1話 その名はフローレス
見渡す限り荒涼とした大地が広がっていた。真夜中の荒野は不気味なほど静かで、東と西に存在する切り立った崖はどこまでも高い。高い崖に挟まれていると、月の光も散りばめられた星々もどこか心許なく、暗い奈落の底にいるような心地がした。
崖と崖の隙間を縫うように三つの機体が進む。10メートルはあろう巨大な人型の機械だ。機体は鋼鉄の身体の内に人間を乗せ、なにかを調べるように頭部を忙しなく動かしている。アクトフレーム。現代の戦争において主戦力となっている機動兵器である。
「この辺りも異常なし、か……本当に空から落ちてきた機体なんてあるのか疑わしいな。普通のアクトフレームが大気圏突入なんてしたら跡形も残らないぞ」
三機のうち先頭を歩く小隊長、リンドがぼやくように呟く。昨夜、連合軍の観測基地が宇宙から落下してくる物体を捉えた。解析の結果、アクトフレームである可能性が高いと結論づけられ、落下地点は連合軍が駐屯するレイアム基地の周辺であると予測された。
もしその機体が大気圏突入で燃え尽きなかったのなら、加盟国の領土内に落ちたことになる。連合軍としては放置できない。宇宙は現在、連合軍と戦争をしている帝国軍が占拠していると言ってもいい状態であり、宇宙からアクトフレームが落ちてきたのなら帝国の機体である可能性が高い。なんの意図があるのか、なんの目的なのか、連合軍には調べる必要がある。
だからレイアム基地の部隊は、捜索の任務に駆り出されて荒野ばかりが広がる基地の周囲を調べ回っているのだ。リンド率いるアークルス小隊もそのひとつだが、小隊長のリンドは明らかにやる気がなさそうだった。リンドがどこか気だるい声でフレディ機に確認する。
「フレディ、レーダーになにか反応はあったか?」
「ありません。ずっとこの調子ですよ。この辺りにはいなさそうですね」
二人の会話を聞きながら、ミィルは荒れ果てた景色をじっと眺めたままでいる。フレディ機はリンド機とミィル機と同じライトフラムと呼ばれる、連合軍の量産機だが索敵能力を強化されており、フレディ機のレーダーに何も引っかからないなら二人が頑張って調べ回ってもほとんど無意味だ。
別のエリアを調べてみるか、とリンドが言い出したとき、フレディの索敵になにか引っかかったようだ。北にアクトフレームらしき反応があるらしい。反応は一機だけ。同じ任務で捜索をしている他の小隊というわけではない。もしかしたら〈空から落ちてきたアクトフレーム〉が本当に見つかったのかもしれない。リンドは機体のスラスターを吹かして全速力で移動し、フレディとミィルがその後ろに続いた。
その移動途中に、オープンチャンネルで通信が入った。味方機からではない。フレディの索敵に引っかかった機体からだ。近づいたことで相手もレーダーでこちら側を認識したのだろう。通信は女性の声だった。
「フィラメリア連合軍の小隊ですね。聞こえますか、私に戦う意思はありません。投降します。保護してください」
不意を突かれたような気分だった。空から落ちてきたアクトフレームのパイロットは脱走兵なのか。遂に目視できる距離になった。通信を送ってきた機体を頭部カメラで捉える。それは純白の機体だった。帝国軍が使うどの機体とも違う特徴を持っている。試作機、ないしは新型機の類なのだろうか。
それに気になる点がある。見る限り一切の武装がない。もしかしたら武器を内蔵している可能性もあるが、現状戦う意思は見られない。ミィルたちは停止し、突撃銃を構えた。リンドが通信で相手のパイロットに返事をする。
「……了解した。投降するなら保護しよう。だがその前に確認だ。所属と名前は? その機体は? どうやってこの場所まで来た」
「私はデュクス帝国軍第12部隊所属のパイロット、セリア・ウォーロックです。階級は中尉でした。この機体は帝国が開発した試作アクトフレームで、宇宙から大気圏に突入して来ました」
ミィルは思わず息を呑む。まさか本当に宇宙から落ちてきたアクトフレームがいるとは。しかも帝国軍の機体だという予想まで合っている。通信越しに感じるリンドの気配はあくまで平静だった。リンドは軍人らしい淡々とした調子で返事をする。
「……なるほど、分かった。だがそいつに乗ったまま連れて行くことはできん。降りてもらうが構わないか?」
「問題ありません。よろしくお願いします」
純白の機体のハッチが開くと、パイロットが降りてくる。帝国軍の宇宙服だ。ヘルメットは外している。パイロットは均整の取れた顔立ちをしており、瞳は真紅の三白眼。髪形は銀髪のショートヘア。中性的な容姿だが、雰囲気にはどこか女性らしさがある。
女性は諸手を挙げて投降の姿勢を見せている。隊長のリンドが「ミィル、お前の操縦席に乗せてやってくれ」と言った。ミィルたちの乗る機体、ライトフラムは座席の後ろにスペースがある。そこにどうにか一人乗せるくらいはできる。
でもかなり狭い。基地に戻る頃には全身に痛みを覚えること間違いなし。なぜそんなことを知っているかといえば、ミィルは被撃墜数が高く、仲間に救助されると決まってそこに乗せられるのだ。自覚するレベルで弱小パイロットなのに、よくここまで生き延びてこれたものだと自分でも思う。
「リンド隊長。あの機体はどうしますか。帝国軍の試作機だと言っていましたけど」
「もちろん持って帰るさ。悪いがミィルとフレディで運んでもらっていいか」
「了解しました」
そんなリンドとフレディのやり取りを聞きながら、ミィルは自機に片膝をつかせた。胸部の操縦席に女性を乗せるためだ。女性はすでにミィル機の足下まで移動している。ハッチを開けようとしたその瞬間、崖の上に影を見つけた。
帝国軍のアクトフレームだ、とミィルは反射的に思った。モニターの映像を拡大する。巨大なマントで全身を覆っているが間違いない。唯一覆われていない頭部の形状で分かるのだ。あれは帝国軍の最新量産機、エリテイルだ。
突撃銃を構えている。自分を狙っているわけではなさそうだ。銃口が下に向きすぎている。もしかして、投降した女性を撃とうとしているのか。ミィルは左腕に装着された盾で女性を庇うように機体を動かした。直後、激しい衝撃が伝わる。銃の弾丸が盾に命中したのだ。
「冗談だろ……レーダーには何の反応もなかったぞ……! なんで今まで分からなかったんだ!?」
驚愕のあまり、ミィルは言葉にせざるを得なかった。実際、今もレーダーには敵機を示す光点がない。レーダーに探知されなくなる、何かしらの機能があの機体には備わっているのだ。崖の上のエリテイルが突撃銃を連射する。それを左腕の盾で防ぎながら機体を立ち上がらせようと操作する。
すると反対方向の崖からも弾が飛んできた。同じくマントで全身を覆った三機のエリテイルが、崖を滑り落ちながらミィル機に一斉砲火を浴びせているのだ。防御が間に合わない。足下にいる女性を守るためにも回避はできない。
突撃銃の弾丸が右腕に被弾する。右腕が吹き飛ぶ。次は頭に被弾する。メインのモニターが真っ暗になった。最後に片足に被弾して、ミィル機は立つこともできなくなり、仰向けに地面へと倒れた。
「くそっ、ミィルがやられた! フレディ、応戦するぞ! 撃て!!」
リンド機とフレディ機が崖から降りてきた三機のエリテイルに発砲した。瞬く間に激しい撃ち合いが始まる。ミィルはハッチを開けて操縦席から抜け出した。
分からないことだらけだ。女性パイロットが試作機に乗って脱走したまではいいとして、なぜ帝国軍は危険を冒してまでその脱走兵を連合軍の領土内まで追いかけてくる。あまりにも執拗だ。確実に始末しなければならない理由でもあるのか。
アクトフレーム同士の銃撃戦が行われる中、鉄屑となったミィル機を遮蔽物にして隠れている女性を見つけた。セリアという名だったか。セリアはミィルを見るなり、腕を引っ掴んできた。
「ちょ、ちょっ……なにするんだ?」
「逃げましょう。連合軍の機体では数で勝るエリテイルに勝ち目はありません。私はここで死ぬわけにはいかない。基地まで案内してください」
「いや案内しろって……隊長とフレディを見捨てて逃げるなんてできないだろ……!」
「貴方の機体、もう動かないでしょう。どうやって加勢するんですか。このままだと流れ弾に当たって死にますよ」
三白眼の鋭い真紅の瞳がミィルを睨みつけている。有無を言わせない、強い意思を秘めている。なにか使命のようなものを抱えている。そんな目だ。言っていることも正しい。自機であるライトフラムはもう戦闘に使えない。今のミィルは邪魔なだけだ。
だが、まだ戦うことはできるのではないか。ミィルの視線は戦場と化した荒野の真ん中に立ち尽くす、純白の機体を見ていた。それに気づいたのか、セリアは途端に焦っているような様子で言った。
「……もしかしてフローレスを使う気ですか? だ、駄目ですよ! あれは誰にも使いこなせません。私が乗っても基本動作に支障がないだけで、発揮する性能は連合軍のライトフラムとそう差が――……」
「君が乗れるってことは、動かすことはできるんだな。それでもいい。盾になれるだけでも十分戦力になる」
「いえ……動かせるパイロット自体も限られてますから貴方に扱える保証はどこにもありません……!」
「そんなの、試してみないと分からないだろ。動かなかったら一緒に逃げるよ。ちょっと待っててくれ!」
ちょうど銃撃戦が終わって、近接戦が始まった。流れ弾に当たって死ぬ心配はない。ミィルはフローレスと呼ばれた機体に向かって走り出す。セリアは迷った挙句に、ミィルを追いかけることにしたようだ。胸部のハッチを開けて操縦席に座ると、セリアも操縦席に入ってきてミィルの膝の上に座った。
「操縦系統はライトフラムとそう変わらないんだな。ちょっと配置が違うところもあるけど……」
「そうですね。コントロール・スフィアを掴んで下さい。動かせないって分かりますから。仕方ありません、ここは私が動かして……」
アクトフレームの操縦はコントロール・スフィアと呼ばれる、幾つものボタンが付いた球体型インターフェースを使う。ミィルは白手袋をつけた両手を球体に乗せると、球体が光を放ち、モニターが点灯し、機体が動き出す。一緒に乗っていたセリアは驚きのあまり目を見開いている。
「うそ……こんなことありえない」
「よし。動くみたいだな。頼むぞ……俺たちの力になってくれ、フローレス!」
それが後に白き影と恐れられた機体と、そのパイロットであるミィル・ライズベールとの出会いだった。




