《12》
扉を戻しても警報は収まる気配は微塵も無い。
だがホール側は空間が広いので音の逃げ場が多く、体感的に聞こえる音は小さくなった。
兎に角動かなければと扉から早々に離れ、向こう側の壁まで伸びた通路を駆け足で進む。
「ちょ、ちょっと、待ってぇ~…」
しかし地上のグラウンドに匹敵する距離を一気に走り切ることは、体力自慢の槍剣さんを除いては難しく、中腹あたりで遂に妖子がバテて立ち止まった。
P・Sに乗るのを避けてからはランニングすらしていない俺は言わずもがな。
すっかり息が上がってしまった。
「ふぅ…、ふぅ…。で、出口…、出口は、何処にあるんだ…」
唐久多は荒い息を吐きつつ手すりから身を乗り出し、キョロキョロと下を見回している。
軽く見た感じ、ここから下までは建物三階分くらいの高さがありそうだ。
「パッと見、それっポイのは無いナァ…」
「取り敢えず、向こう側の壁に見える梯子で下に降りましょう。文字通り、地に足を着けて探した方が良いっス。‥妖子、行けるか?」
「ご、ごめん、大丈夫。さぁ行こう、」
「…ッ! ちょっち止まレ…」
移動を再開しようとした矢先、槍剣さんが神妙な面持ちので俺たちを制した。
何かを感じ取ったのか、丸い耳がしきりにピクピク動いている。
ロプスの聴力は人間の『約六倍』と言われているが、槍剣さんは鍛えているとかで自称『十倍』は耳が良いらしい。
「槍剣さ、ムグッ!」
何事か訊ねようと口を開くが「静かにせイ」という言葉と共に、素早く伸ばされた大きな手で口元を顔ごと鷲掴みにされた。
「せ、先輩?」
俺の代わりに、妖子が物凄く小声で訊ねる。
槍剣さんの耳になら、このくらいの声でも十分に聞こえるのだろう。
「…警報とは別に、『ガシャーンッ!』だの『ドゴーンッ!』だの、音がせぇへんカ?」
「「「『音?』」」」
槍剣さんの言葉に、俺たちは顔を見合わせて耳を澄ませる。
しかし警報が五月蝿くて、そういった音は聞こえない。
「…音は兎も角として、アルト? なんか、また揺れてないかな?」
「ぷはッ…。‥あぁ、気の所為じゃなければ。でも揺れ方が、エレベーターの時とは違う…」
槍剣さんの手から抜け出し、全員で頭上で浮かぶマリンを見上げる。
目のあったマリンは、否定の意味で頭を振った。
今回も地震ではないようだ。
振動は一定間隔で、それは徐々に大きくなっていく。
ある程度の激しい揺れになってくると、流石に槍剣さんの言う『ガシャーンッ』だの『ドゴーン』などの音も聞こえてきた。
「こ、こちらに向かって来ていないか?」
唐久多が少し後退った直後、明らかに何かが破壊される音と、ビリビリと激しい衝撃が空気を伝わって来る。
「…みんな、走レ…」
もう一度、かなり近くで音と振動が起こり、俺たちがさっきまで居た部屋のガラスにヒビが入ったのが見えた。
「走レーッ‼」
槍剣さんが叫ぶとほぼ同時に振り返った俺たちの背後で、壁が物凄いで吹っ飛んだ。
片側の支えを失った事で通路が傾き、そのまま自重で折れて崩壊。
俺たちごと下へと落下する。
「グッ‼」
「冗談やロ‼」
「きぁーッ‼」
恐怖と驚きで思い思いの上げる悲鳴を妖子たちに「『エアバック』使えーッ‼」と叫ぶ。
果たしてみんなに伝わっているか判らないが、それを確認している余裕は無い。
俺は祈る思いで、右肩に吊るしていた魔術装置を力任せに引っ張った。
すると握り締めた装置が手の中で弾け、全身が泡に包まれる。
泡の膜越しに迫る、経年劣化でボロボロになった床に、思わず両目を閉じた。
耳に『パンッ』と風船の割れるような音が響いて数秒後、体の前面に強い衝撃と激痛が走った。
どうやら、顔面から地面に叩き付けられたようだ。
「……うっぷッ‼」
痛みもさる事ながら、体を強かに打ちつけた所為か、耳鳴りと吐き気が凄まじい。
それに伴って発生した白い発光体が、視界を飛び回っている。
逆を言うと、感覚がある俺はまだ生きているという事だ。
『……ま…、…ト様…、アルト様!』
徐々に収まってきた耳鳴りの向こうから、俺を呼ぶマリンの声が聞こえて来た。
『ご無事ですか?』
「無事、とは言い難いな…」
若干口の中に溜まった酸っぱい物を吐き捨て、痛みに耐えながら上体を起こす。
崩壊の影響で照明がイカれたのか、明かりが不規則に点いたり消えたりを繰り返している。
更に瓦礫の粒子と埃の混じった粉塵が立ち込めていて、明るい時でも視認できるのはせいぜい一、二メートル程だ。
「‥あ、居た! アルト、大丈夫⁈」
四つん這い体勢で呻いていると、目の前の床に突き刺さった大きな鉄骨の影から人影が現れる。
果たしてそれは、フラッシュライトを顔の横に構えた妖子だった。
俺と違って上手く受身が取れたらしく、走れる程に五体満足のようだ。
「槍剣さんと副会長は?」
差し出された妖子の手を取り、フラつきながらも何とか立ち上がって槍剣さんたちの事を訊ねる。
「解らない。僕も着地点では一人だったから…。それより、一体なにがどうなって、…?」
妖子と共に吹き飛んだ壁を見上げると、巨体なシルエットがジャンプして降りて来ようと身を屈めているまさにその瞬間だった。
ソレは赤と黄色、二つの光をしきりに蠢かせ、俺たちの前方五メートル程の位置に降り立つ。
「妖子、あれってもしかして…」
「‥P・Sだ!」
妖子の驚く声を合図にしたかの如く、着地の風圧で吹き飛んだ粉塵の中から現れたのは『真っ黒なP・S』。
光の正体は、円柱状の頭部で上下に並ぶ二つのモノアイレンズだった。
左手には黒光りする金棒、右手には盾。
詳しいメーカーは忘れたが、けっこう旧式のスタンダードな剣士型をカスタムした警備用モデルだった気がする。
『ケケ、ケイ、警告! シン、シ、進入者ハ直チニ投降シナサイ‼』
頭部の頂点に埋め込まれたスピーカーから、雑音交じりのぎこちない声がする。
どうやら警報に引っかかった俺たちを侵入者か何かと勘違いし、捕まえようとしてこんな暴挙に出ているらしい。
わざわざこんな地の底まで駆けつけるとは、仕事熱心なのは結構だが勘弁して貰いたい。
「そうだ! 警備の人なら、地上までのルートも知ってる筈だよ! 道を教えて貰おう。 おーい、警備員さーん! すみませーん!」
妖子は両手を振ってジャンプしながら警備P・Sに呼びかける。
途端に二つの光がギロッと、並んで立つ俺たちに向けられた。
日々の整備を怠っているのか、動くたびにギシギシと関節部などが軋みを上げている。
なんらかの理由で剥がれた装甲から覗く配線の絡まった内部構造。
一歩歩くたびにガクンッと機体が左右に大きくブレるそのさまは、さながらゾンビのようで、今の雰囲気も相まってなんとも不気味だ。
「警備員さん、我々は円卓学園の生徒です。地上に戻れなくて困っているのですが、地上までの戻り方を教えていただけませんか?」
妖子は学生である証明にと、学生カードを掲げて見せる。
俺は生憎、持ち歩く癖が無いので家において来てしまった。
でもまぁ、生徒会長である妖子の物があれば信用は十分だろう。
警備P・Sは俺たちの目の前で立ち止まると、カードを確認するためか頭部を突き出すように機体を屈める。
と、その時だ。
頭部スピーカーから『ファーンッ!』というホール全体に響き渡るほどのハウリング音が鳴り、警備P・Sのボディがガタガタと震え始めた。
上下のモノアイが稼動域の溝をデタラメに動き回り、かと思えば糸の切れた操り人形化が如く、急に床に崩れ落ちる。
両腕は装備を握ったまま床に着き、モノアイの光も落ちていて、動かなくなってしまった。
「‥整備不良が過ぎて、動力系統がぶっ壊れたか?」
「も、もしも~し? 聞こえてますか~?」
妖子は動かなくなった警備P・Sのカメラレンズの前で手を振ってみせる。
『……シ、シシ、侵入者、排除シマス』
ややあって、スピーカーから再び音声が発せられた。
だがその内容は、穏やかなものではない。
警備P・Sはゆっくりと軋みながら立ち上がり、そのまま左腕に握った金棒を大きく振り被る。
「お、オイ…、冗談だろ?」
俺がそう呟くな否や、何の躊躇いもなく金棒は振り下ろされた。
(マジかよ!)
「妖子ッ!」
「きゃっ!」
眼前に金棒が迫ったところで、俺をとっさに妖子に飛びつき、押し倒す形で金棒を避ける。
まさに間一髪。
俺たちが床に転がると同時に、金棒は床を砕いた。
「し、死ぬかと思った…」
妖子は呆然として、振り下ろされた金棒を見つめる。
あのまま動かなかったらと思うと、ゾッとする。
「おい警備員! 何考えてんだよ!」
俺の声に反応して、真っ黒な怪物が向き直った。
しかし怖気を遥かに上回る怒りで、恐怖心はどこかに吹き飛んでいた。
未開拓のエリアをうろついたのは俺たちが悪いのかも知れない。
だが警備の為とはいえ、人の命を奪おうとする明らかにやり過ぎている。
とてもじゃないが、操縦しているのがまともな神経の持ち主とは思えない。
『モ、モクヒョ、目標ヲ視認! 排除!』
赤と黄色の重なった光が倒れたままの俺たち捕らえ、警備P・Sは再び金棒を振り上げる。
「このままじゃヤバい! 兎に角逃げるぞ!」
「逃げるって言っても、何処に?」
妖子の不安もわかる。
今のところは粉塵のお陰で見え難くなっているが、収まれば俺たちの姿は丸見えになってしまうだろう。
瓦礫に隠れたところで、身を隠しきれることは難しい。
ただ、俺には一つだけ『心当たり』がある。
資料の散乱していた上の部屋から窓越しに見た、あの大きな物が積まれていたトラック。
あの大きさなら、十分に隠れられる。
そしてなにより、あの上に乗っていた物が俺の予想通りなら、状況は打開できる筈!
幸い警備P・Sは金棒を振り下ろすスピードこそ速いが、移動その物はかなり鈍重。
加えて行動自体も、俺たちを追いかけるでもなく床をなぎ払ったり、なぜか壁に向かって殴りかかったりと、異常な挙動を繰り返している。
「走れるか?」
「う、うん」
「よっしゃ、なら行くぞ!」
警備用P・Sが動くより早く、俺たちは辛うじて見えているトラックの車列に向かって走った。




