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継の箱庭  作者: 福猫
16/24

○止まったはずの心臓が激しく脈打つ

来週は更新できなさそうなので、今日明日で一気に上げられるとこまで上げていきたいと思います。……たぶん。

 今日もまた朝日を瞼の裏で受け止めながら起床する。

 目を開ければそこには愛しの黒猫が――



「……!? なんっ……え……? は……あ…………っ、うわっ!?」



 目に飛び込んできた光景の意味がわからず、驚きと焦りからジリジリと後ずさった……が、止まりそこねてベッドの縁から手を踏み外し転げ落ちる。

 動揺していたせいか受け身も取れず、強かに頭を打った。

 箱庭では怪我はしないが瞬間の痛みはあるのだ。……結構痛かった。


 いや、それよりも……あれはなんだ……なんだったんだ?

 落ちたままの情けない恰好で考える。


 ――あれはどう見ても…………少女だった。


 ……いやいやいや、なぜ?

 昨日、お風呂を終えてふわっふわになった美夜が、夢現でふにゃふにゃになってたからすぐにベッドで寝かせて、私もそのまま横になったはず……。

 …………ということは、つまり――



「リュー、なんでそんなとこにいるの? 大丈夫?」


「えっ……あっ……み、美夜!?」



 覗き込んできたのは、私をリューと呼ぶ可愛い声をした、黒髪の猫耳少女。


 あぁ、自分が寝間着を着る派でよかった、こんな情けない恰好に追い打ちをかけるような裸でなくて本当によかったと心の底から思ったが、そうじゃない。

 聞き間違えるはずのないその声に驚いて飛び起き、正座になりながらまじまじと彼女を見つめてしまった。

 おはようと、しっかり朝の挨拶を忘れない良い子の美夜に、いや、でも、そうじゃないんだと伝える。

 そんな私を不思議そうに見ていた美夜だが、ようやく自分の身に起きた何かに気づいたようで、体を確認したり部屋を見回したり……その様子を静かに見守った。

そして――



「これって……もしかしなくても……お願いが、叶ったんだ!」



 嬉しそうにそう叫んだ美夜の両手は、その感情を表すようにバッと大きく開かれて……つまり前が……大全開に……



「!? あっ! まっ! 美夜っ、前……前っ! 腕下げて! 前閉じてくださいっ!!」



 間一髪。なんとか自分の顔を手で覆って俯き、直視を免れる。

 一瞬見えた気もしないでもないが、免れたのだ……と、言っておく。


 さっきから、とっくの昔に止まったはずの心臓が、激しく脈打ってるかのように痛む……ような感覚に陥る。


 なぜこんな状況に……美夜が人型になっているのかはわからないが、もとが猫だからだろう……当然、服など着ていない。

 そう、まずは服を着せなければ……まともに対面できない。


 顔を隠したままスッと立ち上がり、後ろを向く。そのままベッドに沿うように横向きで進み、壁際まで来たところでその前にあるチェストへサッと駆け寄る。

 それほど種類もない洋服の中から、とりあえず白いシャツを取り出し、同じようにしてもとの位置へ戻った。

 

 後ろ手に渡した服を美夜に着てもらったが、どうやらボタンは無理だったらしい。

 まぁ、そうか……仕方ないと覚悟を決め、前をしっかり隠しているように念を押し、後ろを振り返った私をものすごい衝撃が襲った。



「ぐっ……こ……これが、かの有名な……かっ、彼シャツ……萌え袖まで……っ」



 落ち着け、しっかりしろと自分に言い聞かせ、震える手で美夜の服のボタンを留めていく。

 やり遂げたあと、いつの間にか止めていた息を大きく吐き出す。


 ようやくまともに美夜の顔を見ることができる状態になり、その頭上に残ったままの猫耳や、色に変化は見られないがどうやら視力が回復した……というよりも人の視界に近くなった目、後ろでチロチロ動いているそのままのしっぽ……と、順に観察していく。

 そういえばおよそで一歳だと言っていたから、人間に換算すると十六~十八歳くらいか……と頭の隅のほうで思った。


 なぜ? という私の疑問に少し躊躇いをのせて話し始めた美夜によると、ヒューゴの提案を受けて神に祈った結果の摩訶不思議箱庭現象だと。


 私の役に立ちたいと言っていた美夜の気持ちの本気度を知った嬉しさと、ヒト化というすごいことをやってのけるなら、ついでに服くらいつけといてほしいという神への不満で感情が忙しい。


 とりあえずこのままでは仕事など手につかない。ならばやることはひとつ。

 元凶……の一端を担うアイツを呼び出すべく、リビングにて電話をかけ始める。



『…………おう、電話なんて珍しい。どうした、なん――』


「今すぐ家に来なさい」


『……は? おい、なん――』



 ガチャリ。

 用件だけ伝えて切ってやった。


 ――


 ――――


 ――――――待つことおよそ十分。


 チェスト横の姿見で、美夜がどんなふうにヒト化しているのかを見せてあげたり、他に気になることがないか確認していると、リビングの向こう、バルコニーから窓を叩くヒューゴが見えた。

 あぁ、来たかと窓の鍵を開けて迎え入れる。



「あ。入る前に、外のマットで靴をきれいにしてくださいね」


「ぅお、スマン……お前そういうのは細かいんだよなぁ。って、そうじゃねぇよ。来いって言っときながら下閉まってんじゃねぇか。だからこっちに来る羽目になったんだろ」


「貴方ならこっちから来れると思ったから開けてないんですよ。それよりも――」



 手招きして美夜を呼び寄せ、ヒューゴの前に出して見せる。



「これ、貴方の仕業なんですってね」


「お? 猫の次は少女誘拐ってか……って、悪かった。冗談だ、ちゃんとわかってるって……その顔怖ぇからやめろって…………申し訳ありませんでした!」



 ふざけたことを言いやがるので、ニッコリ笑って無言で見つづけてやったら土下座してきた。神の使いがそれでいいのかと思わなくもないが、まぁ、ヒューゴとは以前からこんな感じなので今更か。



「ちょっとおたくの神に伝えてもらえませんか……ヒト化するなら服くらいオプションでつけとけって」


「あー……どうりで、そのシャツでけぇなーと……お前の趣味かと……ナンデモアリマセン……んんっ。つってもなぁ、それやったの俺の上司じゃねぇし、たぶん」



 ヒューゴの上司とは春の女神のこと。春を含め季節の女神は比較的真面目な方ばかりなのでいいのだが、なかにはいい加減なのがちらほら……。



「貴方の伝手でどうにかしてください……と、まぁ、本題はそこではないんです。美夜の姿はずっとこのままなんでしょうか?」


「……なんだ、この姿じゃ不満か?」


「不満なんてあるわけないでしょう!? あ……すみません、つい。そうではなくて、服とか……美夜に必要なものを買いに行かなければと思ったんですが、今のこの格好で連れては歩けないので……」



 こんな彼シャツ状態の美夜を外には出せない、出したくない。かといって、ひとりで留守番させるのも可哀そうだ。

 不安そうに見上げてくる美夜の頭を撫でながら、ヒューゴの答えを待つ。



「まぁ、そうか。あー、戻れるぞ。美夜が戻りたいって思えばポンッとな。動物の姿のほうが都合がいいこともあるからって、過去に要望があったとかなんとかで」



 相変わらずデタラメな……とは思うが、今はむしろありがたい。



「では一度黒猫に戻ってもらって、一緒に買い出しに行きましょうか、街まで」


「お買い物?」


「はい。美夜の服や靴、日用品などいろいろ用意しないと。貴女に似合う素敵なものを見つけましょうね…………あぁ、そうだ。ヒューゴは荷物持ちとして付いて来てください」


「お前ほんと俺の扱いが……はぁ……まぁ、いいけどよ」


「ありがとうございます」



 なんだかんだと言いつつも力を貸してくれるヒューゴに礼を述べる。

 箱庭では人間と神の使いの関係はわりとフランクで、私だけがこんな態度なわけではない。

 まぁ、ヒューゴが私の態度を許しているのはほかにも理由があるのだが……それは今は置いておこう。



「いやー、それにしても随分可愛らしいこって」


「あまりジロジロ見ないでください、私の美夜が減ります」


「お前のって…………お、そういやぁ……」



 美夜を少し隠すようにヒューゴとの間に入り、猫の姿に戻ってもらうことにした。

 彼が何か言いかける。



「なんです?」


「美夜の服って……下着もお前が選ぶのか?」


「へ」



 私の気の抜けた返事を消すくらいにはしっかり聞こえたポンッという音とともに、白い煙とキラキラした星の粒が舞い、晴れたあとには数時間ぶりのふわっふわな黒猫が居た。


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