《13》
「ヨウコ、アーサー、こっちヤ!」
台車にたどり着くと、槍剣さんが人一人分はあるかと思われる大きなタイヤの影から俺たちを手招きしている。
どうやら、考えていた事は同じようだ。
「さっきの見とったデ。何かんがえとんのヤ、あの操縦者ハ!」
「えぇ、事故とかじゃなくて、完全に妖子狙ってたました。出てきた、絶対にボコす…」
「アーサーもよぅ気がついたナ? 偉いデ」
槍剣さんはその大きな手で俺の頭を撫でると、妖子をの無事を確認するようにしっかりと抱きしめた。
「それでなんでけど、コレ、使えるんじゃないスか?」
俺は台車に手を付き、その上に乗せられている布を被せられた『ある物』を見上げる。
「ウチもそう思っとった所ヤ。今イヌスケが見とるさかイ、見つかる前に登ってまオ」
「同感ッス。…妖子」
その場に跪き、妖子に先に登るように促す。
妖子は頷くと、俺の両肩に両足を乗せ、台車に手を付いた。
そしてゆっくりと俺が立ち上がると、妖子もそこから立ち上がり、そのまま台車の上に乗り込んだ。
「次、槍剣さんが行って下さい」
「何言うとんねン、お前が先ヤ」
「レディー・ファーストって奴ですよ」
「ハハッ! 今更、男も女も無いやろガ?」
「いえ、俺にとっては、妖子も槍剣さんも、れっきとした『女の子』です」
「…バーカ、そういう一丁前な口はナ、ウチにP・S・Bに勝てるように成ってから言イ」
「ウッ!…」
「……でもまぁ、有難ウ。ここでハ、アーサーの顔を立てたるワ」
槍剣さんは俺の隣に立つと、軽いジャンプで台車のフチを掴み、そのまま腕力だけで登る。
「アルト!」
「アーサー!」
最後に、俺は妖子と槍剣さんの伸ばした手を掴み、台車に乗り込んだ。
「思ったとおりだ…」
布の下に潜り込んだ俺は、目の前に鎮座まします『鉄製の巨人』を見上げた。
西洋甲冑を思わせる、塗装の施されていない真っ白なボディ。
両肩にそれぞれ備え付けられた、一対のブレード。
それは長い間、ここに放置され続けていたとは思えないほど美しい一体の剣士型P・Sだった。
「イヌスケ、如何ヤ?」
槍剣さんはP・Sの胸部、操縦席に乗り込む為のハッチで腕組みをしていた唐久多を呼ぶ。
こちら側を見た唐久多は、妖子が無事だった事に安堵したようだが、また直ぐに眉をひそめた。
「駄目ですね。『胸部ハッチ』がまるで開きません」
「ドラ、ウチも手伝うたるワ」
槍剣さんは慣れた様子で、P・Sのボディをスルスル登っていく。
本当は乗り込む際はタラップを使うが安全なのだが、槍剣さんのようにP・Sに慣れている人は一々そんな物を使わない。
というよりも、今は一分一秒を争う状況。
そんな物を探しているヒマは無い。
「ボクたちも手伝おう」
「あぁ」
妖子を先に登らせて、俺も久々にタラップなしでの登頂に挑む。
この機体は比較的凹凸が多い外装をしているので登りやすい。
まぁ、それでも昔に比べて登るまでに時間が掛かる様になっていた。
「グォォォーッ!…」
槍剣さんは両足をハッチの出っ張りに足をかけ、何とか操縦席を開かようとする。
しかし槍剣さんの怪力を持ってしても、ギチギチと軋む音がするだけで、ハッチはビクともしない。
「クソッ…、やっぱり『認証キー』が無いと駄目か?!」
行き場の無い苛立ちと怒りに頭を掻き毟る。
車にしろバイクにしろ、いくら燃料が残っていた所で鍵がなければ動かす事は出来ない。
ことP・Sに関してはロックが掛かっている場合、P・Sとのリンクデータが登録された『認証キー(形状はカード、鍵型など様々)』がなければ、起動は勿論のこと、乗り込む事すら適わない。
これでは、ただ巨大なだけの置物だ。
「もしかした破壊された上の部屋に置いてあったのかも…。ちょっと探してみる?」
「それは無茶です白井会長! 奴を見て下さい」
唐久多は時折、布の隙間から依然暴れまわる警備用P・Sの様子をこっそり伺う。
もし気付かれてしまえば、あいつはあの金棒を振るい、俺たちを殺そうとするだろう。
それにこのP・Sが壊されてしまっても、対抗手段が無くなるのでアウトだ。
「副会長、鍵穴はどこにある? こうなった持ってる道具で鍵穴ぶっ壊して無理矢理こじ開けるしかない」
「恐らく喉仏の位置にある物だ」
「『恐らく?』」
「見れば解る」
唐久多の含みのある言葉に、俺は早速喉仏の部分へ潜り込む。
「…なんだこりゃ?」
「アルト、どうしたの?」
困惑する俺の声に、妖子は俺の背中越しに、P・Sの喉仏を覗き込んだ
そこにあったのは穴ではなく、『白い石』だった。
喉仏の中心に、文字と火を吹く二匹の蛇がの彫られた円盤状の台座があり、そこにちょうど、野球ボール大の真っ白な石が埋め込まれている。
鍵穴らしい物は見当たらない。
「…なんて書いてあるんだろう…」
「あれ? お前、外国語駄目だったっけ?」
「ううん、得意だよ。でも読もうとすると、何故か頭に、霧が掛かるみたいになって…」
「疲れてる所為かもしれないな…。クソッ、何が書かれてるか解れば、このP・Sを動かすヒントになるかもしれないのに、」
『古の天命に導かれし魂よ』
突然、厳かに詩的な言葉を誰かが囁く。
「…? 何だよ妖子、いきなり変なこと言い出して。そんな場合じゃないだろ」
「え? ボク、何も言ってないよ?」
「はぁ? だって今、」
『汝、資格在りし者よ。汝のは名?』
「ッ⁈」
(な、なんだこれ!)
確かに妖子は口を一切動かしていない。
それにこの声、耳の鼓膜というよりも頭の中に直接響いているような感覚だ。
『今一度問う。汝の名は?』
「…アルト、朝野 アルトだ…」
「あ、アルト、大丈夫? アルトこそ疲れてるんじゃ…」
妖子の様子からして、この声は俺にしか聞こえていないらしい。
これは、幻聴なのか?
『資格を受け継がれし者、朝野 アルトよ。眼前の石に触れるが良い』
声に何の意図があるのか解らないが、俺はそれに従う。
いや『従わなければならない』。
俺の中の、一番深いところが、そう訴えかけてくる。
「何、これ…」
俺が石に触れた瞬間、台座に掘られた文字と模様が輝きだす。
その光はとても美しく、浴びていると体の疲れが癒されていくような気がした。
「オ、オォ⁈ ど、どうないしたン、アーサー‼ 何か、ごっつ光り輝いとるゾ⁉」
槍剣さんの驚いた声で気が付く。
石に触れている俺の体もまた、白く輝いている。
『アルトよ。汝は、この『聖の石』を手に何を望む?』
「俺が、望む?」
『あらゆる者を打ち破りし絶大なる力。湯水の如きに溢れる巨万の富。後世に語り継がれる偉業と栄誉…。『聖の石』を携え、汝は何を目指す?』
「…クッ⁉ マズいです馬先輩、光で気付かれました! 警備型が向かってきます!」
「グアーッ! 万策尽きたカーッ!?」
外の方からでP・Sが近付いてくる音が聞こえる。
もう時間が無い。
『『聖の石』に念じ、そして願うが良い。汝に授けられしは、深淵なる『闇』を斬り開き、誓願成就へと導く力…』
「……アンタが誰で、何を言ってるか全然わかんねぇけど、俺の願いだって? そんなの、今この状況を打開する事に決まってるだろ!」
『‥汝の『誓い』しかと受けた。新たなる資格者に、幸多く在れ……』
「…⁉」
不意に、台座から白い石が外れ、その下にはスイッチのような物を見つける。
俺はすぐさま、それを力いっぱい押し込んだ。
その途端、それまで全く開く気配の無かった胸部ハッチが穏やかに開いた。
「アルト!」
「あぁ! みんな乗り込め!」
俺たちがに操縦席に飛び込むと、ハッチは素早く閉じる。
「槍剣さん! 運転して下さい! 俺たちの中で一番上手く剣士型を動かせるのは槍剣さんッス!」
「そうしたいのは山々やけド…、この状況じゃ身動き取れんワ…」
何も考えず、雪崩れ込むように乗り込んだ所為か、ただでさえ狭い操縦席内はギッチギチ。
真上から降りた俺が座席に座り、その上から俺の脚に横方向に乗っかる形の妖子。
ただでさえ大柄ゆえに、天井に肩と頭を押し付ける槍剣さん。まっさかさまに入ってしまい足しか見えない唐久多。
辛うじて身じろげるが、全員移動は不可能だった。
操縦席内部のバタバタな事などお構いなしに、機体が激しく揺れる。
遂に警備用P・Sの攻撃が始まったようだ
まだモニターすら起動していないので真っ暗だが、恐らく金棒でひたすらに殴られているのだろう。
「アルト、運転して!」
激しい振動の中、妖子たちが叫ぶように嘆願する。
「そヤ! 操縦席に座っとるんは、アーサーお前ヤ! アーサーかて剣士型プレイヤーやロ!?」
「言った筈だな朝野君? 僕は死ぬのはゴメンだと。…だから君が戦え!」
「い、いや、俺は…」
しかし周りの声援とは裏腹に、俺は素直に操縦レバーに手を伸ばせない。
俺がやるしかない、悩んでいる場合でもないと言うのは、頭でも解っている。
だが操縦レバーを握ろうとすると、どうしても脳裏にあの陰鬱とした日々の記憶が蘇ってくる。
攻撃は緩まるどころか、この機体が動かない事をいい事にますます激しくなる。
衝撃と共に『チリチリッ』と、何かがスパークする音が響いてくる。
このままでは嬲り殺しもいいところだ。
(みんなを助けたい…。でも俺には…)
「アルト! P・Sから逃げないで!」
妖子の発した『逃げないで』という言葉にハッとして全身の毛が逆立つ。
「……何時から?」
「知りたい? でもその話は後だよ。無事に帰れたら教えてあげる。大丈夫! この機体は剣士型だから、アルトならボクよりも上手く操縦できるよ!」
「……ふぅ、敵わないなお前には…。……マリン、このP・Sにログインできるか?」
『試みてみます。同調開始…』
「よぉーし…、そんじゃ気合入れて、久々にやるか! みんな、勝てなくて死ぬ事になっても恨むなよ!」




