《11》
時間にして約一〇分ぐらいだろうか?
やや強い揺れの後に、再び目の前の壁が崩れ去っていく。
現れたのは少し前までいたボイラー室ではなく、見たこともない真っ暗な通路だった。
ここも人感センサーが働いているようで、俺たちが一歩踏み出すと一斉に通路の照明が点灯した。
ボイラー室とは打って変わり、長年放置されていた割に埃などはなく、意外と空気が澄んでいる。
どうやら空調設備も生きているらしい。
「あの部屋『エレベーター』だったんだね。一時はどうなる事かと思ったよ…」
全員が通路側に出ると、再び六角形が積み重なっていく。
妖子は塞がっていく壁を眺めてから、ホッとした表情で前を向き直った。
「どうりで中に何もなかったし、開放もされてなかった訳だ。しかも下り専用で、一度乗ったら目的の場所に到着するまで出られないと来てる」
タブレットから投影される学園の立体映像には、俺たちが今いるのが学園の地下一階よりも更に深い場所である事を表す光点が点滅していた。
「しっかシ、地下駐車場のそのまた下に、こないに広い場所が存在しとったとはナァ…」
「恐らく、軍の設備として稼働している頃の区画なのでしょう。‥さぁ朝野君、直ぐに地上への出口を探して貰おうか? これ以上のトラブルや、まして君の巻き添えで死ぬのは御免だ」
唐久多は先陣を切って通路を進んでいく。
先ほどの事があった手前、ここは大人しく副会長に従っておこう。
「マリン、地図作成アプリを起動。オートマッピング始めてくれ」
『畏まりました』
マップデータが上面図に切り替わり、スタート地点を表す赤い印と、進行方向を示す矢印が現れる。
コレで少なくとも、同じ場所をグルグル回るという事態は避けられるだろう。
「曲がり角は、ほとんど無いみたいだね?」
妖子は歩きながら周囲を見回す。
通路は基本的に真っ直ぐで、たまに曲がれる場所がある程度。
一定感覚で点在する扉の左側に貼り付けられたプレートには、何の部屋なのか表記されていた。
右側に並ぶ『財務処理室』や『会議室』などといった部屋だけを見れば、まるで学園二階にある教職員区画か会社のオフィスのようだ。
しかし左側に目線をやれば『魔術管理室(魔術師、それに類する者以外立ち入り禁止)』や『兵器開発部』という物騒な表示がなされた部屋もある。
唐久多の言う通り、ココは軍事基地として機能していた頃の区画と見て間違いないだろう。
「‥おォ! P・S関係の部屋があるやン!」
『P・S装備考案企画室』と表記された部屋を見つけた槍剣さんは、スキップするような足取りで扉に駆け寄り、その後に妖子も続く。
確かにP・S部の二人にとって、室内にあるであろう資料はドンピシャの物だろう。
ところが二人が近づいても扉が開く様子はなく、ドアノブや取っ手といった類も見当たらない。
その代わりに扉に付いていたのは、数字を入力する端末装置。
恐らくこれはスライド式の自働扉だ。
パスワードがわからない今、中へ入ることは不可能のようだ。
「チェ…、お預けかいナ…」
唇を尖らせ、不機嫌そうに槍剣さんは頭を掻いた。
「まぁ、そう簡単に開いたら困るからね」と妖子も残念そうに戻ってくる。
「このフロア全体が、軍部の中でも結構重要な部門が集まってる様だね。ココに通じているのも、エレベーターが閉鎖されていた理由かな?」
「かもな。パスワード解析ソフトとマリンを使えば、時間かければ開けられるだろうけど…」
出来ることなら一部屋ずつ、じっくり内部を探って回りたい。
それこそが学園探索部としての本懐だ。
だが先頭を行く唐久多は、わき目も振らずにキビキビと先へ進んでいる。
気になる部屋を通りかかるたびに(主に槍剣さんと妖子の)歩みが遅くなっていた所為で、かなり距離が開いてしまった。
直線上に居るとはいえ、ここは未知のエリア。
万が一逸れてしまっても非常にマズい。
「残念だけど、今は安全に行き来するルートの確立を優先して、詳しい探索は後日にしようぜ? また副会長にキレられたら、堪ったモンじゃな、」
「朝野君!」
不意に、唐久多が大声で俺を呼びつける。
「チッ、言った矢先にコレかよ…」
「だ、大丈夫! フォローするから!」
「イヌスケもしゃーなイ奴やなァ…。何をそんな、アーサーを目の仇にしとるン?」
「コッチが聞きたいっス…」
唐久多の待ち構えていたのは、通路の突きあたり。
コの字型の取っ手が付いた両開き扉の前だった。
「これを見ろ」
小言でも言われるのかと警戒したが、唐久多は特に怒っている様子もなく、壁に書かれている文字を指差す。
そこには大きく『パワード・スーツ部門 開発、整備、演習ホール』と書かれていた。
「ここがどうかしたのかよ?」
「やれやれ、君も鈍いな。P・Sを開発、整備する場所ということは、それを地上に搬出するための『運搬ルート』があると言うことだ。まさかあの巨大なP・Sの手足や装備をこの通路側に一々出す訳はないだろ?」
「なるほど…。そういう事なら先ず、俺が入って安全確認する。エレベーターの時みたいに全員が身動きを取れなくなる事態はお前だって避けたいだろ? それにまた、胸倉掴まれんのも嫌だしな」
少し嫌味を込めてそう言うと、「その件に関しては…」と唐久多は眼鏡を外した。
「僕も冷静さを欠いていた。済まない」
なんと唐久多が自分から謝ってきた。
「お、おう…」
まさかの事に調子が狂い、どう返して良いか解らなくなる。
「が、謝るのは先程の件に関してのみ。君のこれまでの行い全て肯定する気はないからな!」
しかし眼鏡をかけ直した唐久多は、直ぐに何時もの調子に戻った。
この変わり身の速さは、ある意味、尊敬に値する。
呆れてしまったが、この方が唐久多らしく俺としても対応しやすい。
「そんじゃ、呼ぶまで待ってろよ?」
一度深呼吸をしてから取っ手をしっかりと握り、慎重に扉を手前に引く。
多少の抵抗感はあったが、扉は難なく開いた。
どうやらロックは掛かっていないらしい。
今度は締め出されないように、ゴム製のストッパーを使って扉を固定するのも忘れない。
(‥取り敢えず『開けたらいきなり罠でした』ってパターンはなさそうだな…)
室内は、緩やかな下り階段状になっていた。
ちょうど受講者数の多い授業で使う講堂を一回り狭くしたような構造で、人と人が辛うじてすれ違える幅の通路の両側には、モニターと一体化したテーブルと折り畳まれた椅子が横一列に並んでいた。
書類やファイルが残されたままで、床やテーブルの上にぶちまけられている。
これらすべてがP・S開発に関連する資料と考えると、当時のP・S開発への力の入れようが伺える。
(えーと、何なにぃ?… 『闇を打ち破るパワード・スーツ?』『円卓の騎士プロジェクト?』…なんのこった…)
適当に資料を拾ってみると、見出しの上から『極秘、持ち出し厳禁』と朱印されたものまで含まれていた。
恐らくデジタルな元データがあるから、紙媒体の類は置いていったんだろう。
とは言え、これだけ大量に資料が放置されているところを見るに、基地の閉鎖直前のP・S部門はかなり優先度を下げられていたに違いない。
学園内での探索部の扱いも似たような物なので、何だか親近感を覚える。
「朝野君、読むのは後にして、安全確認は迅速に行なってもらえるかな?」
イライラとする唐久多が開けっ放しの扉を指でトントンと叩き、貧乏ゆすりをしている。
俺は「まぁそう急かすなよ副会長」と、資料を身近な台に置き、階段の一番下を目指す。
こっちはお前に従って道中の調査をスルーしたんだ、これくらいは許して貰いたい。
部屋の正面は大きなガラス張り。
その向こうは更に深く掘り下げられた、広大な空間が広がっていた。
入り口に書いてあったP・Sを整備して組み立てたり、演習を行うためのホールだろう。
地上に通じる出口があるとすればココに違いない。
(……ん? あれは…)
広場の左一番奥、牽引部分の外されたトラックが何台か放置されていた。
その中に一台だけ、シートで覆われた何かを乗せたままになった物がある。
探索部の『性』とでも言うべきか、非常に気になる。
あのサイズと形で考えるに、乗っているのはもしや…。
「先輩先輩、これを見てよ⁉『宝石を動力とするエーテル・シュタイン魔道エンジンを用いた資格者の為のパワード・スーツ』だって!」
「カーッ⁈ 宝石を燃料に使うとハ、発想がブッ飛んどるナァ! 一回動かすのに一体ナンボ程の金が必要か判りゃせんワ」
「『資格者の為の』という触れ込みからして、恐らく資産家向けの嗜好品の類だったのでしょう」
窓の外を眺めていると、妖子たちの談笑する声が。
慌てて振り返ると、なんと妖子たちが俺が呼ぶよりも先に部屋に入り、平然と資料を読んでいる。
「おい、妖子⁈ お前、俺が呼ぶ前に入ってきたら安全確認の意味ないだろ!」
「アルトが一番下まで歩けた時点で安全って解ったからね。こんなに沢山のP・S関連資料が散らばってるの見たら我慢できなかった」
「あのなぁ…。てか、副会長! それに槍剣さんまで何やってんスか⁉」
「ン? ウチは多少のアクシデントは構わへんヨ。寧ろ面白くて大歓迎ヤ。‥オォ、この武器ごっつエエ感じやないカ! 設計図はどこヤ?」
「僕はお二人を止めようとしたが成り行きだ。それに、先にボーッと外を眺めだしたのは君だろ? 肝心の出口の検討はついたのか?」
唐久多は散らばった資料を丁寧に拾い集めて束にすると、二人が読みやすいように綺麗に並べる。
やはり変なところでマメな奴だ。
「外側のホールに出て調べるしかねぇよ。‥良いか、今度こそ俺が合図するまで出てくんなよ?」
資料を読み耽っているので大丈夫だとは思うが三人に念押しし、ガラス窓の外、ホール上部に井桁に張り巡らされている通路へ出る、簡素な扉のドアノブを捻った。
『アルト様、お待ち下さい!』
「え?」
不意にマリンが目の前に現れたので、何事かと訪ねようとしたその瞬間。
部屋全体に、耳をつんざく程の警報音が響き渡った。
『トラップです! 警報装置が作動しました』
「クソッ、マジかよッ‼」
無警戒で開けた扉の上には、扉の開閉を感知していると思われる装置が取り付けられていた。
最初の扉で何もなかったので油断していた。
(いや、その『油断』を狙ったのか⁈)
非常ベルを思わせる警報音とは別に、天井の四隅に備え付けられていたパトランプが『ウーッ』とパトカーよろしく、赤い光を撒き散らし始める。
既に駆けつける警備員などは居ない、打ち捨てられた基地ではあるが、何が起こるか解らない。
「言ったそばから何をやっているんだ朝野君⁈」
「文句なら後で聞いてやるから早く来い‼」
妖子たちを呼びつけ、憎たらしい扉を乱暴に閉めた。




