●街へお出かけ
猫の姿に戻ったわたしは、ポカンとした表情からハッとなって慌てて身支度を済ませていくリューを見つめていた。
ヒューゴがその様子をニヤリとした顔で見てたけど……そういえばヒューゴってこんなにキラキラしてたんだ。話し方の雰囲気からもっとヤンチャな……うーん、荒々しい感じを想像してたんだけど。
リューとは違うキラキラだけど、太陽の光に色をつけるならこんな感じかなと思うような髪と、同じ色のながーい睫毛が青緑色の目をより美しく飾ってる。
「お? なんだ、見惚れてんのか?」
「キラキラしてるなって思って」
「ははっ、美夜はほんと正直だな。で、願いが叶った気分はどうだ?」
「うーん……まだ何もしてないから、これから何ができるかなってワクワクしてる」
「そりゃよかった。まぁ、なんか困ったことがありゃ、相談に乗るくらいはするさ、いつでもな」
「うん、ありがとう」
お喋りしてる間に身支度を終えたリューが戻ってきた。
「では、出かけましょうか…………下着の件は……人選は貴方に任せていいんですね?」
「おぅ、俺の部下……っても人間なんだが、連絡したら手が空いてるってんで来てもらうことにした。街ってケラススでいいんだろ?」
なにやらふたりがヒソヒソと小声で話し合ってる。
「とりあえず出発しましょうか」
肩から小さな鞄を掛けながら放ったリューのひと言で、皆部屋から出る。
そのまま一階に降りて、お店の扉から外へ。鍵もしっかり閉める。
石材が敷かれたアプローチ(って言うらしい)を進み、お花のアーチを潜ると、舗装されてない土の道が左右にずっと続いてた。
「今日は右へ進んで、この町の馬車乗り場まで行きますよ」
左はここみたいにポツポツと家があるんだって。
右に進むと民家や小規模のお店なんかが増えてきて、都市に出るための馬車が集まってる場所があるらしい。
十分も歩けば景色がだいぶ変わった。まぁ、わたしはリューの肩の上にいるから歩いてはないんだけど……。
家やお店が隣り合って建ってたり、人がいっぱいうろうろ歩いてたり、木や花は多いけど森はなかったり。
色も形もよく見えるようになったおかげで、目に映るもの全てが新鮮で興味深い。
あっちもこっちも気になってキョロキョロしてると、リューが馬車乗り場に移動しながらいろいろ教えてくれる。
「ヒューゴから聞いた話だと、ここ春の庭は全体的にヨーロッパを模した街並みになっているそうですよ」
「ん? あぁ、そうだな。ヨーロッパっつぅか……春と冬は西洋、夏と秋は東洋の外観が集まってるって感じだな」
「へぇ……理由とかあるのかな?」
「いやぁ…………最初に造ったやつらの知識とか好みとか、そんなとこだろ」
ちなみに、送られてくる死者と国の振り分けは基本的にはランダムなんだとか。
たしかに、日本生まれのわたしがヨーロッパ的なとこに来てるもんね……。
お喋りしてると、あっという間に何台もの馬車が集まってる場所に着いた。
「どれにしましょうか」
「種類があるの?」
「不特定多数を乗せて決まったルートを行くバスのような乗合馬車と、客は自分たちだけで、行先を告げて向かってもらうタクシーのような辻馬車があります」
「初めて出かけるんなら辻馬車のがいいんじゃねぇか? 気楽だろ」
ヒューゴの意見がもっともだったので、辻馬車を捕まえることになった。
乗り場にはいろんなサイズの馬車があったけど、わたしたちが選んだのは、一頭の馬が引く、幌という雨除けつきのものだった。
いよいよ、初めての街へ出発だ。
「そういえば、さっき運転手さんに言ってた『ケラスス』って……街の名前なの?」
「運転手……御者ですね。そうです、ケラススは春の庭の都市の名前ですよ」
「……都市どころか自分たちのいる町の名前も教えてねぇんじゃねぇか?」
「あぁ……そう言われれば、そうですね。えぇと、私たちが住んでいるのは『ウィステリア』という町で、クレアさんたちが住んでいる隣町は『ダフネ』と言います。このふたつの田舎町と都市ケラススで春の庭が構成されているんです」
ふむふむ、そうなんだ。また箱庭の知識が増えたぞとホクホクしていたら、さらにヒューゴが追加情報を教えてくれた。
「土地の名前はな、それぞれの季節に咲く花からつけられてんだ。日本だと……ウィステリアは『藤』、ダフネは『沈丁花』、ケラススは『桜』だ。名前の由来になってる花は、そのままシンボルフラワーとしてその土地でよく見られる……さっきの乗り場に立派な藤棚があったろ? あぁ、あとリュシアンの家の庭にもな」
「! へぇぇぇ……なるほど……あ、じゃあ、今から行く街は桜がいっぱい咲いてるんだ」
「ん-……最初に向かう予定の場所はお店や建物ばかりだと思いますが……少し道を挟んだ公園や並木道なら見れるかもしれませんね」
知っている花が…………日本では、ぼやぁっとした視界でしか見れなかった桜が、今どんなふうに見れるのか……すごく楽しみになってきた。
その後も気になったことや、何でもないような話をすること一時間弱。
見えてきた街の様子から目が離せなかった。
リューの家から町までの十分で感じた景色の変化なんて記憶から吹き飛ぶほどに、ケラススの街並みは迫力がすごかった。
まず建物。二階どころか、三階も四階もある大きなものや、一面ガラス張りのキラキラした建物がたくさん並んでる。
それに馬車も違う。きれいな模様が描かれたものや、豪華な装飾がつけられた大きな箱型の馬車が走ってる。それから、馬車だけじゃなくて車も走ってた。
あとはやっぱり、人の多さが全然違う。日本にいた頃も、こんなにすごい人だかりは見たことなかった。
「うわぁぁぁ……うわぁうわぁうわぁ! すごい……すごいね、リュー!」
「楽しそうで何よりです」
馬車から降りたリューの肩の上で大興奮のわたしは、よく見えるようになった目で、この世界のお金を初めて見られる機会を逃していたことなど、これっぽっちも気づかなかった。
読んでいただきありがとうございました。




