7話 不可視の刃
迫る破壊の光をミィルは咄嗟に盾を構えることで防いだ。着弾したビームが盾の表面を熱で溶かし、丸い凹みを生み出す。防御が間に合っていなければ操縦席に直撃する軌道だ。直後に通信が入る。
「今のは挨拶代わりだと受け取ってもらおう。しかし驚いたな。フローレスは限られた者にしか操縦できないと聞いているが……乗っているのはテストパイロットのセリア・ウォーロック中尉か?」
若い男性の声。年齢はミィルとそう離れていないだろう。通信は間違いなく〈赤き翼〉によるものだ。まさか帝国軍のエースパイロットが経験を積んだベテランではなく、自分と歳の近い青年だったとは。その事実にただ驚くしかない。
「……帝国の〈赤き翼〉……なんだよな。いったい何の用で通信を……」
「違うのか。私は帝国軍第1部隊所属、アルヴィス・メリオネート。このような通信を送られて不可解に感じるだろうが、理由があってね。私は君が搭乗している機体、フローレスの回収を命じられている。大人しく返してくれないか? そうすれば命だけは保証しよう」
突然の要求にミィルは困惑したが、フローレスは帝国軍の試作機。それもとてつもない性能を秘めた機体だ。連合軍が手に入れたことを知っていたとすれば、取り戻そうとするのは自然な考えかもしれない。レイアム基地への襲撃に併せて奪還に動くのも頷ける。
「悪いがその要求は断らせてもらう。戦場で出会った敵との口約束なんて、信じられるわけないだろ!」
「……そうか。なるべく機体を傷つけたくなかったのだが、それなら仕方ないな。力ずくで回収させてもらう……!」
〈赤き翼〉の機体が再びフローレスに銃口を向ける。リンドの通信が入り、指示に従ってミィルたちは散開した。フローレスがいた場所にエナジーライフルの光が奔り、舗装された地面をその高温で焼く。
生き残っている二機のライトフラムは、三機のエリテイルと応戦している。〈赤き翼〉の相手は自然とミィルたちアークルス小隊の役割となるだろう。〈赤き翼〉は空中からエナジーライフルで一方的に攻撃を続けている。
正確無比な射撃を盾による防御でどうにか凌いでいる状況だ。そして不幸なことに盾はビームを何度も受けたことでボロボロになっており、いずれ防御すら不可能になる未来が待っている。
ミィル機、リンド機、フレディ機は、散開したまま地上を縦横無尽に動きつつ突撃銃で反撃するが、弾丸は掠りもしなかった。〈赤き翼〉の機動性は並みではない。接近戦に持ち込むという戦術はライトフラムとフローレスが飛行できない以上、使えない手だ。
「ふっ。散れば私の射撃を攪乱できるとでも思っているのか。それは浅知恵というものだよ。大人しくフローレスを渡すがいい」
「そんなことを言うためにまた通信を送ってきたのか! ずいぶんと余裕があるんだな!」
次の瞬間、リンド機の頭部が切断され、地面に転がり落ちた。操縦席内ではおそらくカメラが映らなくなり、サブカメラに切り替わるまで最低数十秒は何も見えない。その隙に〈赤き翼〉がエナジーライフルを二発撃ち、リンド機の両足を破壊する。
「隊長っ!!」
思わず叫んだミィルだったが、ハッチを開けてライトフラムから出てくるリンドが見えた。機体こそ戦闘できる状態ではないが隊長は無事だ。盾で防御していたおかげで操縦席を狙われることはなかった。だからあえて足を撃ち抜いたのだろう。
分からないのは頭部が突然切断されたことだ。何の前触れもなかった。だが、こんなうわさ話を聞いたことがある。帝国の〈赤き翼〉は不可視の刃を持ち、相対すると何も分からないまま機体を切り刻まれると。冗談話だと思っていたが、紛れもなく事実だった。
「なにか……俺たちの知らない武器を装備してるってことか……!!」
フレディ機と一緒に空中のメリザンド向けて射撃を続けるが、やはり相手の機動力が高く当たらない。〈赤き翼〉の狙いはフレディ機だ。執拗にエナジーライフルを撃ち、徐々にフレディを追い込む。先に僚機を撃墜し、一対一の状況でゆっくりフローレスを捕えるつもりか。
「くっ……フレディ、今そっちに行く! なんとか持ちこたえてくれ!」
「ミィル、僕のところには来ちゃ駄目だ! 一緒に墜とされ……」
近づこうとしたそのとき、フレディ機の盾が横に切断された。ほぼ同じタイミングで〈赤き翼〉が持つエナジーライフルの光が突撃銃を持っている腕を撃ち抜き、破壊する。敵が最後に狙うのは当然、操縦席のある胸部だろう。
「させるかよぉ!!」
驚異的な機動力でフレディ機の前へ滑り込んだミィルのフローレスは、ボロボロの盾を構えて〈赤き翼〉の放つビームを防御する。その間にフレディはライトフラムのハッチを開けて機体から飛び降り、脱出に成功する。撃墜こそされたが命は無事であることに、ミィルは心から安堵を覚えた。
「ずいぶんと優しいな。味方の盾になるとは。そのまま私に殺されろ、フローレスのパイロット!!」
「いかん、横に避けろミィル!!」
通信機から〈赤き翼〉の声とリンドの声が重なって届く。反射的にコントロール・スフィアを横にスライドさせ、フットペダルを踏み込む。フローレスがスラスターを吹かせつつ、サイドステップで側面へ跳ぶ。機体の左肩を何かがざっくりと切り裂くのが分かった。それはおそらく、今も肩に突き刺さっている。
「これは……一体なんだ……!?」
左肩に刺さっている視えない何かを右手で掴み取ると、引っこ抜いて頭部カメラで映した。やはり何も視認できない。だが確かにフローレスのマニピュレーターはそれを持っている。答え合わせをするかのようにリンドの声が通信で届く。手持ちの携帯端末から通信を送っているようだ。
「〈手裏剣〉だミィル。どんな技術か知らんが、俺も機体から降りてようやく分かった。〈赤き翼〉が使う不可視の刃の正体。それはカメラでもセンサーでも捉えられない、高いステルス性能を持った投擲武器だ……!」
それを見破れたのは、偶然が重なったおかげだ。味方が死なずに機体を降り、直接戦闘の様子を目撃できたから。こちらにとってそんなに運のいい出来事はそうそう起きないだろう。普通なら機体から降りる間もなく死んでいるはずだ。
「気をつけろ、ミィル! たぶん奴の手裏剣は腕に仕込まれてる! エナジーライフルの射撃と織り交ぜて使ってくるぞ!」
「分かりました、リンド隊長! コクピットのモニターに映らないっていうなら……!!」
ミィルはコクピット内のコンソールを操作し、胸部のハッチを開けた。やや視界は狭いが、肉眼なら〈赤き翼〉の手裏剣を確認することができる。未だ敵と繋ぎっぱなしになっている通信から、怒声が響いてきた。
「舐めないでもらおう! そんな小細工で私のフォースブレードに対処できるとでも思ったか!」
エナジーライフルの銃口からビームが発射される。それをシールドで防ごうとしたミィルは、遅れて右腕から薄い円盤のようなものが射出されるのを見た。その円盤は四つの光の刃を発振し、高速回転しつつ襲ってくる。これが手裏剣の正体。
ビームが盾に着弾すると同時、光が激しく飛び散り、真ん中に巨大な穴が開いた。もう使い物にならない。ミィルは仕方なく盾を手放しつつ回避行動を取る。
これで一直線に飛んでくる手裏剣は避けられるはず、という認識は甘かった。手裏剣は緩やかに弧を描きながら軌道を修正して追いかけてくる。ミィルは咄嗟に握ったままだった手裏剣を投げつける。手裏剣同士がぶつかり、甲高い金属音を鳴らして地面に落ちた。
「あっ……あぶなぁっ……軌道も制御できるのか。けど……もう同じ手は使えない。一体どうすればいいんだ……!?」
次に手裏剣を投げられたら避ける自信がない。そもそもミィルの技量の低さを思えば、手裏剣に手裏剣をぶつけること自体が奇跡的な結果だと言ってよかった。とにかく反撃しようと、腰にマウントしている突撃銃を抜いた瞬間、エナジーライフルのビームが突撃銃を撃ち抜き、小さな爆発が生じる。ハッチの開いた操縦席内に熱風が届く。
「命運尽きたな。もう射撃兵装は残っていないはずだ。後はじっくり切り刻んで終わりにさせてもらおう」
押し隠していたが通信越しに届く〈赤き翼〉アルヴィスの声は喜悦に満ちていた。万策尽きたか。せめてフローレスに飛行能力でもあれば、接近戦に持ち込むことができるのに。
諦めかけたそのとき、通信が入る。また通信か。今度はいったい誰だっていうんだ。諦念の中で響き渡る声は、ミィルも聞き慣れた人物のものだった。整備班のメイカである。




