2話 白き影の初戦闘
限られたパイロットにしか動かせないと聞いていたが、なんてことはない。ミィルはライトフラムを動かすのと同じ要領でフローレスを起動させた。問題はここから。動かしたもののこの機体は非武装だ。さいわい、鉄屑になったミィルのライトフラムが転がっている。その武器を再利用しよう。
「気をつけてください。崖の上にいるエリテイルがこちらを狙ってます!」
セリアの視線の先にある画面を確認する。確かに突撃銃の銃口がこちらに向いていた。ミィルは慌てて機体を動かして横に跳躍した。フローレスが凄まじい反応速度で動き、弾丸が先ほどまでいた場所を通り過ぎていく。
「っ……この機体、なんか反応良すぎないか。かえって動かしにくいぞ……!」
「そんな感想は後にしてください。武器を拾うんですよね。早くしてください」
「分かってるよ……!」
フローレスを走らせる。仰向けに倒れている自分のライトフラムから突撃銃と盾を奪い取った。たったそれだけの動作でこの機体の性能がよく分かる。思った通りスムーズに動く。過敏なほどの反応速度も慣れれば悪くなさそうだ。おそらく量産機よりも高いコストをかけて造られた機体なのだろう。これならエリテイルにも対抗できるかもしれない。
「ミィルか、その機体に乗ったんだな。悪いがフレディの援護に回ってくれ……!」
リンドが通信を飛ばしてくる。そのリンド機はエリテイル二機を接近戦で必死に抑え込んでいた。操縦技術の高いリンドはたとえ性能が上のエリテイルが相手でも五分以上に戦える。ただそれは一対一に限る話。今はリンドにも余裕がない。
それでもリンドがフレディの援護に回れと指示したのは、フレディが接近戦を苦手としているからだ。射撃は得意なのだが、近接戦闘の間合いになると途端に動きがぎこちなくなる。実際、すでにエリテイルのロングソードで左腕を斬られて不利な状況だ。
ロングソードはアクトフレームの標準的な近接装備で、高周波振動によって高い切れ味を発揮する武器だ。フレディもコンバットナイフを抜いて応戦しているものの、そう長くはもたない。撃墜されるのは時間の問題だろう。
「了解しました、リンド隊長! フレディ、今助けるからな!!」
ミィルは盾を構えてフレディ機と戦うエリテイルめがけて突撃した。スラスターを吹かして全速力だ。そのあまりの加速に反応が遅れたのか、エリテイルは回避も間に合わずフローレスのタックルを食らう。敵機は20メートルほど後方へ、おかしなくらい吹っ飛んだ。
なんだ、この威力は。歩行者が猛スピードのトラックに跳ね飛ばされたみたいだ。エリテイルは地面に倒れたまま沈黙している。おそらく機体が動かないというより、パイロットへのダメージが大きいのだろう。操縦席内の衝撃は相当なものだったはず。ミィル自身が呆気に取られていると、フレディから通信が入る。
「ミィル、助けてくれてありがとう。でも……なんかその機体、おかしくない……?」
「あ、ああ……確かに……普通に相手の態勢を崩すくらいのつもりだったんだけど……」
「すみません、雑談は後でお願いします。今は戦闘に集中に集中してください。崖の上からまた射撃が来ます」
セリアの声に促されて盾を構え直す。崖の上にいるエリテイルの射撃を防御しながら、右手に握る突撃銃でさっきタックルしたエリテイルを撃った。うつ伏せに倒れていたので、弾丸はバックパックに命中して爆発する。これで一機撃墜。
次は遠くから邪魔をしてくる崖の上の機体だ。突撃銃の銃口を崖の上へ向けようとすると、リンドが相手をしていた一機がこちらに向かって突撃してくる。相手は剣を持っているが、こちらは近接武器を持っていない。接近戦の間合いになれば不利なのはこちら側だ。
マントで覆われた胸部に狙いを定めると、フローレスが突撃銃のトリガーを引く。ミィルにしてはめずらしく狙い通りに射撃できたのだが、金属質な音を鳴らして銃弾が弾かれた。マントの下で盾を構えて防御している。考えてみれば当然だ、相手だって防御ぐらいする。
もう距離がない。どうすればいい。内心慌てるミィルは、思考の迷路に迷い込んでどうすればいいか分からなくなっていた。そんなミィルの様子を察したのか、膝の上に座るセリアが落ち着いた声でこう言った。
「頭部を狙ってください。メインカメラが映らなくなればサブカメラに切り換えるまで、相手の視界は潰れます」
言われるがまま、突撃銃で頭を撃った。一発目は掠めただけで当たらなかったので、二発、三発と撃った。四発目でようやく命中し、頭部の破壊に成功する。これで相手のメインカメラはこれで潰れてしまったはずだ。ミィルはさらにセリアに聞く。
「カメラは潰したけど、こっから先はどうすればいいんだ!?」
「焦らないでください。エリテイルのサブカメラは胸部にあります。サブカメラで視界を確保しようとすれば盾で胸部は守れません。そこを狙って撃つんです」
セリアの予言は当たった。メインカメラを潰されたエリテイルはマントを開き、盾で防御していた胸部を露出させる。しかし、すでに間合いは接近戦の距離になっている。エリテイルの剣が容赦なく振り下ろされた。ミィルはそれをどうにか盾で受け止めて、相手の胸部に銃口を突きつけた。トリガーを引いて零距離で撃つ。これで二機撃墜。
「はぁ、はぁ……びっくりした……もう駄目かと思った……」
「咄嗟の判断にしては上出来ですね」
「ああ、本当にその通りだよ……」
残るは二機。リンド機と交戦する機体と、崖の上にいる機体だ。崖の上の機体は今、フレディ機と撃ち合いになっている。リンド機は足の駆動系をやられているのか動きが鈍い。それでもここまで持ちこたえたのだから、やはりリンドの実力は本物である。命令はなかったがミィルはリンド機の援護をすべく機体を動かす。
盾を捨ててさっき倒したエリテイルの剣を左手で拾い上げる。銃撃では味方機に当たることを危惧したためだ。フローレスを加速させると、ライトフラムはおろかエリテイルすら軽く凌駕する速度で肉薄する。そのでたらめな運動性に驚きながら、ミィルはコントロール・スフィアを操作して剣を水平に振るわせた。
「ミィル! 気をつけろ、こいつはかなり接近戦が上手い!!」
当たる。そう確信したフローレスの斬撃をエリテイルは後退して紙一重で避ける。そしてついでのように剣でリンド機の頭部を切り裂いた。メインカメラを潰されたリンド機がよろよろと動く。先にリンド機を潰す考えのようだ。
「や……めろぉ!!」
気がついたらミィルはスラスターを吹かして飛び蹴りを放っていた。フローレスのでたらめな機体出力によって繰り出されたそれは、エリテイルが防御で構えた盾をくの字に折り曲げ、盾ごと左腕を破壊した。そしてそのままエリテイルを押し倒す。ミィルは無我夢中で持っていた剣を操縦席に突き立てる。三機撃墜。
「後は一機だけですね。崖の上にいるので、突撃銃では当てにくいですけれど」
セリアはまるで少し努力すれば当てられるかのような言い方だ。ミィルは首を横に振った。
「駄目だ。俺の射撃の腕じゃあ、あの崖の上の機体を狙っても当てられない……」
「そうですか。ならジャンプして登りましょう。近づいて撃てば絶対に当たります」
「いや……無理だよ。この崖、何メートルあると思ってんだ」
「大丈夫です。貴方はフローレスの性能をかなり引き出せるみたいですから。さあ」
そんなことできるわけがない。半信半疑になりながらもフットペダルを全開まで踏み込んで、フローレスを真上に跳躍させた。高度がみるみる上昇していく。ライトフラムが跳躍可能な高さの限界をあっという間に追い越し、その勢いは衰えることなく昇り続ける。
跳躍の勢いが緩やかになった頃、フローレスは崖よりも遥か上にいた。モニターに映るのは月の光が照らす一面の夜空。ミィルはこの瞬間、まるで今までの自分という殻から脱け出して、新たな存在に生まれ変わったかのような解放感を味わった。
重力に従って今度は徐々に降下が始まる。スラスターを吹かして着地位置を調節しつつ、突撃銃でエリテイルを狙って撃つ。外れた。相手は今まで撃ち合っていたフレディ機を注意していたようだが、その一発によって標的をこちらに変え、銃口を向け直す。
「跳び過ぎましたね。それにしても本当に下手です。ちゃんと訓練は受けてるんですか?」
「しょうがないだろ……! 射撃の成績は低かったんだよ……!」
「……そうですか。なら、私が狙いをつけます。私は首席で卒業したのでご安心ください。引き金を引くのは貴方です」
ミィルの手にセリアの手が重なる。コントロール・スフィアが動き、狙いが定まる。フローレスの銃口はエリテイルの盾で覆われていない首元を向いている。
「撃て」
セリアの指示に従って弾丸を発射した。同時にエリテイルも弾丸を発射する。放たれた弾が一発でエリテイルを貫き、爆発する。エリテイルの弾はフローレスの脇を抜けていった。首席で卒業したと豪語するだけあって腕前は本物らしい。
フローレスを崖の上に着地させると、頭の中でさっきの戦闘を振り返る。とてつもない性能だ。こんなアクトフレームが存在するなんて信じられないくらいに。乗る前にセリアはライトフラムくらいの性能しか引き出せない、と言っていたが、ライトフラムはおろかエリテイルも遥かに凌駕している。
「なんとかなったか。敵も手練れだったようだが全員無事で良かった。今回はミィルに助けられたな」
「そうですね、リンド隊長。ミィル、すごい戦いぶりだったね。その機体の性能もすごいけど」
「いや、俺は必死なだけで……一緒に乗ってたセリアさんが指示を出してくれたおかげだよ」
崖の下で待っているリンド機とフレディ機に合流しようと、フローレスは崖を滑り落ちていく。その途中で、セリアはこちらに顔を向けてミィルに尋ねた。
「あの……よろしければ貴方の名前を教えてくださいませんか? 知っておきたいんです。私を助けてくれた人のことを」
「え、ああ。俺はミィル・ライズベール。階級は少尉だ。でも助けてもらったのは俺の方だよ……こちらこそ感謝させてほしい」
膝の上に座るセリアはなにが面白かったのか分からないが、ふっと笑みを零した。綺麗だ。こんな美人がいるんだなと思った。
その後、セリアは表情を変えてミィルに頭を下げた。たぶん気持ちの上ではリンドとフレディにも頭を下げている。
「いえ。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。さっき戦った帝国の小隊はたぶん私の追手です」
「追手……か。あいつらどうやってここまで来たんだ。レーダーにも映らなかったし……」
「あれは帝国が開発した新装備のステルスクロークです。装備しているとレーダーに映らなくなるので、それを使って国境を越えて来たのだと思います」
ミィルとセリアの会話を聞いていたリンドが質問を重ねる。
「あー、俺からもいいか。この後でも聞かれることだと思うが、なんで俺たちに投降したんだ? 帝国の新型機を引っ提げて逃げて来たんだ。ただの脱走兵ってわけじゃないんだろ?」
「フローレスに乗って脱走したのは偶然です。性能試験の時が一番のチャンスだったので。ただ……脱走したのには理由があります。帝国の非人道的な計画を止めてほしい。そのために私はここまで来たんです」
セリアは宇宙服の内側に手を突っ込んで小型の記録媒体を取り出す。スイッチを押すとなにかの情報が立体投影された。ルクス計画と題されたそれは、宇宙要塞を建造する計画のようだが、それ以上のことは一瞬のことだったので読み取れなかった。
「ここに詳細な情報があります。これを読めば、連合軍の上層部の方もその危険性を理解してくれると思います」
「……現物を見ました。嘘ではないみたいです。リンド隊長、基地に戻りましょう。このことを報告しないと」
「そうだな。俺たちの手には余る話らしい。後は上の連中に丸投げするしかなさそうだ」
ミィルはセリアを乗せたまま、基地に向かってフローレスを歩かせた。




