●神の使いによる箱庭講座
「ほっこりしてるとこ悪いんだけどよ、珈琲まだか?」
「せっかくの余韻が……貴方はもう少しデリカシーってものをですね――」
「だから『悪いけど』って言ったじゃねぇか、一応」
はあぁぁぁ……と大きなため息を吐きながら、珈琲の準備を始めるリューを観察する。
取っ手が付いた木の箱に豆を入れてクルクル、クルクル……。
それから丸いガラス容器にお水を入れて、火で炙ってる。別のガラス容器には、さっきの木の箱から取り出した黒い粉が入れられて…………。
「ありゃあサイフォンっていう珈琲を淹れるための道具だ。さっきのミルで挽いた……細かくした豆を使ってな」
香ばしい匂いが辺りに漂っている。
ジーッと作業を見てたわたしにそう教えてくれたヒューゴに、ついでに気になったことを聞いてみた。
「……そういえば、嫌な匂いがしないのはどうしてなのかな?」
「ん? あぁ、珈琲か……猫にとっちゃ毒だもんな、現世じゃ」
「ここでは違うの?」
「この世界――箱庭って呼んでんだけど、ここにあるものは植物も動物も全部現世のそれとは異なる。神が再現したそっくりな偽物だ」
「……偽物」
「あとはまぁ、お前たちが死者だからってのもあるな。もう死んでんだから怪我も病気も、当然死もない。死ぬ危険がねぇのに警戒する必要なんてねぇだろ?」
なるほど、言われてみればたしかに。
これは食べちゃダメだ、近寄っちゃダメだって体に強く訴えかける『命の危険』がここにはないんだ。だって死なないんだもの、これ以上。
「なんとなくわかった、ありがとう」
「おう。しかし、まだまだ説明してないことが多そうだな……っと」
「――私に仕事させといて……ふたりだけで仲良くしないでください」
珈琲を淹れ終えたリューが、カップと一緒にいい匂いがするお皿をいくつか持ってきた。
ヒューゴだけじゃなくてわたしの前にも置かれていく。
「なんだかんだお昼ですからね、軽食ですがどうぞ…………貴方は美夜のついでですけど。あ、カウンターに乗ってもらって構いませんよ」
「ははっ、なんでもいいさ。ありがたくいただきますよ……っと」
お許しが出たので移動する。よく見えるようになったお皿には、ミルクと……あ、これ知ってる……サンドイッチだ。
わたしがいた席の隣に座ったリューも一緒に食べ始める。
「いただきます…………っ……おいしい」
「お口に合ってよかった」
サンドイッチってこんなにおいしいんだ。こんなにおいしいものが気兼ねなく食べられるなんて……箱庭っていいところだなぁ。
ここは天国じゃないけど、でもすごく幸せだ。そういえば、ここに来た人は居心地がよくてあまり移らないって言ってたな…………うん、よくわかった。
「そうだ、リュシアン……お前、美夜に全然説明できてねぇだろ」
サンドイッチと幸せを一緒にゆっくり噛み締めて味わってると、ヒューゴがそう切り出す。
覗いたお皿はもう空っぽになってた。早い。
「細かいことは追々ってことで片付いたんです」
……リューも食べ終わってた。わたし遅い? 小さく切ってはくれてるんだけど、ひと口の大きさが違うから仕方ない……よね。
「細かいって、せめてこの『春の庭』についてくらいは教えとけよ」
「……だって、別にまだ外に出る予定なんてないですし……それよりも美夜のことが気になって、美夜について知ることを優先した結果です」
「美夜が後々困るかもしれないだろ?」
「そうならないように私がそばに居ますから、ずっと。大丈夫です!」
「お前の大丈夫は当てになんねぇよ……」
ぽんぽんと弾む会話を聞きながらなんとか食べ終わった。
「ごちそうさま、すごくおいしかった」
「ありがとうございます。これからも気に入っていただけるよう頑張りますね」
「……で、だ。やっぱり美夜のためにももうちょっと説明しとこうぜ」
さっきの続きかな。
「春の庭について……だっけ?」
「それだけじゃねぇけど、まぁサクッといくぞー。まず『継の箱庭』は現世でいう地球にあたる……広さはそんなにねえけどな。その中に春・夏・秋・冬の四つの国――庭があって、ここはそのうちの『春の庭』だ。春の庭は名前の通り春の女神の管轄で、ほかの庭も同じようにそれぞれ季節の女神が管理してる。といっても常にその季節ってわけじゃなくて四季はある。ただ管理する女神の季節が一年の半分くらいを占めることになるが…………ちなみに今ここは春だな」
「へぇー」
「季節の順番や時間の流れは現世と同じで、朝には太陽が昇って夜には月が出る」
「あー……それもそっくりな偽物……ってやつだね」
「おう、そのとおり。あ、『春の庭』ってかどの庭も都市がひとつ、田舎町がふたつで構成されてる。全部同じ造りになってんのは管理がしやすいからっていう神様都合だ」
「なんか神様って……うん」
「まぁ、町のあれこれは実際に行ってみてだな。そこはリュシアンに頼めばいいさ」
「任せてください。いっぱいデートしましょうね、美夜」
「デートって……お前………………お、呼び出しか」
呼び出し? 音も何もなかったよね……って思ってる間に残りの珈琲を一気に飲み干したヒューゴが、サッと席を立つ。
「悪ぃ、また来るわ」
さっきまで流れてたゆったり時間が嘘のように、キリッと気が引き締まった様子で颯爽と去っていった。カランッとドアベルの音が静かな店内に広がり消えていく。
「呼び出しって、何も聞こえなかったけど……あっという間に行っちゃったね。……あれ、そういえばお金って」
「額の石が通信機のようになってるらしいですよ、よくわかりませんけど。便利というか……ファンタジーですよねぇ。あぁ、彼はよく豆を持ち込んでくれるのでそれでチャラです」
額のあれってそんなことできるんだ……うん、たしかにファンタジーだ。
あと、物々交換的な……そういうのもありなんだ。
「結局看板も出してませんし……今日はこのまま閉めちゃいましょうか」
「え!? いいの?」
「うちはのんびり気まぐれ営業なので、ふふ」
それでいいのかな……。
――そのあと、本当に戸締りを始めたリューを見守ってたわたしの顔は、何とも言えない表情だったと思う。




