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40話 戦いに惹かれる魂

 ミィルは宇宙を漂っていた。ミィルを乗せたフローレスは、友軍に加勢することも、戦闘宙域の外に逃げることもせず、ただ破壊された残骸のように緩やかに真空の闇の中を揺蕩(たゆた)う。


 いや傍目から見れば、まったく残骸に違いなかった。左腕も左脚も失っているこの状態で、しかも長い間、機体が言うことを聞かずまったく動かない。これを残骸と言わずなんと言う。


 その原因には心当たりがある。ミィルが高純度のアクトを、限界までフローレスに注ぎ込んだせいだ。フローレスはプライムアクトでなければその真の性能を引き出せない。


 アクトの純度が高ければ高いほど、その性能を高めることができる。しかし、物事には限度があるのだ。あまりにプライムアクトをぶち込んで過負荷を与えると、機体が故障する。


 メカニックを担当しているメイカからは過去に「フローレスはその性質上、限界にはかなり余裕があるけれど一応、知っておいてください」と説明は受けていた。が、クライテリオンとイルミナーヤの戦闘でそんなことを気にする暇はなかった。フローレスの力を限界まで引き出してなお、運が味方をしなければ死んでいたはずだ。


 その結果が今だ。コントロール・スフィアをどれだけ操作しても反応せず、動く気配がない。もうどれだけ時間が経ったのか。少なくとも〈フィアット・ルクス〉を巡る攻防、その戦況が変わるくらいの時間は経過している。モニターに映る、小さな流星のように煌めくアクトフレームたちの動きが違う。帝国軍はまるで逃げるかのような動きで、連合軍はそれを追いかけようとしている。


「俺たち、勝った……のか?」


 終始、自分のことに手一杯で戦闘に参加できた感触はないものの。連合軍の運命が決まる戦いは、結果的に見事な勝利で終わった。もう宇宙から基地を狙撃される心配もない。帝国軍との戦いはまだ続くのだろう。そのときミィルの脳裏に皇帝の言葉がちらついた。


 連合軍は必死に抵抗しているが、俯瞰して見れば戦争をただ長引かせているだけだ。どちらにせよ我々は勝つ。考えたことのない視点だった。デュクス帝国側からしてみれば、無駄に戦いを続けて、自国を困らせる連合軍の方が悪なのかもしれない。だとしても。ミィルは連合軍の人間として戦う道を選ぶ。そうすることで自分と同じ思いをする人が減らせると信じて。


 握り締めたコントロール・スフィアに少しだけアクトを込めると、機体が少しだけ反応した。今まで動かなかったのが嘘のようだ。奇跡的に調子が戻って助かった。神に救いの手を差し伸べられた気分だ。足と背中のスラスターを操作して機体を制御し、ひとまず連合軍の艦隊と合流しようとした時、レーダーが敵機の接近を捉えた。


「なんだ……? なんだってこっちに近づいてくる……?」


 撤退する自軍を追撃から守るため、という理由ではなさそうだ。ミィルが現在いる宙域に連合軍のアクトフレームや戦艦は影も形もない。機体が動かせず漂流していたミィルが、ただそこに流れ着いただけで。敵機を望遠カメラで確認すると、その姿をモニターに映し出す。


「この機体……〈赤き翼〉のメリザンド……なのか……!?」


 赤い機体色と背中の翼型スラスターで咄嗟にそう判断したが、ミィルが最後に見た時とは細部が違う。左半身は暗い赤の増加装甲に覆われており、右肩にも巨大なエナジーランチャーが接続されている。盾の形状も円形ではなかったはずだ。フェンサリル基地の戦いにも〈赤き翼〉は現れたが、ハーバード中佐によって撃破された。そこからさらに機体を改修したのだろうか。


「貴様だけは逃がさん……絶対に……」


 通信に響く、喉から絞り出された深い怨念めいた声。別人かと疑うような声色だが、その声の主が〈赤き翼〉ことアルヴィス・メリオネートであることはすぐに分かった。メリザンドは右手にエナジーライフルを持っており、フローレスに銃口を向けて容赦なく撃つ。


 三発の光線がフローレスに迫るも、ミィルは上方向に上昇することで回避した。本来なら突撃銃などで反撃したいところなのだが、右手に握ったままの折れた剣しか武器がない。エナジーパニッシャーが使えなくもないが、メリザンドの機動力を考えれば当たる可能性は限りなく低い。


「なにが逃がさんだよ。戦況が分からないのか。帝国軍はもう撤退を始めてる、さっさと帰っちまえ!」

「そんなことは知っている。だが、ミィル・ライズベール……貴様だけは私の手で引導を渡す。私に屈辱を与えるだけでなく、貴様は……貴様はクライテリオン大佐まで殺した。私は、貴様を許さない!」


 横殴りに降り注ぐビームの雨。ミィルは半壊したフローレスを操り、寸前のところで回避を続ける。ミィルの操縦技術でそれが実現できたのは、ミィルの腕が急激に上がったからではない。アルヴィスの射撃が精彩を欠いているのだ。おそらく相手は万全の状態から程遠い。でなければフローレスも損傷している今、ミィルは即座に撃墜されていただろう。


「だから独断行動で俺を攻撃してきたっていうのか。自由な奴だな……!」

「そうだ、この戦場における戦いはまだ終わってない。貴様が死ぬまでは! 私が終わらせない!」


 無闇に放たれるビームに織り交ぜるがごとく、メリザンドは左腕に装着した円形の盾をフリスビーのように射出した。盾は高速回転しつつ、縁からビームの刃を発振して迫ってくる。裏面にはワイヤーが取りつけられていて、メリザンドの腕と盾を結んでいる。驚くべきことに、盾は途中でモニターから消えた。


「っな……投げてきた盾は、あの手裏剣と同じ機能があるのか……!?」


 かつてメリザンドが腕部に装備していた武器だ。正式名称はフォースブレード。ステルス機能のある投擲武器で、射出するとアクトフレームのカメラには映らなくなるという特徴を持っている。この不可視の刃にミィルはかなり苦しめられた記憶があるが、性質からして投げてきた盾にも同じ機能があると考えてよさそうだ。


「避けられないなら、ウィングでガードするしか……」


 アクトを込めてアクティブウィングを展開すると、片方の翼だけが出力された。背中のスラスターが半壊しているせいである。それでもいい、ともかく防御さえできれば。片翼で半身を覆って投擲された盾に備えると、高速回転しながら機体に激突し、衝撃で操縦席を激しく揺らす。機体もバランスを崩し、横方向に吹っ飛ばされる。


「ぐぅっ……なんとか凌げた。アルヴィス、俺を殺したい気持ちはよく分かったよ。でも、いくら戦いに魂が惹かれたからって、この戦いは無意味だ。俺を殺してもなにも変わらない。クライテリオン大佐は生き返らないし、帝国軍が勝つわけでもない。この戦いになんの意味があるっていうんだ?」

「それで私を諭しているつもりか! 我が誇りが回復し、憎しみが収まるならそれで十分だ! たとえ何の利がないとしても……私だけには意味がある。理性で戦争が成り立っているわけでないのは、貴様にも分かるだろう。狂気と憎悪あるからこそ戦争だ!」

「ああ。そんなもん肯定するほど、今のお前は正常じゃないらしいな……!」


 このまま逃げ回っていても戦いは永遠に終わらない。ミィルは意を決して、接近戦をしかけることにした。機体のバランスを立て直し、背中のスラスターを吹かして一直線に突っ込む。アルヴィスはその間に投げた盾を回収して左腕に再び装着している。


 迎え撃つメリザンドは、右肩に接続しているエナジーランチャーの砲身をフローレスに向けた。本来なら対艦用の装備だ。当たれば跡形も残らないだろう。ミィルは慌てて回避行動に切り替えたが、視界を埋め尽くさんばかりのビームが容赦なく放たれる。


「ふっ、貴様の死を以って私と大佐への贖いとし……ああっ?」


 勝利を確信したようなアルヴィスの言葉は、上擦った頓狂な反応に変わった。無理もない。たぶん機体の改修が相当に急ごしらえだったのだろう。メリザンドが右肩のエナジーランチャーを発射した瞬間、その反動で機体が右側に傾いたのだ。射線がずれたビームはフローレスのいる地点から大幅に外れ、結果としてミィルは命拾いをした。


「そ……こ、だぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」


 勢いは多少落ちたものの、肉薄するフローレスとミィル。メリザンドは右手の武器をエナジーライフルから剣に切り替えようとしている。それよりフローレスが折れた剣を叩きつける方が断然速い。ミィルはプライムアクトを全開で込め、最大出力でメリザンドに斬撃をぶつけた。

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