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「先程から思っていたのですが、一人称が『おじさん』はどうなんですの」
おじさまはずっと自分のことを「おじさん」と呼んでいます。このような一人称は初めて聞きました。
自分のことをおじさんと呼ぶのは、なんだか得をしない一人称のように感じます。
「だっておじさんは、もうおじさんだからねー。自分のことを『お兄さん』って呼ぶ方が痛いでしょ」
「確かにお兄さんと言う年齢では……」
「お嬢様って意外と言うよね」
本音の漏れたわたくしに、おじさまが苦笑しました。
わたくしとしたことが、相手をおじさん扱いするなど、失礼極まりなかったです。
ただ勘違いをしないでいただきたいのは、決して彼を貶めたくて言った言葉ではありません。
年齢を重ねることは、必ずしもマイナスではないのです。年齢を重ねることで生まれる渋みや余裕は、とても魅力的なものです。
現におじさまは、若者には無い渋みと余裕があって素敵です。まだ少し渋みの足りない部分はありますが、それでも同年代の男性たちと比べると、大人の魅力があります。
「申し訳ありません。ただ決しておじさまのことを下げる意図が無かったことだけは知っておいていただきたいですわ」
「あはは。お嬢様に悪気が無いのは分かってるよ。おじさんがおじさんなのは事実だしね」
「ええと……それで、おじさまはおいくつなんですの?」
「おじさんに年齢を聞くなんてマナー違反だぞ、お嬢様」
「あっ、すみません」
「謝っちゃったか。冗談だったんだけどなー」
おじさまはそう言ってゲラゲラと笑いました。
どうやらおじさまはよく笑う人物のようです。そして目尻を下げながらのへらりとした笑顔は、貴族の社交界ではあまり見ない笑い方です。この笑い方はだらしなく見えると言う人がいるかもしれませんが、わたくしには親しみやすくて愛嬌のある笑顔に思えます。
「さっきも言ったけど、テキトーに生きてる人間の言葉は、テキトーに流すもんだぜ、お嬢様」
お嬢様と呼びかけられて気付きました。
アングルヴァン子爵令嬢であることは告げましたが、わたくしは自身の名前をおじさまに名乗ってはいなかったのです。
なんという失態でしょう。
「今さらですが、名乗らせてくださいませ。わたくしはアリーゼ・ド・アングルヴァン。アングルヴァン子爵家の令嬢ですの」
「わざわざ自己紹介をどうも。それではさようなら、お嬢様」
わたくしの自己紹介を聞いたおじさまは、手をひらひらと振ってわたくしに別れを告げました。
いくらなんでもこの態度はあんまりです。
「どうしてそんなにツレナイ態度なんですの!? わたくし、おじさまに何か致しました!?」
「割としつこく絡んできてるかなー。そろそろ帰ってほしいかも」
「帰ってほしい!? では、おじさまがわたくしの護衛を引き受けるか、わたくしとの交際を承諾したら帰りますわ」
「どっちもパース」
「なんでなんですの!? わたくし、自分で言うのもあれですが、優良物件ですわよ!?」
「優良物件だからだよ。優良物件のお嬢様は、これまた優良物件のお貴族様と付き合うべきなの」
おじさまは別れの挨拶として振っていた手を、今度はシッシッと追い払うように振りました。
ですがそんなものに負けるわたくしではありません。
「んもう。ではわたくしが勘当されれば、おじさまはわたくしと付き合ってくださるの!?」
「やめとけ、やめとけ。お嬢様みたいな箱入り娘は、一人じゃ生きていけないって」
「やってみないと分かりませんわ!」
「やってみなくても分かるんだなー、これが。一人で暮らすとなると、自分で料理を作らないといけないし、洗濯もしないといけない。何かトラブルが起こっても自分で解決しなくちゃならないんだぜ? ベルを鳴らしても誰も来てくれないからなー」
「うっ、それは……」
どれも出来る気がしません。すべて使用人がやってくれるからです。
この中でわたくしが行なうのは、トラブルが起こった際に呼び出しのベルを鳴らすことだけです。なおトラブルの解決自体は使用人がやってくれます。
「わたくしが勘当されて一人で暮らしていくのは現実的ではありませんわね。では、おじさまが男爵の爵位を得られるほどの功績をあげるというのはいかがでしょう。わたくしの身分を下げられないのなら、おじさまの身分を上げてしまえば良いのです!」
良いことを思いついたと膝を打つわたくしに、おじさまが呆れたような視線を送ってきました。
「言ってくれるねー。それがどれだけ大変なことか知らないくせに。ただの浮浪者が貴族になるなんて、夢のまた夢なの」
「夢のまた夢……確かに浮浪者から貴族になった話は聞いたことがありませんわね」
「それにさ、お嬢様はまだ若いだろ。自分の半分しか生きてない女の子なんて恋愛対象外。おじさんはもっとセクシーでエロティックな大人の女性が好きなの」
「年齢は変えられませんが、わたくしだってセクシーでエロティックになれますわ!」
「貴族の令嬢はお淑やかでいないとだろ。何から何まで噛み合ってないんだよ、お嬢様とおじさんは」
噛み合っていない。そうかもしれない。
悔しいですが、今のわたくしは何から何までおじさまの好みとは噛み合っていません。
「うっ、うっ」
「う?」
「うわーん! 絶対に振り向かせてみせますわー!」
わたくしは目頭を押さえながら走り出しました。
「お待ちください、アリーゼお嬢様!」
走り慣れていないわたくしの横に、すぐにブランカが並びました。
わたくしが走っているのにブランカが早歩きなことも、なぜだか酷く悲しくなってしまいました。




