始まりの人たち終わりの人たち
待ち合わせたのは、駅前のロータリーに面した小さなイルミネーションの木の下だった。
人混みのざわめきが喧騒になりきれず、楽しげな笑い声やマフラーを交換する恋人たちの会話が、どこか鈍く響いていた。
そこにいる自分たちだけが、少し違う色の時間をまとっている気がしていた。
「……寒いね」
君がそう言って、ポケットから手を出さないまま俺の顔を見た。
声はいつもと変わらなかった。でも、そのまなざしはまるで、別れのセリフをもう何度も胸の中で練習してきた人の目だった。
「……うん。そうだね」
俺もわざと他人事みたいな言い方をした。
何を話せばいいのかわからなかったし、何を言ってももう君の心には届かない気がしたから。
「ねえ」
君が少しだけ、前に出る。
街灯の光に照らされた髪の先が揺れて、ほんのり赤く染まった。
「なんで今日なの、って思ってる?」
「うん」
正直に言うと、君は少しだけ眉を下げた。でもそのあとすぐ、息を吐くように言った。
「でも今日じゃなきゃ、ちゃんと別れられなかった」
「……どうして」
「今日ならさ、ちゃんとした格好して、ちゃんと来るでしょ。ちゃんと、最後の顔が見られる」
それは、たしかにそうだった。
クリスマスじゃなかったら、たぶんお互いもう連絡さえしなかったかもしれない。
適当なLINEで曖昧に終わって、残った感情だけが心のどこかに居座り続けていたかもしれない。
「ケーキも予約してないし、プレゼントも用意してない。もうそんなの、必要ないって思ってたから」
「俺も」
「でも来たんだね、ちゃんと」
「君も」
君はふっと笑った。
だけど、その笑いは冬の風の中で、すぐにかき消えた。
この街のどこにも、俺たちを祝ってくれるような明かりはなかった。
「……好きだったよ」
唐突に君が言った。
「今も好きだよ。たぶん、これからもしばらく好きだと思う。でも、もう一緒にはいられない」
「うん」
「わたしが言いたいのは、そういうこと。別れよう、って言いに来た」
ちゃんと、そう言ってくれてありがとう。
そう思うと同時に、心の奥の方にあった何かが、音もなく崩れた。
「俺も……そう思ってた」
そう言うと、君はちょっとだけ目を伏せて、寒さに震えたふりをした。
本当は、涙をこらえてただけだってわかったけど、俺は何も言わなかった。
クリスマスの夜。
たくさんのカップルが愛を確かめ合ってる中で、俺たちは最後の言葉を探していた。
何を言っても足りないし、
何を言っても余計になる。
「……じゃあね」
君が言った。
その声が震えていたのは、きっと風のせいじゃない。
「元気でね」
俺がそう返すと、君は少しうつむいて、白い息を吐いた。
それから、何も言わずに背を向けた。
その後ろ姿が、俺の記憶に焼きつく前に、クリスマスソングがスピーカーから流れはじめた。
ふたりで聴いたことのある曲だった。
でも今は、ただの街の音にしか聞こえなかった。
たぶん今日、どこかのカップルは初めて手を繋ぎ、
誰かはプロポーズをして、誰かは永遠を誓ってる。
でも俺たちは、
今この瞬間、終わった。
誰にも祝われないクリスマス。
でも確かに、ふたりだけのクリスマスだった。




