32話 ミィルの選択
独房に押し込められていた人が減って、やけに静かになった。帝国軍の連中が突然大勢の人間をどこかへ連れて行った。それが意味するところは、きっと〈フィアット・ルクス〉の主砲であるレーザー砲を使用したということなのだろう。無力感に苛まれながらも、主砲で撃たれた場所が連合軍の総司令部でないことを祈るばかりだった。
ミィルは独房のベッドに寝転びながら、ただ機を待った。この要塞から脱け出すチャンスを。独房に閉じ込められている間はどうすることもできないが、前のように皇帝のところへ連れて行かれるようなことがあれば、どうにかして逃げることを決めていた。成功の可能性が低い出たとこ勝負になるがもうそれしか思い浮かばない。そしてその機会は、想像より早く訪れた。
「出ろ。お前を帝都まで移送する。妙な真似はするなよ、死にたくなければな」
独房の自動扉が開いたかと思うと、ミィルが身体を起こすより早く、見張り番の男がミィルを無理矢理立たせた。もう一人の見張り番は外の通路で待機している。この二人は適当な理由を作って捕虜に暴行を加え、ストレスを発散させている屑どもだ。ミィルもその節は世話になった。
「少し前、たくさんの人が連れて行かれましたけど、なにかあったんですか」
「黙れ。お前の身の上と関係があるのか。同じあの世へ行きたくなければ早く外へ出ろ」
独房の扉を潜って通路に出ると、見張り番二人が両隣をがっちり固めて歩き始めた。どちらも小銃を持っている。右隣にいる見張り番は片手をポケットに突っ込んで中身のなにかをしきりに触っている。しばし歩かされると、ミィルは要塞の格納庫へと足を踏み入れた。
格納庫の中は重力制御が働いていないので、入った途端に無重力になる。ミィルの身体が浮かんで離れそうになったところを、見張り番が服を掴んで抑えた。格納庫を見渡すと、離れた場所に寝かされた状態のフローレスを見つけた。自分と一緒に帝都へと運ばれる予定なんだろうな、と予想がついた。まともに動かせるのはミィルか皇帝だけなのだから、ここに置いておく理由がない。
ここだ。チャンスはここしかない。本能的な直感がミィルの身体を動かした。右隣にいる見張り番の頭を掴むと、全力で膝蹴りを顔面にぶちこんだ。そして片手を突っ込んでいたポケットの中身を抜き取り、怯んでいる間にその身体を左隣の見張り番へと投げ飛ばす。
「なっ、あ、えっ!?」
左隣の男は動揺しながらも片割れを退かし、小銃を構えようとしている。遅い。ミィルはだらだらと小銃の用意をしている見張り番に蹴りを入れた。相手の身体が浮きつつ、慣性の法則に従って後ろへと吹っ飛んでいく。
見張り番の小銃に注意を払ったまま、ポケットから抜き取ったそれを見る。やはり手枷の鍵だった。素早く手枷を外して自由になるとフローレス目指して無重力下の格納庫を飛ぶ。異常を察知した軍人たちが騒ぎ出し、ミィルを捕えようと動き出す。中には銃を構えて発砲しようとする者もいる。
格納庫内に置かれたコンテナなどの遮蔽物を利用して身を隠しつつ、フローレスの置かれた場所まで辿り着くと、ロックが掛かっていないことを祈りながら胸部のハッチに触れる。すると自分を待っていたかのように操縦席が露出し、ミィルは思わず顔を綻ばせた。
コントロール・スフィアに両手を乗せてアクトを込めると、モニターや周辺の機器が動き出し、ミィルは仰向けに寝転んだ状態だったフローレスを起き上がらせる。これ以上ないほど上手くいった。意外なことに生身の格闘術は得意だったので、見張り番をぶちのめすまでは簡単だったが、後は幸運が味方をしてくれたと言うべきだろう。問題はここからだ。
モニターに表示されているのは要塞の外へ続く巨大な通路。やろうと思えばすぐ脱出できる。だがフローレスは携行武装をすべて取り外されており、内蔵兵装だけで戦わねばならない。アクトフレーム部隊の追手が現れた場合、どこまで戦えるだろうか。そもそも宇宙のどこに逃げればいいのかという問題もある。
「……それならいっそ」
ミィルの目に映ったのは要塞の内部へと続く通路だ。逃げ切れるか分からないなら、今やるべきことはこの要塞に痛手を負わせること。制圧することはできなくても、主砲だけはどうにか使えなくしたい。そうすればしばらくの間は連合軍の基地が狙われる心配もなくなる。
「よし……それで行くか!」
意を決し、スラスターを吹かせて加速。無重力下という慣れない環境の中、フローレスを駆って要塞内部へと続く巨大な通路へと侵入する。そしてすぐに自分の考えが杜撰であることに気づいた。要塞内部の構造が分からない。一体どこへ行けばいいんだ。いつ追手が来るかも不明な状況も相まって、自力で探すことを諦めたミィルは通信に頼ることにした。
「頼む……繋がってくれよ……!」
回線を繋げようとしている相手はもちろん連合軍だ。マスドライバーを奪還した今、連合軍は戦力を宇宙に上げて要塞攻略の準備を整えている可能性が高い。そして連合軍なら、セリアが持ち出した要塞のデータを持っている。要塞の内部構造などすぐに分かるはずだ。それを送ってもらう。
「こちらミィル・ライズベール少尉。ハーバード隊に所属する連合軍のパイロットだ。帝国軍の捕虜になっていたが、脱走に成功した。今は敵の宇宙要塞〈フィアット・ルクス〉の中にいる。この通信を聞いたら返事をしてくれ、繰り返す――」
神に捧げる祈りのように、ミィルは繰り返し言葉を発し、応答を待った。そして遂に祈りは届いた。
「ミィル……なのか? 生きてるんだな……!?」
「その声は……ハーバード中佐! はい、なんとか生きてます……!」
操縦席の中に上官であるハーバードの声が響く。
ほっと胸を撫で下ろしたが、安心している場合ではない。すぐ本題に入る。
「中佐。詳細は省きますが俺は捕虜になった後、帝国の宇宙要塞〈フィアット・ルクス〉に連行されました。色々あったんですがついさっき隙を突いてフローレスに乗って脱走に成功したんです。ただ、逃げ切れるか分からないので、いっそ要塞を破壊してやろうと、今内部を移動中なんですけど、構造が分からなくて。要塞内部のデータとかあれば送ってくれませんか?」
一瞬の沈黙の後、ハーバードの返答が届く。
「分かった。今すぐデータを送らせる。少し待ってくれ」
やがてサブモニターに要塞の構造が描かれた画像データが次々と表示される。
要塞のどこを破壊すればいいのかも、ハーバードは丁寧に説明してくれた。
「狙うなら要塞内の司令室か主砲だな。だがアクトフレームでは司令室のあるエリアまで侵入できないから、壊せるのは主砲だけだ。送ったデータを確認してほしい。主砲の後部に巨大なアクトキャパシターがあるだろう。そこを破壊するんだ」
アクトキャパシターはアクト兵器などに使われる部品だ。使用者が込めたアクトを一時的に蓄積する役割を持つ。ようはアクト版のバッテリーにあたるもので、ここが壊れるとアクト兵器は必要量のエネルギーを貯められず放出する一方となる。アクト兵器である要塞の主砲も同じで、必要分のアクトを蓄積してレーザーを発射することができなくなってしまう。
「分かりました。なんとかやってみます!」
いったん通信を切り、ミィルはフローレスを加速させた。送られてきたデータを覗き見しつつ、要塞の主砲のあるポイントまで移動する。やがて辿り着いたのは巨大な半透明の水晶が組み込まれた空間。神秘的な美しさを感じさせるこの水晶が、アクトキャパシターである。でかい。当然アクトフレームにも使われている部品なのだが、主砲に採用されているキャパシターは規模が違う。
「よし。こいつを壊せばいいんだな……!」
フローレスの内蔵兵器のひとつ、エナジーパニッシャーを使う。アクトを込めるとフローレスの片手を前方に突き出し、エネルギーの力場を形成する。やがて光の球体が完成すると、それを眼前の水晶へと撃ち出した。発射された光球はミィルの想像以上に容易く、アクトキャパシターを粉砕した。




