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その夜、ブランカに洗ったばかりの髪を拭いてもらいながら、わたくしは刺しゅうをしておりました。
おじさまにプレゼントするためのハンカチに刺しゅうをして、ハンカチをより美しくしているのです。
「刺しゅうなんて珍しいですね、お嬢様」
「おじさまにハンカチをプレゼントしようと思いまして。布なら喜んでもらえるでしょう? もしかしたら枕にして頂けるかも」
おじさまがわたくしのプレゼントしたハンカチを枕にしている姿を想像して、わたくしはうっとりしてしまいました。
巷では、枕の下に想い人からもらった品を入れて寝ると、想い人が夢に出てくるというおまじないがあります。
枕の下に入れるのではなく、もらった品を枕そのものにしたとしたら、どれほどの効果が表れるのでしょうか。
きっとおじさまは、毎晩わたくしの夢を見てくださるに違いありません。それもきっとラブラブ甘々な……。
「お嬢様は少しズレていますよね。枕なら枕そのものを贈った方が喜ばれると思いますが。あの人は別に布が好きだから布を布団にしているわけでもないでしょうし」
わたくしがうっとりとしていると、ブランカがぼそりと呟きました。
「枕そのもの? どういうことですの?」
「いえ、何でもありません」
ブランカの言葉の意味が分からなかったわたくしが尋ねると、ブランカはそう言ってわたくしの髪を拭くことに集中し始めました。
ブランカはわたくしとおじさまの恋に否定的ですから、わたくしがおじさまにプレゼントを贈ることが気に食わないのかもしれません。
もしもわたくしがおじさまと付き合うことになったら、わたくしの侍女であるブランカもおじさまと接する機会が多くなるのですから、ブランカにもおじさまと仲良くしてほしいものです。
ですが大人同士は、仲良くしてと言って仲良くなれるものでもありません。時間を掛けるしかないのでしょう。
「アリーゼ、起きているか?」
そのとき、部屋のドアがノックされました。この声はお父様です。
わたくしは立ち上がると、ドアを開けに向かいました。
寝間着姿ではありますが、お父様なら問題は無いでしょう。他の家がどうかは知りませんが、少なくともお父様はわたくしが寝間着姿で出て行ったところで怒りはしません。
そもそも夜に尋ねて来ておいて、寝間着姿で対応したことで怒るのはお門違いというものです。
「お父様、どうかしましたの?」
わたくしの姿を確認したお父様は、嬉しそうに手に持ったお見合い写真を見せてきました。
「実はアリーゼに見合いの話が来ているのだ。相手はレナルツ伯爵の長男で」
「嫌ですわ!」
お父様が言い終わる前に、わたくしは叫びました。
お見合いなんてしたら、わたくしの人生設計はめちゃくちゃです。
「なっ!? レナルツ伯爵子息は真面目な青年だと聞いているぞ。年齢だってお前とそう離れていない。好条件の相手のはずだ」
「わたくし、やりたいことがございますの。結婚をしている暇はありませんわ!」
強い気持ちで断っていることが分かるように、あえて強めの口調で言いました。
するとお父様もわたくしに合わせて声を荒げました。
「やりたいことだと!? 買い物なら、レナルツ伯爵家に嫁いでからも出来るだろう!?」
「わたくしのやりたいことは、買い物ではありませんわ!」
「買い物ではない!? あんなに買い物が好きだったのにか!? この前はドレスもアクセサリーも要らないから魔法の先生を付けてほしいと言い出すし、最近のお前はどうなっているのだ!?」
お父様が以前のわたくしと最近のわたくしとでギャップを感じるのは当然です。
以前のわたくしは、毎日を退屈だと感じながら、なんとなく生きていましたから。
ですが今のわたくしは違います。目標のために、夢のために、能動的に動いているのです。退屈なんて感じている暇は無いのです!
「お父様。わたくし、魔物迎撃隊を作りたいんですの!」
「まだそんなことを言っているのか。確かにこの町専門の魔物迎撃隊なんてものを作ることが出来たら町は安全かもしれないが、そんなものは非現実的だ」
「確かに失敗する可能性は高いと思います。ですが、やる前に諦めたら、わたくしは一生後悔しますわ!」
わたくしは目に力を込めてお父様を見つめました。
わたくしのこれが単なる思い付きではなく、本気で実現しようとしていることだと信じてもらうためです。
お父様はしばらくわたくしの目を見つめてから、困ったように見合い写真に視線を落としました。
「熱意があるのは結構だが、もう見合いの話は決まっているのだ」
もうお見合いの話が決まっているですって!?
わたくしは今日初めてお見合いの話を聞きましたのに!?
「お父様はわたくしの意見も聞かないで話を進めたんですの!?」
「仕方がないだろう。貴族の結婚とはつまり、家と家との結婚だ。お前の気持ちでどうこうなるものではない」
「そうかもしれませんが、一声くらいかけてくださっても……」
「だから今、こうして伝えただろう」
ああ、ダメです。
このままではお見合いをさせられてしまいます。
きっとお見合いをしたら、可憐なわたくしを見た相手はすぐに結婚の話を進めようとしてしまうでしょう。
「お父様。実はわたくしには好きな相手がおりますの。だからお見合いは……」
何とかお見合いを阻止するべく、わたくしはお父様にこのことを伝えることにしました。
しかしわたくしの言葉が終わる前に、お父様が怒鳴りました。
「なんだと!? アリーゼを誑かすなんて、相手はどこのどいつだ!?」
「誑かすなんて、そんな。その気の無い相手に、わたくしが懸命にアタックをしているところですわ」
「アリーゼが!? それで、今その相手とは交際をしているのか!? いないのか!?」
「交際は、その……」
「なんだと!? アリーゼにアタックをされてなびかないとは、なんて見る目の無いやつなのだ! ……じゃなかった。交際をしていないのなら、見合いを断る理由にはならん! 見合いは来週末だ。それまでに用意をしておくように!」
お父様は一方的にそう言い放つと、ドアを閉めて去ってしまいました。
残されたわたくしは、どうすればいいのかと考えながら、ひたすらに刺しゅうをすることしか出来ませんでした。




