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友人のシュザンヌに会ったわたくしは、借りていた恋愛小説の本を返却しました。そしてシュザンヌからも貸していた本を返してもらいました。
例の『公爵令嬢と護衛騎士』の恋愛小説です。帰ったらこの本を読み直して、身分差のある相手との恋の極意を学ばなくてはなりません。
「アリーゼ……もしかして、恋してる?」
返された本を見つめながら考えごとをしていると、シュザンヌがそんなことを言いました。
もしかしてわたくしからは、恋をしているオーラが出ているのでしょうか!?
「どうして分かりましたの、シュザンヌ」
「だって今日のアリーゼってば、お肌ツヤツヤの唇プルプルだもの。いつにも増して可憐だわ」
可憐とは、嬉しい褒め言葉です。
おじさまの好みであるセクシーでエロティックとは少し違いますが、可憐であることはマイナスには働かないはずです。
美しい薔薇が好きな方でも、可憐なチューリップを見て嫌な気持ちにはならないでしょうから。
「ふふっ。女は恋をすると美しくなるといううわさは本当だったんですのね。シュザンヌに一目で見抜かれるほど美しくなっているなんて」
「アリーゼの自信過剰なところ、嫌いじゃないわ」
「自信過剰ではなく事実ですわ。だってわたくし、醜くはありませんもの」
「まあね! アリーゼの顔は、見てると目の保養になるわ」
わたくしの顔を見て、シュザンヌが楽しそうに笑いました。
「それで、お相手はどこの家の方? ユペール伯爵子息?」
ユペール伯爵子息というのは、わたくしの幼馴染のことです。
ローラン・エル・ユペール。
ユペール伯爵の嫡男であり、次期当主。わたくしと同じような年齢でありながら、早くも当主になるための勉強をしているのだとか。ローランは努力家ですから、きっと素晴らしい当主になることでしょう。
「アリーゼはユペール伯爵子息と仲良しだもんね」
「ローランはただの幼馴染ですわ」
わたくしの答えを聞いたシュザンヌが、驚いた顔をわたくしに向けてきました。
「そうなの? てっきりユペール伯爵子爵が相手だと思ったのに」
「ローランのことをそういう対象には見られませんわ。子どもの頃から友だちなんですもの」
「あーあ。ユペール伯爵子息、可哀想」
「ローランに可哀想な出来事が起こりましたの?」
「……まあ、こういうところ込みでアリーゼに惚れたんだろうから、自業自得かな」
シュザンヌはそんなことを言いながら、淹れたての紅茶に角砂糖を落としました。
わたくしもシュザンヌを真似て紅茶に一つ角砂糖を落とします。
「ねえ、シュザンヌ。ローランの話より、わたくしのお慕いしている相手の話を聞いては頂けないかしら」
「もちろんいいわよ」
シュザンヌの返答を聞いたわたくしは、目を輝かせました。
おじさまとの恋バナを誰かに話すのは初めてのことだったからです。
「ありがとうございます、シュザンヌ。とても嬉しいですわ。みんなに反対されるから誰とも恋バナが出来なくて寂しかったんですの」
「みんなに反対される? 結局、アリーゼの恋の相手は誰なの? もしかして相手は平民とか?」
シュザンヌがそう尋ねながら紅茶を口に含みました。
「ええ。想い人は、町の路地裏に住んでいる方ですの」
「路地裏!? あそこって、あんまり治安が良くないんじゃなかった!?」
シュザンヌがティーカップをカチャンとソーサーに置きながら声を裏返らせました。
わたくしはあまり意識したことはありませんでしたが、路地裏の治安が悪いという話は貴族間でも有名なようです。
確かにわたくしも最初にバッグをひったくられたときには偶然が重なって路地裏を歩いただけで、普段は行かない場所です。
おじさまと出会った今では、路地裏は毎日のように通う場所になっていますが。
「路地裏には行かないようにって、よく注意されるわよ? そんな危険な場所に住んでる人なんて大丈夫なの?」
「路地裏の治安が悪いという話は、ブランカもしていましたわね。おじさまも」
「おじさま?」
「わたくしの意中の相手のことですわ。クリス様と仰るのですが、名前を呼ばれるのが恥ずかしいらしくて。ですのでわたくしは『おじさま』とお呼びしているんですの」
わたくしの話を聞いたシュザンヌは、眉間にしわを寄せつつも心配そうな顔をわたくしに向けてきました。
「おじさまって……もしかしてかなり年齢の離れた人?」
「ええ。具体的な年齢は教えていただけませんでしたが、三十代後半から四十代くらいではないかと」
おじさまの年齢層を聞いたシュザンヌが、勢いよく椅子から立ち上がりました。
「ええーっ!? おじさんとの結婚なんて家のために無理やりさせられるものであって、自分から望んでするものではなくない!? しかも平民なんでしょ!?」
「ふふっ。おじさまは路上で暮らしているんですの。たくましいですわよね」
「嘘でしょ。まさかの浮浪者……アリーゼ、あんた絶対に騙されてるわよ!?」
シュザンヌが身を乗り出しながらそんなことを言ってきましたが、問題ありません。
だっておじさまには、わたくしを騙すつもりがまるでなさそうですので。
「落ち着いてください、シュザンヌ。騙されるも何も、おじさまはわたくしとの交際を拒否しているんですのよ。わたくしとは年齢も身分も違い過ぎるから、という理由で」
「そりゃあね!? と言うか、どうしてそんな年齢も身分も違う相手に惚れる流れになるのよ!?」
わたくしがおじさまに惚れた理由。
出会いは運命的なもので、しかしおじさまの魅力は本物で。
わたくしは頬に熱を集めながら、シュザンヌにおじさまとの恋について語りました。
「おじさまはひったくりに盗られたバッグを取り返してくださって、それでいて謝礼はいらないと仰ったんですの。しかもわたくしの護衛にならないかという提案もお断りになられて。路上で暮らしてはいますが、おじさまは信念のある方ですの」
本当は今でもわたくしの護衛になってほしいと考えてはいるのですが。
だって護衛になってもらえたら、もっと長い時間を一緒に過ごすことが出来ます。
そうすれば『公爵令嬢と護衛騎士』のように、おじさまもわたくしとの恋に落ちてくれるかもしれませんから。
「うーん。アリーゼとの交際を断った点やひったくりからバッグを取り返した点を考慮すると、悪い人ではないのかもしれないけれど、でもさすがに浮浪者はねえ」
甘い妄想にうっとりするわたくしとは対照的に、シュザンヌは難しい表情をしています。
「普通に考えて、浮浪者は恋愛対象に入れちゃダメじゃない?」
「いいえ。たとえ浮浪者であろうとも、おじさまはおじさまですわ。わたくしはおじさまという人間に惚れたんですの。浮浪者か浮浪者でないかは関係ありませんわ!」
「そうは言うけどさあ」
「それにおじさまは、わたくしに素晴らしい考えを授けてくださったんですの。おかげでわたくし、退屈な日常から脱却できそうですわ」
これからのわたくしは、夢物語を夢物語では終わらせないように、努力をしていくつもりです。
魔法を習得して、魔物に対抗できる力を得て、この町を守る魔物迎撃隊を結成する予定なのです。
しかしシュザンヌは、わたくしの言葉を別のものとして受け取ってしまったようです。
「まさかアリーゼ、そのおじさんと駆け落ちするとか言い出すんじゃないでしょうね!?」
駆け落ちはわたくしも考えたことがありますが、わたくし自身が一人で生きていけるような人間ではないという情けない事実に直面しただけでした。
そもそも駆け落ちをしようにも、おじさまの方にその気が無いのでは駆け落ちは成立しません。
「駆け落ちではありませんわ。そうではなくて、わたくし、魔法の勉強を始めましたの」
「魔法の勉強!? えっ、話が飛んだね!? アリーゼは魔法使いになりたかったの!?」
「ふふっ。魔法使いは目的ではなく手段ですわ。わたくしは、魔物迎撃隊を作りたいんですの」
「ますます意味が分からない……」
シュザンヌにはわたくしの意図が上手く伝わらなかったようです。
確かに恋バナから魔物迎撃隊の話に繋がるとは、わたくしも話してみるまで想像していませんでした。
「わたくしの本当にやりたいこと、そしてわたくしがその夢を諦めきれていないことを気付かせてくれたおじさまは、わたくしの恩人なんですの」
「……ごめん。頭が痛くなってきたかも」
シュザンヌは頭を抱えながら、崩れるように椅子に身体を預けました。




