●ケラススでお買い物
今日も三話ほどアップ予定。
「さぁて、この辺にいると思うんだがなぁ……電話してみるか」
ポケットから出した道具で、ヒューゴが誰かに電話し始めた。携帯電話ってやつかな。
「あー、もしもし? 今着いた。お前どこにいるんだ? ……アイスクリーム屋の前……ってどれだよ……あ? 噴水? ……って、あー……あれか……お前ちょっと手ぇ振ってみろ」
電話の相手を探してるみたい。
ヒューゴの視線を追っていくと、水が高く噴き上げてる場所で、ブンブンと大きく手を振ってる人がひとりいた。
……何事かと思って周りの人がチラチラ見ては通り過ぎていく。
「ぐふっ……おー、よくわかった。そっち行くから待ってろ…………あいつも素直なんだよなぁ」
「貴方……部下で遊んでるんですか……」
リューがジトッとした目でヒューゴを見る。
「いやぁ、純粋ってか素直ってか……つい」
「あまりやりすぎると嫌われますよ」
呆れた顔で忠告するリューに、ヒューゴはいい顔で笑うだけだった。
やめる気ないんだな……って、わたしでも気づいたけど……ほどほどにねと思いつつ移動していく。
目的の人物に近づいてくと、向こうもわたしたちに気づいたようで……手の振り方がもっと激しくなった。
「ヒューゴさーん、ここですよー、こっちこっちー!」
「おー……元気だなー」
苦笑いしながらもヒューゴの表情は優しい。
合流すると、リューとも初対面だということで軽い紹介が入る。
「今日、美夜の買い物につき合ってくれるモニカだ。俺の部下なんだが、お前たちと同じ死者で、歳は十八だから……美夜とそんな変わらねぇか」
「モニカです、よろしくお願いします! リュシアンさんのことはヒューゴさんからよくお聞きしています。今日は美夜さんのために可愛い下――」
「おおぉい、街中で堂々と出す単語じゃねぇだろー」
何かを言いかけたモニカさんの口を、ヒューゴの大きな手がバッと塞ぐ。
小柄……うーん、ふたりが大きいのかな、わたしがヒト化したときと同じくらいのサイズのモニカさんは、緩く編んだ髪に、緑にも違う色にも見える不思議な色の目をした、元気いっぱいの女の子だった。
「さて、どこから攻めるか」
「そうですねぇ……まぁでも、やっぱり服ですかね。日用品なら共有できますが、服はちょっと……」
「それもそうか……早速モニカの出番だな」
「頑張ります!」
噴水をあとにして、わたしたちが向かったのはデパートと呼ばれるお店。
ひとつの建物にたくさんのお店が入ってて、服も靴も、なんでも揃ってるらしい。
辿り着いた建物はとても大きくて、ガラスがいっぱいでキラキラしてた。
リューの肩に乗ってても、まだまだ上を見上げないといけなくて、自然と口が開いちゃう。
ハッとして顔を戻したけど、自動ドアを抜けて入った店内の広さに、閉じたはずの口がまた開く。
わたしのそんな様子にリューがクスッと笑みを零す。
「えーと、婦人服は二階みたいですね」
モニカさんが案内板を見ながら告げた。
移動は全てリューにお任せ状態のわたしが前にしたのは階段……のようで違うもの。
ずーっと、スーッと……動いてる……?
「エスカレーターといって、まぁ、動く階段です。初めは乗るのに苦戦することもあるので、あとで練習しましょうか」
そう言いながら、スッと足を乗せただけのリューの体が勝手に上がっていく。
一瞬フワッと変な浮遊感が襲ってきて体が硬くなったけど、それもすぐに慣れてきて……それからすぐに着いちゃった。
「すごいね、上まですぐだった」
「もっとすごいものがあるんですよ。そちらは帰りに体験しましょうか」
もっと? これよりすごいのがあるなんて。帰りにも楽しみができちゃった。
ズラッと並んだお店を流し見ながら歩いていると、モニカさんが少し困ったように尋ねてきた。
「んー……美夜さんに似合いそうな服ってどんな感じがいいんでしょう? 私、人型になった美夜さんを見たことがないので……」
「そりゃそうか。リュシアン、どんなのがいいんだ?」
「どんな……そうですねぇ……」
ジーッとわたしを見つめるリューに釣られて、皆の視線がこっちに向く。
「黒髪とこの瞳に合う色で……可愛らしいけどシンプルなもの……が、いいですかね」
「ふむふむです。じゃあ……あ、あのお店なんていいのでは!?」
モニカさんがビシッと指さしたお店には、モノクロや淡い色を使い、袖や襟、裾などがさりげなくヒラッとしてたり、フワッとしてる服が置いてあった。
「見てくださいよ、これ! これなんて、喫茶店でのお手伝いにピッタリじゃないですか? あ、あれも! あっちのワンピースなんてまるで英国メイドのようで……」
「おーおー、はしゃいでんな」
すごい勢いで店の奥まで進んでいくモニカさんの後姿を眺めながら、静かに吟味しているリューの言葉を待つ。
「たしかにこれはいいですね……美夜によく似合いそうだ。んー、こっちも……」
声のトーンとテンションが違うだけで、言ってることや見てるものはほとんど同じだった。
気に入ったらしい服をたくさん持って、試着しておいでと送り出される。
試着室で人型になり、わたしを任されたモニカさんに手伝ってもらいながら、試しては見せて、試しては見せてを繰り返し、そのほとんどを購入することになった。
また猫の姿に戻ったあと、リューが服を包んでもらっている間に、ヒューゴから何かを伝えられたモニカさんに連れられて、別のお店にやってきた。
「ここで下着を買いましょう」
「下着……って、何?」
下着は服の下に着るものだって。女性と男性で異なってて……直接服を着るんじゃないんだ……人間ってこんなに着込んでたんだなぁ。
よくわからないから、モニカさんとお店の人に選んでもらって、つけ方の練習もした。
あと、パジャマも買って……寝る時はまた違う服を着ないといけないなんて……人間って大変だ。
下着が買い終わった頃、さっきのお店で服を受け取ったリューたちが合流して、そのまま次は靴屋さんに向かった。
その途中で、靴の試着でまた人型になるなら先に服を着てたほうがいいのではと気づいたヒューゴの意見により、化粧室で着替えることになった。
ただ、そのあとが大変で。まだ靴を履いてないから……と、モニカさんに背負われて出てきた姿に驚かれ、でもそうするしかないかとリューの背中に移ってお店まで。
背負われてやってきた私たちに不思議そうな顔をしながらも、店員さんが服によく合った、歩きやすい靴をいくつか用意してくれて…………全部買うことになった。
買ってもらった一式を身に着け、リューと手をつないで歩く。
……荷物は、本当に全部ヒューゴが持ってくれてる。
「服も靴も、とってもよく似合ってますよ」
「ありがとう……でも、こんなに買って、お金大丈夫? ……お金…………そういえば、ちゃんと見たことないや」
「おや、そうでしたっけ?」
「あー……馬車の支払いの時も心ここに在らずだったもんな。休憩がてらどっか入って、ゆっくり見せてやったらどうだ」
「ティールームが四階にありましたよね、たしか」
そして、思わずやってきたエスカレーター挑戦の時。
慣れない間は両手が自由なほうがいいとリューに手を離され、少し不安になったわたしは一歩が出せない。
自分で目の前に立つと、リューの肩に乗ってた時にはなかった緊張感がある。
落ち着かせるように頭を撫でながら、乗るタイミングを教えてくれるリューのおかげでなんとか前に進めたが、ここはまだ三階……すぐに次がやってきた。
もう一度タイミングを見てもらって、無事に四階へと辿り着いたわたしは、なんだかすごいことをやり遂げたような疲労感に包まれた。




