33話 偽りのない気持ち
ヒュアデス級超大型戦艦、ヴィクトリア。陸海空を選ばないマルチロール艦にして、100機ものアクトフレームを搭載できるこの戦艦は、皇帝専用に造られたデュクス帝国の象徴と言っても過言ではない。
ヴィクトリアは現在、宇宙要塞〈フィアット・ルクス〉の格納庫内にて、捕虜の連合軍パイロット、ミィル・ライズベールと試作アクトフレームのフローレスが艦内に収容されるのを待っていた。
艦内にある皇帝用の私室で、セルネリアはソファに身を預けながらミィルが来るのを心待ちにしていた。部屋の広さは然程でもないが、内装は拘り抜かれており、床には絨毯が敷かれ、テーブルなどのインテリアも高級品だ。セルネリアの目の前のテーブルには、ワインボトルがひとつと、グラスが二つ置かれている。ミィルのために用意したもので、帝国が誇るヴァロア産のヴィンテージワインだ。
彼に帝国の軍人になれ、と誘いはしたものの、まだミィルという人物像を完璧に把握したわけではない。セルネリアはもっと知りたいのだ。自身の伴侶に相応しい、特別な人間。
彼が今まで何をしてきて、何が好きで、何が苦手なのか。クライテリオンの探りによるとまだ乗り気ではなさそうだったようだが、お互いを知れば少しはこちらになびく可能性も高くなるだろう。
「すまないな、ハース。敵軍が攻めてきて即座に逃げ出すことになるとは。皇帝として情けない」
「いいえ。御身の安全が一番と考えます。今、陛下に死なれては後を継ぐ者がおりません。連合側も要塞の主砲が地上に届くことは把握しているはずです。死に物狂いで攻めてくるでしょう。万が一のことは想定しておくべきかと」
そう言ってクライテリオンは恭しく頭を垂れた。元々は〈フィアット・ルクス〉が完成すると聞いて視察に来ただけであり、連合軍の艦隊を全滅させる瞬間を見届けた時点でその目的は終えたようなもの。帝都に戻ることはなんら不自然ではないが、自分の行動がどこか臆病に思えるのも事実だった。クライテリオンはやがて頭を上げて隣にいるモーゼフに声をかける。
「モーゼフ、陛下の護衛を頼みます。私は要塞で連合軍の相手をしなければなりませんから」
「はっ。お任せください、隊長。必ず陛下を帝都まで安全にお送りいたします」
「……お前ら、ここには私しかいないんだ。かしこまった喋り方はしなくていいぞ。二人きりのときは敬語じゃないんだろ」
「陛下。お言葉ですが、公私混同は好ましくありません」
「はぁ……そうか……疲れる」
クライテリオンの妙な生真面目さに辟易していると、部屋に取り付けられた端末が音を鳴らす。外部から連絡が入ったようだ。副隊長のモーゼフが端末を操作して応答すると、なにを聞かされたのか眉を寄せて何度か頷く。やがて通話が終わり、深刻そうな表情をこちらに向けて言った。
「捕虜のミィル・ライズベールがフローレスに乗って脱走したそうです。フローレスは要塞の外には出ず、内部へと向かった模様。おそらく要塞を破壊する目的だと思いますが……」
モーゼフの報告を受けて、セルネリアは動揺しながらも納得してしまった。奴は仲間を裏切って自分だけが利を得るような、器用に考えられる人間性はしていない。しかしだからこそ自分の手元に置きたかった。相反する感情が同時に存在するまま、数秒間、沈黙を保った。やがてクライテリオンが冷静そのものの表情で尋ねてくる。
「陛下。いかがなさいますか。もう一度生きたまま捕縛致しましょうか」
「……いや、いい。そう何度も私の我儘に付き合わせるわけにはいかん」
手に入らないぐらいなら、いっそ。一瞬だけ目を伏せてから厳しい口調で命令を出す。
「フローレスの撃墜を許可する。無論パイロットの生死は問わない。確実に葬り去れ」
「……仰せのままに、陛下。後のことはお任せを。モーゼフ、至急艦を発進させ脱出してください」
「了解しました、隊長」
どこかぼんやりと二人のやり取りを聞きながら、セルネリアは無意識に独り言を漏らしていた。
「……奴に言ったこと、すべて偽りでなく本心なのだがな……」
◆
連合軍の艦隊は、どれも旧式で埃の被った古くさい宇宙戦艦ばかりだ。無理もない。帝国に宇宙へ行くルートをすべて封鎖されてからというもの、宇宙で戦うこと自体がなくなったために、開発が完全にストップしていたのだ。
それに元々積極的に宇宙開発を行っていたのはデュクス帝国だけで、他の国が宇宙に赴く機会があるとすれば、せいぜい中立の月面都市へ行く時くらいだった。ただしその月面都市も、現在は帝国軍に掌握されたがために中立ではなくなっている。
つまり今まで、連合軍が本気で封鎖された宇宙に行く必要はなかったのである。おそらく世界初であろう宇宙要塞と、その戦略兵器を開発して実用化した帝国軍の技術力だけは見事というしかない。その技術を戦争以外で役立てれば惑星アルフはもっと平和な星になっていたであろう。
「ああ~しかし、上の連中も無茶だよな。宇宙で戦った経験なんて皆無なのに、いきなり最終決戦の場に放り出されるんだぜ。慌ててシミュレーターで練習したがどこまで役に立つんだか……」
無重力に支配された戦艦の格納庫内で、アークルス隊の小隊長リンドがぷかぷかと宙を浮いていた。身に纏うのも見慣れない連合軍の宇宙服であり、ヘルメットがリンドの頭近くを漂っている。セリアは現在彼の小隊に配属されている。ミィルの穴埋めという形だが、内心ではまだミィルの帰還を待っていた。セリアはリンドのぼやきを聞いて即座にこう返す。
「でもリンド隊長、シミュレーターの結果は記録はトップクラスだったじゃありませんか。大丈夫ですよ、なんとかなります」
「ものは言い様ってやつか……2位の人に慰められてもなぁ。俺の記録は結局3位だったし……」
宇宙における戦闘を想定したシミュレーターのスコア記録で1位を叩きだしたのは、ハーバード中佐だった。いつも冷静な中佐がどや顔で「この記録を塗り替えられるものなら塗り替えてみろ」と発言したことは記憶に新しい。セリアも頑張って何度か試したが、ぎりぎりのところで届かず新記録を出すまでにはいかなかった。
「一番気がかりなのは要塞の主砲ですよ。あれが向けられたら逃げる間もなく死ぬしかない。この作戦では四方向に部隊を分けていますけど、どれかの部隊は必ず主砲の犠牲になるわけですよね。それが僕たちになる可能性は十分あり得る……」
「フレディ、それを言わないでくれよ。考えないようにしてたってのに……」
「……すみません。口に出さないと僕も恐怖に押し潰されちゃう気がして……」
空気が一気に沈むのをセリアは実感していた。訓練された軍人でも死ぬのは怖い。当然のことだ。しかも四分の一の確率で死ぬ可能性がありますと言われたら暗い空気にぐらいなるだろう。それも仕方ない。そんな沈んだ雰囲気を吹き飛ばすように、とてつもない勢いで格納庫に突進してきた人物がいる。ハーバード中佐だ。
「リンド、フレディ、セリア君。ここに待機していたか。もうじき出撃命令が出るだろうが、その前に三人には伝えたいことがある!」
「どうしたんですか、中佐。出撃ならいつでも構いませんよ。覚悟も決まってます。な?」
リンドがフレディとセリアに顔を向けると、フレディは「もちろんです」と答える。セリアもそれに合わせて静かに頷いた。
「生きていたんだ……!」
「え……生きていたって。もしかして……ミィルが、ですか」
「ああ、そうだよリンド。ミィルは捕虜になっても生きていた。今から私たちが攻めようとしている〈フィアット・ルクス〉に連行されていたらしいんだ。そしてフローレスで脱出して、さっき要塞の主砲を破壊したと報告してきたんだよ!」
にわかには信じられない話だった。その事実をちゃんと受け止められるようになった頃には、セリアは目から涙が溢れ、ぽろぽろと水滴の粒が格納庫の宙に零れた。急に泣き出したことで、みんなの視線が集まったのを感じ、慌てて手で目元を拭う。
「やっぱり……やっぱり生きていたんですね。ミィルさん」
ミィルはどんな状況でも生きて帰ってくる。かつてメイカが語った話は真実だった。しかも転んでもただでは起きない、と言わんばかりに〈フィアット・ルクス〉の主砲を壊すおまけつきだ。これで連合軍の最大の懸念はなくなった。気がついたらリンドもフレディもセリアも、喜びのあまりに笑っていた。
「ったく……心配させやがって。でもあいつらしいよ。ちゃっかりしてるところも含めてな……!」
「こんなことされたら、死ぬに死ねないですね……みんな、生きて帰りましょうね。もちろんミィルも含めてです」
「もちろんだフレディ。それじゃあ出撃の準備に入るとするか。中佐、アークルス小隊はいつでも行けますよ!」
さっきまで漂っていた暗い空気が嘘のように、アークルス小隊は明るさを取り戻していた。リンドもフレディも自機の操縦席に乗り込み、それに倣ってセリアも自機であるケルレウスの操縦席に飛びこんだ。




