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「えっ、普通に嫌だけど」
「どうしてですの!?」
専属の護衛に任命するというわたくしの言葉を、無精ひげの男はあっさりと断りました。
わけが分かりません。
わたくし専属の護衛になれば、衣食住が手に入り、路上で寝る生活から抜け出せるのです。断る理由があるでしょうか。
「おじさんは今の、その日暮らしの生活が気に入ってるんだよ」
「よくお考えになって。わたくしはアングルヴァン子爵令嬢ですのよ。わたくしの護衛と言うことは、アングルヴァン家の護衛ですのよ!? なりたがる人のたくさんいる職業なんですのよ!?」
家の名前を出すのは卑怯かもしれませんが、これがわたくしの持っている一番強いカードなのです。
アングルヴァン子爵令嬢。
この名前を出すことで状況が変わったことは、これまでに何度もあります。わたくし自身が努力をして得た地位ではありませんが、持っているカードを使わないのは損です。
「アングルヴァン子爵令嬢の護衛は悪い話ではないはずですわ。むしろこの上なく良い話ですのよ!?」
「そういう良い話は、おじさんじゃなくて護衛になりたがってるやつにしてやってくれよー」
しかし無精ひげの男は意見を変えませんでした。
ますますわけが分かりません。
「どうしてですの!? わたくしの護衛になれば、路上で寝るよりもずっと良い生活が送れるんですのよ!? 固い地面の上ではなく、柔らかいベッドで眠れますのよ!?」
「だけどその良い生活と引き換えに、きちんとした生活を送らなきゃなんだろー? 今さらきちんとした生活を送るなんて、おじさんには無理。他を当たってくれー」
「嫌ですわ。わたくしは他の人ではなく、あなたを護衛にしたいと思いましたのよ」
「嫌だってばー。護衛になったら、昼間から酒は飲めないでしょー?」
「昼間からお酒を……?」
わたくしが首を傾げると、横で話を聞いていたブランカが眉をひそめました。
「アリーゼお嬢様。この者からは酒の臭いがします。先程は全体的な臭さで気付きませんでしたが」
「まあ。こんな昼間からお酒を? ……と言いますか、お酒を買うお金があるのなら、宿屋に泊まった方が良いのではありませんこと?」
「男には、背中を痛めてでも酒を飲まなきゃならないときがあるんだぜー」
「知りませんでしたわ」
「アリーゼお嬢様。酔っ払いの言葉を真に受けてはいけません」
無精ひげの男の発言を真剣に聞くわたくしに、ブランカが助言をしました。
そのブランカに無精ひげの男が同意の姿勢を示します。
「そうそう。酔っ払いの言葉なんて適当に流すものだぞ、お嬢様」
「分かりました。ではあなたの、護衛をやらない、という言葉は適当に流しますわ」
「あちゃー。その言葉を流しちゃったかー」
ここまで話してから、わたくしは大変なことに気が付きました。
わたくしとしたことが、彼の名前をまだ聞いていなかったのです。
「あの、すみません。お伺いするのが遅くなってしまいましたが、あなたのお名前は何と仰るんですの?」
「……クリス」
彼はぶっきらぼうにそう答えました。自身の名前を気に入っていないのかもしれません。
ですがわたくしには、彼に似合う良い名前に思えます。
「クリス様。素敵なお名前ですわ」
「浮浪者に『様』なんて付けるもんじゃないって教えてやってくれよ、侍女さん」
クリス様はわたくしではなく、ブランカに話しかけました。
話を振られたブランカは、わたくしの肩を叩いてクリス様との会話を終了させようとしてきました。
「アリーゼお嬢様、早く行かないと店が閉まってしまいますよ」
「店は逃げませんから、また出直せばいいだけですわ。それよりもクリス様はいつもこの場所にいらっしゃるんですの?」
「うわあ、むず痒い。クリス様はやめてくれ」
わたくしが名前を呼ぶと、クリス様は自身の身体をさすり始めました。
わたくしは素敵な名前だと思いますが、本人の嫌がる呼び方をしてはいけません。呼び方を変えた方が良さそうです。
「それなら、クリスおじさま?」
「もう一声! そこから半分消して!」
「では……おじさま?」
「そっちを消しちゃったかー。でも、まあ、クリス様よりはマシかな」
そう言って、おじさまが苦笑しました。
どうやらおじさま呼びは許容範囲のようです。
「おじさまは、いつもこの場所にいらっしゃるのですか?」
わたくしはさっそく彼のことをおじさまと呼びながら会話を再開しました。
「いつもではないかな。おじさんだって酒代を稼ぐために傭兵とか魔物狩りをしてるときもあるからねー」
「傭兵!? つまり専属の護衛になることは無理でも、一時的に護衛をしていただくことは出来ますのね!?」
「依頼を受けるか受けないかは、おじさんの気分次第だけどねー」
「つまりおじさまの気分が乗るまで護衛を頼み続けたら、いつかは引き受けてくださるということですのね!」
わたくしはブランカに向き直ると、力強く言いました。
「ブランカ。わたくし、ここに通い詰めることにいたしますわ!」
「おやめください、アリーゼお嬢様」
「おじさんもやめてほしいぜ、お嬢様」
すぐにブランカがわたくしを止めてきました。
何故かおじさまもブランカに同意しています。
しかしその程度で諦めるわたくしではありません!
「いいえ。わたくしの決意は固いんですのよ。だってわたくし、おじさまに一目惚れをしてしまったんですもの!」
わたくしはおじさまの瞳を見つめると、熱っぽく告げました。
「おじさま、愛していますわ。わたくしと付き合ってはくださいませんこと?」
「ハッ! 冗談キツイって。おじさんの子どもでもおかしくない年齢でしょ、お嬢様って」
「愛に年齢は関係ありませんわ。年齢の離れている夫婦はたくさんおりますのよ?」
「そりゃあ貴族同士の結婚は年齢が離れてることもあるだろうけど、おじさんはただの浮浪者だしなー」
「わたくし、職業で人を差別する人間ではありませんの」
「浮浪者は職業と言うか……まあいいや。とにかくお断り。おじさんはお子様に興味なんかありませ-ん」
そう言って、おじさまが両手を天に向けました。
どうやらおじさまにはわたくしと付き合うつもりがないようです。
それどころか、わたくしのことを子どもだと考えているみたいです。
わたくしはとっくに遊具で遊ぶ年齢を過ぎておりますのに。
「おじさま。わたくしはお子様ではありませんわ。立派なレディです」
「立派なレディは浮浪者に愛なんか囁きませーん」
あくまでもおじさまは、わたくしの言葉を真剣に受け取ってはくれないようです。
のらりくらりと、わたくしの愛の告白をかわしていきます。
「わたくしは本気ですのよ」
「本気だろうが何だろうが、初対面で愛を囁かれても困る。お嬢様はいつもこうやって初対面の相手に愛の告白をしてるのか?」
「いいえ。わたくしが愛を囁いたのはこれが初めてですわ」
「えー? おじさん、なんで目を付けられちゃったのかなー」
おじさまが困ったように頭をポリポリとかきました。
「目を付けられたなんて言い方はやめてくださいませ」
「だって当たり屋みたいな告白なんだもん。いきなり現れて、いきなり愛してるだなんて」
「んもう。分かりましたわ。おじさまは一気に距離を縮めてくる相手が苦手と言うことですわね?」
「まあ、そうかな」
「では順序を踏みますわ。まずはわたくしの護衛をしてくださいませ。これから買い物に行きますので」
あらためて護衛の話を持ち出しましたが、おじさまはこれをまた断りました。
「嫌だ。さっきひったくりを捕まえたから疲れたー。今日はもう営業終了」
「さっきのは寝返りを打っただけだと仰っていませんでした?」
「おじさんの気遣いをそういう風に使うんじゃないのー」
わたくしがぷくっと頬に空気を溜めても、おじさまはどこ吹く風です。
……と、言いますか。




