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あれからわたくしは自身の歩む道について一人で考えました。
そして考えがまとまったところで、再びおじさまに会いに行きました。
路地裏へ行くと、おじさまはいつもと変わらず地面に敷いた布の上でお酒を飲みながらごろごろとしておりました。
「ごきげんよう。お久しぶりになってしまいましたわ。お待たせして申し訳ありません」
「待ってないから大丈夫」
おじさまはわたくしの姿を認めると、ごろりと寝返りを打ってからひらひらと片手を振りました。
ですがおじさまのこういった仕草には慣れっこです。さよならを示すジェスチャーなど無視です、無視。
「おじさまは口では大丈夫と言いますが、わたくしが二度と来ないのではないかと心配になったのではありませんこと?」
「いや、最後に会ったの三日前だよね? 恋人でももっと会う頻度は少ないと思うけどー?」
「まあ。恋人だなんて、おじさまってば気が早いんですのね!」
「あー、確かになんか久しぶりかも、この感覚」
おじさまはわたくしの顔を見ながら苦笑しました。
その様子にわたくしも思わず笑みが零れます。
「待ち遠しかったでしょう?」
「お嬢様って結構アレな性格してるよねー?」
「アレとは何ですの?」
「アレはアレだよ。ええと……愉快な性格?」
「ふふっ。おじさまに褒めていただけるなんて嬉しいですわ」
「褒めたわけじゃないんだけどなー」
おじさまとの会話は楽しくてついつい時間を忘れてしまいますが、今日はおじさまに話さなければならない内容があるのです。
時間切れになってしまう前に、本題を話しておいた方が良いでしょう。
「実は今日ここに来たのには理由がありますの。わたくし、おじさまにお伝えしたいことがありますわ」
「また愛の告白? おじさん耳にタコが出来ちゃったよー」
「今日お伝えしたいことはそれではありませんわ。おじさまへの愛については変わりませんが……わたくし、やりたいことがございますの。やりたいことを思い出しましたの」
「……へーえ」
わたくしの言葉を聞いたおじさまは、身体を起き上がらせて布の上に座りました。
そして興味津々といった視線をわたくしに向けてきました。
「お嬢様のやりたいことって?」
わたくしは大きく息を吸い込むと、声を乗せて吐き出しました。
「わたくし、この町専門で魔物を狩る『魔物迎撃隊』を作りたいんですの!」
わたくしの発言に、おじさまは目をぱちくりとさせました。
「魔物迎撃隊とは、予想外の答えが来たな。それで、お嬢様が魔物迎撃隊なんてものを作りたい理由は?」
おじさまの質問に、わたくしは真剣な眼差しで答えます。
「この町にはたびたび魔物がやってきますが、衛兵は魔物との戦いを専門にしているわけではありません。もちろん訓練は受けているのでしょうが、迅速に魔物を退治することは出来ていないのが現状です。それに王国の騎士団は、魔物出現の報告を受けてからこの町にやってくるので、これも魔物の討伐までに時間が掛かりますわ」
騎士団には魔物を倒すノウハウがあるため素早く魔物を退治することが出来ますが、騎士団が在中しているのは王都です。いくら魔物討伐に時間が掛からなくとも、移動に時間が掛かってしまうのです。
では衛兵を鍛えれば良いのかと言うと、魔物は毎日この町にやってくるわけではないので、そこまで実践の機会はないのです。
さらに衛兵には魔物との戦闘以外の仕事もあります。むしろこちらの方が多いです。そのため対魔物用の訓練だけに時間を割くわけにはいかないのです。
「現在、これらの事情を補うために魔物が町に来た際には有志の方々にもご協力いただいていますが、有志は有志。毎回来てくれる保証はございませんわ」
「そうだなー。おじさんも町に来た魔物の討伐を手伝ったことがあるけど、有志の人への報酬は倒した魔物の素材だったからなー。大した素材の見込めない魔物と戦おうって有志のやつは少ないだろうな」
その通り。魔物との戦闘は命懸けなのに、有志の方への報酬は魔物の落とす素材のみ。
倒す魔物によっては高価な素材を得ることが出来ますが、高価な素材を落とさない魔物もいます。そういった魔物の討伐には、有志の方々がなかなか参加をしてくれないのです。
ゴミ拾い程度なら無償でやってくれる有志の方もいますが、自分の命を懸けるのに無償同然というのはあまりにも割に合わないからでしょう。
「問題はそこですの。大した素材を落とさない魔物だから弱いというわけでもなくて……そういった魔物でも迅速に対処をしないと、町に被害が及びますわ。わたくしはこの町の貴族として、町で暮らすみんなのために現状を何とかしたいんですの」
「ふーん。その話を子爵にしたらいいんじゃないの? お嬢様は子爵令嬢なんだろ?」
「この話をお父様に伝えたことはありますわ。ですがこの町専門で動いてくれる魔物迎撃隊は、現実的ではないと言われてしまいました。毎日来るわけでもない魔物を待ち続けるような人材はいない。魔物を狩ることの出来るような実力の人間は騎士団に入って、この国のあちこちを飛び回っている……お父様の仰ることはもっともですわ」
「いつ来るかも分からない魔物を待ってるだけの人に、給料を払うわけにもいかないだろうからねー」
「はい。待機分の給料を支払うとしても、ごくわずかな額になるでしょう。そうすると魔物を倒す実力のある方々は、この町で待機などせずに自分で魔物を狩りに出てしまいます。その方が儲かりますから。町で待機をしてくれないのでは意味がありません」
「この町専門で動く魔物迎撃隊。そんなものがあったら町の被害は減らせるだろうけど、そんなのは夢の話。子爵は現実が見えてるようだねー」
「ええ。わたくしの語る魔物迎撃隊は、ただの夢物語です」
無限にお金があれば可能なのかもしれませんが、現実問題としてお金は無限ではありません。
お父様だけではなく、誰に話しても魔物迎撃隊は夢物語だと言われるでしょう。
「ですが、わたくしはこれを夢物語で終わらせたくはありませんの!」
確かにこの町だけに特化した魔物迎撃隊は、夢物語でしょう。
ですが夢物語に見えるからと言って、絶対に叶わないとは言い切れません。叶ってしまえば夢物語ではなくなるだけです。
叶ったものは夢物語ではなく、叶わなかったものが夢物語。
それなら本当に魔物迎撃隊を作ってしまえば、魔物迎撃隊は夢物語ではなくなるのです。
「誰が夢物語だと笑おうとも、わたくしは魔物迎撃隊を作りたいんですの。これがわたくしのやりたいことですわ!」
わたくしの宣言を、おじさまは真剣な顔で聞いてくれました。
おじさまにも笑われることを覚悟していただけに、この反応は少し予想外です。
「お嬢様のやりたいことは分かったけど、どうやって実現するつもり? そんな現実的じゃない夢物語を」
「まずはわたくし一人でやってみようと思いますの。それならお金も人材も要りませんもの。スモールスタートというやつですわ」
「一人でって……お嬢様は強いの? とてもそうは見えないけど」
「わたくし、先日からランニングを始めましたの。まずは体力を付けないと、と思いまして」
「そこからのスタートなんだ……」
そう、わたくしはそこからのスタートなのです。
最低でも、魔物を討伐するまでの間、動き続けられる程度の体力は付けなければなりません。
「そんな調子だと、魔物を討伐するまでに何十年も掛かりそうだな」
「はい。この身体では剣を持つことさえ困難です。ですが魔法なら、一発逆転できるかもしれませんわ!」
わたくし自身の胸を叩きながら述べました。
体力皆無のわたくしでも、魔法を使えば一発逆転が可能なのです。
もちろん魔物を討伐するまで動き続けられる程度の体力は必要ではありますが、剣を持ち上げる腕力まではいらないのです。
そう、魔法があれば!
「おいおい、お嬢様。魔法はそんなに万能なものじゃないよ。剣と同じで、毎日コツコツ練習をしないと上手くはならない」
魔法に希望を見出すわたくしに、おじさまが告げました。
正直なところ、一発逆転の方法と言いながら、わたくしは魔法に関して無知なのです。
もしかして……魔法はわたくしが思っているほど都合の良いものではない……のでしょうか?
急激に不安になってきたわたくしは、おじさまに尋ねました。
「おじさまは、魔法について詳しいんですの?」
「いいや、魔法は専門外だ。だけど知り合いが魔法を使うから知ってる。剣の訓練の方が簡単だと思えるような修行をしてることもあるぜ、魔法使いたちは」
魔法使い。魔法の専門家。魔法を使ってお金を稼いでいる人たち。
おじさまはそのような人たちと関わる機会があったようです。そして関わったからこそ、魔法が万能ではないと思っているようです。
ですが……わたくしは魔法に希望を託すしかない状況です。
なぜならこれから身体を鍛えたとして、剣を振るえるような腕力や技術をつけるまでには、おじさまの言う通り何十年も掛かるからです。
ですが魔法は、体内に流れる魔力量や魔法を使うセンスで強さが決まる、と聞いたことがあります。それならば剣よりは可能性があるはずです。
もちろん魔法の才能があったとしても、おじさまの言う通り、厳しい修行をしなくては一流の魔法使いにはなれないのでしょうが。
「わたくし、魔法の先生を屋敷に呼んでもらえないかお父様に交渉中ですの。今後はドレスもアクセサリーも要らないから、その分のお金で魔法の先生を雇ってほしいとお願いをしているところですのよ」
「魔法の先生を付けたからと言って、必ずしも魔法が使えるとも限らないぜ。ちなみにおじさんは、魔法の才能ゼロだってさじを投げられたことがある」
「わたくしにはきっと魔法の才能がありますわ。だって魔法が使えないと何も始まりませんもの」
「才能っていうものは、お嬢様の都合で存在するわけじゃないんだぞー。才能が無いと困るとしても、無いものは無い、ってこともあるわけで」
「きっとありますわ! アリーゼ・ド・アングルヴァンの名に懸けて、魔法の才能を開花させてみせますわ!」
わたくしの根拠の無い宣言を聞いたおじさまは、困ったように眉を下げながら笑いました。
「お嬢様はすべてにおいて甘いんだよなー」
「甘いかもしれませんが、これがわたくしのやりたいことです。厳しい現実に打ちのめされたとしても、わたくしは魔物迎撃隊が作りたいんですの!」
「いいんじゃない?」
「……えっ?」
ふと顔をあげると、笑っていたはずのおじさまは、また真剣な顔に戻っていました。
「熱意があるのは良いことだよ。やってみたらいい。やってみて失敗したとしても、お嬢様にはやり直す機会がいくらでもあるだろうさ」
さらにおじさまは、人差し指を天に向けて言葉を付け足しました。
「ただし。死んだらやり直せないからな。強くなるまで実践はやめておけ。力試しで死んだら笑い話にもならない。なあ、お嬢様。これだけは約束してくれ。死に急ぐな。人間はお嬢様が思ってるよりもすぐに死ぬんだから」
「ええ。約束いたしますわ」
わたくしが小指を立てると、おじさまは人差し指を下ろして今度は小指を立て、わたくしの小指と絡めました。
死に急ぐような真似はせず、されど夢を諦めない。
わたくしはそう、誓いを立てました。




