5話 動き出す帝国軍
デュクス帝国領内、ハクラー基地の応接室で二人の男が対峙していた。一人はこの基地に駐屯する第8部隊隊長、カイゼル・ドルヴァドス大佐。やや肥満体型ではあるが顔つきに軍人らしい険しさと厳しさを感じさせる人物である。
テーブルを挟んだ向かい側の席に座るのは、第1部隊隊長、ハース・クライテリオン大佐。艶のある黒髪をオールバックで固めた、物静かな男だ。第1部隊は全部で13あるアクトフレーム部隊において選ばれた者のみが所属できる精鋭中の精鋭。それを率いるのがクライテリオンであり、階級は同じでも実質的な立場はクライテリオンが上だ。
ドルヴァドスの部下であるエムブラがティーポットを傾けてカップに紅茶を注いでいく。クライテリオンとドルヴァドスの分を淹れると、エムブラは優しく微笑んで「どうぞお召し上がりください」と言った。少佐にもなろうエムブラが給仕の真似事をしているのは、お茶会めいた今の状況を提案したのが他ならぬ彼女だからである。
正直に言ってしまえばドルヴァドスはクライテリオンが嫌いだった。この男の皇帝陛下に媚びるような態度には虫唾が走る。皇帝の命令ならすべて従順に受け入れ、なんでもやる男だ。そんなに出世がしたいのか。
平民出身のドルヴァドスと違い、貴族階級というのも気に食わない。どこか気取った態度も癇に障る。だからクライテリオンなんぞに茶を出してやる必要はないとエムブラに言ったのだが「礼儀としてそれぐらいするべきです」と反対されてしまった。クライテリオンはティーカップを持ち上げて紅茶を飲むと、表情を変えないままゆっくり口を離して言った。
「……これはよい茶葉を使っていますね。香りも爽やかだ。最近流行しているブランドですね?」
「お分かりになりますか? そうなんです。上流階級の方々が愛飲されている茶葉で、手に入れるのに苦労しました……!」
「このお茶菓子のフィナンシェも帝都で人気のメーカーだ。紅茶によく合っています」
クライテリオンとエムブラが紅茶と茶菓子の話で盛り上がっているのを聞きながら、ドルヴァドスも紅茶を飲んでみた。どの辺りで高級だと判断したのかさっぱり分からない。かろうじて香りは分かる。でも二人の会話にまったくついていけない。
「クライテリオン大佐は紅茶にお詳しいんですね。知りませんでした」
「ええ。実を言うと紅茶が好きなんです。こうして歓迎して頂けたこと、嬉しく思います」
そんな和やかな会話がずっと続くかに思われたが、クライテリオンがティーカップをソーサーに置くと、指を組みながら淡々と告げた。その瞳は死刑を宣告する裁判官のように冷徹で感情がない。
「ではそろそろ本題に入りましょう。ドルヴァドス大佐。貴方は先日、任務に失敗しましたね。第12部隊で性能試験中だった試作機、フローレスとルクス計画の機密情報。この二つを連合軍より先に回収せよと命令されていたはずです」
ドルヴァドスの額に汗が滲んだ。その通りだ。重要かつ緊急性の高い任務だったため、ドルヴァドスは第8部隊の中でも腕利きに回収を任せた。最新の装備で国境を越え、試作機を発見したと通信で報告を受けたまではよかった。だがそれ以降は通信途絶。任務は失敗に終わった。
「確かに失敗したのは事実だ。だ、だが……なぜそのことを貴様が知っているのだ?」
「伝言のためです。あの任務、詳細は伏せていましたが皇帝陛下もお関りになっています。陛下は第8部隊に酷く失望していました。脱走兵の落下地点に一番近いから、というだけで無能に任せるのは誤りだった、と……一言一句違わず伝えよと言われています。確かに伝えました」
「わ、私はどうなるというのだ……降格処分……いや、処刑でもされるというのか……?」
手が震える。持っていたティーカップの紅茶が微かに波打つ。現皇帝は絶対的な能力主義だ。役に立たないと判断されれば即座に切り捨てられる。ドルヴァドスはどうにか中身を零さぬようカップを持ち続け、クライテリオンの判決を待った。
「ご安心ください。陛下は寛大な御方です。その程度のことで処刑などしませんよ。ただ、第1部隊が任務を引き継ぐことになりました。試作機だけでも回収せよと仰られています。あれは特別な機体らしいですからね」
ドルヴァドスは胸を撫で下ろした。落ち着きを取り戻すために、紅茶を一気に飲み干して喉を潤す。
「そ、そうか。しかしそれだけのために私に会いに来たというわけではあるまい……?」
「はい。大佐、私の記憶が確かなら、貴方はレイアム基地を攻撃する計画を立てていましたね。それに第1部隊も加えていただきたい」
白手袋を着けた手で顎を触りながら思案する。レイアム基地を攻撃する作戦は、今まで散々煮え湯を飲まされてきたあの基地を、いや連合軍のローウェン・ハーバードを叩き潰すためずっと準備してきたものだ。今回の一件とは関係がなく、そのために最新量産機のエリテイルを揃えたと言ってもいい。性能で優位に立っている今なら、苦もなく勝利を収めることができるであろう。
第1部隊がこの作戦に加わるのは邪魔をされるようでいささか不愉快だったが、皇帝陛下が関わる任務のうえ、自分の尻拭いをするとクライテリオンは言っているのだ。それを突っぱねることは不可能に等しい。ドルヴァドスは重い口調で返答する。
「……承知した。第1部隊からは誰を寄こすつもりなのだ。まさか貴様自らが作戦に参加するわけではあるまい」
「もちろんです。この任務はメリオネート大尉に任せる予定ですので、よろしくお願いします」
「あの生意気な若造か……分かった。だがこれだけは頼む。悪いが私の因縁の邪魔だけはしないで欲しいのだ」
「ええ。大尉にもその旨は伝えておきましょう」
表情を変えず、あくまで淡々としていた。やがてクライテリオンは立ち上がり「ごちそうになりました。私はこれで失礼します」と言って応接室を後にした。
◆
レイアム基地は慌ただしかった。帝国軍の足音がすぐそこまで迫っている。帝国軍第8部隊と思しき陸上戦艦の艦隊が十隻、国境を抜けて基地に進軍しているのだ。この情報は国境を抜けた段階でレイアム基地も把握しており、今まさに部隊を編成しているところだ。
基地の周辺や北の国境は殺風景な荒野が広がっているものの、南下すれば多くの都市が存在している。レイアム基地としてはここで侵攻を食い止める必要がある。とはいえ、そんなことは今回に限った話ではない。帝国の第8部隊とはこれまで何度も戦ってきたのだ。
問題は第8部隊の運用するアクトフレームが、今連合軍を悩ませている新型量産機、エリテイルである可能性が極めて高いこと。帝国の陸上戦艦は一隻に20機までアクトフレームを搭載できるため、最悪の場合200機の新型機を相手にせねばならない。司令官含め、全員が厳しい戦いになるのを予感していた。
司令部はどこか空気が重かった。かくいう司令官も平静こそ装っていたものの、本音を言えば胸中は暗い気持ちで満たされている。全員、隠しているつもりで隠せていないのだ。そんな雰囲気を微塵も感じさせないのは、アクトフレーム部隊の隊長、ローウェン・ハーバード中佐くらいのものだろう。
若かった頃の面影も消えてすっかり禿げた頭に、丸眼鏡をかけたこの男。帝国との戦争が始まってからの10年近く、レイアム基地が落とされずに役割を果たし続けられたのはこの男が第一線で活躍し続けていたからに他ならない。
司令部のメインモニターに表示されている第8部隊の進軍経路を眺めながら、ハーバードが丸眼鏡の奥で鋭い目を光らせる。何を思いついたのか、立ち上がってデスクに手をつけながら、はっきりと言った。
「真正面からの勝負では勝てませんな。お手上げです」
敗北宣言であった。さしもの百戦錬磨のこの男でも、打開策は思い浮かばなかったか。とはいえどちらにせよ投降はできない。帝国軍は基本的に捕虜を取らない。たとえ相手が投降しても即座に射殺する。もし何らかの事情で捕虜になったとしても、家畜以下の扱いを受けることになる。そして用済みとなれば結局殺される。戦うしか道はない。
「ハーバード中佐ともあろうものが、匙を投げるんですか。分が悪いのは全員承知していますよ。相手は第8部隊、つまりカイゼル・ドルヴァドスが敵なんですよ。宿敵に負けていいんですか?」
その副司令の言葉を、ハーバードは一笑に付した。レイアム基地に所属する者なら大抵がハーバードとドルヴァドスの関係を知っている。まだ戦争が始まって間もない頃、パイロットだったハーバードがドルヴァドスを撃墜して以来、執念深くリベンジを挑んでくるという話だ。もう何度も交戦しているが未だに決着がついていない。交戦回数を重ねるほど、その執念は増しているとしか思えない。
「宿敵、ですか……それは向こうが勝手に敵対視しているだけですよ。私は宿敵などと思っていません。ただの敵です」
「まあ、そうだな。君と第8部隊の隊長との因縁は置いておくとしよう。まずは勝つための作戦を立てなければ話にならん」
「司令のおっしゃる通りですな。では、私にひとつ作戦があります。金鉱脈を発見して一攫千金を目指してみませんか。まあ、平たく言うとゴールドラッシュというやつです」
独特な言い回しに司令部の人間たちは怪訝な反応を示したが、司令官はその意味するところを理解した。もしその作戦が成立するのであれば、多少はこちらに有利な状況を作れるかもしれない。だが、果たして上手くいくかどうか。それは金を求めて掘ってみなければ分からない。
「……分かった。ハーバード中佐、君の考えている作戦を説明してくれたまえ。私はその作戦を許可する」
「さすがは司令。理解が早い、助かります。では説明させていただきましょう。その作戦とは…………」
その後、ハーバードの考案した作戦は即座に実行に移された。第8部隊の軍勢が近づく中、静かに、しかし迅速に。第8部隊の不幸は地理を知悉しておらず、その可能性をまったく考慮していないことであった。




