31話 試射
何十隻にも及ぶ連合軍の宇宙艦隊が、宇宙要塞〈フィアット・ルクス〉の司令室の中央モニターに映し出されていた。整然と並び統制の取れたその光景は、ある種の威圧感さえ与えるものだ。
しかし、それを迎え撃つ帝国軍に恐れはない。要塞にはそれに匹敵する艦隊に加え、第1部隊と第8部隊の全戦力も駐留しており、アクトフレームの数だけで言えば、合わせて約1000機に達する。
「陛下、いかがなさいましょうか」
と、隣に立つ要塞の司令官が皇帝であるセルネリアに確認した。本来ならば司令官が座るであろう席にはセルネリアが腰かけており、足を組んだ状態で静かにモニターを見つめている。司令官の説明によれば連合軍の艦隊はこちらの様子を窺うように動かない。要塞に備わる通常の防衛兵器が届かない位置で固まったままだ。セルネリアは片手に顎を乗せつつ、口を開く。
「連合軍は〈フィアット・ルクス〉が完成しているとは思っていなかったようだな」
「は……そのようで。こちらも艦隊を差し向けますか?」
妥当な対応を司令官が述べる。だがセルネリアはその意見に頷かない。
「要塞の主砲を使って敵艦隊を一掃させろ。こういうときのために造ったものだ」
「よろしいのですか? まだあれはテストを行っていないうえ、必要分のアクト量を満たす人員を多数消費しますので……」
「そうだな。だから連合軍の艦隊には試射の的になってもらう。いずれにせよ、私はそれを見届けるために視察へ来たのだからな」
「……かしこまりました。陛下のご命令だ。主砲の発射準備に入れ」
〈フィアット・ルクス〉の主砲は超巨大なレーザー砲だ。これを使用するには、普通では考えられない数千人規模の人員から死ぬまでアクトを吸い出す必要がある。また専用区画の設備に人員をセットする都合上、発射に時間を要するうえ連射もできない。発射後は死亡した人員を処分するため区画ごとパージする仕組みだ。
命令が出されてから主砲の用意に小一時間が経過すると、ようやく準備が整ったらしい。退屈な待ち時間を味わったセルネリアは、頭の中で改良の余地が山ほどありそうだなとだけ思った。その間も連合軍の艦隊に動きはない。
「陛下、準備が完了致しました。いつでも発射可能でございます」
「分かった。これは試射だ、敵艦隊に警告はいらん。撃て。どれほどの威力か確認したい」
「……かしこまりました」
要塞の中心部に存在する砲身が伸びて、レーザー砲の全容があらわになる。司令室のモニターには充填されていくアクトの量がグラフとなって表示され、室内のオペレーターたちは発射の瞬間を緊張した様子で待っている。やがてアクトが既定値に達した時、司令官が満を持して命令を発した。
「主砲、発射!!」
暗い闇に支配された星の海を一条の光が貫いた。光は連合軍の艦隊を丸ごと飲み込み、跡形も残さず消滅させる。レーザーは要塞の通常兵器の射程外、遥か彼方の宙域まで届いたのである。試射の成功により〈フィアット・ルクス〉は連合軍に対して要塞が完成していることを示した。司令室は歓喜に満ち、誰もが帝国の勝利を確信していた。
◆
フェンサリル基地内に割り当てられた自室で、セリアは朝早くに目が覚めた。窓から見える空はまだほのかに薄暗い。太陽が顔を出す寸前の時間、まだひと眠りできそうだが、不思議なくらい目が冴えていたので、ベッドから起き上がって伸びをした。
この基地とマスドライバーの奪還任務にあたったハーバード隊は、そのまま宇宙に上がらず基地の防衛戦力として待機していた。だから同じ隊の整備班だったセリアもまた基地内に留まることになった。最近はひっきりなしにマスドライバーで宇宙戦艦を打ち上げているが、果たして宇宙の戦局はどうなっているだろうか。
窓の外の景色を眺めながらそんなことをぼんやり考えていると、太陽が顔を覗かせて夜明けを迎える。セリアは寝間着を脱いで服を着替えた。ただし、着るのは整備班に支給されている作業着ではない。青色が目立つ連合軍の軍服である。白手袋を着けて鏡の前で身だしなみを整えると、部屋に備えつけられている端末が音を鳴らす。
「はい。セリアです」
端末に連絡を入れてきた相手はハーバードだった。
「朝早くにすまない。至急ブリーフィングルームに集まってくれ。重要な話がある」
その一言を残して通話が途切れる。なにか嫌な予感がする。セリアは部屋の自動扉を開けて通路に出ると、一直線にブリーフィングルームに向かった。部屋に入ると、ハーバード以外はまだ誰も来ていなかったようだ。先に着席して待っていると、急いで着替えたとばかりにアクトフレーム部隊のパイロットたちが部屋に入ってくる。全員揃ったところで、ハーバードが告げた。
「全員、急に集まってもらってすまない。だが重要な話だ。帝国軍の宇宙要塞〈フィアット・ルクス〉に向けて出撃した我が軍の艦隊が全滅した。戦略兵器である要塞の主砲によるものだ。こちらの予想は外れていたんだ。敵軍の要塞はすでに完成している」
部屋が一瞬どよめきに包まれるが、ハーバードの話を遮らないようすぐに静寂が訪れた。ハーバードは小さく頷いて話を続ける。
「最早、我々に猶予は残っていない。速やかに宇宙要塞の主砲を破壊する必要がある。すでに総司令部は宇宙から主砲で狙撃されることを恐れ、ティマイオス基地を放棄し、別の基地へと移り始めている状況だ。そこで我々の今後だが、第二次〈フィアット・ルクス〉攻略部隊として宇宙へ上がることになった」
ハーバードの背後にあるモニターが映像を映し出された。作戦の概要を示す情報が次々と表示されていく。
「〈フィアット・ルクス〉の主砲はこの地上に届くほど射程が長く、威力も絶大だ。艦隊に向けられて放たれれば一網打尽にされるだろう。だが設計データから主砲には欠点があり、要塞に一門しかないうえ連射も効かないことが分かっている。一度発射すれば、再度発射するまでに少なくとも一時間は要するだろう……そこで」
モニターに新たな情報が映る。要塞の周辺に展開した複数の部隊が同時多発的に軍を進める図だ。
「フェンサリル基地奪還時と同じやり方で行く。部隊を複数に分け、多方面から侵攻する。どれかひとつの部隊が主砲によって全滅しても、他の部隊は無事というわけだ」
それしかないだろう。だが懸念もある。それは敵が要塞にどれだけの戦力を保有しているか、現段階では一切分からないという点。帝国にとっても要塞は戦争を終結させる切り札なのだから、相当の数を用意しているはずだ。
「説明は以上だ。質問がなければ解散とする。突然のことで驚いている者もいるだろうが今日にはマスドライバーで宇宙に上がる。時間がない、すぐ準備に取りかかること」
アクトフレーム部隊へのハーバードからの通達が終わり、全員が部屋を立ち去っていく。セリアも宇宙戦艦へ移るための準備を考えながら席を立つと、ハーバードに呼び止められて格納庫へ一緒に来るように言われた。お互い無言のまま通路を歩く。なにか話題はないか。セリアが喋るより先にハーバードがおもむろに口を開いた。
「……今なら辞めても構わないのだよ。今回の作戦は死の危険が高すぎる」
ハーバードはセリアの身を案じてくれているようだった。パイロットとして戦いたい、とセリアがハーバードに志願して最初の戦場が〈フィアット・ルクス〉攻略作戦なのだから、死地に送り出す責任を感じさせてしまったのかもしれない。
しかしセリアが受け入れられたのは、連合軍が少しでも多くの戦力を欲しているからだ。元敵国の人間ならば捨て石として戦場に送り出すのに遠慮はいらない。でなければこうも簡単に少尉待遇のパイロットにはなるのは無理だろう。
「いえ。私は大丈夫です。最初のときもそうでしたね、中佐。私が連合軍のパイロットとして戦いたいと言ったら、それはできないが整備班としてなら上に掛け合ってもいいと言ってくれました。あの頃は単に信用されていないだけだと思っていたのですが……私を心配してくれていたんですね。ありがとうございます」
歩きながら軽く頭を下げると、ハーバードは丸眼鏡を軽く押し上げながら言った。
「理解しているなら、大人しくしていてほしかったのだがね。ミィルの代わりに私が言うが、君の親友はもう戦争に関わるなと言っていたのだよ。その想いを知ってなぜパイロットとして戦う道を選んだんだね」
ウルスラのことだ。戦場でミィルと戦い、無力化されたウルスラは捕虜にはならず自決する道を選んだと聞いている。その最期に親友だったセリアには戦争に関わりのない世界で生きてほしいと言い残して。
できるならそうしたいと、自分でも思う。でもこの長きに渡る泥沼の戦争と、無縁で生きられる場所がどこにあるだろうか。それに今、逃げ出したらきっと後悔する。
「……ここで得た繋がりを大切にしたいんです。自分だけ安全なところにいて、その繋がりで得た人たちを失うのは嫌です。傍観するぐらいなら私は……たとえ死ぬとしても一緒に戦いたい」
「ミィルのことか。すまない。あのとき、基地の制圧を優先した私の責任だ。そうでなければ……」
「……すみません。中佐を非難したいわけでは……」
「いいんだ。私も後悔している。ミィルなら簡単にはやられないと、そう甘い考えでいたからな」
実際にミィルが死んだと決まったわけではないが、帝国軍に捕まった時点で全員がそういう扱いをしている。帝国軍のことを良く知るセリアも、実のところその一人だった。
ハーバードに連れられて訪れたのは基地の格納庫だった。アクトフレームが並び、宇宙戦艦に載せる準備が始まっている。ハーバードは迷いなく格納庫の端まで歩くと、そこで作業をしていた整備班のメイカに声をかけた。
「メイカ君、整備はもう終わったのかな?」
「あっ。ハーバード中佐。それにセリアさんも。いや~一仕事終わったところです。完璧に仕上げてますのでご安心ください!」
「セリア君、君が乗ることになる機体だ。鹵獲したのはいいが、やはり乗り手は君が相応しいかと思ってね」
その機体の前で、セリアは立ち尽くした。特徴的な青の機体色。両肩の盾。ウルスラが搭乗していたアクトフレーム、ケルレウスだ。携行用の武装はライトフラムと同じものに変更されている。この機体に乗って戦場に出られることに、セリアは運命や因縁のようなものを感じた。
「……ありがとうございます、中佐。この機体のパイロットに選んでくださって」
「大したことはしていないよ。装備しているエナジーシールドはアクトの消費が激しいようだから、アクト量の多い君に任せてはどうか、と言っただけだ」
愚直なまでに帝国の軍人として正しかったウルスラは、死の間際に戦争と関わらないところで生きろと言った。それでもセリアは戦う道を選択した。そのウルスラの機体に乗ることになって、きっと彼女は呆れているだろう。それでも力を貸してくれようとしている。自分勝手も甚だしい解釈だが、そんな気がした。
その日の夜、第二次〈フィアット・ルクス〉攻略戦に乗り出した連合軍は、フェンサリル基地のマスドライバーを使って次々と宇宙戦艦を打ち上げた。フローレスに乗って宇宙から地上に降りたセリアが、再び宇宙へと赴く。今度は自分が所属していた帝国軍と戦うために。




