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38話 不撓の戦斧

 この戦場の雌雄は、連合軍の勝利で決した。戦闘に集中するあまり、いつの間にか宇宙服の内側は汗でびっしょりしている。安堵とともに汗を拭いたい衝動に駆られたが、通信で送られてきた新たな命令で気持ちが急速に冷めていく。


 撤退する帝国軍を追撃し、殲滅せよ。それが艦隊の司令官の命令だった。欲をかいたな。ハーバードは内心で思わず毒づいた。要塞を陥落しただけでも大金星にも関わらず、パイロットたちに無理をさせようとしている。


 勝ったとはいえ帝国軍が決して弱かったわけではない。敵要塞の主砲が使えなくなったことや、数を用意できたことが優位に働いた。深追いすれば思わぬ痛手を負う可能性は十分ある。ここで追撃しても無駄に戦力を消耗するだけだ。


「……どうやら、お互いに似たような通信が届いたようだ。まだ続けるかね」

「ああ。まだ続けるよ。仲間のために、そうしなければいけなくなった」


 アスクのエリテイルが静かに剣を構えている。後方にうっすらと見える帝国軍の艦隊は撤退を始め、飛び交う敵アクトフレームも背中を見せて逃げ始めているにも関わらず。命令されたのか、それとも仲間を守るため自ら買って出たのか。どちらでも構わないが、それでもこの状況下で覚悟を決めて自分と相対する若き副隊長が、惜しい。敵であっても殺したくない。


 先ほどまであれだけ饒舌に言葉を交わしていた両者を、気がつけば沈黙が支配していた。どちらが先に動くか。先にどう出るか。どこを狙うか。どうすれば、こいつを殺せるか。それだけを考えている。やがて弾かれたように両者が動いた瞬間、視界の端を巨大な光線が掠めていった。


「なんだ……!? 撤退を始めていない戦艦の主砲か……?」


 出処不明のビームの光はハーバードのシアーフラムがいる位置よりさらに後方、艦隊が陣取る宙域まで届き、三隻の艦を装甲を貫いて沈めた。遅れて気づいたがビームの本数は合計四本だ。一本は外したようだが、残り三本は正確に戦艦を撃ち抜いている。


「ぶわっははははははは!! 砲撃機なんぞ性に合わんと思っていたが、存外痛快じゃないか! 戦艦をホイホイ撃沈できるぞ!!」


 通信から響く馬鹿笑いの声を聞いて、これが誰の仕業なのかはっきり分かった。第8部隊の隊長、カイゼル・ドルヴァドス大佐。ハーバードとは何度も交戦を重ねた間柄であり、殺し損ねたことは数知れず。いつの間にか自分の宿敵などと周囲からは言われている、あの男だ。


 わざわざ通信を繋いで来たのだから、隠れる気はないのだろう。ビームの放たれた方角を向いてカメラを拡大すると、通常のアクトフレームより二回りは大きい巨躯(きょく)の機体が映し出される。特徴的なのは主武装と思しき巨大なエナジーキャノン。二連装式でそれが両肩に装備されている。さっき放たれたビームの本数とも辻褄が合う。


「ドルヴァドス大佐、なぜこんなところに……」

「アスク、お前は戦艦のところまで戻れ。エムブラたちや部下を守ってやるんだ」

「いえ……でも……」

「これは私の最後の命令だ。逆らうことは許さん。早く行け」


 ドルヴァドスが乗る巨大な機体が徐々に近づいてくる。砲撃機と言っていたのに、接近戦でも始める気なのかと疑いたくなるその猪突猛進ぶりはまさに奴らしい行動パターンだ。ハーバードは隠す気のない敵の会話を聞きながら、じっと脳内で戦術を組み立てる。やがてアスクは絞り出すように返事をした。


「分かり……ました……大佐。僕が撤退する友軍を命懸けで守ります」

「それでいい。こっちのことは任せておけ。なに、貴様の仕事がなくなるくらい暴れてやるわ。安心するがいい!」


 アスクのエリテイルがハーバードに背を見せて撤退する部隊へと向かう。ハーバードはそれを邪魔する気が起きなかった。代わりに最大速度でドルヴァドスの機体めがけて加速した。私情を抜きに考えても、脅威度は戦艦を簡単に沈めるドルヴァドスの方が上だ。


 サブモニターに映し出されたドルヴァドス機が合計四門のエナジーキャノンをこちらに向けている。砲門に光が灯りアクトがチャージされていく様子がよく分かる。最初の砲撃からもう数分は経過しているが、威力と引き換えに連射性能は低そうだ。


「数十秒ほど……間に合わないか。奴が撃つまでに接近戦に持ち込みたかったのだが……」


 ハーバードは次の砲撃までの時間を推測しながら、接近を続ける。頭の中に先ほどのビームの直径を思い描く。やがてドルヴァドスの機体から四本のビームが発射された。発射のタイミングに合わせて回避行動。完璧な回避はできず、左腕にビームが掠った。装着していた盾が跡形も残さず熱で溶解し、前腕を失うはめになる。


 また放たれたビームはハーバード機を焼いただけでなく、遥か後方の戦艦を三隻ほど沈め、一隻を中破させた。艦隊からはこの砲撃をなんとかしろという命令がひっきりなしに飛んでくる。言われなくても今、やろうとしている。


 かといって帝国軍の追撃も続けろと言われているので、部隊を集めてドルヴァドスを止めることはできない。最も信頼しているアークルス小隊だけ援護に呼んで、後は自分で片をつける。ハーバードはそう心に決めた。


「落としたのは片腕だけか! 相変わらず逃げ回るのは得意なようだ、ハーバードぉ!!」

「そのデカブツは砲撃機なんだろう。近づけばこっちのものだ。落とさせてもらうぞ!」


 右手で握った剣を振りかぶり、正面から斬りかかる。ドルヴァドスの乗る機体は左腕に装着された円形の盾で斬撃を防御する。その手応えでハーバードはまずい、と思った。機体出力が違う。大型機だけにアクト量の要求値も高いだろうが、その分引き出せる機体出力の上限は相手が上だ。


 このままでは逆に押し返される。すぐさま後退すると同時にドルヴァドス機の右腕が閃く。腰から引き抜いて振り抜いたそれは、片手持ち用の斧。小ぶりだが威力は高そうだ。ハーバードの判断が一瞬早かったおかげで、斧は空を切るだけに留まった。


「驚いたか? このウートガルズは砲撃機だが、私の要望で近接戦にも対応できるのだ! パワー勝負なら負けはせんぞ!!」

「そのようだな。面倒な新型機を造ってくれたものだ。そんなものに乗れてまったく羨ましい限りだよ。〈不撓の戦斧〉には相応しい」


 〈不撓の戦斧〉は連合軍におけるドルヴァドスの異名だ。近接戦に斧を好んで使い、派手に暴れ回った過去からその名がついた。異名の不撓の部分にもちゃんと由来があり、それはハーバードに何度も負かされながら折れずに立ち向かう姿を指している。ドルヴァドスはそれを不名誉だと思っているらしく、機嫌の悪いときに異名で呼ぶとキレるらしい。


「なんだ、羨ましいのか。無理もない、貴様はずっとそのシアーフラムに乗っているからな。連合軍には新型を開発する技術力もないのか?」


 今回は煽りに引っかからなかったか。戦闘続行。剣が駄目なら銃で。剣を腰にマウントして突撃銃を抜き、ウートガルズに向けて発砲。三発撃ったが、一発は盾に防がれ、二発は肩や腹部に当たったが厚い装甲で止められた。シアーフラムの使う突撃銃の弾ではこのデカブツの装甲を抜くことは難しいようだ。


「ふん、そんな豆鉄砲効かんわ。撃ち合うのが好みなら、いいだろう。付き合ってやる!」


 ウートガルズが持ち出したのは大型の突撃銃だ。あれと比べれば確かにシアーフラムの突撃銃など豆鉄砲に違いない。盾を失った今、ハーバードにできることは回避のみ。あの大きさだ。一発でも胸部に被弾すれば致命傷になり得る。


 ドルヴァドスは残弾など考慮に入れていない連射によって、回避に専念するハーバードを徐々に追い込んでいく。狙いはやや大雑把だが当たれば終わり、という状況の豪快な攻めは心理的な圧迫感を与える。そんな中で、ハーバードはただ辛抱強く突撃銃の弾切れを待った。


「むっ! その動き読めたぞ! 勝ったァ!!」


 ドルヴァドスが吠え、勝負を決する一撃が放たれるかに思われた。しかしウートガルズの突撃銃の銃口からは何も出てこない。弾切れだ。その致命的な隙を使いシアーフラムは背中にマウントしている無反動砲を構え、ウートガルズに向けて発射した。

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