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41話 帰還

 振り下ろされし折れた剣を受け止めたのは、メリザンドの左腕に装着された盾だ。しかし、出力を全開にしたことで発揮された威力には敵わず、盾は左腕ごと両断される。剣自身すらもその威力には耐え切れず、残っていた刀身が根元から折れてしまった。


「ふ……ふはっ。ふはは。殺しきれなかったようだな! 最後に勝つのはこの私だぁぁぁぁ!!」


 半狂乱の絶叫と共に、メリザンドはようやく右手の武器を剣に切り替えたようだ。最後の武器すら失ったフローレスめがけて水平に剣を振るう。狙いが操縦席であるのは軌道から読み取れる。ミィルはフローレスの右手にアクトを送り、イノセンスセイバーを起動。プラズマに覆われた手で剣を受け止める。


 まるでパンを千切るかのようにいとも容易く、メリザンドの剣は熱で溶解して刀身を失った。今度は逆にミィルが操縦席を破壊しようと、右手で貫き手を作って手を伸ばす。アルヴィスの「くそっ!」という悪態が聞こえた後、メリザンドはスラスターを吹かして距離を置いた。


「何度でも言うぞ、もう終わりにしてくれ……俺はお前と戦いたいとは思ってない!」

「黙れ。私を侮辱するな。私は……〈赤き翼〉のアルヴィス・メリオネートだ。軍人の家系に生まれ、代々帝国の勝利に貢献してきた誇り高き血を受け継いでいるんだ。その私が、おめおめと逃げ帰ることなど……決してありえないことだっ!」


 背中に備わる翼型のスラスターから、多数のビームが放射された。それらはまるで蛇のようにうねりながらフローレスへと迫ってくる。ただのビームではない。追尾機能が備わった特殊な遠距離武装だ。数が多すぎて片翼のアクティブウィングで守り切れるかどうか、不安が残る。いったん逃げることを選んだミィルは、メリザンドに背中を見せてフローレスを飛ばす。


「……やっぱ追尾してくるのか。でもこの程度なら、最高速度で振り切れなくも……」


 いつものようにアクトを送ろうとした時、異変は起きた。胸が苦しくなり、酷い頭痛が急に襲ってきた。この虚脱感と症状。覚えがある、アクトの使い過ぎだ。ミィルの身体から放出できるアクトが残り少ないことを示しているのだ。無理をしてアクトを使おうとすれば、最悪死の危険もある。


「限界が近いっていうのか……俺も。フローレスも。だからって、こんなところで負けてやる気は……ないからな」


 だってそうだろ。限界なんて超えるためにある。心の中で呟いて、コントロール・スフィアを操作。イノセンスセイバーを起動する。そして残った片足を斬り落とした。迫りくるビームを前に、切断した自身の脚部を投げつける。追いかけてくるビームの群れは足に着弾して眩しく光る。


「苦し紛れだな! 半壊した背中のスラスターだけでは機動力も残っていないだろう、今度こそ外さん!」


 こればかりはアルヴィスの言う通りだった。アクトも残り少ない、背中のスラスターも騙し騙し使ってきたが、もうアクティブウィングすら出せない状態だ。メリザンドは右肩のエナジーランチャーの砲身を再びフローレスに向ける。宣言通り、二度も外すほどアルヴィスは愚かなパイロットではない。最後の攻防になるだろう。


「……なぁ、アルヴィス」

「なんだ、命乞いなら聞かん。貴様も軍人なら最期は誇り高く……」

「……お前には帰る場所ってあるのか。故郷はどんなところだ?」


 アルヴィスが一瞬押し黙った。が、すぐに口を開く。


「いいところだ。だが私は、死の間際にそれが恋しくなるような弱い人間ではない」

「……だろうな。でも、帰る場所があるってきっと幸せなことだ。お前はもう、自分の居場所に戻れ」


 メリザンドがビームを放つ。フローレスが残された右手を伸ばし、光の球を撃ち出した。これでアクトは尽きる。放ったのはフローレス最大の装備、エナジーパニッシャー。もっともその威力と規模は多少調節してある。エナジーパニッシャーは相手のビームを飲み込んで霧散させるものの、メリザンドはすでに回避運動に入っており直撃させるのは不可能。


 それはミィルにとっても想定通りだ。エナジーパニッシャーは着弾もせぬまま、まるで爆発を起こしたかのように破裂した。破裂による爆風が周囲一帯に衝撃波となって叩きつけられる。メリザンドはもちろん、フローレスすらも無差別に巻き込んで、範囲内のすべてを吹き飛ばしていく。


「馬鹿な、自分もろとも私に攻撃を……ぐうぁっ!?」


 驚愕に満ちたアルヴィスの反応がミィルの聞いた最後の言葉だった。アクトを限界まで搾り尽くしたミィルは、エナジーパニッシャーの爆発によって機体が飛ばされ、操縦席の中にもその振動が伝わる中、眠るように意識を失った。



 ◆



 どれだけ時間が経ったのだろう。暗闇の中で微かに意識が覚醒し、疲労に耐えかねて再び意識が闇に落ちる。そのようなサイクルを何度か繰り返すうち、ミィルは少しずつ身体を動かす力を取り戻していった。重く閉ざされた(まぶた)をこじ開けると、薄暗い操縦席のモニターに映る、暗黒の宇宙が視界に広がった。


 目を開けていても閉じていてもそう、変わらないな。だんだん意識や感覚が明瞭になっていく。相打ち覚悟で発射したエナジーパニッシャーの爆発でどことも分からぬ宙域に流れ着いたようだ。反射的にコントロール・スフィアを握って機体を操作しようとするが、完全に反応しない。


 機体を動かすためのアクトも尽きたままだ。だが機体はかろうじて稼働している。操縦席に内蔵されている予備電源が生きているためだろう。予備電源が生きている間は、操縦はできないが通信やカメラを用いて外を確認するくらいならできる。操作パネルを触って救難信号を送った。友軍に届くことを祈りながら、モニターの映る酸素の残量を確認する。


 宇宙では最も重要なことだ。味方が回収してくれるまで時間がどの程度必要か、見通しが立たない以上は。宇宙服を着ていたら酸素の節約も望めるが、脱走中にそんな余裕がなかったため軍服のままだ。そして最悪なことに酸素は残り少ない。数時間もてば良い方だろう。


 操縦席のシートに深くもたれかかる。人事は尽くした。後は天命を待つしかない。軍人になった時から、死ぬのは覚悟していた。今までも生きるか死ぬかの修羅場は潜り抜けて来たし、その度に覚悟を決めてきた。だが考える余裕のある今回は、ミィルの心が死の恐怖に負けそうになっていた。


 自分には故郷がない。待ってくれている家族も、恋人も、友人も。すべて失ってここにいる。自分が死んでも誰も悲しまない。帰る場所などないのだから。そんな後ろ向きな想いが今までミィルの恐怖を麻痺させていた。でも、本当にそうだろうか。


 リンド隊長やフレディ、メイカやセリア。仲間にいるところは自分の居場所ではなかったのか。いや、そんなことはない。ミィルにとって彼らのいるところが自分の大切な居場所だ。そう思うと、恐怖で身体が震える。孤独の中で死ぬのが恐ろしいと思う。


 帰りたい。みんなのいるところへ。帰りたい。視界が歪んでいく。輪郭は形を保てず、すべてがぐしゃぐしゃになっていく。やがて頬に一筋の涙が伝う。ミィルはその事実に気づくと、服の袖で荒く拭い取った。泣いてどうする。時間だけがただ無為に過ぎていった。すべてを諦めかけたそのとき、真っ暗な宇宙を映したモニターに光の粒が浮かんだ。


「……さん……ルさん……ミィルさん」


 通信からも、聞き覚えのある声が響く。ミィルはその声で跳ね起き、通信の音量を上げた。モニターの光の粒が少しずつ大きくなる。特徴的な青色の機体だ。あちこちに損傷の箇所が見受けられ、激しい戦いを終えた後であることを感じさせる。そのアクトフレームはかつてミィルと戦った、ケルレウスに間違いなかった。


「ミィルさん……! 良かった。まったく……心配させないでください」


 セリアの声だ。セリアの顔がモニターに映し出される。なぜケルレウスに乗っているかなんてどうでも良かった。ケルレウスが胴体しか残っていないフローレスを抱きとめる。軽い振動が操縦席内を揺らすが、今のミィルにとってはそれすらも安心の材料だった。


「セリアさん……助けにきてくれてありがとう。俺のいない間にパイロットに志願してたんだな……」

「はい。ミィルさんを待つだけなのは嫌になったんです。ミィルさん、危なっかしいところがあるので。今もですけど」

「心外だけど、本当のことだからなにも言えないよ……」


 助けにきてくれたのがただ嬉しかった。ただ、照れくさいという感情もあって、ミィルは少しだけ顔を下に向けて頬を掻く。


「ミィルさん……もしかして泣いてたんですか。頬に跡が残ってます」

「あ……いや、これは……ちょ、ちょっとな……気が弱ってたんだ。今は大丈夫……」


 セリアの顔を見てほっとしたのか、情けないことにミィルは両の瞳から大粒の涙を次々と零した。怖かった、だけではない。嬉しかった。セリアが助けに来てくれて。孤独なこの広い宇宙の中で、自分を見つけてくれたことが嬉しかった。


「本当に大丈夫ですか……? 私、なにか変なことを言ってしまいましたか……?」

「いや……違う。違うんだ。たぶん嬉し泣きだ。これは……みんなのいるところに帰れるのが嬉しいんだ」

「……私も、嬉しいですよ。ミィルさんが無事だったことが。私は……ミィルさんが好きなので」


 突然の発言にミィルの涙が一瞬で引っ込んだ。セリアは構わず喋り続ける。


「だから、私はずっとミィルさんの傍にいます。一緒に戦って、一緒に苦しんで、一緒に喜びを分かち合いたい……そう思うのは、駄目ですか?」

「……駄目なんかじゃないよ。でも、いいのかな……俺なんかで……」


 モニターの中のセリアが微笑む。初めて会ったときと同じ、あの美しい顔と表情そのもので。


「いいんです。そんなミィルさんが好きだから」


 通信が入り、操縦席の中に雑音交じりに男の声が響き渡る。リンドの声だ。フレディもミィルの名前を呼んでいる。みんなが、自分を探しに来てくれたんだ。ケルレウスは胴体だけになったフローレスを抱えたまま反転。接近する二機のライトフラムに向かって飛び出す。ミィルはようやく帰るべき場所へと帰還を果たした。



<第一章 終わり>

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