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PSB-円卓学園-(第二版  作者: 335
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10/15

《10》

 ボイラー室内に設置された機器は、暖房がフル稼働していた先月までとは打って変わり、鈍い音を立てて静かに振動していた。

 基本的に人の出入りがない場所なので、点在するタンクの上には埃が積もり、天井のスミには蜘蛛の巣も張っている。

 ヘルメットと一緒に身に付けた使い捨てマスクは早々に意味を成さず、呼吸するほどに埃っぽくなり、喉がイガイガして来た。


「いっきしゅンッ! ‥あァ~、ヂグジョ~…」

 ハーフロプス故に体毛が多い槍剣さんは、毛にハウスダストが絡まるらしく、盛大なくしゃみを繰り返している。

 グジュグジュの声から察するに、マスクの下は悲惨な事になっているだろう。


「グッ! 執行部の誇りが…」

 唐久多の方は部屋の真ん中で立ち止まり、不愉快そうに表情を歪めている。

 案の定、ご自慢の真っ白な学ランは煤けてグレーに変色していた。

 その汚れを叩き落とそうと、黒く汚れた軍手で触る物だから服はますます汚れていく。

 実に不毛だ。

 こう言っては何だが、安易についてきた槍剣さんと、探索を舐めてかかっていた唐久多の自業自得だ。


「アルト、ここで行き止まりみたいだ」

 程なくして、ボイラー室の一番奥に辿りついた。

 マップの情報を信じるなら、この壁の向こうに空間がある事になっている。

 背負っていたリュックを降ろし、ケーブルの延びる漫画雑誌ほどの大きさと厚さのある計器を取り出す。


「槍剣さん、ちょっとこれ持ってて貰えます?」

「んァ? ちょい待チ…」

 槍剣さんは妖子から貰ったティッシュで『チーンッ!』と大きな音をたてて鼻をかむ。

 それを二、三回繰り返し、更にティッシュで鼻を押さえながら片手で計器を受け取った。


「オ、オォッ! けっこう重いやないカ…。花も恥らう乙女に、こない重たいモン持たせるとハ…」

「鼻水ダダ漏れのお花だね」

 妖子が苦笑すると、槍剣さんは「そうそウ、花だけに蜜が大量。‥っテ、喧しいワ!」とノリツッコミ。


「朝野君、何を始める気だ?」

 唐久多には槍剣さんの持つ機械の正体が解らないようだ。


「壁の厚さを測る『超音波測定器』だよ。測定中は正面についてるセンサーレンズを壁に押し当てないといけないから、結構ダルいんだよ」

「確かにこの重さハ、それなりに体力を使うナ。なぁアーサー、せめて台とかないン?」

「生憎、うちは年々部費を削られている貧乏サークルなモンで。中古品にそんな物は付いてません」

 探索部の部費削減を決定している張本人である唐久多に聞こえるよう敢えて声のトーンを上げた。

 が、当の本人は服の汚れとの格闘に忙しいらしく、俺の嫌味には無反応だった。

 いちいち突っかかられるのも鬱陶しいが、まったくの無視は無視でムカつく。


(はぁ~…。それじゃ、ボチボチ始めますかね…)

 気を取り直して、測定器から伸びるケーブルをタブレットに接続して、測定器を起動させる。

 排熱ファンの回る音と暫しのアイドリングの後に、レンズから赤いレーザー光が飛び出した。


「マリン、測定と記録の方、頼む」

『畏まりました。それでは槍剣様、測定機正面の音波発生面を壁にセットして、暫くお待ち頂いて宜しいでしょうか?』

「この光っとる部分やナ? リョーカイ」

 片手で鷲掴みにした測定器を、槍剣さんは壁に押し当てた。


「ねぇアルト? この壁はずいぶんと、()()()()()()()?」

 妖子は不思議に壁を見上げる。

 彼女の言う通り、ココの壁は他とは違い変わった色と模様をしていた。

 校内の内壁はボイラー室に限らず、基本的に白ないしクリーム色の塗料が塗られているのだが、目の前の壁は何故か黒一色。

 その表面には一辺が三〇センチほどの正六角形の溝がしっかりと彫られていて、まるでカメの甲羅を思わせる模様をしている。


「…ん? これはもしや『ハニカム構造』か?」

 壁に触れた唐久多は、溝を撫でながらそう言った。


「……妖子、ハニカム構造って何だ?」

 聞いた事のない単語だが、知らない事を唐久多に馬鹿にされたくないので、妖子にコッソリと聞いてみる。


「ハニカム構造っていうのは、正六角形とか正六角形のパネル、もしくは円柱を隙間なく並べた構造体の事だよ。あぁ因みに、『ハニカム』は『蜂の巣』って意味の単語ね?」

 しかしそんな俺の意図とは裏腹に、妖子は割と大きめな声で説明を始めてしまった。


「軽くて丈夫だから、飛行機とか新幹線のボディ、それにP・Sの装甲なんかにはこのハニカム構造の形に形成した魔術合金板を、更に合金板で挟む『ハニカムサンドイッチ』って技法が使われてるんだ」

「フッ…。そんな事も知らないで学園の調査が成り立つのか甚だ疑問だな…」

 結局唐久多には鼻で笑われてしまった。

 しかし悔しいかな、構造に関しての専門知識に乏しいのは事実だ。


「おい、あんま触るなよ副会長。数値がズレんだろ」

「おっと、これは失敬…」

 尤もらしい理由で文句を言うと、唐久多はおどけた様子で両手を上げ、壁から距離をとった。


「うぅ~ん…。でもハニカム構造体にしてはこの黒壁、()()()()()だな…」

 唐久多と入れ替わりに壁へ近付いた妖子は、顎に手を当て溝を凝視する。


「そうでしょうか? 学園の性質上、弾性に富み、衝撃にも強いハニカム構造を建材として利用する事は、特別不自然ではないと思いますが?」

「確かに、唐久多君の言うように建材としてハニカム構造体を使うのは可笑しくないと思う。でもその場合って、普通はハニカムサンドイッチの『コア材料』として使われるよね? それにハニカム構造が衝撃に強いのは、蜂の巣が意味する通り、本来なら開いている筈の穴へ衝撃を逃がすから成り立つんじゃないかな?」

「そうかぁ? この壁と同じ模様のサッカーボールなんかは、穴なんか開いてないけどそうそう破けたりしないぞ?」

「フッ…、朝野君、君は実に浅はかだな。ボールは加わったエネルギーを推進力に変えている。言うなれば、衝撃を進行方向に()()()()()()だろ。……む?」

 俺を馬鹿にする為に言った自分の言葉に、唐久多が一人で困惑する。


「そう、これは壁。固定されているから、純粋に魔法合金の一枚板としての強度があっても、受けた衝撃自体は全部校舎へ伝わって行くことになる」

「『建物を護る』っちゅウ、建物の壁としての役割からはズレとる訳やナ」

 学力面では俺とドッコイの槍剣さんにも、その不自然は理解できたらしい。


「その通り。壁の向こうが空間と仮定すると、まるで行く手を阻むだけの『シャッター』か何かみたい」


『妖子様の言う通りかもしれません』

 マリンが目の前に現れる。

 どうやら測定が終わったらしい。


「槍剣さん、もう良いですよ」

「はいヨ。あ~、シンド…」

「ご苦労様っす。そんでマリン、どうなんだ?」

『計測の結果、壁の厚みは平均『1050.35ミリメートル』。凡そ10.5センチメートルと解りました』

「やっぱり残り25メートルが全部壁って事はなかったか。どうだ副会長? これでこの壁の向こうが空間だって証明されたぞ」

「……フンッ」

 唐久多は不機嫌そうにそっぽを向く。

 どうだ、ざまぁみろ。

 心の中でガッツポーズしていると、マリンが『続けて宜しいでしょうか?』と訊ねてくる。

 そういえば現れたときに、気になる事をいっていたな。


『こちらの壁は、区画を区切る壁としても不自然です』

「と言うと?」

『前述させていただいた通り、こちらの壁は約10.5センチメートルほどの厚さ()()ありません』

「『しか』って事は、薄いのか?」

『はい。ネット上の情報を集約しますと、本来空間を区切る事を目的とした『壁』という物は、その上の階層を支える『柱』としての機能も兼任しております。しかし、いくら垂直方向の重圧に強いと言われるハニカム構造体と言えども、この厚さで天井を支えているとは考えられません。『壁』と呼ぶ事自体に語弊があります。先程、妖子様が言ったように『シャッター』と表現する方が適切かもしれません』

「シャッターやったラ、どないかして開けられんのとちゃうカ?」

 槍剣さんはおもむろに黒壁をコンコンとノック。

 当然だが、返答のノックなどある訳もない。

 

「そういう開閉管理の操作パネルって、メンテナンスの都合上すぐ近くにある物だよね。例えば真横とか」

 妖子の言葉に、黒い壁と接する右側の壁を見る。

 パッと見、それっぽい物があるようには見えない。

 

『目視で確認できないのでしたら、上から塗り固められているのではないでしょうか?』

「なるほど。なぁ妖子、今までボイラー室に工事が入った記録とかってあんのか?」

「少なくとも最近はないよ。唐久多君、過去の記録とかって調べられるかな?」

「直ぐにお調べます! 少々お待ちを…」

 そう言って唐久多は軍手を外すと、胸ポケットから真っ白な手袋を取り出して嵌め直す。

 続けてズボンの尻ポケットから取り出したのは、これまた真っ白なタブレット端末。

 まるで飾り気がなく、ストラップの類もぶら下がっていない。

 傷や塗装ハゲも見当たらず、わざわざ手袋着用で操作しているので指紋跡などの使用感も一切なし。

 良く言えば清潔、悪く言えば虚無。

 唐久多の極端なまでの生真面目さを体現しているようなタブレットだ。


(…溝こそあれど、隙間やヒビは無しか)

 ただ唐久多を待っていても時間が勿体無いので、目の前の壁やその周辺をもう少し詳しく調べてみる。

 触れてみると、金属特有のひんやりとした手触り。

 見かけにシャッターらしさはなく、今のところ触れる範囲に開閉ボタンの類は無いようだ。


『仮に開閉装置が壁内に埋め込まれてしまっている場合、学園の強度を加味するに、取り出すのは極めて困難と思われます』

「そうなったら、技術室からドリルでも借りて来るまでだ。何なら爆薬使ってみるか?」

「は、派手やナぁ…。よぅそこまでするワ」

 槍剣さんは少し引き気味だが、ココで諦めたらそのまま廃部コース。

 なりふり構ってなどいられない。


「言っておくが、そんな蛮行に出たら最後、執行部長権限で強制廃部にさせてもらうからな?」

 唐久多は俺を睨みつつ、妖子にタブレットを手渡す。

 どうやら結果が出たらしい。


「‥生徒会記録によると、40年程前に一回だけ、小規模な内装工事が入った記録があるね」

「円卓学園が学校施設に改修されたのが50年前だとして、その十年後にまた工事か。ボイラー室なんて頻繁に出入りがあるような場所じゃないってのに、随分と短いスパンだな…」

 そもそも頑丈な筈のこの建物で、そう何度も工事が必要になるとは思えない。

 もしかするとその時に、壁を開け閉めするパネルか何かを潰してしまったのだろうか?


「部屋のドコら辺を工事したんか解らんのかいナ?」

「えぇ~とぉ?…。これは、床だね。ちょうど、この壁から前方1メートルを改修したみたい」

 俺たちはほぼ同時に足元へ視線を落とした。

 ライトで照らしてみると、コンクリート打ちっぱなしの床に積もったホコリが、歩き回る俺たちの足跡まみれになっている。


「‥ンッ! ちょい待チ。ココ、なんかあんデ!」

 槍剣さんが何かに気付き、靴底でホコリを払いのけた。


 出てきたのは、黄色と黒の縞模様をした金属枠で囲まれた正方形。

 大きさで言えば、街中の大きめなマンホールと同じくらいだろうか。

 叩いて見ると、ココだけ材質がコンクリートではなく鉄板になっている。

 真ん中に、ちょうど人の手が入るくらいの細長い穴が空いているので、これなら持ち上げられるかもしれない。


「‥フゥンッ! ……はぁ、はぁ! ングッ⁈」

 ところが、どれだけ腰を入れて引っ張っても鉄板は重くて持ち上がらない。

 これは、人力ではなく何か器具を使わなければ開けられないタイプと見た。


「ッはぁ! はぁ…。駄目だ、重いな…」

「フッ…、男の癖に情けないな君は。この程度の物を持ち上げられない様では…」

 唐久多は俺を押しのけると、穴に手を突っ込む。


「グッ⁉ …グ、ヌヌヌッ!……」

 だが結果は俺と大して変わらず、鉄板は僅かに浮く程度だった。

 穴に両手を入れ、顔を真っ赤にして頑張っているが一向に持ち上がる気配は無い。


「やめとけ副会長、無理すると腰痛めっぞ?」

「クッ…、たかが金属板にこの僕が…」

「ドラ、ならココはウチの出番やナ?」

 槍剣さんは両肩をグルっと回して穴に指を突っ込むと、俺たちが苦戦した重たい鉄板を軽々と持ち上げてしまう。

 流石、暇さえあればトレーニングしている人だけの事はある。

 女性である槍剣さんに腕力で負けるとは、なんとも情けないが、外せたのだから結果オーライだ。

 

「アルト、もっと鍛えないとね?」

「前向きに善処する。‥それは兎も角、やっぱり『蓋』だったな。見てみろ」

 鉄板をどかして現れたのは、ねじるタイプの回転ハンドルが付いた機械装置。

 刻印された赤茶色の矢印が、掠れた『閉鎖』の文字に向いていた。


「みんな、一回壁から離れてくれ。もしかしたら開くかも知れんから」

 ハンドルをしっかり握り、時計回りにねじる。


 しかし長らく放置されていたのか錆び付いているらしく、中々スムーズに回らない。

 槍剣さんは「ウチが回したろカ?」と前に出たが、俺は「大丈夫です」と言い張る。

 ここでまた槍剣さんの力を借りてしまっては、男としても探索部部長としても流石に格好悪い。


 多少ムキになりながらハンドルを左右にグリグリ捻っていると、徐々にだが稼動域が広がって来た。

 そして何度めかの挑戦で、ハンドルの矢印は遂に『開放』に向いた。

 何かが切り替わる手応えに、すかさず顔を上げて壁の状態を確認する。


「……? 何も、起こらないね?」

 妖子の言うとおり、壁に変化は見られない。


「うぅん?…。電気が来てないのか?」

「それはないな」

 俺の疑問を唐久多が否定する。


「本校舎内の電力は全て地下駐車場奥にある電力室で管理されているが、今までに異常を知らせる警報が鳴った事はない。それを証拠に、このボイラー室の機器は全て正常に動いているだろ?」

「だよなぁ…。なら何が駄目なんだ?」

 本当に何の変化も見当たらず、苛立ち紛れに壁を軽く蹴飛ばしてみた。


「‥うわ、何だ⁉」

 突如、壁に刻まれた溝に光が走ったかと思うと、六角形が天井に面していた列から順に崩壊し始めた。

 不思議なことになんの物音もせず、静かに六角形一つ一つが内側に落ち込んでいく。


「おぉ、開いた! 凄いやアルト!」 

「まだまだ。コレで漸くスタートラインだぞ。今回の目的は飽くまでも、壁の向こうがどうなってるのかを調べる事だかんな」

 鬼が出るか蛇が出るか。

 リュックに計器をしまい、壁が完全に消え去るのを待つ。


「‥ンンッ?」

 槍剣さんが調子の外れた声を出す。

 背が一番高いので、俺たちよりも先に空いた隙間から中の様子が見えたようだ。


「槍剣さん、何が見えます?」

「‥何も」

「『何も?』特別、気に成るよう物はないって事すか?」

「いゃァ…、言葉通りヤ。()()()()

「……はい?」

 間もなくして、俺たちの目線でも中が見える高さまで壁が崩れる。


「‥え?」

 中を見て、俺は槍剣さんの言った意味を理解した。


 壁の向こうは、本当に何も無かった。

 床や壁、天井こそ、まるで質感の違う物になっているが、物がしまってあるとか、それどころか、バラバラに崩れた壁の残骸すら転がっていない。

 ただ空っぽの空間が、そこにはあった。


 崩れきっていない壁をまたいで向こう側に立ち入ってみると、天井その物がパァと光る。

 天井パネル全体が、人感センサー搭載の照明のようだ。

 明るくなった室内に窓はなく、陶磁器を思わせる光沢のある白壁にはうっすらと俺たちの姿が鏡よろしく写っている。

 尤も、それ以外に気に成るような部分はない。


「な、なんヤ、けったいな仕掛けの割に、しょっぱいなァ…」

『何か面白い物が見えるかも』という思いから埃っぽさに耐えてい槍剣さんは、ガッカリした様子で、解放された空間をあてどなく歩く。

 正直俺としても、肩透かしを食らった気分だ。

 

「40年前の改修は、この中にあった物は持ち出す為だったのかも知れません。それに一階部分は、二階より上層みたいに立ち入り禁止区画って訳じゃないっすから。それに何かあったとしても、槍剣さんが見たがってるような『武器』やら『お宝』なんて物は無かったと思いますよ?『隠し部屋があった』って解っただけでも、探索部としては十分に『成果』です。…そうだろ、副会長?」

 俺の問いかけに唐久多は無言だったが、不愉快そうに舌打ちをして眼鏡の位置を直す。


(さて、報告書をまとめるにしても、まず部屋の広さとか計測しないとな)

「妖子、手伝ってくれ。……妖子?」

 妖子は部屋の中心で腕を組み「うーん…」と唸りながら小首を傾げていた。

 もう一度呼ぶと、妖子は漸く呼ばれている事に気が付いた。


「どした? 何か気になる事でもあんのか?」

「……ねぇ、アルト? この空間って、()()4()0()()()()()()()()()()()()()()?」

「なんでって、そりゃぁ……」

(‥なんでだ?)

 言われてみれば、確かに妙な話だ。

 何も置いてないのなら、どうして始めからこの空間も含めてボイラー室を作らなかったんだろう。

 仮に、以前は何か置いてあったにしても、物を運び出した後なら、また閉鎖する必要もないはずだ。

 この何もない部屋を40年間も閉鎖していた、学園の意図が解らない。

 他の立ち入り禁止区画のように『怪我を負う可能性がある』というならまだ解るが…。


「‥うォッ⁈ アーサー⁈ ヨウコ⁈」

 槍剣さんが行き成り大きな声を上げたので、思考が強制的に現実に戻される。

 見ると槍剣さんが目を見開いて俺と妖子を、というより俺たちの後ろを指差している。


「一体どうしたん、‥なッ‼」

 何事かと振り返ってみると、ボイラー室との境界線部分から次々と六角形の板が飛び出し、再び黒い壁を構築し始めていた。

 音がしなかったので、槍剣さんが言うまで誰も気付けなかった。

 

(ヤバい!)

 全力で走るが、時既に遅し。

 六角形は瞬く間に背丈を上回る高さにまで積み上がり、俺がたどり着くと同時に元の黒壁に戻ってしまった。


「クソッ、侵入者用の罠か⁈」

「アーサー、そこ退キ! オゥリャアアアアーッ‼」

『獣の咆哮』としか表現のしようがない声を上げて、槍剣さんは助走をつけてまわし蹴りを黒壁に放った。


 だが壁に出来たのは、槍剣さんの履くスポーツシューズの靴跡のみ。

 ヒビの一つも入らない。


「アカン…。今のでブチ壊せんのやったら、ウチの力じゃ無理ヤ…」

 槍剣さんは片足でジャンプするように後退り、その場に座り込んでしまう。

 力自慢の槍剣さんに蹴破れないのなら、槍剣さんより弱い俺たちが何をしても無駄だ。


「出られないってこと?」

 壁に残った槍剣さんの足跡を撫でて、妖子は不安そうに俺を振り返る。


(‥あぁー…、やらかしたぁ…)

 未開拓の区画には、多かれ少なかれ何かしらのトラップがあるのは定石。

 だからこそ閉鎖区画は、その殆どが立ち入り禁止なのだ。

 そのため探索部では調査する際は必ず人員を二つのチームに分け、Aチームは調査、Bチームは有事のバックアップとして待機させる。


 だが今回、俺は不用意にも全員を部屋に立ち入らせてしまった。

 こちら側に開閉を制御する物は見当たらない。

 完全に閉じ込められた。


「クックックッ…。大失態だなぁ朝野君?」

 壁に手を付いてうな垂れていると、肩に唐久多の手が置かれた。

 さぞかし、嫌みたっぷりな満面の笑みを浮かべているだろう。


「君が如何に注意力散漫な男か、よく解ったよ。まぁ、安心する事だ。馬先輩も白井会長も慌てる事はありません。こういう時は冷静に、電話で助けを呼べば……」

 喜々として喋っていた唐久多が、急に黙った。

 見ると妖子から返してもらったタブレットの液晶を眺め、顔を引きつらせている。

 背後にまわって覗いてみると、電波の強弱を示す五本線が一つも光っておらず、変わりに『圏外』の赤文字が表示されている。


 唐久多はタブレットを高く掲げて暫く部屋中をウロウロとするが、やがて凄い剣幕でこちらに迫って来た。

 

「ど、どうするんだ朝野君⁈」

 パニクった唐久多に胸ぐらを掴まれる。

 情けないが、俺は「スマン…」としか言えない。

 罠の存在を完全に失念していた俺の責任だ。

 更に悪い事に、今日俺たちがボイラー室を調べている事を知っている人物はほとんど居ない。

 扉の鍵が開けっ放しなので、見回りの警備員か誰かが捜してくれるかもしれないが、この隠し部屋部分に俺たちが閉じ込められていると気づくには、相当の時間が掛かるだろう。

 今日、明日中の救助を望むのは難しいかも知れない。


「『スマン』の一言で済まされるか⁈ 助けが来なければ、僕たちは全員ココで餓死する事になるんだぞ‼」

「か、唐久多君、ストップストップ!」

 俺を殴ろうと引かれた唐久多の腕に、慌てて妖子が飛びつく。


「離して下さい白井会長! 一発殴ってやらなければ気が済みません!」

「アルトだってわざとやった訳じゃないんだ。彼を殴ったところで、現実は何も好転しないよ。それに探索部の活動に危険を伴うのを承知で、勝手について来たのは君だ」

「ですが、」

「良いかい唐久多君? 君は生徒会の副会長。その君が、学園の生徒であるアルトを殴るなんて、僕は許さないからね?」

 妖子の極めて冷静ながら、強い意志を持つ目に圧倒され、唐久多は唇を噛む。


「‥貴女は、彼に甘すぎます…」

「唐久多君が厳しすぎるんだよ。さぁ喧嘩しないで、みんなで脱出する方法を考えよう?」

「……クッ!」

 唐久多は俺を突き放すと、振るえなかった拳で黒壁を殴った。


 と、その瞬間だ。

 突然、激しい縦揺れが部屋に発生。

 俺と唐久多はなんとか踏み止まる事が出来たが、妖子は豪快に尻餅を付いて悶絶している。


「ぃっ…痛たぁ…。後ろポケットに入れてたナットがお尻にぃ…」

「だ、大丈夫ですか白井会長⁈」

 すかさず唐久多が妖子を抱き起こそうとするが「下手に動くンやなイ! 立ったらまた転ぶデ!」と槍剣さんに止められる。


「じ、地震か⁈」

『いいえアルト様、地震であれば発生する筈のP波、S波は共に観測されておりません。地震ではない模様です』

「ならこの揺れは一体…、ってアレ?」

 不意に、ピタリと揺れが収まる。

 確かにマリンの言うとおり、地震にしては収まり方が不自然だ。


 だが今度は、全身に妙な感覚が襲ってくる。


「な、何? この()()()?」

「まるで下から持ち上げられる様な感じやなナ…」

 妖子と槍剣さん、そして黙ってはいるが困惑している唐久多の反応を見るに、俺の気の所為ではないらしい。


(‥この感じ、もしかして…)

「マリン!」

 思う所があり、タブレットに呼びかける。


「朝野君、生憎この部屋は、どこもかしこも圏外だぞ?」

「お前の反応で知ってんよ。‥マリン、俺たちが今いる位置って調べられたりするか?」

『はい、GPSの反応はポジティブです。現在位置をマップデータに重ねて表示なさいますか?』

「大至急頼む」

 指示にマリンは一礼するとタブレットに引っ込み、入れ替わりに学園全体の立体映像が現れる。


『点滅している光点が、アルト様たちの現在位置となります』

「‥え、コレって…」

 光点の位置を確認した妖子は驚く。

 光点は点滅しながら、ゆっくりとだが学園の地下に向かって動いていた。

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