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翌日もわたくしはおじさまの元へ向かいました。
わたくしに付き添うブランカは良い顔をしませんでしたが、おじさまと会うために午前中にマナー講師の授業を完璧にこなしたわたくしには何も言えないようでした。
「毎日毎日来られても困るんだよなー。ここ、治安悪いし」
わたくしの顔を見るなり、おじさまがそう告げました。
「まあ。おじさまはわたくしの心配をしてくださるのですか?」
「そりゃあ見た目でお嬢様だって丸分かりだもん、あんた。狙ってくれって言ってるようなもんだ」
確かにわたくしとブランカはこの場所でひったくりの被害に遭いました。
とはいえ、それ以外では特に何も起こっていません。昨日も一昨日も、無事に屋敷に帰っています。
「ご心配はありがたいですが、一昨日ひったくりに遭遇した以外は特に何も起こっていませんわ。あのひったくりも、ひったくりの皮を被った恋のキューピッドでしたし」
「あいつは、ひったくりの皮を被ったひったくりだろ」
おじさまはそう言って笑いました。
そして続けて言葉を紡ぎます。
「お嬢様が無事なのは、おじさんの知り合い認定をされたからだろうな。ここのみんなは、仲間には手を出さないんだ。みんなで助け合いながら生きてるからな」
「でしたら心配はいりませんわね! わたくしはおじさまの恋人候補ですもの」
「……その調子で他の路地裏には行くなよ? おじさんの顔が利くのはこのあたりだけなんだから」
ちらりと辺りに目をやると、路上で暮らしている人たちがわたくしのことを眺めていることに気付きました。
なるほど。こうしてここでわたくしの顔を見ている人は、わたくしに手を出さないということでしょう。
そのためここではおじさまの知り合い認定をされているとしても、他の路地裏では、わたくしはただの金持ちのカモ令嬢でしかない、と。
ですが、心配はいりません。
「おじさまのいるこの路地裏以外に用はありませんので、馬車を停めることはございません。これなら問題は無いでしょう?」
「ここに来るのが問題なんだよなー。ひったくり被害に遭わなくても、こんな路地裏に通ってることが知られたら、社交界で悪いうわさが流れちゃうぞー」
おじさまの言葉に、わたくしは親指を上げてみせました。
「愛の前では、社交界のうわさなんて屁でもありませんわ!」
「屁でもないとは、変な言い回しを知ってるんだな。しかもサムズアップまで。お嬢様らしからぬ言動だ」
「お嬢様は意外と物知りですのよ」
だって「屁でもない」も「サムズアップ」も、恋愛小説の中で出てきました。
どちらも平民の言動として描かれていたため貴族の社交界では使用できませんが、ここでなら構わないと思ったのです。
「ふーん。何でもいいけど、もう帰ったら?」
いつもの如くおじさまがツレナイことを言い出しましたが、いつもの如くそんなことで引き下がるわたくしではありません。
「嫌ですわ。おじさまが一緒に買い物に来てくれるまで、ここに居座ってやりますわ!」
「居座らないでくれよ、こんなところに」
「おじさまが一緒に来てくだされば、居座りませんわ」
「だーめ。今日はもう仕事したから疲れたんだよ」
そう言っておじさまが大きく伸びをしました。
わたくしがマナーの講義を受けている午前中に、おじさまはお仕事をこなしていたのでしょう。
もう一日分のお仕事を終わらせてしまったなんて、おじさまはなんて素早いのでしょう。
「すでにお仕事を終わらせているなんて、さすがはおじさまですわ!」
「お嬢様は、おじさんのことを何も知らないだろー? おじさんの仕事は、すぐに終わる簡単なやつなの」
言われてみると、おじさまが具体的にどのような仕事をしているのかを、わたくしは知りません。前に傭兵や魔物狩りで稼いでいると仰っていましたが、具体的には何をしているのでしょう。
おじさまは長剣を持っているようには見えませんから、短剣で戦闘をしているのでしょうか。
短剣は長剣よりも長さが無い分相手に近付く必要があるため、危険度が増す気がするのですが、大丈夫なのでしょうか。
なんだか心配になってきました。
「ねえ、おじさま。わたくしはおじさまのことをほとんど知りませんわ。ですので、おじさまの話を聞かせてくださいませ」
「おじさんの話かー。おじさんは、酒とセクシーなお姉さんが好きな浮浪者だぞー。ごろごろしてることが多いが、たまに賭け事もするぞー」
「ふむふむ。お酒と、セクシーなお姉さんと、賭け事が好き」
わたくしはおじさまの話に耳を傾けながら、復唱をしました。
そして忘れないように、紙におじさまの話を書き記していきます。
「おいおい、真面目にメモを取らないでくれよ。と言うか、普通は引くんだけどなー?」
「わたくしも『セクシーなお姉さん』には引っ掛かりましてよ。これからはセクシーなお姉さんのことは忘れて、わたくし一筋になってくれませんこと?」
「なってあげませーん」
本当に一筋縄ではいかないおじさまです。
早くわたくしにメロメロになってもらわないと、いつ誰に奪われてしまうか分かりません。
まずはもっと一緒にいる時間を増やして、わたくしの魅力を見せつけないといけないようです。
「おじさま。ここでお喋りをするのも良いですが、わたくしの護衛として、一日中一緒にいてくれませんこと? 報酬は弾みますわ」
「嫌だよ。何度来られても護衛の依頼は受けないからー」
「なるほど。今日は気分ではないということですわね。でも明日になったら気分が変わっているかもしれませんわ!」
「だから毎日来ないでってばー」
「おじさまが頷いてくだされば、毎日来る必要はなくなりますわ」
わたくしの言葉を聞いたおじさまが、意外そうな顔をしました。
「えっ? 一度買い物の護衛をやったら満足してくれるの?」
「そうですわね。三日間は幸せな買い物の余韻に浸っていると思いますわ」
「三日間だけかー」
おじさまはこう仰いますが、三日間幸せな余韻に浸るなんて、なかなか無いことだと思います。
最高のパーティーに行った後ですら、三日も経たずに心は日常に戻りますので。




