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32 愛の力

夜になり、大ババ様の家で準備したものを鞄に入れる。


「いいかい、この指輪で月の光を集めて反射させた光をこのコップに入れた水にあてるんだよ。それを口移しで飲ませれば人間になれるかもしれん」


何度目かの大ババ様の説明にクレアは頷く。


大ババ様が用意したコップは、くすんだ銀色のカップで少し重い。


「人間になるではなく、戻ると言ってほしい」


ヴォルフ様が大ババ様に言う。

そこは譲れないらしい。


「同じようなものじゃろうて。泉の場所はわかったか?」


「何度も聞いたので大丈夫だと思います。ヴォルフ様もいるし」


大ババ様曰く、この魔女の村を超えた山の中にある泉の水が重要らしく、その場所も聖地なのでそこで、水を飲むのがベストらしい。


「雪が止まないが問題ないのか?月の明かりが見えない」


ヴォルフ様は窓から外を見て言う。


「問題ないと思う・・・数百年前お前たちと同じように動物化に固定された番が来たときは嵐だったがちゃんと人間になって帰ってきたからの」


「無理ならまた明日チャレンジすればいいじゃない。時間はたっぷりあるんだから」


リリアンヌさんが私にコートを着せてくれながら言った。


「それぐらい気楽な気分で行ってきなよ」


コーディさんも言ってくれて私は頷いた。

コップの入ったカバンを肩から下げてヴォルフ様を見た。


「さぁ行きましょうか」


狼姿のヴォルフ様は頷いた。


外は、昼間よりも温度が下がっていてとても寒い。

コートについているフード被り、見送ってくれているコーディさん達に手を振った。


「行ってきます」

「暗いから気を付けてね」


蝋燭が入ったランプを渡してくれたリリアンヌさんは心配そうだ。

ランプを受け取って私は微笑んだ。


「大丈夫ですよ。無理ならすぐ帰ってきますから」


空を見上げると、月どころか星も見えない曇り空。

雪はまだ降っており、足元はかなり悪い。


「行ってきます」


歩き出したヴォルフ様の後ろを私も歩く。


「大丈夫か?歩くのが辛かったら俺が背負うから言ってくれ」


心配そうに雪の中を歩く私を見てヴォルフ様は言うが私は首を振った。


「足腰強いので大丈夫です」

「そうか」


非常に残念そうなヴォルフ様はまた前を向いて、歩き出す。

真っ暗な山道を歩く。

鳥の鳴き声一つしない森の中は少し不気味だが、狼姿のヴォルフ様が居るからかなり頃強い。

足跡一つない雪を歩いていくと、ヴォルフ様が立ち止まった。


「水が流れる音が聞こえる。こっちだな」


耳を動かして、右側へと向かう。

藪をかき分けていくと、小さな湖に出た。


「ここが聖地って言われている場所ですかね。とても聖地とは思えませんが」


木が茂る中にポツンと泉がある。


「地中から水が湧いているようだな」


ヴォルフ様が辺りを見回した。


「だから川や滝が無いのですかねぇ」


泉に近づいて水を見ると、かなり澄んでいでランプで照らすと底が見えた。


「ヴォルフ様、魚が泳いでいますよ。あと藻みたいなのもあります」


ヴォルフ様も私の横で泉を見下ろしている。


「この水は綺麗なのだろうか」


今から飲む水だ、心配になるのは私だけではないようだ。

ランプで照らし、水の様子をしっかりと見る。


「濁ってはいないですよね。できれば煮沸して口に入れたいですね」


水質もわからない水を飲むのは嫌だと思っているのは私だけではないようで、ヴォルフ様も頷いている。

雪はまだ降り続いており、空を見上げるとやはり月は厚い雲に覆われていて見えない。


「一応、やってみましょうか」

「そうだな」


ヴォルフ様は頷いて、私の隣に座った。

大ババ様が、本に書かれていた儀式の言葉と手順を紙に書いてくれたので、鞄から取り出してランプの傍に置いた。

濁った銀色のコップも置く。


「えっと、偉大なる魔女アーミラ様。お力をお貸しください。偉大なる精霊達よ、私の愛によって伴侶の姿をもとに戻すべくお力をお貸しください」


紙を見ながら、呪文のような言葉を唱える。


「かなり棒読みだが、それで大丈夫なのだろうか」


はらはらしながら見ていたヴォルフ様が呟いている。

私は、手順の紙を見るのに必死なのでそこは我慢してほしい。


カップを手に取って泉の水を救いあげた。

ランプの傍に持っていき、水の中に不純物が無いか確認をする。


「虫など入っていないだろうな」


ヴォルフ様も以外と神経質なようで、私のすぐそばでコップの水を観察していた。


「大丈夫そうです」


二人で、水に何も入っていないのを確認して左手を空にかざした。


「天の神よ、大地の聖霊よ。我に力をお貸しください。光集めて・・・・」


先が暗くて読めず、目を凝らしてメモを見たがよく見えない。


「光集めて我に力を与えてくださいだ」


ヴォルフ様が囁いてくれるので、私は繰り返した。


「光集めて我に力を与えてください」


言い終わるが何も変化がない。


「何も起きませんが」


「・・・・」


ヴォルフ様はあたりを見てから空を見上げた。


「クレア、空をみてみろ」


見上げると、私たちの頭上だけ雲が割れて月と星空が見えている。

泉と同じ大きさに空いた雲の穴から月の光が照らされ水がキラキラと輝きだした。

光の粒子がふわりと空中に舞いふわふわと漂っている。

幻想的な光景に驚いてヴォルフ様を見ると、彼も驚いて目を見開いていた。


「何ですかこれ。凄い・・・綺麗ですね」


「わからん。妖精の類か?」


ヴォルフ様は光の粒子を眺めて呟いた。


湖の上を漂っていた光の粒子は、私たちの所に漂ってくると左手の狼の指輪に集まってくる。


「クレア、指輪を月の光に照らしてみてくれ」


ヴォルフ様に言われて左手の中指につけている指輪を月の光に照らした。

集まってきていた光の粒子が指輪の石に入り大きく一瞬大きく光るとまっすぐに光が伸びた。

指輪からまっすぐ出る光の柱を手に持っていたカップの水に照らした。

泉の周りを漂っていた光の粒子がカップに集まってくる。

銀色だったカップが金色へと変わり、入っていた水は青く光り始めた。


「凄い・・・青く光るきれいな水になりましたよ」


金色の光の粒子はどんどん増えていき私たちの周りをぐるぐると回っている。

月に照らされたヴォルフ様は、嫌そうな顔をして青く光る水を見た。


「これは飲んでも大丈夫なのか・・・」


「人間に戻るなら仕方ないですよね・・」


私が言うと、諦めたように目を閉じた。


「クレア、飲ませてくれ」


凄く期待をしている雰囲気を感じるが、私は狼姿のヴォルフ様にキスが出来るようになってはいない。

トラウマは治っていないのだ。


「解りました、目を開けないでくださいね」


ヴォルフ様には悪いが、カップから手のひらに水を注ぎ大きな口へと少量流し込む。

口に入った水を一口飲んで、ヴォルフ様は目を開いた。


「クレア・・・」


落胆して私の名前呼んだがそれ以上言葉が出てこないようで、頭を下げてうなだれてしまった。

かなり落ち込んでいるヴォルフ様はまだ狼姿だ。


「狼姿のままですね」


私が言うと、ヴォルフ様はうなだれたままか細い声をだした。


「クレアが、口付けて水を飲ませてくれないからだ」


「・・・わかりましたよ。絶対に噛まないでくださいね」


「まだ俺をそのような目で見ているのか・・・」


今にも死にそうな声を出すヴォルフ様にさすがに悪いと思い、青く光る水を口に含む。

しっかりと私が口に含んだのを見てヴォルフ様は顔を上げた。

嬉しそうに目を細めて大きな口を近づけてくる。


牙を見せないように気を使っているのはわかるが、狼の顔が近づいて体が硬直する。

怖い。


思わず目を瞑ると、ヴォルフ様が飛びかかってきて私の口に狼の唇が当たった。

ザラザラした舌で唇をこじ開けられ口の中にためていた水をすくい取られる。


目を開ければ狼の顔がすぐ傍にあると思うと怖くて開けることができない。


ザラザラした舌の感触に耐えること数秒、ヴォルフ様が離れる気配がしてゆっくりと目を開ける。


人間の姿をしたヴォルフ様が私を見つめていた。


狼姿のヴォルフ様はどこにも居ない。


久しぶりに見る人間の姿のヴォルフ様は以前と変わらず美しい顔をしている。

隣国でのパーティーで着ていた式典用の軍服姿のヴォルフ様は絵本から出てきた王子様のようでとてもかっこいい。

愛おしそうに私を見て微笑んだ。


美しいヴォルフ様の顔をじっと見ていた私はヴォルフ様の背後を確認する。

私の視線に気づいたヴォルフ様が、悲しい顔をしている。


「尻尾は出ていない・・・」


そう言われてホッとする。


「もう狼はこりごりです・・・」


私の本心からの言葉に、ヴォルフ様は苦笑している。


「戻れてよかった。こうしてクレアを抱きしめられる」


そっと抱きしめられて、ヴォルフ様の広い胸に私も顔をうずめる。

久々のヴォルフ様の体温を感じ、花のようないい匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。


「私もこの姿のヴォルフ様がいいです」


「できれば、狼姿も慣れてほしいが」

「善処します・・・」


そう言いつつも狼嫌いになったのはヴォルフ様のせいではないか。

狼姿のヴォルフ様が人を食い殺さなければこんなに狼が怖くなかった。

心の中で文句を言っていると、ヴォルフ様の唇が私の唇に重なった。

深い口づけに、息を吸おうともがくが強い力で抱きしめられて動けない。

むせ返るような強い花の匂いに、意識がくらくらする。

角度を変えて何度も深く口付けられ、やっとヴォルフ様の唇が離れた。

灰色の瞳が私を見つめて、私の前髪を上げ傷跡に唇を落とした。

そして、目じりに頬にとヴォルフ様は唇を落として首筋に顔を埋める。


「いい匂いだ。狂いそうになる」


小さく呟いて私の首筋に唇を這わせる。


キラキラと舞う粒子が私たちを囲うように舞って空へとのぼっていく。


「ヴォルフ様。綺麗ですよ」


私を抱きしめたまヴォルフ様も空を見上げた。


「そうだな」


そしてまた私にキスをした。



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