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4話 戦う理由

 荒野に位置するレイアム基地は昼夜の気温差が非常に激しい。昼は暖かくとも、日が落ちて夜になると一気に冷え込む。基地の地下にある独房は空調機の効きが悪いため、その影響が大きく出る。この基地で捕虜になった者はまずその洗礼を受けるのだ。


 時刻はすでに夜。ミィルは白いトレーと差し入れを持って、どこか薄暗い雰囲気の独房に足を運んだ。その人物が収容されている扉の前には警備の兵士が小銃を背負って突っ立っている。兵士はこちらに視線を向けると、ミィルは呟くように「食事だよ」と言う。


 一部が鉄格子になっている扉の前に立つ。鉄格子の中から見えるのは、独房の端でうずくまっているセリアの姿があった。セリア・ウォーロック。帝国が開発した謎の試作機に乗って、宇宙からこの地まで落ちてきた脱走兵。


 扉が横にスライドして開くと、中に入って白いトレーをテーブルに置く。今晩の食事だ。セリアが頭を少しだけ持ち上げてミィルの顔を見る。何も言わずに様子を窺っている。ミィルは気にせず話しかけた。


「久しぶり、になるのかな。元気そうで良かった。これ、差し入れだ。独房は冷えるだろ」

「……ミィルさん、でしたね。毛布ですか。ありがとうございます。夜は寒かったので」

「気にしないでくれ。君には恩がある。これぐらいお安い御用だ」


 セリアがこの基地で捕虜になってからもう数日が経つ。その間に、セリアは様々なことを尋問官に吐いた。帝国が宇宙で実行しようとしている計画や、実験部隊の一員として知った様々な新型機や試作機の情報。それら帝国の機密情報は連合軍にとって今後の戦局を左右する貴重なものだった。


「……恩ですか。そんなことした記憶はないですけど」

「あの機体、フローレスに乗った時に色々指示してくれただろ。助かったよ。俺だけだったら撃墜されてたと思う」

「いえ……大したことはしてません。フローレスの性能を引き出したのは紛れもなくミィルさんの力です」


 そこで会話はいったん途切れた。セリアがどうなったか気になって様子を見にきたが、連合軍も鬼畜ではないらしい。今のところは人道的な対応を受けているようだ。ミィルはもう退散しようかと考えたが、ひとつ気になることができて、思わず聞いた。


「……あのさ。気になるんだけど、なんで帝国を裏切る気になったんだ?」


 セリアはしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開く。


「……正しいと信じていた帝国の在り方が本当に正しいか、分からなくなってしまったからです」

「……帝国の在り方、か。悪いけど、少なくともこの戦争は帝国のせいだって認識だよ。全部、帝国が始めた一方的な侵略戦争が原因ってことになってる。連合軍の間では、だけど」


 デュクス帝国の前皇帝が野心から始めた侵略戦争が、全ての発端だ。この惑星アルフを統一し、デュクス帝国が世界を握る。実際、帝国にはそれを実現できるだけの国力がある。だが侵略される側の諸国は、黙って植民地になる気などなかった。他の国々は帝国に対抗すべくフィラメリア連合軍を結成し、それ以来10年以上も戦争を続けている。


「……そうですね。ミィルさんの認識が正しいと思います。でも私、真面目なんです。今まで正しいのは帝国で、帝国のやることがすべて正義だと信じていました。この戦争のことも。そう教育されたからです」


 彼女の口から語られたのは自身の生い立ちだった。セリアは孤児で、物心ついた頃から孤児院で暮らしていたという。その孤児院で施された教育は皇帝陛下への忠誠を重んじ、国家のために働くのが正しい国民の在り方というものだった。


 それが正しいものだと信じ切っていたので、セリアは軍人を目指した。真面目で努力家な性格だったので、士官学校も首席で卒業し、アクトフレームのパイロットとして第10部隊に配属となった。


「帝国が他国に侵攻するのは、この星の全国家を統一して平和を築くため。だから帝国のために戦うのは正しいことだと……私はそう信じてたんです。おかしいですよね。私の軍人としての初任務は、ある街を襲うことでした。戦いが終わって、降伏した連合軍の兵士は全員射殺しろと、私は命令されました」


 声が少し震えていた。声だけじゃない。手も。きっとセリアの意識は、当時へと戻っているのだろう。


「兵士とはいえ、降伏した人間を一方的に殺すなんて……私はやりたくなかった。でもやりました。それが正しいと信じていたから。それからも、抵抗する民間人を見せしめに殺したり、捕えた連合軍の兵士に酷い拷問をしたり……なんでもしました。命令通りに」


 でも、とセリアはこう続ける。


「……こういうとき、次第に心が慣れて淡々とこなせる人種だったら良かったんですけど。私はもう耐えられなくなってしまって。体調を崩して、異動になりました。試作の装備や新型機の性能テストを行う第12部隊の配属になったんです。私はアクト量も多いですし、アクトフレームの技術的な知識もそれなりにあったので、そちらの方が適任だと思われたんでしょうね」

「それから、フローレスを持ち出して逃げるまでにどんな経緯(いきさつ)があったんだ? まだ帝国が正しいって、そう思ってたのか?」

「……その頃は、少なくとも軍のやり方には疑問を持っていました。でも裏切るつもりまではなかったんです……あの計画を知るまでは」


 ミィルが「なんだ、その計画って?」と聞くとセリアは「尋問官にも言ったので、簡単に話します」と答えた。セリアが知った計画は宇宙に戦略兵器を建造し、連合軍に加盟している国の街や、連合軍の基地などを攻撃するというものだ。


 すでに宇宙は帝国が掌握している状態であり、連合軍は宇宙へ上がりたくても難しい。この状況を利用してただ一方的に連合軍を殲滅する。そのような戦略兵器の開発は、この惑星アルフで人類が暮らし始めてから未だに例がない。


「それは要塞の名称〈フィアット・ルクス〉にちなんで〈ルクス計画〉と呼ばれていました。要塞の戦略兵器はアクトによって動きます。それがどういう意味を持つかミィルさんには分かりますか?」

「アクトで動くって言ったって……街や基地を破壊するのに使うんだろ。そんなの一人のアクト量じゃとても……」

「無理ですね。だから、大量の人間を燃料にして動かすんです。燃料の人間が死ぬまでアクトを吸い出して要塞は稼働します」

「……嘘だろ。そんな兵器、許されるわけが……」

「……そうですよね。私もそう思いました。帝国は間違ってるって。だから宇宙でフローレスの性能試験をしている最中に、一か八かで脱走したんです。フローレスは単独で大気圏に突入できる性能がありましたから」


 そしてフローレスとセリアはあの荒野へと辿り着いたのだ。そして機密情報を持ち出したセリアを始末するために追いかけてきた。今のように情報が渡ってしまえば、折角の優位性をひとつ失ってしまう。それでも宇宙から狙い撃ちにされるなど恐怖でしかない。


「……私からもいいでしょうか。ミィルさんはなんで軍人になったんですか。失礼を承知で言いますが、あまり軍人らしく見えません」

「……はは。確かに失礼だ。これでも軍人らしく振舞ってるつもりなんけどな……俺が軍人になった理由か」


 そんなこと、あまり聞かれないからどう説明すればいいか。答えに窮している間にも、セリアは真紅の瞳をじっとこちらに向けている。数秒の時を置いて、ようやくミィルは答えることができた。


「10年前……戦争が始まって間もない頃だ。俺の住んでた村は帝国軍に滅ぼされた。軍隊が駐留してたとか、特別な理由は何もなかったと思う。ただ帝国軍の行軍の進路に存在してた。それだけの村だ。でも住んでる奴らは皆殺しだった」

「そう……なんですか。ミィルさんはどうして生き残れたんですか?」

「裏山にさ、秘密基地を作って遊んでたんだ。って言っても、大きな洞窟に木材で作ったテーブルを置いたり、宝物を隠してただけなんだけど。そこで遊んでたら、疲れて眠っちゃったんだよ。起きたら夜で、村に帰ったら全部終わってた」


 それからミィルは親戚に引き取られて育った。

 なぜ軍人になったかと問われたら、その出来事が関係しているのだろう。


「俺にはもう故郷がない。戦争ではありふれた話だけどね。でも、だからこそ同じ思いをする人を減らしたい。それが他の存在を傷つけることになっても。手を汚すことだとしても。少しでも早く戦争を終わらせる助けになりたい。そう思って……軍人になった」

「……すみません。興味本位で聞いてしまって。でもミィルさんのことが少し分かりました」

「いいんだ。でも、こんな話で良かったのかな。別に面白くもないだろ……」


 そこでミィルはようやく見張りの兵士の視線に気づいた。小銃を背負ったまま、顔をこちらに向けている。


「……すみません。長居しすぎました。じゃあセリアさん、俺は戻るよ。ご飯はちゃんと食べるんだぞ、そんなに美味しくないけどさ」


 見張りに頭を下げて独房から出ると、扉が横にスライドして外界との繋がりを断つ壁となった。

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