36話 イグナイトシステム
イルミナーヤが背後を振り向き、フローレスめがけて剣を水平に薙ぎ払う。今やミィルにとってその斬撃も苦し紛れの抵抗のように感じられた。スラスターを吹かして後退し、距離を置く。
クライテリオンの機体は武装の大半を喪失した。後は剣と盾、そして手持ちのエナジーライフル。この三つだけだ。フローレスの機動力ならどれも怖くない。
「っ……凄まじい性能だ。甘く見ていました。これは私も奥の手を使うしかないようですね……」
「温存してるところ悪いですけど、そんな暇は与えない。これで……決める!!」
右手を前方に突き出し、アクトを集中。発射するのは内蔵兵器で最も高威力なエナジーパニッシャーだ。やがて巨大な光の球体が形成され、ミィルはトリガーを引く。放たれし破壊の塊が真っ直ぐイルミナーヤへと迫る。そのときミィルは見た。銀色の機体色で彩られたイルミナーヤの各部が紅蓮に染まり、赤く発光するのを。
「……避けられた?」
エナジーパニッシャーが炸裂し、爆発が生じる。イルミナーヤに当たったわけではない。寸前で破壊された背中の装備を投げつけ、本体は凄まじい速度で回避したように見えた。今までの機動力とは次元の違う速さで。一瞬レーダーに視線を落とすと、やはりイルミナーヤが撃墜されたわけではない。超高速で側面に回り込んでくる。
「……その速さ! それが奥の手ってやつですか!?」
「ええ。これで一時的にですが君のフローレスと五分の性能を得ました。もう遅れは取りません」
フローレスのカメラがイルミナーヤを捉える。背中に与えた損傷以外は健在だ。そしてやはり、炎が燃え上がるかのように装甲は赤く発光している。イルミナーヤは剣を構えたまま距離を詰め、すれ違い様に斬撃を放つ。ミィルはそれをぎりぎりのところで回避した。
速さで並ばれた以上、フローレスの優位性は低い。パイロットの技量では相手が圧倒的に上だ。このまま真っ向勝負で勝ち目がないのはミィルにでも分かる。せめてなにか、武器があれば。イルミナーヤが再び接近してくる前にミィルはいったん逃走した。
「逃がしませんよ。このイグナイトシステムを起動した以上、いつ機体が壊れてもおかしくない。貴方だけは確実に葬る……!」
「赤く光ってるのはそういう機能のせいか……機体性能を跳ね上げることができるなんて……!」
「これは私のアクトを増幅させて性能を上げる実験的なシステムです。ただ、機体への負担が凄まじく、絶対に使うなと言われていたのですが……ここで使う以外の道はない!」
逃げる白き影を赤い軍神が追いかける。全速力で飛んでいるのにイルミナーヤを振り切れない。さっきまでとは機動力が違う。クライテリオンの言う通り、イグナイトシステムとやらはイルミナーヤの性能を著しく引き上げている。
右手の武器を剣からエナジーライフルに持ち替え、あの的確な射撃がミィルとフローレスを襲う。背を見せたままどうにか躱すミィルだが、やがて一発が背中のスラスターに被弾し、機動力ががくんと落ちる。姿勢が崩れ、それでもなお逃げ続けていると、辿り着いたのは連合軍と帝国軍の部隊が戦闘を行っている宙域だった。
「しまった……こんなところで闇雲に逃げ回ったら流れ弾の餌食になりそうだ……!」
「運も尽きましたね。諦めて死を待つのもひとつの手段ですよ」
イルミナーヤがエナジーライフルを撃ちながら、左腕に装着する盾を変形させ、ハサミ状にして射出する。この武装は以前にも見たことがある。拘束されると電磁パルスを流し込まれて電子機器がダウンしてしまう特殊な武器だ。これにだけは絶対に当たってはならない。
「それは一回見てる! 何回も同じ手を食うわけには……!」
そう言いつつ迫るハサミを横に回避。ミィルは安堵するが、クライテリオンの狙いはフローレスの拘束ではなかった。ハサミはすぐ傍の撃墜されたライトフラムの残骸を掴み取り、ハンマーのように振り回してフローレスにぶつけたのである。
「……うわぁぁぁぁっ!?」
「状況次第ではこういう運用も可能です。覚えておくといいでしょう」
フローレスの姿勢が崩れ、大きく吹っ飛ばされる。その最大の隙を狙って、イルミナーヤがエナジーライフルの銃口を向ける。一条の光が放たれた瞬間、ミィルはモニターの端に見えた「あるもの」をフローレスの右手で掴み取り、胸部を遮るように構える。迫るビームの光は掴み取ったその得物に弾き飛ばされた。
先端が折れた直剣。おそらく帝国軍と連合軍による攻防の最中、撃墜された機体のものだったのだろう。奇跡としか言えないタイミングで、宇宙を漂っていたそれがフローレスの手元に流されてきたのである。これで近接武器を手に入れた。少しはまともに戦えそうだ。
左脚、左腕、背部スラスターの一部。それらを失って機体は万全とは言い難い状態。それでも。ミィルは諦めない。右手に握り締めた剣を武器に挑みかかる。アクティブウィングを展開して機体前面を覆い、接近戦を挑むべく一直線に突撃する。
対するイルミナーヤがエナジーライフルを連射。それら全てを正面で閉じられたアクティブウィングの翼が遮る。諦めたかのようにイルミナーヤはライフルを捨てて右手で剣を構え直し、接近戦に応じる姿勢を見せた。
「行っく……ぞぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ミィルは操縦席内で裂帛の気合を込めて叫び、フローレスがすれ違い様に斬撃を浴びせた。が、その一撃はイルミナーヤの盾で防御された。盾に斬撃の跡を残しつつも、致命的な損傷は与えられていない。素早く反転し、二撃目を浴びせるべく再び接近する。
今度はこちらの番だと言わんばかりに、イルミナーヤがカウンターで斬撃を繰り出してきた。両者の剣が激突し、拮抗する。ミィルは持てるだけのすべてのアクトをフローレスにつぎ込んでいる。たとえ損傷していても、機体出力は全開だ。それでも鍔迫り合いが成立するのは、イグナイトシステムによる性能の上昇値がミィルの想像以上であることを示している。
イルミナーヤはさらに攻めの一手を打つ。盾をハサミ状に変形させ、ゼロ距離の状態からフローレスの腹を挟んだ。このまま電磁パルスを流されたらミィルの敗北は確定する。引き離そうとしても簡単には外せそうにない。負けた。そう確信した瞬間、イルミナーヤの赤い発光が消え失せ、頭部に宿る双眸も暗くなる。機能を停止させたのは相手の方だ。
「運が尽きたのは、私の方でしたか……」
イグナイトシステムを起動させ続けた負荷に、機体が耐え切れなかった。ミィルは機体を操縦し、フローレスの右手を引いて折れた剣を操縦席に叩きこんだ。迷いはない。刃が装甲を切り裂いて胸部深くまで到達する。やがて剣を引き抜き、動かないイルミナーヤから離れると、褪せた銀色の軍神は跡形もなく爆発した。
◆
宇宙要塞〈フィアット・ルクス〉を巡る戦いは、当初帝国軍が優勢であった。しかし、連合軍が後を考えていないとしか思えないような、戦力の大量投入により徐々に帝国軍の不利に傾いていく。戦局をひっくり返せる主砲も壊されてしまった状況下で、抵抗も虚しく遂には要塞内に連合軍の侵入を許してしまう。
「くそっ……連合軍も本気ということか。外の部隊はどうなっている。クライテリオンの奴は!? まだフローレスと遊んでいるのか!」
司令官はモニターを睨みながら、眼前のテーブルに拳を叩きつけた。連合軍の歩兵がもうすぐそこまで迫っている。司令室の扉は固く閉ざされ、容易に開けられるものではないものの、破られるのが時間の問題でしかないのは誰もが理解していた。
「司令、クライテリオン大佐の機体がロストしました。おそらく……フローレスに撃墜されたのではないかと……」
「馬鹿な。手こずることはあっても、あの男が連合のパイロットごときに負けるはずが……」
「司令! 連合軍がの歩兵もう目前に! 他の各エリアも制圧されています。このままでは……!」
次から次へと届く報告に司令官は激昂を抑えられなかった。理性が働いていなければ、すぐさま適当な部下を掴んで殴り飛ばしていたところだ。認めるしかない。もう、この要塞は陥落する。司令官である自分ができることはひとつだけしか残されていなかった。
「……分かった。お前たち、覚悟を決めろ。この要塞を連合に渡してはならん。それは理解できるな?」
「司令、まさか……」
司令官は険しい表情のまま、無言で頷いた。
部屋にいるオペレーターを始めとした部下たちも覚悟を決めたように無言で頷き返す。
「連合軍の雑兵ども……奴らの好きにはさせん。デュクス帝国に栄光あれ……!」
司令官としての権限を行使し、すべてを終わらせるスイッチを起動した。制御司令室をはじめとした〈フィアット・ルクス〉内の重要区画を破壊する自爆装置を起動させたのである。たとえ連合軍に陥落させられても、再利用だけは許さない。侵入した連合軍の歩兵を道連れにして、司令官は帝国の軍人として最低限の務めを果たした。




