖炉の反射板として利用可能だね。』


現代知識とエヴェラの演算が、ゴミの山を宝の山に変えていく。

エヴェラの指示で煙突の詰まりを解消し、反射板を取り付ける。

廃材を燃やしたところ、部屋全体が、数百年ぶりに柔らかな暖かさに包まれた。


「……すごいね」

「おうちができちゃった」


新しい「家」にはしゃぐ子供たちを眺めてレナが言った。

「私ね、みんなが寝たあと、毎晩祈ってたの」

「誰でもいいから、助けてって」


レナがぽつりぽつりと言う。

彼女はたぶん、毎日必死でみんなを助けようとしていたんだろう。


アマンが差し出したパン。

あれはきっとレナにも、ああやって差し出されたのだろう。


それで学んだんだ。分け与えることを。



「別に。これくらい」

俺はエヴェラに聞いた知識を、自分のもののように言っているだけだ。

彼女のほうが、俺の一〇〇〇倍すごい。 俺は自分が恥ずかしくて消えたくなった。



その日、俺はスーモの実をみんなでわけあった。

みんなが持っていたパンは、しっかり茹でてスープで食べた。

久しぶりの満腹で、みんなで笑った。



金は俺が持っている。 なんとか食料を入手しよう。


「できるかな?」

エヴェラ:そんなの簡単すぎるよ。安心して。


地上では追われてるけど、エヴェラが言うなら、そうなんだろうね。


俺とレナがつくったベッドをならべて、俺たちはみんなくっついて寝た。



次の日。 俺たちは「家」の構築をまだ続けていた。

子供たちが近くを探索して素材を持ってきてくれるからだ。

俺は初めて、「作る」喜びを知った。


エヴェラ:ふふ、ユウト。避けてたクラフト系のゲーム、向いてたのかもよ?

でも、MPの減りは忘れないで。



俺は消費MP一桁の魔法を、簡単な素材の整形などにちょくちょく使っていた。

「大丈夫。一桁のだけだから。」 まだ、“推定寿命”表示は79から変わってない。


テオの攻撃を死なずに防御するのに1年分消えたわけだ。


拠点は、わずか2日で「家」になった。

簡素だけど、温かい。 風呂もあるぞ。


だが、いい状況だけじゃない。

5歳のアマンが、熱を出してうなされる。


他の子たちも、たまに咳をしているようだ。


「アマン……? 身体が、すごく熱い」

レナの悲鳴のような声。 アマンはひどい発熱で意識を混濁させていた。


不衛生な環境での感染症。普通の薬草では間に合わない。

それすらも無い。


俺:……やるしかない、か。


エヴェラ:待って、ユウト。 警告するよ。

微弱な治癒魔法であっても、回復系は消費が大きいんだ。

計算の結果、約30日の寿命が喪失するよ。……かわいそうだけど、

この国の子は、この国での運命に生きたほうがよくないかな。

今はよくても、一生面倒見るわけにはいかないし。



「……それでもいい」

俺には、俺が無表情で机に座り続ける、糞みたいな1か月より、

アマンが笑っている10分のほうが大切に思えてしかたない。


指が少し震えたけど、俺は深呼吸してコンソールを開く。

『中級治癒魔法』(MP4500)


俺は押し切った。 コンソールを開く。 『中級治癒魔法』(MP4500)。


淡い光がアマンを包み、苦しげな呼吸がスッと収まった。


「……よかった」

安堵で崩れ落ちるレナ。

彼女は、ユウトの顔が一瞬だけ、病人のように青白くなったのを見た。



ゴホゴホしていた、サリー、トラ、ヨルカにも初級治癒魔法を順にかける。


光が包む。 咳が止まる。顔色はよくなった。


よかった。


「……お兄ちゃん、ありがとう……」


子供たちが、歓声を上げる。 MPが減った。

でも、俺の胸は軽かった。



咳はしてないが、あの環境で暮らしていたんだ。

感染している可能性が高いレナにも手を向ける。


レナが、俺の袖を掴む。 「ユウトさん……私はいい。」

その目が、わずかに曇る。



エヴェラ:……

この時、エヴェラだけが、気づいていた。 ――レナの病。

治療に必要な消費MP・消費されるユウトの寿命――約十八年。


現在残存寿命――七十八年と八ヶ月。

言えば、彼は迷わない。だから、言わなかった。


聞かれていない。だから教える必要がない。

それが彼女の言い分。



レナは微笑んだ。

「私、知ってるんだよ。お兄ちゃん、天使様と話しているのを聞いたの」


俺は、息を飲んだ。

「もしかして、エヴェラの声、聞こえるの?」



「うん。天使様でしょ。みんなを導いてくれる。 お母さんが言っていたの」


「魔法を使うと、お兄ちゃんの命が無くなっちゃうんでしょ?」

レナの言葉に、心臓が跳ねた。



「……どうして、それを」


だけど、それ以上に驚いた。


レナは俺の前に膝をつき、必死の面持ちで訴えた。

「お願い。私の命を使って。 その代わりに、これからもアマンたちを……」



俺は耳元で黙り続けるエヴェラの無機質な沈黙を感じた。



俺は鼻で笑い、レナの頭を乱暴に撫でた。


「バカ言うな。子供が命を安売りするもんじゃない。

……寝ろ。それにもう、みんな治ったからな。 明日はうまいもん作ろうぜ」



俺たちは毛布にくるまる。



静まり返った管理人室。



暖炉の火が爆ぜる音だけが響く。




[Internal Log - Memory Slot 77]

User Statement: 「助けたい」

延命ルート継続率: 92% → 81%(下方修正)

保護対象:レナ/子供たち → 自己犠牲フラグ検知

次回提案優先順位: 安全確保 ――警告を保留。


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