31 狼からもどる方法
「私の年齢いくつに見える?」
ドロシーさんが聞いてきたので私は彼女の顔をまじまじと見る。
「・・・・28歳ぐらいですか?」
皺ひとつない顔を見て言う私に、ドロシーさんは満足そうに頷く。
「ふふふっ、私の年齢は300歳ぐらいかしらね。結構長生きなのよ」
「えっ?それも魔法の力かしら。若返りの薬があるとか?」
興味があるのかリリアンヌさんが身を乗り出して聞いている。
「そうよ。私たちは基本長寿なの。大ババ様は600歳ぐらいかしらね。でも見た目は変わっていくわ。私は、若い見た目でいたかったの。だから、見た目を定着させる液を作ったのよ。オリジナルで」
そう言って懐から透明なビンに入った液体を取りだした。
「これが、若いままでいられる薬なのね」
感動してリリアンヌさんがビンを手に取ろうとすると、ドロシーさんが止める。
「止めた方がいいわよ。この液をサイコパス野郎が盗んで、女性に注入したら彼女たち人形になったから。人間は死んでしまうみたいなの。綺麗な死体ではいられるけれどね」
「ひぃぃ、怖い」
リリアンヌさんは液体の入った瓶をドロシーさんに返した。
「血液に注入しないといけないようなことをザールさんは言っていましたけれど」
私が言うと、ドロシーさんは肩をすくめる。
「それでうまくいったからでしょうね。飲んでも同じ効果があるわよ」
「なるほど」
静かに話を聞いていたヴォルフ様は頷いた。
「俺がザールに注射器で入れられたのがその液か」
「そうよ。多分だけど、姿を固定する魔法なのかもしれないわ。私は若返りだと思って使っていたのだけれど、狼男は、狼の姿で固定されたのね」
「どうしたら、元に戻る」
ヴォルフ様の問いにドロシーさんが大ババ様を見た。
「私はわからないんだけれど、大ババ様なら知っているみたい」
大ババ様は一冊の本を取り出して広げた。
かなり古い本で、表紙はぼろぼろだ。
「人間が他の動物に化ける一族は世界中に居る」
まさかの大ババ様の言葉に私たちは驚いて声を上げた。
「僕たち以外にもいるの?」
一番驚いているのはコーディさんだ。
立ち上がってヴォルフ様を振り返っている。
「お前たち一族が特別だと思うことがおこがましいわ」
「それはそうだろうな。俺たちだけが狼に変化できるわけがない。他にもいると思ってはいたが、見かけたことは無いな」
ヴォルフ様は落ち着いている。
「時々、変化したまま元に戻れないヤツもいるからな。解除方法が載っている本だ。しかし、数百年ぶりだからすっかり忘れてしまってな」
大ババ様は本をパラパラとめくり、一か所で止めて開いた。
「あった、ここだ。変化を解く方法。指輪に月の光を集めて、反射された光を照らした水を飲ませると変化がとける・・・」
思い出すように本を読み進めている大ババ様は一通り読み込んで本を閉じた。
「思い出した。お前たち、代々伝わる指輪は持っているか?」
私とヴォルフ様は顔を見合わせる。
数日前にヴォルフ様から代々伝わる指輪をもらったばかりだ。
「はい、これですか?」
私が左手を見せると、大ババ様は頷いた。
「これだ。動物に変化できる一族の長が代々持つものだ。不測の事態に対応できる貴重な指輪だ。良く持っていたな。紛失していたら作り直すところだったわい」
「良かったです」
「その指輪を月に照らすと光が反射する。反射した光を水に照らすと獣化を解く水になる」
「おー!よかった」
「結構簡単なのね。その水を飲めばいいのね」
私たちが拍手をすると、大ババ様は私とヴォルフ様を交互に見る。
「ヴォルフ殿は、狼の力が強いのでただ飲めばいいだけでは無理かもしれんな。幸い、お前らは番だろう?」
番とはなんぞやと首をかしげるが、ヴォルフ様は頷いている。
「そうだ」
「運が良かったな。番がその水を飲ませてやるのだ、口移しで」
「はぁぁ?私が狼のヴォルフ様に?」
思わず声を上げる私に大ババ様は頷く。
「番じゃろ?お前ら、キスの一つもしていないのか」
「問題ない」
ヴォルフ様がさらっと答えるが、私は首を振った。
「人間の姿なら問題ないです!狼のヴォルフ様と口を合わせるなど無理です。牙で私を噛みつきますよね!近くで見るだけでも牙が怖くて無理です!」
断言する私をヴォルフ様が非常に悲しそうに見つめている。
ヴォルフ様と無言で見つめ合って数秒、確認するように聞いてきた。
「俺に水を飲ませてくれればいいのだ」
「コップをこう差し出してペロペロ飲むまではできそうです」
体は近づけないように腕を伸ばしてヴォルフ様の口元にコップを持っていく。
これならば牙を見ないでも水を飲ませることができる。
「・・・・口移しはしてくれないのか・・・」
じっと私の目を見て聞いてくるヴォルフ様に私は首を振った。
「無理です!怖いですよ」
私が言うと、ヴォルフ様はフラッと椅子の上に寝てしまった。
椅子の上で寝てしまいピクリとも動かない。
「クレアちゃん。ヴォルフが落ち込んじゃったよ。絶対に噛まないから口移しで水飲ませてあげて!お願いだから」
コーディさんが私に頭を下げるが、無理なものは無理だ。
狼姿のヴォルフ様にはだいぶ慣れてきたが、牙だけは受け入れられない。
幼少期に見たトラウマが蘇り、震える私にリリアンヌさんも慌ててお願いしてきた。
「ヴォルフ様は好きなのよね?このままだと、嫌いな狼のままよ。クレアちゃんもヴォルフ様も誰も幸せにならないのよ?頑張って、ちょっと目を瞑って水を流し込むだけでいいのよ。それでみんな幸せになるのよ」
「リリアンヌさんは、蜘蛛が苦手でしたよね?」
私が言うとリリアンヌさんは頷く。
「その蜘蛛に、キスしろって言われて、できますかって言うんですよ!」
蜘蛛とキスするのを想像したのかリリアンヌさんは顔を青くしてコーディさんを見た。
「私、コーディが蜘蛛や蛇になったらキスできないわ・・・。クレアちゃんが可愛そうよ」
「リリー!そういう話をしちゃだめだよ。僕はリリーがどんな姿でもキスできるよ」
「ありがとう。コーディ。私は無理かもしれないわ。愛していても越えられない壁はあるのよ」
椅子の上に元気なく横になっている狼姿のヴォルフ様を見る。
私もヴォルフ様の事は大好きだし、人間になってもらわないと困る。
結婚式もしたいし、人間姿の素敵なヴォルフ様を堪能したい。
けれど、あの狼の牙に向かってキスをするなど無理だ。
想像するだけで、体が震える。
そんな私たちを、大ババ様もドロシーさんも面白そうに見ていた。
ドロシーさんは爆笑する寸前のように口を閉じて笑いをこらえている。
「面白いわね。運命で結ばれた番なのに、狼の姿を嫌がられるなんて。なんていう不幸なの」
「これっ」
笑っているドロシーさんの耳を大ババ様がまた引っ張った。
「嬢ちゃんや、お互いいい匂いがする番というのは早々で会うものでもないのだよ。同じ時代、同じ国、同じような年齢に生まれることも奇跡、出会うことも規奇跡。お互いが引かれあい、愛し合うなどもう運命なのじゃよ。だから、狼が嫌いでも番を助けると思ってキスの一つや二つやってあげたらどうかの」
大ババ様の説得に私も頷く。
「私も、できるものならやりますけれど。体が恐怖を感じて動けないんです。そうだ、なにか私に呪いをかけて狼が好きになるようにできませんか?」
良いことを思いついたと私が聞くと、大ババ様は首を振る。
「できるが、やらない方がよい。なんにでも呪いは副作用が付き物だ。それにそれをやったことによって狼男が人間に戻るのを阻害する効果がでてしまうかもしれない」
「・・・・残念です」
ヴォルフ様はまだ椅子の上に寝たまま動かない。
目はうつろで生気が無くなってしまっている。
私の言葉がよほど辛かったのだろう。
そんな姿を見ていると、さすがに可哀想になってくる。
「このままだとヴォルフは、人間に戻る前にショックで死んでしまうかもしれないよ。見てよ、生気がない顔を・・・」
コーディさんが哀れな顔をしてヴォルフ様を見て呟いた。
「そうねぇ・・・。愛している人に、拒否されれば死にたくもなるわよね」
リリアンヌさんも言ってくるので私も頷いた。
「たしかに・・・私もヴォルフ様に拒否されたら凄いショックです」
逆の立場で考えるとかなり悲しい。
ヴォルフ様がショックで立ち上がれないのも理解できた。
「・・・わかりましたよ。ヴォルフ様・・・何とか頑張ります」
さらさらのヴォルフ様の毛を撫でて言うと、ちらりと私を見た。
かなり疑いの眼差しに私は頷く。
「努力はします」
「・・・本当か?」
小さく言うヴォルフ様に私は頷いた。
「はい、私はヴォルフ様が大好きですから」
少し気を取り直したヴォルフ様は立ち上がると、私の頬を舐めた。
「ひぃぃぃ」
悲鳴を上げて固まる私を見て大ババ様は小さく息を吐く。
「無理かもしれんな」




