6話 帝国の赤き翼
格納庫にほど近い、パイロット専用の待機場所にミィルはいた。今、主要な戦力は帝国軍の第8部隊を迎撃すべく、アクトフレームを陸上戦艦に載せて出払っており、レイアム基地にはいない。全戦力を投入しなかったのは、基地が奇襲を受ける万が一の可能性を考慮してだ。ミィルたちが待機しているのもそのためである。
「でも、暇ですね。俺たちだけ仕事してないみたいで、なんか申し訳ないっていうか……」
「仕方ないさ。ステルスクロークだったか。帝国はレーダーに探知されずに行動できる新装備を開発したらしいからな。それを使えば、別働隊を用意して基地を襲うなんて作戦も立てられる。基地の全戦力を投入するのは得策じゃない」
「分かってますよ、リンド隊長。セリアさんが言ってたんですよね。俺たちが戦ったあの追手の部隊も、その装備をしてたからフレディのレーダーに引っかからなかった」
同じく待機中の小隊長、リンドと雑談をしながらミィルは時間を潰していた。新兵器のテストを行う実験部隊の所属だったセリアによれば、帝国はアクトを流すことで電波を極めて反射しにくくする新素材を開発したらしい。それがステルスクロークという装備だ。見た目はただのマントにしか見えない。
セリアがフローレスに乗って投降してきたとき、追手のエリテイルをレーダーで捕捉できずにいたのも、そのステルスクロークを装備していたせいだ。思い返せば確かにあのエリテイルたちはマントを装着していた。ただの飾りでもファッションでもなかったのだ。そんな話をしていると、整備班のメイカがひょっこり顔を出した。どことなくやつれている。
「あ……ミィルさーん。いたいた。待機中にすみませんね。ちょっとお話ししておきたいことがあるんですけど、いいですか」
「うおっ……どうしたんだメイカさん。なんか……明らかに徹夜明けって感じだけど、大丈夫なのか?」
「ええ、まあ。フローレスの解析に熱中するあまり、寝食を忘れてしまって。いえ、そんなことはいいんです。今のうちに話しておきたいことが……驚いてくださいね。なんと、遂に……」
やたらもったいぶったメイカの言葉を遮るように、警報が鳴り響いた。そのけたたましい音はレイアム基地に何者かが侵入したことを報せている。その何者かは言うまでもないだろう。帝国軍に決まっている。
「ごめん、メイカさん。出撃しなくちゃいけなくなった。話はまた帰ってきてから頼むよ!」
「えっ、あっ、ちょっと。結構重要な話なんですけど~~~~……」
もうメイカの話を聞く時間はない。ミィルはリンドやフレディをはじめとした他のパイロットと一緒に格納庫へと駆け出した。ミィルが乗ることになっているのは、ライトフラムではなくフローレスだ。まだ完全に解析は終わってないものの、この機体の戦闘データも欲しいということで、今回からフローレスで出撃するよう命令されている。
武器はライトフラムの標準装備を流用している。多目的シールド、突撃銃のSB-6イグニス、ロングソードのLS-8シュナイダー。整備のメイカが言うにはフローレスならもっと強力な武器も使えるらしいが、ミィル自身が使いこなせるか分からないので、とりあえずオーソドックスな装備で調整してもらった。
「ハーバード中佐の予想通りだな。本当に帝国軍の別働隊が攻めてきた。レーダーに引っかからないせいで敵の総数は確定してないが、たぶん一個中隊程度だ。せいぜい12機ってとこか」
「了解です。俺たちは南東から侵入してきた連中を迎え撃てばいいんですね」
「ああ。その通りだミィル。よし、出撃するぞ!」
格納庫から出撃したアークルス小隊のリンド、ミィル、フレディの三名がレイアム基地の南東に向かうと、4機のエリテイルが基地を破壊しているのを確認した。他の場所でもすでに交戦が始まっている。そしてやはりと言うべきか、どのエリテイルも巨大なマントを羽織っている。ステルスクロークだ。
向こうもすでにレーダーでこちらの存在に気づいている様子。ミィルたちは建物を遮蔽物にしながら徐々に接近するが、突撃銃が届く距離になった途端、四機のエリテイルは激しく発砲を始めた。建物に身を潜めたまま、リンドから通信が入る。
「ミィル、俺とフレディで正面から応戦する。その間に奴らの後ろに回り込めるか。ここはでかい建物が多い。フローレスの跳躍力なら建物の上を伝って背後を取れるはずだ」
「なるほど……分かりました、隊長。やってみます!」
リンド機とフレディ機が建物の陰から飛び出し、盾で防御を固めつつ突撃銃を発砲する。その間に、ミィルはフットペダルを踏み込んで跳躍し、建物の上へ乗った。二人がエリテイルと撃ち合っている間に、屋根を伝って背後へ回り込もうと走る。
「うおっ、あぶなっ!」
下から弾丸が飛んできたので、ミィルは機体の向きを変えつつ盾で防御した。エリテイルのパイロットとて馬鹿ではない。後ろに回り込もうとしたら、当然邪魔ぐらいする。しかもエリテイルは背後からの攻撃を予想して二機同士で背中合わせになっている。素早い対応だ。だとしても接近戦ならフローレスに分がある。勢いよく建物から降りて、リンド機とフレディ機の逆側に着地した。
「射撃は下手だけど、接近戦ならぁぁぁぁ!!」
すでに武器は突撃銃から剣に切り替えている。エリテイルが撃つより先に、突きを浴びせて頭部カメラを破壊した。その間にもう一機が突撃銃を捨てて剣を構える。フローレスも剣を振り上げ、刃同士がぶつかって鍔迫り合いになる。
互角に思われたせめぎ合いは、しかしフローレスに分があった。ミィルはアクトを込めて機体出力を上昇させると、力任せに剣を押し込み、相手の剣の刀身を叩き折る。敵機の肩装甲に刃を食い込ませ、そのまま胸部まで裂いて一機撃破する。
「次は……お前の番だっ!」
頭部カメラを潰されたエリテイルが再び動き出そうとしていた。サブカメラに切り替えたのだろう。だが遅い。フローレスが即座に方向転換して、胸部のコクピットを狙って剣を横に振り抜く。頭部のないエリテイルは盾で防御。フローレスの異常な機体出力にものを言わせて盾を真っ二つに切り裂くが、コクピットには届かない。
ならばとミィルはコントロール・スフィアを操り、蹴りの一撃でエリテイルを吹っ飛ばした。後方の建物に激突した敵機は壁を破壊しながら仰向けに倒れている。
そこで武器を剣から突撃銃に持ち替えて、エリテイルに何発か撃った。動かない的ならミィルの下手な射撃でも当たる。エリテイルが爆発し、残るはリンド機とフレディ機と戦う二機のみ。
残った二機の片割れは背後にいるフローレスを対処しようとこちらに振り向いたが、その瞬間を狙われてフレディ機の射撃をコクピットに受けてしまい、爆発こそ起きなかったが完全に沈黙した。
最後の一機は至近距離からフローレスを撃つも、ミィルが盾で全弾防御したことで弾切れになり、リンド機とフレディ機の射撃によってとどめを刺された。フローレスの性能に頼り切った戦いではあったが、これで四機を撃墜したことになる。
「助かった、ミィル。相手がエリテイルだから厳しい戦いを覚悟してたんだが、想像よりどうにかなったな」
「ありがとうございます、リンド隊長。俺のおかげというか……フローレスのおかげって感じですけどね……」
「そう謙遜するなよ。なんて、雑談してる場合じゃないな。司令部に連絡して他の小隊の援護に回るぞ」
「了解しました」
司令部の指示によってミィルたちアークルス小隊は基地の西側へ向かうこととなった。味方が苦戦しており、すでに何機も撃墜されているようだ。レーダーで確認すると、次々と味方を示す光点が消えていくのが分かる。
「ミィル、フレディ、上に気をつけろ! なにかいる!!」
突然、リンドからの通信が飛び込んできた。基地の西側を襲う敵はまずエリテイル三機。そして見慣れぬ機体が一機、空に浮かんでいる。空戦型のアクトフレームだ。空戦型は飛行能力を得るために人型から大きく離れた外観になりがちだが、その機体は完全な人型だった。
空中の機体がステルスクロークを脱ぐ。全身を赤く塗装し、背中には翼を思わせるスラスター。手に持っているのはエナジーライフル。アクト量の消費が激しいものの、高威力のビームを発射できる優れた射撃武装のことだ。ミィルはこの赤い機体を知っている。だが、なぜこの機体が基地を襲う部隊にいるのかが理解できなかった。
「帝国の〈赤き翼〉だ……」
同じ小隊のフレディが思わずこぼした呟きを、開いていた通信が拾い上げた。〈赤き翼〉とは幾多の戦場で連合軍のパイロットを恐怖に陥れてきた、帝国軍のエースパイロットの異名だ。
彼の駆る赤い機体に撃墜されたパイロットは数えればきりがない。その実力を示すかのように、元々西側を任されていた12機の友軍がすでに10機撃墜されており、ほぼ壊滅状態に陥っている。
「〈赤き翼〉は第1部隊のパイロットのはずだろ……! この基地を襲ってるのは第8部隊なのに、なんでここにいるんだよ……!」
ミィルの疑問を聞き流すかのように、帝国の〈赤き翼〉はエナジーライフルの銃口を向ける。空中から微動だにせず、フローレスを狙ってビームを吐き出した。




