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「と言うか、貴族の令嬢ってパーティーやらお茶会やらで忙しいんじゃないのー? お嬢様は毎日ここに来てるけど、その辺のことはちゃんとやってる?」
「その辺は抜かりないですわ! 昨日はきちんとお茶会に顔を出した後でここに来ていますもの」
「あー、だからおめかししてたのか」
「もしかしておじさまは、おめかしをしているわたくしの方が好みでして? それなら毎回全力のおめかしをしてまいりますわ。おじさまに早く会いたいあまり、今日は薄化粧で来てしまいましたもの」
「おじさん、化粧のことはよく分からないから、好きも嫌いも無いかなー。今日は濃いな、今日は薄いな、って思うくらい」
化粧に対する男性の感覚は、そんなものなのでしょうか。
女性同士だと、どこの化粧品を使っているだとか、この化粧が最近の流行だとか、話題が尽きませんのに。
「ではおじさまの好みはどのような女性ですの? セクシーでエロティック以外で」
「そうだなー。酒を奢ってくれる女の人が好きかな」
「それはお酒が好きなだけではありませんこと?」
「そうとも言う」
もしもお酒を奢ったことでわたくしに興味を持ってもらえたとしても、それは「お酒を奢ってくれる人」として興味を持ってもらったことにしかなりません。
わたくしは、もっとわたくし自身に興味を持っていただきたいのです。
「んもう。おじさま、もっとわたくしを見てくださいな!」
「そんなことを言われてもなー。あっ、そこのセクシーなお姉さん。おじさんと一緒に遊ばなーい?」
わたくしは、路地裏を通ったセクシーなお姉さんに声を掛けるおじさまのあごを掴んで、無理やり自分の方を向かせました。
「おじさま! 他所の女を見ないでくださいませ!」
「わお。強引だー」
「嫉妬は女を獣にしますのよ? がおー」
「うわあ、恐ろしい獣がいる。助けてー」
おじさまが、慣れない凄みを利かせるわたくしをからかってきました。
確かに自分でも慣れないことをしている自覚はあります。
「わたくしに人間でいてほしいのなら、どうか護衛を引き受けてくださいませ。わたくしはおじさまと一緒に買い物がしたいんですの」
「あのさあ。お嬢様は若いんだから、おじさんなんかに構ってないでもっと時間を有意義に使いなよ。若さがあればなんだって出来るんだよ?」
「……なんでもは、出来ませんわ」
若さがあればなんだって出来る。
さすがにそのような理想論を信じるほど、わたくしは馬鹿ではありません。
いくら若くても、いくら貴族でも、出来ないことは存在するのです。
「その年齢で挫折でも味わったのか?」
一気に暗い表情になったわたくしの顔を覗き込みながら、おじさまが問いました。
ですがおじさまの予想は外れています。
わたくしは、挫折を味わってすらいないのです。
「挫折以前の問題ですわ。挫折をするどころか、何も始まりませんでした。結局のところ、貴族令嬢は家のために生きるしかないのですわ」
「そりゃあ、そういう生き方が貴族令嬢の正解だろうな」
ふと前を向くと、おじさまの目がわたくしの瞳をとらえました。
おじさまのこれほど真剣な目を見たのは、初めてのことかもしれません。
「ええ。自分の意志ではなく家のために生きるのが、貴族令嬢というものですわ」
「そうだな。だけどそれを言うなら、お家柄の良い相手と結婚をするのが貴族令嬢の『正解』だろう? おじさんのところに通ってるお嬢様は、不正解なことをしてるんじゃないのか?」
「それは……」
「正解の道を進めば、楽だし、周りも喜ぶ。正解の道を進みたいなら、お嬢様はこんなところに来るべきじゃない」
おじさまがキッパリと告げました。
本当はわたくしも分かっているのです。
貴族令嬢であるわたくしは、この路地裏に来てはいけないのだ、と。
「……正解の道を進まなかった場合、わたくしはどうなりますの?」
わたくしは自分に向けられるおじさまの視線を、しっかりと受け止めながら尋ねました。
するとおじさまは、いつものようにおどけた態度で伸びをしました。
「おじさんが知ってるわけないだろー。素晴らしい未来が待ってるかもしれないし、おじさんのように路上で寝ることになるかもしれない。すべては自己責任だな」
「おじさまのように……おじさまは、正解ではない道を歩んだということですの?」
「ああ、そうさ。不正解も不正解。誰にも言えないような恥ずかしい人生を歩んできたんだ。流れ流れて、辿り着いたのがこの路上。惨めだろ?」
口では惨めだと言いつつ、おじさまには少しも悲壮感がありません。
本人曰く不正解の道を歩んできたはずなのに、おじさまの顔はとても晴れ晴れとして見えます。
「不正解の道を進んだおじさまは……正解の道を進めば良かった、と後悔はされましたの?」
わたくしの質問に、おじさまは満面の笑みで答えました。
「いいや。誰から見ても不正解の道だけど、おじさんにとっては精一杯歩んできた道だ。これで良かったと思ってる」
「路上で寝ることになっているのに?」
「そう。路上で寝ることになってるのに、おじさんは自分の選択に満足してるのさ。世間的には負け組の浮浪者だけどな!」
そう言って、おじさまがカッカッカッと笑いました。
その笑みが格好良く見えたのは、わたくしには出来ない生き方をしているからでしょうか。
「……わたくし、考えたいことが出来ましたわ。今日のところはこれで失礼いたします」
「おう。もう来ない方が良いぞ、こんな負け組の巣窟には」
「近々、また参りますわ」
わたくしはそう言い残し、路地裏をあとにしました。
* * *
屋敷に帰ったわたくしは、一人でうんうんと考えました。
「不正解の恥ずかしい人生でも、精一杯歩んだら満足できる……?」
不正解の恥ずかしい人生は、一般的な観点で言うなら後悔をするはずのものです。
ああすれば良かった、こうすれば良かった、と過去を振り返って悔しくなってしまうからです。
わたくしでも、あのときああすれば良かった、と後悔してしまう出来事には何度も遭遇しています。
「……わたくしには、まだよく分かりませんわ」
不正解の道を歩んで満足しているおじさまのことが、わたくしには理解できません。
どうして清々しい顔で笑うことが出来るのでしょう。
不正解の道を歩んでいるというのに。
「でもこのまま進んだら、わたくしはよく分からないまま人生を終えることになってしまいますわ」
わたくしは、知りたい。
おじさまが、自分の人生を笑える理由を。不正解の道を歩んでも笑える理由を。
「……はあ。路上で寝ていてもおじさまが格好いいのは、きっと生き様が格好いいからですわね」
そうしてわたくしは、鏡で自分の姿を見つめてみました。
鏡には、綺麗に整えられた貴族令嬢の姿が映っています。
綺麗に整えられただけの、つまらない貴族令嬢の姿が。
「わたくしにも、おじさまのような人生が歩めるでしょうか」
鏡に問いかけてみても、鏡は答えをくれませんでした。




