37話 この時のために
出撃したハーバード隊と交戦しているのは、第1部隊・第8部隊の混成部隊のようだった。アクトフレーム同士はすでに激しい戦いを繰り広げており、そのさらに奥に控える宇宙戦艦は止むことのない砲撃を行っている。一瞬でも気を抜けば流れ弾に当たって死ぬ。これほど大規模かつ極限状態の戦場は、ハーバードも久方ぶりだ。
ハーバード隊に限って言えば、今は五分の状況といったところだ。とはいえ些細な出来事ひとつでこの均衡は崩れ去る。向かってきたエリテイルを無反動砲で撃墜しながら時折、他の小隊に指示を出し、なんとか要塞への突破口を開こうと試みる。が、敵もそれを容易には許してくれない。
やがて真正面から挑んでくるエリテイルがまた現れる。無反動砲を撃つが今度は躱された。動きに迷いがない。操縦技術の高さを窺わせる動きで、機関銃を構えて撃ってくる。ハーバードは盾で胸部を守りながら横方向に飛びつつ、無反動砲を再び発射する。
「そこのシアーフラム……連合軍のローウェン・ハーバードだな! この部隊の指揮官なんだろう、撃墜させてもらうぞ!」
敵機は通信で一方的にそう宣言した。男の声だ。若く聞こえるが、機体の動きは熟練の域に達しており、年齢に反して実力の高さを窺うことができた。そして二射目の砲弾も危なげなく回避され、敵の機関銃は休みなく弾丸を吐き出している。何発かが機体を掠めたが、直撃は未だなし。
「その通りだが君は誰だね。いや、第8部隊なら私のことを知っていてもおかしくはないか……」
「ああ、そうだ。僕は第8部隊の副隊長、アスク・ヴァリエール! ここで仲間の無念を晴らさせてもらう!」
「すまないが聞いたことのない名前だ。新任の方かな。前の副隊長はそう遠くない過去に撃墜した気がするのでね」
アスクと名乗った副隊長は、声を詰まらせたように数秒黙り、やがて堰を切ったように叫んだ。
「……そうだよっ! 貴方がオルド副隊長を殺したから、繰り上げで僕が副隊長になったんだ! 第8部隊はなぁ、貴方への恨みを募らせている奴らが大勢いるんだ! 同じ釜の飯を食った仲間を、上官を、殺し続けてきたアンタを!!」
機関銃による遠距離戦が得意と見たハーバードは、無反動砲をマウントして剣を抜き、盾を構えたまま接近を試みる。アスクを乗せたエリテイルは想像通り後退しつつ機関銃による射撃を維持。弾幕を張る相手に近接戦を挑むのは難しいが、それでもさらに踏み込むのがハーバード流だ。
巧みな操縦で左右に身を躱しつつ、着実に両者の距離を埋める。対するアスクも機関銃が通用しないことを理解したのか、早々に投げ捨てて剣を抜き、迎撃の構えを見せた。ハーバード機のシアーフラムは右手に握る剣を下から上へと斬り上げる、逆袈裟の斬撃を放った。
「接近戦がお望みなら……相手をしてやるっ!!」
盾で斬撃を防がれる。するとアスクは反撃に転じて刺突を繰り出す。頭部カメラを狙った攻撃だ。ハーバードはスラスターを僅かに吹かして横移動することで回避する。アスク機はハーバード機を追いかけるように向きを合わせ、今度は真上から剣を振り下ろした。ハーバードのシアーフラムは盾を装着した左腕を上に持ち上げ、この重量の乗った斬撃の防御に成功する。
「ハイブロックで防いだな、隙だらけだ!」
すかさずアスク機が盾で打撃を加える。胸部に命中した衝撃でシアーフラムが後ろに吹き飛び、胸部内の操縦席が激しく揺れる。この男、射撃だけでなく近接戦もそつなくこなす。ハーバードの見立ては外れていた。アスク・ヴァリエールはオールラウンダーのパイロットだ。
「思ったよりやるな……私の誤算だ。で、少し話を戻すんだがね。仲間を殺されるなんて戦争では当たり前のことじゃないかね。私の部下だって君たちのおかげで何人も死んでいるよ。悲しいことだ。だからといって、君たちを過度に恨んだりはしない」
「そんなこと分かってる。でも……そう簡単には割り切れない! 第8部隊は決まって貴方の活躍で失敗する、だから……!」
「多少の自覚なら持ってるよ。君たちはいいカモだ」
「ふっ……ふざけるなぁーーーー!!」
激高したアスクを乗せたエリテイルが最大速度で突っ込んでくる。ハーバードもそれに合わせて突っ込み、お互いすれ違い様に斬撃をぶつける。どちらも剣を盾で防御し、通り過ぎてから反転。再び最大速度で突撃、激しく切り結ぶ。先に隙を見せた方が負ける。その確信の中で接近戦が続くかに思われた矢先、友軍から通信が入った。それは敵の要塞が陥落したという報告だった。
◆
アクトフレーム部隊が展開している後方の艦隊。その中心の宇宙戦艦に、第8部隊の隊長カイゼル・ドルヴァドス大佐はいた。現在いる宙域から連合軍を通さないよう命令を受けたドルヴァドスは預かった第1部隊の一部も上手く運用しながら、その命令を忠実に守り続けていた。
相手は高い可能性でハーバード隊だろう。モニターに映される戦局を眺めているだけでそんな予感がする。もしそれが正しいのだとすれば、この宇宙でも相手にさせられるのは最早、神が仕組んだ運命としか思えない。ドルヴァドスは艦長の席で腕を組んだまま、副艦長の座席にいるエムブラに声をかけた。
「エムブラ、さっきからなにを固まっておるのだ。司令部から連絡があったのだろう。早く教えてくれんか」
「そ……それが……大変申し上げにくいのですが……」
「もったいぶるな。余計に気になる。どんな内容でも覚悟は決めたから安心しろ。さあ、早くっ」
エムブラは意を決したような表情で、静かにその内容を告げた。
「……〈フィアット・ルクス〉が陥落しました。残存戦力はただちに月面基地まで撤退せよ……とのことです」
「なにをやっとるんだ他の宙域の連中は……クライテリオン大佐はどうした。まだフローレスと戦っているのか」
「機体の反応がロストしたそうです。おそらくフローレスに撃墜されたかと……」
ドルヴァドスは艦橋の天井を仰ぎ見ると、手袋を着けた手で顔を拭い、指示を出した。
「ならば仕方あるまい。第8部隊はこれより月面基地まで撤退する。いけ好かん男だったが、奴の部下に罪はない。第1部隊の連中も可能な限り回収してやれ。連合軍の追撃を防ぐため殿は私が務める。アスクはまだ生きているな。艦に戻れと命令しろ」
「殿……って……大佐、何をなさるおつもりですか?」
艦長の席から立ち上がったドルヴァドスが不敵に微笑む。
「私がアクトフレームで出撃する。実は受領している専用機があるのだ。このような時のためにな」
「なっ……無茶です大佐。そんなの死ににいくようなものです、敵の艦隊だってまだ健在で……!」
「エムブラ。今回ばかりは止めてくれるな。この艦の者を、私の部下を一人でも多く生かすためだ。お前たちにはまだ死んでほしくない。生きてこの戦争を終わらせる役に立て」
この戦争で何人もの部下が死んでいった。運が悪いのか、それとも自分が悪いのか。何度自問したかなど分からない。優秀な部下が死を迎えるたびに、ドルヴァドスは思う。部下たちによって生かされたこの命、なにかあれば最後には必ず部下のために使うと。それが隊長として任命された自分の義務。そう思って戦ってきた。
ドルヴァドスとエムブラ、そして艦橋内にいる他の部下たちは数秒の間、無言で視線を向け合い、やがて全員がドルヴァドスに対して敬礼した。ドルヴァドスも敬礼で返し、自動扉を開いて艦橋を飛び出す。
慣れない無重力を味わいながら、格納庫へと急ぐ。一人のパイロットとして戦場に出るなど久方ぶりだ。腕が鈍っていなければいいのだが。ただ、喜ばしいことがひとつある。自身の宿敵、ローウェン・ハーバード。最後に奴と戦うことができるかもしれない。死の恐怖以上にその喜びの方が大きかった。ドルヴァドスは戦場の兵士としてまだ枯れていない。
「待っているがいい……私の機体、ウートガルズで貴様らを地獄まで道連れにしてやろう……!」




