3話 アクトという名の力
連合軍の拠点のひとつ、レイアム基地。基地の格納庫に収容されたある機体の周囲には、何人ものパイロットが集まってちょっとした騒ぎになっていた。パイロットたちが興味を示しているその機体は純白の装甲を纏い、洗練された意匠のおかげで美しさすら感じさせる。
機体の名はフローレス。連合軍と戦争を続けているデュクス帝国の試作機である。テストパイロットだった女性が脱走時に持ち出したために、この機体は連合軍の手に渡ることになった。その脱走兵の女性が言うには、この機体は一部の人間にしか動かせないらしい。そこで我こそはとパイロットたちが集まり、この機体を動かそうと順番に試している最中なのだ。
「……駄目だ。いくらアクトを込めても何の反応もしてくれない」
フローレスの操縦席に座るリンドは、コントロール・スフィアから手を離して座席にもたれこんだ。リンドだけではない。同じ小隊のフレディも試したが、動かせなかった。他の部隊のパイロットだってそうだ。この機体が反応を示したのはテストパイロットだったセリアと、偶然機体に乗ったミィルだけである。
「帝国はなんでこんな機体造ったんだ? どういう条件ならこのアクトフレームを動かせるんだ」
「造られた理由は私にも分からないですよ。テストパイロットの人も開発の経緯は知らないらしくて。でも動かせる条件は分かってます」
リンドの疑問に対して、開けたままのハッチから整備班のメイカが顔を覗かせて答えた。髪を三つ編みに結んだこの背の低い女性は、主にリンドが小隊長を務めるアークルス小隊の機体の整備を任されている。
「そうなのか。どういう条件なんだ?」
「より純粋なアクトを生み出せる人間です。アクトの質が高い人間だけが動かせる」
「質が高いって……あまり聞いたことがないな。量が多いとかなら分かるんだが」
「まあ、普通の機体を動かす分には関係ない要素ですからね。でも質が高いとエネルギー効率が良いそうで。この機体はアクトの質が高いほど性能を発揮できるそうですよ」
アクトとは人間の体内に眠る生体エネルギーのことだ。核などの危険性の高い動力源は条約によって使用を禁じられているため、この惑星アルフで暮らす人々はアクトを利用して様々な兵器を生み出してきた。現代の主戦力たる機動兵器、アクトフレームもその名称が示すようにアクトで動いている。
「はいっ。全員、動かせるかどうか試しましたよね。じゃあ解散、解散! 仕事の邪魔なのでみんな帰ってください!」
集まったパイロットたちを追い払い、メイカは担当のメカニックを集めて機体の解析を始めた。脱走兵のセリア以外でこの機体を動かせるのはミィルしかいないので、ミィルだけは居残りをさせられた。
「ミィルさん、すみませんが機体を起動させてみてください。どこまで出力が上がるか計測したいので」
「分かった。アクトを込めればいいんだよな。乗るからちょっと待っててくれ」
操縦席に乗り込み、コントロール・スフィアに手を置いてアクトを込める。するとフローレスが起動し、操縦席内の各部が光を灯す。ミィル自身は、特別なことを何もしていない。他の機体を動かすのと同じようにアクトを送り込んだだけだ。
「いーいですねぇ! そのままアクトをどんどん送っちゃってください! 限界まで!!」
「こ、こうか? そんなこと普段しないから加減が分からないんだけど……」
「お、おぉ……すごい。ミィルさん、アクトの量も質も半端じゃないですね。それを受け止めるこの機体も化け物です。ミィルさんならライトフラムの10倍の性能は引き出せますよ」
確かに士官学校の適性検査でアクトの量が常人より多いと言われたことがある。だからミィルはアクトフレームのパイロットになる道を選んだのだ。ただ操縦センスのないミィルは、実戦で思うような活躍ができない日々を送っていた。
「なあ、メイカさん。フローレスはアクトの質が良いほど機体性能を引き出せるんだろ。ライトフラムは違うのか?」
「ミィルさん、随分と初歩的な質問ですね。現代のアクトフレームは少ないアクトで最大の性能を引き出せるよう開発されています。量や質は、最低限満たしていればいいんですよ。フローレスの設計思想はアクトフレームの開発史における黎明期に先祖返りしているとしか思えません」
「なるほど……まあ人によって性能が変わりすぎたら、乗れるパイロットを探すのが大変そうだしな……」
「そういうことです。たぶん量産機というよりは誰かの専用機として……あっ。ちょっと待ってください!」
外からコンピューターを繋いで何かを解析していたメカニックのところへメイカが駆け寄った。気になったのでミィルも操縦席から降りてメイカが釘付けになっている画面を見る。よく分からない文字の羅列が延々と流れていくだけで、何も理解できない。
「この機体、何らかの武装を積んでますね。隠し武器ですよ、これは。今はロックが掛かっていて使えないみたいですけど」
「隠し武器か……外側からじゃあそんなのあるようには見えないけどな……」
「そうですね。ミィルさんの言う通りです。私も解析中のデータを見ないと分かりませんでした。くぅ~、ロマンがあっていいなぁ!」
メイカは興奮した様子で「頑張ってロック外しとくんで、そのうちテストしましょう!」と言った。この機体を調べる手伝いをするのも仕事なので構わないが、メイカがそんなに盛り上がる理由はいまいち分からなかった。
◆
レイアム基地の司令官は会議室の椅子に腰かけ、連合軍の総司令部に報告を行っていた。司令官を除いてテーブルに座る者は誰もいない。代わりに立体映像が投射され、総司令部にいる上官たちの顔が表示されている。
帝国の脱走兵、セリア・ウォーロックが持ち出した情報は連合軍にとってこの上なく重要なものだった。司令官はそれが真実でなかったらどれだけ良かったか、何度も考えた。ただでさえ現在の戦局は不利だというのに、これ以上どうしろと言うのだろう。
テーブルの中央で次々と映し出されているのは、帝国軍が建造を進めている宇宙要塞の詳細な設計図だ。幾つもの多角形を組み合わせて造り出された工業的なデザイン。設計図の中に収まっている分には、洒落っ気のある近代的オブジェに見えなくもない。
実際に宇宙で建造中であろうこの要塞は、途方もない大きさを持ち、恐ろしいほど強力な戦略兵器を内蔵している。要塞の名は〈フィアット・ルクス〉と設計図に刻まれていた。この名称から取って、帝国はルクス計画とも呼んでいるようだ。
脱走兵のセリアがこの情報を持ち出せたのは、奇跡に近かった。帝国は要塞建造の資材を月面基地を中継して運搬していたのだが、その基地に偶然テストパイロットとして居合わせており、さらに機体の試験終了後は防衛戦力として要塞に配属されることが決まっていたために、極秘だったルクス計画の存在を知ったらしい。
そして計画の危険性を感じ取り、また帝国軍の在り方に疑問を抱いていたセリアは、基地に保管されていた機密情報を盗んで逃げたというのが、脱走に至るまでの経緯だった。
司令官は総司令部にこの帝国が進めている計画の概要を説明すると、上官の一人は握りこぶしをテーブルに叩きつけ、怒りをぶちまけながら言った。画面越しの出来事である。
「ふざけているのか、帝国は! 何千、何万もの人間を生贄にアクトを吸い出して戦略兵器を稼働させるだと!? 狂っているとしか思えん!! そこまでしてこの戦争に勝ちたいのか!!」
「まあ落ち着いて。しかし、これでひとつ分かったな。帝国が主要なマスドライバーを抑えて宇宙を掌握した理由が。この要塞を邪魔されずに建造するためだったということか」
「それだけではありません。最近の帝国は植民地の市民や捕らえた民間人を大量に宇宙へ移送していることが判明しています。その意図は今まで不明でしたが、これではっきりしました。ルクス計画で建造した戦略兵器を動かすためですな」
「それで、要塞に内蔵されている戦略兵器はいったいどれほどの威力なのかね。具体的には?」
「は……お待ちください。詳細なデータを映しますので……」
膨大なデータが映し出されると共に司令官は説明を始める。
「要塞に内蔵されている戦略兵器は巨大なレーザー砲となっております。このデータから導き出される理論上の威力を端的に説明しますと、我が軍の総司令部を一方的に消し飛ばすことが可能です。もちろん、都市などに向けて放てばそこにはなにも残らないでしょう」
総司令部にいる上官たちがざわついている。無理もないことだ。もしこの要塞が完成してレーザー砲を向けられたら、降伏以外の選択肢はない。いや降伏できるならまだいい。帝国軍が何も言わずに連合軍の各基地を消滅させる可能性だってある。帝国軍に良心などというものは存在しない。
上官たちは即座にこの宇宙要塞をなんとしても破壊する方針に決定したようだ。どこまで要塞の建造が進んでいるかは不明だが、戦略兵器が連合軍に向けられるまでの猶予は少ないだろう。これでまた戦局が大きく動く。司令官は次にセリア・ウォーロックと彼女が乗ってきた試作機の処遇を確認したが、随分適当に扱われた。
「捕虜についてはレイアム基地で預かってくれ。できる限り帝国のアクトフレームに関する情報がほしい。人道的な範囲で聞き出せ。その捕虜が乗っていた機体だが、解析とデータ取りが終わったら好きにして構わん。乗れるパイロットがいるなら実戦に投入してもいい」
想像通りの回答だった。連合軍は今、帝国の新型量産機エリテイルに手を焼いている。少しでも性能の高い機体を開発しようと躍起になっているので、数々の機体に乗っていたであろうテストパイロットから得られる情報は貴重だ。
彼女が乗っていた機体に関しては非常にどうでも良さそうだった。現状で判明しているデータは提出しているが、あまり重要視されていない。いくら性能が高くても、あれは乗りこなせるパイロットを選びすぎる。司令官は頭の中でミィルに宛がうことを早々に決めた。
やがて会議は終了となり、投射されていた立体映像が次々と消失する。後に残されたのは、椅子に座る司令官ただ一人だった。




